馬車にて 2
「だが、在り様が似ていようとも、ラタミルは自らとルーミル以外の全てを根本的に軽んじている」
手綱を揺らして、ロゼは呟く。
不意に横顔に冷たい気配を感じて、なんだか心配になった。
―――ロゼは、ラタミルたちから見放されて、一度消えかけたことがあるから。
「例えば、鳥類系の翼を持つ獣人は、一定以上の高度を飛んではならないという連合王国内共通の法があるね?」
「うん」
「飛ぶことを覚える前に風切り羽の切除が定められていて、違反者には重い刑罰が科せられる」
「犯罪抑止が目的だよね?」
「そう、空を飛べるということは、あらゆる点において高い優位性を持つのさ」
翼があればどこへでも行ける。
地上から歩いて行けない場所にだって、空からなら簡単に辿りつけてしまえる。
そういった利点を利用した犯罪を防止することが目的だって、本に書いてあった。
「しかしそれは君達の都合だ」
「他に理由があるの?」
「ある、遍く空は天空神ルーミルと、その眷属ラタミルのもの、これを犯すことは何者であろうと許されはしない」
ロゼと一緒に見上げた空はどこまでも青い。
あのずっと彼方にラタミルたちが集う天空神ルーミルの領域があると言われている。
―――モコが落ちてきた、私達が送り返そうとしている場所だ。
「そして翼を持ち、空を飛ぶモノは、等しくルーミルとラタミルの所有物であり、管理されねばならない、それが神の定めた理だ」
「拒否できないの?」
「できるよ、現に僕がしているだろう?」
あ、そうだった。
ロゼは元ラタミルで、今はラタミルじゃない。
でも、それじゃ今のロゼって何だろう。
訊いても『君達のお兄ちゃんだよ』ってはぐらかされそうだ。
「この商業連合でも風切り羽を切る必要はないだろうね、しかし他に空を移動する手段があるから、飛ぶ利そのものがなさそうだ」
「それに空の高い場所は空気が薄い」
「ああ、そうだね、君達は十分に空気を得られないと体に不都合を起こすのだった、やれやれ、世話の焼けることだ」
すごく高い場所をロゼに連れられて飛んだことがあるけど、そういえば苦しくならなかった。
あれって海の中でカイがしてくれたのと同じように、普通に呼吸ができるよう保護してくれていたんだろう。
「まあ、それはともかくとして、ハル」
「なに?」
「拒否できるが、すれば破滅だ、僕ならばどうとでもなるが、大抵は抗えない」
「破滅って」
「生物であれば命を、道具であればその全てを破壊され、存在自体を抹消される」
またロゼは近くの茂みへ指先から魔力の矢を打ち込む。
叫び声と一緒に茂みが揺れて、静かになった。
「殺すの?」
「そうだよ」
「どうして?」
「勝手に空を飛ぶからさ」
そんな理由で殺されるの?
だって、そんなこと、今聞くまで私も知らなかったのに。
「どれほど前だったか、その頃は大勢の翼を持つ者達がラタミルに落とされた、そしてヒトは大人しく風切り羽を切ることを選んだ」
「まさか、ロゼ兄さんも」
「僕はヒトに興味がなかったからね、次元の壁を越えられないのだし、空を飛ぶくらいは好きにすればいいと思っていた、だから手を出したことはないよ」
よかった、少し怖かった。
調子がいいって思われるかもしれないけれど、やっぱりそんな酷いことをして欲しくないよ。
「奴らは傲慢で、ろくでもないのさ」
そう話を締めくくったロゼに、思わず訊いていた。
「ねえ兄さん、神の眷属って何なの?」
薄情で無慈悲、横暴、傲慢、残酷で、自分たちの都合しか考えていない。
前よりラタミルの印象はすっかり悪くなった。
逆にもうハーヴィーは怖くない。
どっちも神の眷属なのに、どうして伝わっている傾向と実際は真逆なんだろう。
「そうだね」
ロゼに抱き寄せられて、髪の上からキスされる。
「端的に、その神の傾向を表している者、僕はそう捉えている」
「それってルーミル様が」
不意に指を一本、唇に押し当てられた。
兄さん?
「さて、この話はお終いとしよう、それよりもっと楽しい話をしようじゃないか」
―――言うなってことかな。
言葉を呑み込んで頷いた。
不意に不安がよぎって、見上げた空の青さに目を細くする。
あの青の、次元を超えた向こうに―――ルーミル様やラタミルがいる。
「はるぅ」
モコが幌からひょこりと顔を覗かせた。
「ぼくもおはなしいれて、だめ?」
「構わない、おいで、俺の膝に座るといい」
わーいってモコは早速リューの膝に座る。
ご機嫌でニコニコして、可愛いな。
おかげで少し気が紛れたよ。
「ばしゃ、たのしーね」
「そうか」
「めるがね、いっぱいおはなしきかせてくれたよ、ぼく、いろんなことしった!」
「よかったな」
「うん!」
リューにフワフワの髪を撫でられて、少しくすぐったそう。
「モコ、セレスとカイはどうしているんだ?」
「せれすもおはなししたいみたい、でも『しつれいだ』ってがまんしてる、かいはねてるよ」
振り返ったリューが「いるのか、セレス?」って呼び掛けると、ちょっと間があって幌からセレスが顔を出した。
「う、すみません、ですが誓って盗み聞きなどしておりませんッ」
「いいさ、たいした話はしていない」
セレスはしょぼんとして、私をちらっと見てから、また幌の中へ戻る。
退屈なのかな、少し話をしに行こうかな。
「ロゼ兄さん、私、幌の中で休んできてもいい?」
「ハル、僕の傍にいてはくれないのか」
「俺とモコがいるからいいだろ、行かせてやれ」
「ししょー!」
ロゼは「お前はいい」ってモコに渋い顔してから、仕方ないって頷いた。
有難う、後でまた来るからね、兄さん。
幌の中へ入ると、後ろで景色を眺めていたメルが「あら」って振り返る。
後ろだけ布を上げて外を見られるようにしてあるんだ。
カイは隅で腕組みして寝ている。
「ハルちゃん」
座ったら、隣にセレスが来た。
なんだかまだ気まずそう。
「すまない、兄妹の団らんに水を差してしまって」
「いいよ、気にしないで、それよりセレス、教えて欲しいんだ」
「何?」
「ドニッシスの事!」
チョコレートの専門店に、オーダーの専門店!
