始発駅の街
翌日の日暮れ頃。
リューが指した先に、とうとう見えてきた!
寝台列車の始発駅がある大きな街、ラノッテだ。
「まだ街の手前なのに建物が沢山、それに人も獣人も大勢いるね」
「車も走っているな」
私達の馬車を時々車が追い抜いていく。
そのたびにクロとミドリは気に入らない様子で鼻を鳴らして文句をつける。
「大丈夫だよ、お前たちの方がずっと早いって分かってるからね」
「ああ、いつも世話になっている、お前たちはいい騎獣だ」
声をかけると、二頭は機嫌を直したように嘶いた。
綺麗に石が敷き詰められた道を進み、ラノッテの関所を越えると、人も獣人もいよいよ数を増す。
入ってすぐのところに軒を並べている店は、どれも騎獣の預り所らしい。
「俺は荷台を返して、こいつらを預けてくる」
「分かった」
「お前たちは宿を探しておいてくれ、ロゼ、任せたぞ」
「いいとも」
暫くお別れだね、クロ、ミドリ。
馬車を降りてから二頭をたくさん撫でておいた。
二頭も私をペロペロ舐めて、鼻づらを摺り寄せてくる。
寂しいけど、用が済んだらすぐ迎えに来るから、それまでいい子にしているんだよ。
遠ざかる馬車を見送って、まずは街の案内所を探して向かう。
条件を出して見合う宿をいくつか提案してもらい、一番良さそうなところに決めた。
建物は少し古いけど、良心的な価格の大きな宿だ。
なにより部屋に浴槽が置いてあるって! 久々に湯に浸かれるんだ!
「すごいよ!」
「やったなハルちゃん、久々で楽しみ過ぎるッ」
「わーい、うれしーっ」
はしゃぐ私とセレス、モコに、カイは首を捻ってる。
「そんなにはしゃぐようなことか?」
「ふふん、お前だってディシメアーで風呂の良さを味わっただろう」
「俺は付き合わされただけだ」
「よく言う、結構楽しんでいたじゃないか」
そうだね、私も楽しかった。
あの施設は騒動で壊されたけど、再建されたらまた行きたい。
今度はモコと兄さんたち、それにメルも一緒に。
「部屋割りはいつも通りで構いませんか、師匠」
「お前、臆面もなく」
「私は師匠とリューさんのご信頼を裏切ったことなど一度もない、今後裏切るつもりもない、だから問題ない」
ロゼは無表情で無反応だ。
セレスはそれを肯定と受け取ったのか、手続きを済ませて二つ受け取った鍵の片方をロゼに恭しく差し出す。
「せれす、おへやいっしょ、おふろもいっしょはいろ?」
「いいぞモコちゃん、背中を流してあげよう」
「わーい、はるとめるもいっしょ!」
「あら」
「そッ、それはダメだ!」
慌てるセレスに、モコが首を傾げる。
気にしないっていつも言ってるのに、女の子のセレスは女の子なんだから。
メルはクスクス笑って、カイは何とも言えない表情だ。
ロゼは―――あッダメ! 慌てて飛びついて眼鏡を外そうとしていた手を止めた。
大丈夫だからやめて、今はリューもいないし、収拾がつかなくなるよ!
