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砂漠に花開く百合

夜風が吹き抜けていく。

松明に照らされた広場で、楽しい音楽と笑い声。

だけどカイの傍だけ少し寂しい。


「ねえカイ、話してくれて有難う」

「なんで礼を言う、気なんか遣うんじゃねえ」

「うん、遣わない」

「ああそう」

「でもカイのことが知れてよかった、絶対にルルを取り戻そうね」

「当たり前だ」

「しかし、妹御はまだ存命なのか?」


思いがけず怖いことを訊くカズサに、カイは一瞬黙ってから「ああ」と答えた。


「分かるんだ、血族の繋がりでな、だがどういう状態かは分からねえ、生きてるか死んでるか、それだけだ」

「そうか」

「大丈夫だよ、きっと大丈夫、絶対に大丈夫だよ!」


そう、言うことしかできない。

信じることしかできない、こんな辛い思いをカイはずっと抱え続けてきたんだね。

なんだか涙が出そうだ、私が泣いたって仕方ないから泣かないけど。


「はあ、お気楽だな、まったく」


苦笑したカイが私の頭をポンポンと叩く。

やっぱり、ちょっとリューみたいだ。カイも兄さんだからなのかな。


「ま、俺だって信じるしかないさ、ずっと探し続けてきたんだ、今更諦められるかよ」

「そうだな、私も信じよう」

「俺もだ、ハーヴィーよ、貴殿の妹御はきっと無事に違いない」

「なンだなンだこのお人好しどもめ、急に擦り寄ってきやがって、気持ち悪ィ」


音楽はまだ続いているけれど、眠くなった小さな子や小さなワウルフたちが大人に抱えられて広場から離れていく。

私もそろそろ休ませてもらおう。

ふと、こっちへ歩いてくる兄さん達に気付いた。


「ハル、セレス、それとカイ、そろそろ寝るぞ、俺達は休まないと持たない、明日は早いからな」

「うん」

「おいでハル、今日はとても疲れただろう、お兄ちゃんたちと一緒に寝よう」

「私はセレスとモコと寝るよ」

「なんッ」


ごめんねロゼ兄さん。

リューが「カイはどうするんだ?」って尋ねると、「その辺で適当に寝る」って答えてカイは立ち上がった。


「分かった―――お前たちも休め、夜更かしするんじゃないぞ」


そう言ってリューはロゼを引きずっていく。

ロゼはこっちに手を伸ばして「ハルぅーッ!」って呼ぶけど、本当にごめんね、セレスを一人に出来ないから。

多分、大丈夫だと思うけど、今はちょっと目が離せないよ。


「さて、私達も寝ようか」

「あ、うん、そうだな」

「それでは寝床まで案内させよう、ゆっくり休むといい」

「有難う、カズサ」


カズサに呼ばれて集落の女の人が案内に来てくれた。

向こうからモコが「はるぅー!」ってメルの手を引いて駆けてくる。


「めるもいっしょ、おやすみしよ!」

「メルも?」

「いいかしら?」

「勿論!」

「ウフフ、有難う、お礼に明日の朝は起こしてあげる」

「ぼくも! はるとせれすにおはようってするよ」

「有難う」


「また明日」って手を振るカズサの向こう、カイがどこかへ歩いていく。

カイもまた明日、だね。

―――後でメルに話を聞いたって言わないと。

メルもきっと辛いんだ、二人のためにも、絶対にルルを取り返そう。


「おお、来られたか、麗しき『貴き瞳』とご友人、そしてラタミルよ」


案内された場所は昨日と同じ洞穴、ええと、つまりユエの私室だよね。

持ち主が戻っているけどいいの?

