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呪いと祝い

「俺は鑑定ができるわけじゃないから、その剣から感じたこと、さっきのロゼを見て思ったことを言ったまでだが」


そう話してリューはロゼを睨む。

ロゼは「やれやれ」って肩を竦めた。


「お前はアサフィロス、その身に魔力を一切帯びない特異な存在、そうだな?」

「は、はい」

「故にお前は、ごく初歩の単純なマテリアルであっても、触媒を用いるオーダーであろうとも、魔法の一切を行使することは叶わない」

「ええ」


静かに頷いたセレスは、前と違ってそのことをもう気にしていないように見える。

魔力を持たないせいで王家のご兄弟にずっと引け目を感じていたようだけど、いつの間にか乗り越えていたんだね。

セレスは十分凄いよ。

私がどれだけ頑張っても出来ない事を簡単にこなせるし、普通の人にだって真似出来ないことをやってのけてしまえる。

確かに魔力が無いと色々不便もあると思う。

だけど、それ以上にたくさんの特別な力をセレスは持っているんだ。

真っ直ぐロゼを見詰める横顔が何だかキラキラして眩しい。

セレス、格好いいな。


「だが、それこそがお前に『祝福』を授けている」

「えっ」

「世の『呪い』と呼称される数多の事象は対象の魔力を鍵に発動する、モノであれ、ヒトであれ、凡そは大なり小なり魔力を宿すが、お前にこの常識は適用されない」


セレスが驚いているけど、私も驚いた。

確かに『呪い』ってそういうものだ。

色々な種類があって、効果も範囲も様々だけど、共通しているのは対象が潜在的に持つ魔力を基として発動すること。

力の強弱は関係ない、そして、魔力は誰でも持っている。

モノにだって魔力が宿る、道具を触媒とする呪いがそうだ。セレスが貰った魔剣はその系統にあたる。


「故に、お前は『呪い』を『祝福』に転化し授かることが出来る」

「つまり、この魔剣の呪いを私は受けないと」

「既に呪われた着衣を纏っているというのに、今更何を言っている」

「えッ!」


咄嗟に「えッ」と私まで声を上げていた。

セレス専用の、この自動修復機能付きのとっても便利な服が、呪われている?


「お前以外が袖を通せば、着衣は肌と癒着し、全身を締め上げ、穴という穴からあらゆる体液を絞り出し、瞬時に絶命足らしめるだろう」

「そ、そんなッ」

「しかしお前は魔力を持たない、故に、呪いが発動することもなく、身体の形状変化への適応、自己修復機能などの、呪いによる副産物の旨味だけが残る」

「旨味」

「その服を仕立てた者は大した腕前だ、感謝するといい、可愛い僕のリューとハルに一着仕立てさせてやってもいい」


リューが苦笑いする。

そんな凄腕の仕立て屋が縫った服を、私も一度くらいは着てみたいかもしれない。


「なんてことだ」


ガクリと肩を落としたセレスは、目に見えてショックを受けてる。

ああ、まあそうだよね。

便利だと思っていたら、まさか呪われていたなんて、考えもしないよね。


「何を落ち込むことがある」


ロゼは呆れた顔でセレスを見下ろす。


「今のお前には、その服、その剣、そしてこの僕の加護、三重の祝福が授けられている」

「し、師匠」

「今ならば魔人であっても後れは取るまい」


ゆっくりロゼを見上げたセレスは、目を大きく見開いている。


「お前は、身の程を知らず、弁えもせず、この僕を師匠などと呼ぶ」

「はい」

「今後もおこがましくともその態度を改めないつもりでいるならば、僕を失望させるな」

「ッツ!」


意外だ。

ロゼが、セレスを励ましてる。

リューだけじゃなく、カイとメルまで、驚いた顔で二人を見詰める。


「僕は一切の醜悪を好まない」

「はい」

「弱さとは醜さだ、至らぬと嘆き、恐怖して怯え、抵抗もせず悲嘆にくれる、その全ては等しく醜い、その全てを僕は厭う」

「はい」

「僕はお前の師などではない、だが、僕を師と呼ぶお前の有り様は僕に関わる、故に失望させるな、二度と無様を晒すな」

「はい!」


フン、と鼻を鳴らしたロゼはそっぽを向く。

セレスは泣いてる。

いつものセレスだけど、でも、今流している涙はいつもの涙じゃない。

嬉しそうだな、よかったね、セレス。

私も、次は絶対に負けない。

あんな目に遭わせはしない、必ず護るよ。


「有難うございます、師匠!」


返事をしないロゼに、それでもセレスはもう一度「有難うございます!」って頭を下げる。


「師匠!」

「ああ、うるさい、うるさい、本当にお前は煩くてかなわない」


そう言ってロゼはこっちを向いて、私にニコニコ笑いかけてきた。

いつもながら兄さんのこういうところって、素直じゃないよね。


「ところでハル、僕ならばあの剣を砕くことが出来るよ」

「え?」

「えッ!?」


今度はセレスの上げた声に私の声が重なる。

魔剣だよ? しかも、ちょっと触っただけで切れるような剣だよ?


