砂漠の民に伝わる伝承
「おお、気付かれたか『貴き瞳』の御方よ」
今度はユエとカズサだ。
洞穴へ入ってきた二人は、リューの傍へ来て顔色を窺い「多少は生気が戻られたか」「そのようだ」ってホッとしたように頷く。
「薬酒をお持ちした、飲まれるといい、滋養によく効く」
「有難い」
手渡された盃に注がれた酒を飲むリューに、ユエは「なんの」と目を細くする。
「貴殿にも、そして妹君とご友人にも、我らは本当に世話になった、感謝する」
「いや、全員は救えなかった」
「だが全て失わずに済んだのは紛れもなく貴方がたのおかげだ、命があれば明日が来る、此度の厄災で落命した戦士たちの御霊は我らが弔おう」
「兄君よ、ささやかだが宴を開こうと思う、皆と勝利を祝いたいのだが、ご参加いただけるだろうか?」
「そうだな」
こっちを見るリューに頷き返す。
むしろ大歓迎だよ、こんな状況だからこそ景気づけしようっていう気持ちを無碍になんてできない。
「カズサ、ユエさん、俺達は明日には出発しようと思っている」
「随分と性急だな、我らであれば気遣いは無用だが」
「こちらで暫し養生なされてはどうか」
「気持ちは有り難いが、なるべく早く商業連合へ向かいたいんだ」
「む、何か訳がおありなのだな」
「そうか、我らの都合で足止めして申し訳なかった」
頭を下げるユエとカズサに、カイが「別にいい」って返す。
「アンタらにはアンタらの事情があったんだ、今更責めやしないぜ、だが長居もできねえんだ、分かってくれ」
「無論」
「不躾だが、訳を伺ってもよろしいだろうか」
「俺の妹を探している」
「妹」
「商業連合にいることまでは突き止めた、早く見つけてやりたい、あまり時間がねえんだ」
俯くカイに、ユエが「そうか」と表情を曇らせる。
心配でたまらないだろう気持ちは私にもよく分かるよ。
「であれば尚更お引止めできんな、明朝立たれるのならば、今夜は滋養を取り、ゆっくり休まれるといい」
「そうさせてもらう」
「ああ、皆に支度を急がせよう、今しばらくこちらで休まれよ」
ユエだけ立ち上がり出て行って、残ったカズサは何か考え込んでいる。
どうしたんだろう?
「恩人様方、そして『貴き瞳』よ、一族に伝わる話をしておこうと思う」
「急にどうしたんだ?」
リューも不思議そうに尋ねると、カズサは頷いて「何か助けになるかもしれない、だからだ」と答えた。
改めて足を組みなおし、背筋を伸ばしたカズサは語り始める。
「西国に黄金を司る竜がいる、彼の竜は数多の財宝を抱き、地中より砂の地に湧きいずる災厄に眼を光らせるものなり」
「竜だと」
「西国とはすなわち商業連合のことだ、彼の地の竜が抱く宝とは我らにとって価値あるもの、これは何も形あるものに限らない」
ハッとした様子でカイがカズサの方へ身を乗り出す。
「まさか」
「ハーヴィーよ、貴方は神の眷属だ、御身は黄金以上の価値を持つ」
「オイふざけるなよ、あいつは、ルルはどこぞの賊に攫われたんだ、俺はそう聞いている!」
「そうか、俺は事情を知らない故、この話は何かしらの助けになればと思い告げたのみ、他意はない」
「くそ!」
カイ、顔が真っ青だ。
その様子をメルが痛ましそうに見つめている、
どういうことなんだろう、まさか、ルルは今竜に捕まっているの?
「不安を煽るだけになってしまったようだな、すまない」
頭を深く下げたカズサを「いや、それは君達に伝わる伝承の話だからな」とリューが気遣う。
「西国、商業連合にいる竜、その居場所は具体的に伝わっていないのか?」
「そうだな、だが竜は財を好み溜め込む性質を持つ、であれば居場所はおのずと限られてくるだろう」
「君の見解を聞きたい」
「商業連合で最も財の集まる場所だ、この地より南西に辿り至る先」
カイがエノア様から頂いた石を取り出して、手のひらに乗せる。
その表面に浮かび上がった矢印が示す方向。
南西、商業連合内で最も栄えている、どこよりも金や人が集まる場所。
つまりそれって―――
「首都、ドニッシスか」
セレスが呟いた。
私達が目指す場所、そこにルルがいて、竜もいるのかもしれない。
『黄金を司る竜』はエノア様に関係する竜なのかな。
それとも全然違う竜なのか、今の段階では分からない。
なんだか、漠然と不安だ。
もしエノア様の竜なら、また花の種を賜ることになるだろう。
三つ目の花。
全部で五つあるらしい花をすべて集めたら何が起こるのか―――私に、もしかして何か役割があるのか。
それは何だろう、分からなくて怖い。
『エルグラートへ来るな』と魔人から脅された理由も含まれるのかな。
色々な事件や出来事は全て一つの根で繋がっているようなのに、正体が見えてこない。
また辛くて苦しい思いをするんだろうか。