お邪魔じゃないのかな。


「狭くてすまない、だが破壊されず済んだ中でここが最も上等な寝床だ、今夜はこちらを使ってくれ」

「あの、ユエさんは」

「私は見張りも兼ねて外で眠る、お気遣い召さるな」

「えッ、あの、もしよければユエさんも一緒に休まれませんか?」

「な、なん、だと?」


目を大きく見開いたユエに、私もたじろぐ。

そんなに驚くことでもないと思うけど。


「よいのか? 私も、その、同衾をお許しいただけるのか」

「こっちがお部屋をお借りするので、むしろ恐縮です」

「そんなことはない!」

「わぁっ」


声がビリビリ響くッ。

驚いたモコがペタンと尻もちをついた。

ユエは慌てて「すッすまない!」って手を差し出すけど、すぐモコは「だいじょぶ!」ってピョンと立ち上がる。


「その、動揺してしまった、本当によろしいのか?」

「はい、皆もいいよね?」

「ああ」

「いーよ!」

「ふふ、私は眠らないから、お好きにどうぞ」


髪の間から覗くユエの耳がピンピンッと跳ねて、長い尻尾もパタパタ揺れている。

なんだかちょっと可愛いかもしれない。

「であればすぐ寝床を整えるとしよう」って、早速毛布やクッションを用意し始めた。

私達も手伝って、皆で眠れる寝床を整える。


「その、お恥ずかしい話だが、実は君たちがずっと気になっていたんだ」


毛布に包まったユエは恥ずかしそうに口元を隠す。

さっきまでと雰囲気が違うけど、もしかしてこっちが素なのかな。


「なんと愛らしいのだろうと、だからその、少々自制心を保てそうもなくてだな」

「え?」

「だが、この機を逃すわけにはいかない、肚を決めて言わせていただく、触れてもよいだろうか?」


どうしたんだろう、セレスが固まってる。

「どうぞ」って答えると、途端にユエはパッと目を輝かせて私の髪にそうっと触れた。


「ふぁッ、や、や、柔らかい」

「ふふ」

「ッあ! その、肌にも触れていいだろうか?」

「はい」

「ぐッ、有難う、あぁ、ああなんて、なんて柔らかくて、瑞々しい、いい匂いだ、ハァッ、ハァッ、堪らんッ」


くすぐったい、なんだかセレスみたいだ。

灯色の目がキラキラ光って、少し息が荒いのは、もしかして興奮している? ふふ、変なの。

私をあちこち撫でまわして満足したらしいユエは、今度はセレスをぐるんと振り返って見る。

ビクッと震えたセレスは「いや、私は結構だ」って座ったまま後退りした。


「少しで構わない、その美しい髪と、肌に、どうか触れさせて欲しい」

「か、勘弁してくれッ」

「もしや貴殿、女同士でしか味わえない悦びを知っているのか?」

「うぐッ」


何の話だろう。

首を傾げると、目の合ったメルが意味深に微笑みながら肩をすくめた。

女同士の悦びって一体何?


「ねーはるぅ、ねないの?」


モコが膝に乗ってくる。

そうだね、そろそろ寝ないと、明日起きられなくなりそうだよ。


「ユエさん、私、そろそろ寝ます」

「あっ、う、うむ、そうだな、寝よう、実に名残惜しいが」

「お部屋にご一緒させていただいて有難うございます」

「礼を言うのはこちらの方だ、今夜は、忘れられぬ夜になりそうだ」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ、麗しき『貴き瞳』よ」


さっとセレスが傍に来て、私を毛布に巻き込みながら横になった。

寒いのかな。

でもくっついているとあったかいね。


「ハルちゃん、傍から離れないでくれ」

「うん、ふふ、あったかいね」

「君の貞操は私が必ず守るからな」

「何のこと?」

「気にしなくていい、おやすみハルちゃん、モコちゃん、メルさんも」

「おやすみぃ」

「はい、おやすみなさい」


おやすみなさい、セレス、皆も。

―――色々あったけれど、まだ生きている。無事でよかった。

でも今日の出来事はきっとこれで終わりじゃない。

あの時魔人から「エルグラートへ来るな」と言われた。

だけどエルグラートには母さんがいる。

警告を無視したら、もっと酷い目に遭うかもしれない。


どうすれば防げるだろう。

相手の目的が分からないから後手に回ってしまうのはどうしようもないけれど、対策くらいは立てられるはずだ。

兄さん達と、皆と、改めて話し合った方がいいかもしれない。


セレスの腕にそっと触れる。

必ず守るからね。

どれだけ傷を負っても、たとえまた体の一部を失ったって、全部私が癒すから。


でも、二度とあんな光景は見たくない。

本当は誰にも傷ついて欲しくないんだ、そのために、私に出来ることって何だろう。


――――――――――

―――――

―――


んん、あつい。

まぶたを開けてぼんやりする。

なんだか柔らかなものに挟まれている。

目の前の谷間に鼻先を埋めたら、甘くて優しい匂いがした。

もうすっかり嗅ぎ慣れたセレスの匂いだ、安心する。


「んー?」


後ろは誰だろう。

体を触られているような、んっ、何か擦りつけてきた。

振り返ると灯色の瞳と目が合う。


「目を覚まされたか、麗しき『貴き瞳』の方よ」

「ユエさん?」

「おはよう」


んむ、おでこにキスされた。

ユエも体温が高い、セレスもポカポカなんだよね。二人に挟まれているからこんなに暑いのか。

そういえばモコ、ああいた、ふふ、小鳥の姿で私の胸元にうずくまってる。

フワフワで柔らかな羽が気持ちいい。

体のあちこちを手が触って、んッ、くすぐったいよ、二人とも寝ぼけてるの?


「ハルちゃん」


目を開けたセレスがフニャっと笑った。

可愛い。


「おはよう、今朝は君の方が早起きだな」

「うん、おはようセレス」

「それにしても、ふふッ、どうしたんだ、随分大胆だな、私のことそんなに触って」

「それはユエさんだよ」


私は二人の間に挟まれているだけで、さっきからモコを撫でてる。

途端に飛び起きたセレスは私を抱えて引き寄せた。

わ、うわッ、どうしたのセレス?

モコも驚いてピヨッと鳴きながら毛布の上にコロンと転がる。


「ねッ、寝込みを襲うのはやめていただこうか!」

「目覚められたのだな、可愛い人」

「ぐぅッ!」


起き上がったユエは、え、裸?

あ、下着はつけてるんだね。

それにしても凄い腹筋、セレスも鍛えているけど、また違う逞しい体つきをしている。

胸も張りがあって大きい、格好いいなあ。


「魅惑のひと時だった、やはり忘れられぬ夜になったな」

「誤解を招くようなことを言うなッ、こっちにその覚えはないぞ!」

「ああ、だが堪能させてもらった」

「まさか寝ている間に手を出したのか?」

「そんな真似をすればすぐに気付くだろう」

「そ、それは、そうだが」

「ふむ、やはり愛い、強い女は好きだ、しかし『貴き瞳』の愛らしさにも心を奪われる」

「やめろぉッ、親子揃って何なんだ、ハルちゃんに手を出すな!」

「お前はいいのか? 可愛い人」


ぺろりと舌なめずりするユエに、セレスもゴクンと喉を鳴らして、だけどすぐ首を振って「ダメに決まってるだろ!」と言い返す。

傍で見ていたメルが「業深いわねえ」ってため息交じりに呟いた。

何の話をしているんだろう?

モコも一緒にポカンとしている。


「さ、砂漠の民はどうなっているんだ、見境がなさ過ぎる、早くここを離れないと」


セレス、急に深刻そうだけど、大丈夫かな。

―――それより外はもう朝だ。

暗い洞穴の出入り口を塞ぐ厚手の毛織物の端からうっすら光が差し込んでいる。

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