「ハル、僅かでも身の危険を覚えたら僕を呼ぶように、いいね?」
「うん」
「―――分かっているな?」
眼鏡越しに睨まれたセレスは「はいッ」って返事してギュッと目を瞑る。
兄さん、顔が怖い。
もーしょうがないなあ。
暫くロゼの顔を揉んでから、部屋へ行って一段落。
外はすっかり暗いのに、開けた窓からまだ賑やかな街の音が聞こえてくる。
「ねえセレス、この後ってどんな感じかな?」
「えっ、あ、そ、そうだな、ええと、寝台列車の時刻を調べて、乗車券を購入して、早くても明日の昼頃にここを発つことになると思うよ」
「そっか」
来たばかりなのに残念。
だけど、この街はあくまで通過点だ。
私達が目指すのは連合王国の首都、ドニッシス。
そこにカイの妹、ルルがいるはず。
ついでに専門店とライブも見たい。
カイも赦してくれたから、この際後ろめたい気持ちには目を瞑っておこう。
「さてと、リュゲルさんが戻られるまで、ひとまず」
「ごはん!」
パッと手を挙げたモコを見て、セレスが笑う。
確かにそろそろお腹が減ったな。
「―――おおい、今いいか?」
部屋の扉を叩いて、リューの声がした。
出ると「お前たち出掛けられるか、取り敢えず飯を食べに行くぞ」って、丁度その話をしていたところだよ。
モコが脇をすり抜けて「たべるー!」ってリューに抱きつく。
「よしよし、セレス達はどうだ?」
「はい!」
「問題ないわ、行きましょう」
「そうか、なら行こう」
隣の部屋からロゼとカイも合流して、全員で宿の近くの定食屋へ向かう。
戻る途中で目を付けておいたんだって、流石だね。
他にも食事が取れる店が沢山あるな。
夕食時だからどこも混んでいる、風に乗って美味しそうな匂いが漂ってくるよ、お腹へった。
「人数が多いから席を予約しておいた、結構な大所帯だからな」
「いつの間にか七人いるもんね、皆一緒で楽しい」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
「ぼくもたのしー!」
「大勢だと賑やかでいいよな、私も同感だ」
最初は兄さん達とモコ、四人で旅に出たのにね。
ここに来るまでいろいろな人や獣人と出会ったな。
商業連合でも誰かと仲良くなれるといいな。
特に、ルルとは友達になりたい。
カイとも友達になれたんだから、きっとなれるよね。
「この店のおすすめは牛肉だけを使ったハンバーグだそうだ」
「はんばーぐ?」
「挽いた肉を捏ねて楕円にして焼いた料理さ、肉団子の大きいやつだよ」
「ぼく、それたべたい!」
店に入って席について、メニューを開きながら話すリューの手元を、モコが興味津々に覗き込む。
他にも色々あるみたいだね、どれも美味しそう。
「セレスはこれ好きじゃないかな、羊肉のシチュー」
「美味そうだ、ハルちゃんはこれだろ、リンゴと豚肉の生姜炒め」
「リンゴの料理だ!」
これにしよう!
他にも色々頼んで、料理が届くまでの間、リューから後の予定を聞いた。
さっきセレスが言っていたとおり、明日の昼頃に発車する寝台列車に乗るらしい。
「駅で訊いたんだが、今の時期は利用客が少ないからまだ空きがあるそうだ、仮予約をしてきた、明日の早朝に乗車券を購入しに行く」
「俺も行く、俺とメルの分は自腹を切るぜ」
「助かる、すまないな」
「なんでだよ、払うつもりだったのか、やめてくれ、そういうのはお断りだぜ」
カイがリューに手を振る。
セレスも「あの、私も自分の料金はお支払いします」とリューに声をかけた。
「ああ、後で清算しよう」
「はい」
「ねーりゅー、ぼく、とりになろうか?」
首をこてんと傾けながら覗き込んだモコに、リューは笑って「それはしなくていいよ」って頭を撫でた。
「今のままの方が楽しめるだろう、お前だって列車は初めてなんだ、気を遣わなくていい」
「うん、ありがと、りゅー」
「ああ」
「ぼくね、はるのいもーとなんだよ、だからりゅーは、ぼくのおにーちゃんだね」
「そうか、だったら可愛がらないとだな、おいロゼ」
「違う、僕の妹はハルだけだ」
「そうだよ、ししょーはししょーだよ」
モコもそれで納得しているみたいだし、そういうことなんだろう。
とにかくモコはとっくに家族の一員だ。
寝台列車、楽しみだな。
運ばれてきた料理を食べながら、今度はその話題に花を咲かせる。
列車に乗るのも、列車に泊まるのも、どっちも初めての体験だよ。
「列車内は結構揺れるぞ、まあ、眠れないほどじゃないが」
「セレスは寝台列車に乗ったことあるの?」
「いや、けど、普通の列車なら使ったことがある」
「車は?」
「あるよ、飛行船に乗ったことだってある」
「すごい!」
ロゼと一緒に空を飛んだことはあるけど、飛行船だとまた違うんだろうな。
車は、ちょっと遠慮したい。
この街で留守番のクロとミドリがきっとヤキモチを妬くよ。
「いよいよドニッシスだね」
「そうだな」
カイはさっきから黙々と食べている。
今、何を考えているんだろう。
きっとルルは無事だよ、オルト様の石が使えなくても、皆で探せばすぐ見つかるはず。
必ず取り戻そうね。
「今夜は夜更かししないこと、いいな、お前たち」
「はい」
「わかったー」
元気に返事をしたモコの口についているソースを拭き取ってあげる。
宿に戻ったら体を綺麗にして、言われた通り早めに休もう。
明日は私も早起きして、リューと一緒に乗車券を買いに行きたい。
列車に乗る前に駅を見ておきたいんだ。
それに、やっぱり全部兄さんに任せっぱなしはよくないよね。