「先ほど僕に手傷を負わせたからね、折を見て報いを受けさせよう、あの魔石だけでも浄化すれば素材として再利用できる、いっそ売り払って金に換えてもいい」

「ちょ、ちょっと、そんなのダメだよ兄さん」

「おや、いけないか」

「いけないに決まってるでしょ、カズサたちから貰った大切な剣だよ、怪我は私が治したから許してあげて」

「ふむ、君がそう言うならば、今回だけは不問としよう」


セレスがほーッと胸を撫で下ろす。

向こうでカイも「相変わらず怖ぇ」って引き気味だ。

ため息を吐いたリューが、クロとミドリの手綱を引いて「行くぞ」と歩き出した。


「ししょー、やっぱりこわいね」

「うーん」


そうだね、とは返しづらい。

ロゼっていつもこうだし、とにかく思いとどまってくれてよかった。

本当にやりかねないからな。


――――――――――

―――――

―――


砂漠の集落を出発してから三日経った。

あの魔獣の一件があったせいか、魔物に襲われることも殆どなくて、相変わらず強い日差しと昼夜の寒暖差以外は比較的楽な行程だ。

何度かデグラブを狩って、砂漠のカニ料理を堪能して、風景の先に岩山が見え始めた。


「そろそろ国境だぞ」


リューが教えてくれる。

とうとう商業連合だ、慣れない地形をずっと進み続けたせいか、今回はやたら長く感じられたな。


「はあ、服も荷物も砂まみれ、いい加減しっかり綺麗になりたいよ」

「そうだよね、毎日体を拭いてるし、髪も洗っているけど、やっぱり少し臭うよね」

「ハルちゃんはいつだっていい匂いだろ」

「や、やめて、嗅がないでってば」


どうしても、仕方のない事だけど。

それに比べてモコも、ロゼとメルも、いいなあ、全然汚れない。

着ている服までいつも綺麗なままだ。


前にそのことを不思議に思ってロゼに訊いたことがある。


「これかい? 服も靴も特別なものではないよ、けれど、僕が身につけることで性質が変化するのさ」

「どういうこと?」

「そうだな、手っ取り早く説明するなら『加護がかかる』と言えば理解できるかな?」

「普通の服が、ラタミルの、兄さんの加護で汚れたり破れたりしない特別な服に変わるってこと?」

「その通り、流石は僕のハル、聡明で愛らしい」


カイの服も同じらしい。

だから水中で下半身が魚の姿に変わっても、陸に上がると服に戻るんだね。

神の眷属は色々便利だ。

一瞬で服も体も綺麗になるマテリアルやエレメントがあれば凄く便利なのに、どこかにないのかな。


「ハル、ほら、岩山が途切れた辺りから西へ、砂の向こうに何も見えないだろう?」

「そうだね」

「あの辺りにヴァーリーバレーがあるらしい、前に話した深い渓谷だ、そこが丁度国境で、谷を越えると商業連合国内へ入る」

「谷はどうやって渡るの?」

「橋がかかっているんじゃないか、もしなければ、飛ぶしかないだろうな」


そう言ってリューはカイを見る。

カイは腕組みして「分かってる」って溜息を吐いた。


「やむを得ねぇ、それくらいならどうにか耐える」

「かい、ぼくにのるといーよ」


モコがトコトコッとカイに駆け寄る。


「お前に?」

「うん、ししょーでもだいじょぶだけど、ししょーこわいから、ぼくがいーよ」

「確かにそうだわ、カイ、私よりモコちゃんに運んでもらった方が、きっと影響を受けずに済むわよ」


どうして?

不思議に思っていると、リューまで何かに気付いたように頷いた。


「モコはハルに『名付け』を受けている、今も変わらずルーミルの眷属だろうが、『名付け』でハルの影響も受けているからな」

「私?」

「ああ、それに今のお前には海神オルトの加護がある、その影響をモコも少なからず受けている」


思いも寄らなかった。

でもそれじゃ、モコは平気なの?

じっと見つめると、モコはニコニコして「なーに、はる」って今度は私の胸に飛び込んでくる。

可愛い、全然問題なさそうだね。


「なるほどな、だったらお前に頼むとするか」

「うん!」

「言っておくが落とすんじゃねえぞ」

「ぼく、いまはとぶのじょうずだよ」


カイはハハッて笑って「知ってるよ」ってモコに返す。


「あの湖の時から見違えたもんな、お前はもう立派に一人前だ」

「かい」


モコはカイを見上げて、すごく嬉しそうに笑った。

その笑顔に思いがけず目が眩むようで、カイも驚いたように後退りする。


「こらモコ、眼鏡はどうした」

「あ」


リューに言われて、モコは慌てて髪の中を探って、取り出したロゼとお揃いの眼鏡を掛ける。

今のって、もしかして魅眼?

前も体験したけどやっぱり凄い、いつものモコじゃないように見えた。


「ッぶねえ、お前も魅眼持ちなのかよ!」

「えへへ」

「くそッ生意気だな、オイ、その眼鏡絶対外すんじゃねえぞ、ッたくラタミルなんてホントろくなもんじゃねえ」

「あら、酷い」

「いじわるゆわないで」


カイは鬱陶しそうに頭をガリガリ掻く。

ふふ、でも、モコのことちゃんと認めてくれていたんだね。

嬉しいな、有難う。


さあ、商業連合だ!

―――ルルを見つけよう、そのために、まず目指すのは首都ドニッシス。

一日でも早く無事に見つかりますように。

どうか見守っていてくださいオルト様、それから、カルーパ様。

次回より、いよいよ西の商業連合編です。

これまでより長編を予定しておりますが、何卒お付き合い頂きますよう、よろしくお願いいたします。

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