期待が高まる、絶対に見に行きたい! 勿論アティが優先だけど、それでも行きたい!
「いいとも」
「それから歌姫のことも教えて!」
「ふぐぅッ」
あれ、どうしたの?
「は、ハルちゃん、あの」
「何?」
「私は、その、あくまで単なるファンってだけで、彼女に特別な思い入れは無いんだ、全然、本当に、これっぽっちも」
「うん」
「だから勘違いしないで欲しい、私にとって一番はいつも君だけだ」
「分かった」
なんだか気を遣われた。
セレスは二、三度咳払いして話し始める。
まずチョコレート専門店!
凄いよッ、数百種類のチョコレートが売り場に並んでいて、他にも数えきれないほどのチョコレートを使った菓子や、チョコレートの料理まで食べられるんだって!
そしてなんと店の中央にはチョコレートの噴水があるらしい。
―――飲めるのかな。
カカオも売っているそうだ。
次のチョコレート・デイに備えて下調べしておくのもいいかもしれない。
オーダーの専門店は分からないらしい。ごめんって謝られた。
だけどそれは当然だ、セレスは魔力を持たないから、オーダーも使えない。
自分に関係無い店のことは分からないよね。
私だって、例えば鍛冶の店のことを訊かれても多分答えられない。
武器の扱いは苦手だし、興味もあまりないから。
こっちは行ってからの楽しみってことで、期待しておこう。
シャルークにあったオーダーの専門店くらいの規模かな、もっと大きくて、もっとたくさんのオイルや道具があるかもしれない。
なんたって商業連合だもんね!
「セレス、歌姫は?」
「うぐッ」
この話題になるとセレスは口が重くなる。
好きだって言っていたけど、もしかして話したくない? どうしてだろう。
「あー、ええと、鈴音の歌姫は数年前から商業連合の各地でライブを行っているんだ、毎回チケットは発売と同時に即完売、あまりの入手困難さに高額転売が大量発生して、対策に行政まで動いたほどさ」
「すごいんだね」
「ああ凄い、彼女の舞台そのものも素晴らしいが、他国では公演が見られないってところも大きいと思う」
「そういえば、私もここへ来て初めて知ったよ」
「商業連合ってさ、入国審査は甘めだけど、出国時の審査は連合王国内で北の次に厳しいんだ」
「そうなんだ」
「理由は技術や情報の流出防止だと思っていたが、他にも訳があるって、師匠やリュゲルさんのお話を聞いてようやく理解した」
「どういうこと?」
セレスは肩を竦めて笑う。
「外交問題さ、ハルちゃん、この国には海外から渡航してきた外国人も沢山いる、そいつらが加護の無い商業連合から、加護を授かっている他国へ行って、知らず神の意に背くような真似をしてしまったら?」
「あっ」
最悪は、破滅。
―――自国民が被害に遭ったと知った渡航元の国から賠償を要求されるかもしれない。
国家間の関係だって揺さぶられるだろう、だけどこっちも神の成すことに異を唱えるなんて真似は出来ない。
自国内で片付けられない様な火種が発生する可能性を、水際で食い止める意味もあるってことか。
「でも、他の国にもラタミルやハーヴィーはいるんだよね?」
「いるにはいるけれど、我々とは異なる概念を持つの」
メルが傍に来て話に混ざる。
そういえば本で読んだことがあったな。
「天空神、海神も、それぞれ異なる名で呼ばれている、存在としては同一だけれど理が違うのよ」
「難しい話だな?」
「ふふ、つまり他国においての神や眷属は、立ち位置やヒトとの関わり方がそれぞれ異なるってことよ」
「なるほど」
「だから、もしかしたら私達ラタミルと同義の者たちと、ハーヴィーと同義である者たちが、親しい関係であったりするかもしれないわね」
それは素敵だ。
ラタミルとハーヴィーも仲良くできたらいいのに。
「ねえ、歌姫のこともっと教えて」
「随分興味があるんだな、ひょっとしてああいう子が好みだったりするのか?」
「可愛かったよね」
ピンク色のフワフワした髪、鈴色の瞳。
ドレスも可愛かった。
あの子が舞台で歌って踊る姿を見てみたい、きっとすごく眩しいだろうな、最高の思い出になりそう。
「そうか、なるほど」
考え込むセレスを、メルが面白そうに眺めてる。
セレスも可愛いよ。
歌も上手そうな気がする、今度何か歌ってもらおうかな。




