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馬車にて 1

馬車の旅は快適だ。

前に馬車を使った時は、ロゼが『威圧』して魔物を封じ込めてくれたけど、今回も全然襲われない。

また『威圧』したのかと思って訊いたら、違うらしい。


「今回の道程は途中にヒトの集落が多いからね、使用禁止をリューに言いつけられてしまった」

「アレは魔物以外にも影響出るからな」

「だから適宜対応しているのさ、こんな具合に」


話しながらロゼは近くの茂みへ魔力の矢を何発も撃ち込む。

茂みの奥から叫び声がして、すぐ静かになった。


「え、今の、魔物?」

「そうだよ」

「見えなかった」

「僕には見える、しかしチマチマと面倒だ」

「やってくれるって言っただろ」

「可愛い君に頼まれてはね、だからこそ君達が傍にいてくれなければとてもやっていられないよ、頑張っているお兄ちゃんを励ましておくれ」

「有難う、ロゼ兄さん」

「うんうん、君は?」

「その調子でラノッテまで頼むぞ兄さん」

「む、不満だ、もっと愛らしく労ってくれ」


ムッとするロゼに、リューは知らん顔だ。

今は昼を少し過ぎたくらい、ついさっき食事をとったばかりでお腹いっぱい、天気もいい。


昼は私、夜はリューが、ずっと手綱を持っているロゼに交代で付き添っている。

騎獣のクロとミドリは普通の馬と違って休憩や補給無しでも数日程度行動し続けられるから、道程はどんどん進んであと半分ほどまで来た。

でも、あまり無理をさせると流石に疲労がたまる。

だから適宜休ませて、飼葉や水を与え、働かせすぎないよう気を付けている。

クロとミドリも一緒に旅を続けてきた大切な仲間だからね。

今日も二頭は元気で可愛い。

ツヤツヤした毛並み、堂々とした体つき、立派なたてがみと尻尾が風にフサフサとなびいている。


「ラノッテに着いたら、クロとミドリとは暫くお別れなんだよね」

「ああ」

「寂しいな」


声が聞こえたらしいクロが、鼻をブルルッと鳴らしてこっちを見た。

ミドリも小さく嘶いて首を振る。


「分かるが、仕方ないんだ、ハル、あれを見てみろ」


リューが指した方に何か珍しいものが走っている。

箱みたいな形の、車輪がついた、乗り物?


「車だ」

「あれが車!」


そういえば本で見たことあるような、だけど実物は全然印象が違う。

本当に車輪だけで走るんだ、動力源は電気と熱なんだよね、仕組みまでは知らないけれど。


「首都近郊は整備された道を様々な車が走っているそうだ」

「騎獣や馬車はいないの?」

「この辺りならまだ利用されているだろうが、車が走るような場所では殆ど見かけないらしい」

「そうだね、なにせ速度が違う、まあ車より騎獣の方が早いが、騎獣は使役するために契約を交わす必要がある、車にはその手間がない」

「騎獣の方が可愛いよ」

「それは俺も同感だ」


リューと頷き会ったら、クロとミドリが嬉しそうに嘶いた。

ほら、こんなに可愛い。

私は断然車より騎獣がいい。


「だが利便性ではどうしても車に軍配が上がるだろうな」

「でも商業連合以外で車って見かけないよ、どうして?」

「車では魔物と遭遇した時に対応しきれない、整備の手間もかかるだろうし、燃料の補給が難しい側面もある」

「商業連合にも魔物はいるよ?」

「他国よりはずっと被害が少ない、加えて首都近郊の車が主な移動手段である辺りに関しては、より強力な魔物対策が行われているそうだ」


魔物対策、整備の手間、燃料補給の問題。

どれも商業連合の技術力でしか解決できないことなんだろう。

エルグラートは連合王国だから、技術の共有をすればいいのにと思うけど、そんなに簡単な話じゃないのかな。


「この国は基本的に技術や情報を外部へ流出させないよう対策を取っているからな」


リューが私の考えを読んだように言う。


「それも商売のため?」

「その側面もあるだろう、だが、やはりここが神の加護の及ばない地だという点が大きいと思う」

「及ばない?」

「ああいや、加護のない国だったな、とにかく他国とは前提が違うんだ、どれだけ便利な道具でも、条件が合わなければ使えないこともあるだろ」


それは確かにそうだ。

色々と複雑な問題があるんだな。


「ところでハル」

「なに?」

「セレスから聞いたぞ、ツクモノのライブを見に行きたいそうだな」


そうだ、すっかり話すのを忘れていた。

セレスから兄さん達に言ってくれたんだ。


「俺も興味が湧いた、せっかくの機会だ、皆で行こう」

「ああ、なんでも、とても美しいツクモノだそうじゃないか」

「いいの?」

「いいよ」


浮ついてるって言われるかと思った。

勿論、最優先はルルのことだけど、少しは楽しんでもいいよね。


「場所は数千人規模の大劇場だそうだな、そこの支配人に顔が利くなんて、流石は王族だ」

「たまに忘れそうになるよね、セレスが王子様だって」

「こら、失礼だぞ」

「セレスなら怒ったりしないよ、ねえ、ロゼ兄さんは実際に王家の方々を見たことってある?」

「あるが、どれがいつの誰かは判別がつかない、君達はいつの間にか世代交代しているからな、かろうじて現王家の者たちならば今はまだ区別がつくよ」


ロゼってどのくらい生きているんだろう。

王宮を実際に見たこともあるらしい。

緑の屋根が美しい宮殿、私も本でなら知っているよ。


「僕の弟子を自称する煩いのが話していたエノアの墓所でもある塔だが、高く聳える様は実に優美でね、僕でも目を奪われる」

「へえ、私も見てみたい」

「見られるさ、いずれ必ず」


エルグラートへは母さんに会う以外にも、モコをルーミルの大神殿へ送り届ける目的がある。

だけどモコは―――どうするんだろう。

決めるのはモコだから、私は見届けるだけ。でも、だからこそエルグラートへは行かなくちゃならない。

絶対に。


「リュー、目的地まで後どれくらいだ?」

「そうだな、この調子なら明日か、明後日には到着できると思う」

「そこから鉄道に乗るのだよね」

「ああ」

「僕も初めての経験だ、まさか今更こんな思いを愉しめるとは、期待してしまうよ」

「ロゼ兄さんも初めてなの?」


驚いた、兄さんは何でも知っているし、体験済みだと思っていた。

ロゼはパチンとウィンクして笑う。


「ヒトが作るものなど興味なかったからね、けれど今は違うよ、君達はなかなかどうして面白い」

「お前は主に料理だよな」

「そうさ! 今の僕に深い後悔の念があるとすれば、それはリュゲル、君と出会うまで食というものを軽んじていたことだ、これだけは悔やんでも悔やみきれない、僕は本当に愚かだった、まさか、食材を調理し、食べるという行為に、これほどまで奥深い意味と歓びが潜んでいたなどと、はぁッ、過去の僕はどれ程の美食を見逃し続けてきただろうか!」


凄い熱意、ロゼってやっぱり食いしん坊だ。

モコも似ちゃったよね、うちには食いしん坊のラタミルが二人もいる。


「ねえ、兄さんはロゼ兄さんに最初に何を食べさせてあげたの?」

「焼いた肉だ、狩った獲物を捌いて、塩を振って焼いただけのヤツ」

「んんっ、あの衝撃はいまだに忘れられないよ、僕の美食に対する情熱の炎はあの瞬間に灯されたのだと断言できる」


焼いただけの肉か、そのせいでロゼは肉が好物なのかもしれない。

モコには最初に何を食べさせたかな。

肉が好きなところもロゼに似たんだろうか。


「今日の昼食もとても美味だったね、リュゲル、いつも有難う」

「うん、美味しかった、リュー兄さんいつも有難う!」

「具をパンで挟んで焼いただけのヤツだぞ、まあでも、どういたしまして」

「私、蜜漬けのリンゴを挟んだのが一番美味しかった」

「お前はリンゴが好きだもんな」

「それとチョコレートだね、商業連合の首都ならば大きな専門店があるだろう」

「チョコレートの?」

「そうだよ」


わ、わぁッ!

行きたい、チョコレートの専門店!


「オーダーの専門店もあるだろうな」

「オーダーも?」

「何でもあるさ、ここは連合王国内随一の物に溢れた国だからね」

「だからツクモノもはるばるここを訪れるそうだ」


どういう理屈だろう。

首を傾げると、リューが説明してくれる。


「ツクモノは、長く愛用された道具が蓄積された魔力を基に疑似的な生命を得て、ヒトに『成る』ものだろ」

「うん」

「だから伴侶となる運命の道具を探す、その道具をツクモノが長く愛して魔力を注げば、いずれ新たなツクモノとして目覚めるそうだ」

「すごいね」

「俺達からすれば気が遠くなるほどの年月がかかるそうだけどな」

「ツクモノに明確な寿命はないんだよね、核さえ壊れなければずっと存在していられるって」

「そうだな」

「なんだかラタミルと似てるね」


ふふ、と不意にロゼが笑う。


「流石僕のハル、とてもいい着眼点だね」

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