誰かが傷つく姿や、何かが壊れる様子を見ることになるのかな、そんなのはもう嫌だよ。
「ところで、ハル、セレス」
不意に呼ばれてカズサを見る。
「やはり、お前たちを妻として迎えたいのだが、どうだろうか」
「あ?」
セレス急に柄が悪いよ。
ええと、ユエさんに叱られて話は終わった、訳じゃなかったのか。どうしよう、困ったな。
「俺は夫足る器量を示せたと思う、兄君、如何だろうか」
「えっ、いや、ええと」
「おいッ、病み上がりのリューさんを困らせるな! それに、そもそもこっちがお前を嫌だって言ってるんだよ!」
「ふむ、ハルはどうだ?」
「えッ」
「ハルちゃんだって嫌に決まってるだろ、明らかに困っているじゃないか!」
戸惑ってリューを見ると、リューも眉根を寄せて見つめ返してくる。
その隣でロゼは目が三角だ。
いけない、このままだとまたカズサを気絶させるかもしれない。
「俺はハルとセレスにどうしても俺の子を産んで欲しい、次の長を担う大切な子だ、お前たちの強い血が欲しい」
「無理強いしないところだけは認めてやる、だがな、こっちも絶対にお断りなんだよ、そもそもお前、女の経験があるのか? 口を開けば子が欲しい、子が欲しいって」
「ある」
「ああそう」
あるんだ。
そういう話って苦手だ、つい目が泳ぐ。
「だったらその人とよろしくやってくれ、私もハルちゃんもお前の子は産まない」
「長の妻は何人いてもいい、子は多いに越したことはない」
「あのなぁ!」
「―――いい加減にしろ、カズサ!」
出入り口を塞ぐ厚手の布をバサッと除けながら、ユエが洞穴に入ってきた。
「先ほどから聞いていれば諦めの悪い、見苦しいぞ!」
「だが母よッ」
「くどい!」
声がよく響く。
訊いたらユエは獅子の獣人亜種なんだって。
だからかな、貫禄が凄い。まるで大型の獣が威嚇して吠えているみたいで、ちょっとビリビリする。
「聞け、カズサ、お前の父は私に三日三晩の戦いを申し込み、その強さを証明して私に求婚した、故に私も想いを受け入れた」
「ならば俺も、二人に俺の強さを示して」
「愚か者!」
うッ、迫力で吹き飛ばされそう。
カズサもビクッとして小さくなる。長でも母さんには敵わないみたい。
「お二人は戦士か? 違うだろう! 己が示すべき姿さえ分からず闇雲に迫る卑しさ、一族のためなどと手前の由を振りかざす身勝手さ、やはりお前にお二人を娶る資格など皆無!」
「うッ、母よ」
「諦めよ! これ以上大恩ある御方々を不快にするとあらば、この母が刃をもって至らぬ息子に道理を分からせよう」
そう言って腰に提げている大剣をすらりと抜き放つ。
わ、わぁッ、流石にやり過ぎだ!
固まるカズサとユエをハラハラ見守っていたら、目を逸らしたカズサにユエはフンと鼻を鳴らして剣を鞘へ戻す。
驚いた。
今度はこっちを向いたユエは、さっきとうって変わって「すまなかったな」って優しく微笑みかけてくる。
「愚息が大変失礼をした、宴の支度が整ったゆえ、共に参っていただけるだろうか」
「あ、はい、あの」
「なんだ?」
「有難うございます」
ユエはフフっと目を細くする。
「よい、愛らしい方よ、その小鳥の囀りにも似た声、まろい面と艶やかな金の髪、貴方にこの砂の地は相応しくない、久しく嗅ぐことのなかった緑の薫香に癒された」
「えっ、と」
「こちらこそ感謝する、惜しくも今宵限りの縁となってしまうが、どうか楽しまれてくれ、麗しき『貴き瞳』」
う、なんだかドキドキする。
こっちへスイッと伸ばしかけた手を止めて、ユエはコホン、コホンと咳払いをした。
格好いいな。
セレスもユエに見惚れてる、分かるよ、強くて芯があって眩しいくらい。
女の人だけど変に意識しそう、はぁ、少し緊張してるかも。
「ところで猛き『貴き瞳』の御方よ、そちらのお加減はどうだ、動けそうか?」
「問題ない」
「では外へ、皆待ち侘びている」
全員で洞穴の外へ出ると、もうすっかり夜だけど、あちこちに掲げられた松明のおかげで明るい。
改めてどこもボロボロだな、元の状態へ立て直すまではきっと長い時間がかかる。
だけどみんな笑っている。
私達の周りに小さな子と小さなワウルフたちがわっと駆け寄ってきた。
「おんじんさま、ありがとう!」
「おいわいだワンッ、いっぱい、いーっぱいごちそうあるワン!」
「つよいね、かっこういいね、おんじんさま、ワーイ!」
「ワーイワーイ、かったーっ! ワンワンッ」
元気にピョンピョン飛び跳ねる。
モコも一緒にピョンピョン跳ねて楽しそう。
きっと心配いらないね、小さな子たちが笑っていられるなら、大丈夫だ。
「さぁさ、こちらへ、昨日と違って大したものはご用意できませんが、勝利は皆で祝わないとワン!」
「アンタら本当に強いな! 大したもんだぜ!」
「ラタミル様のご威光をこの目で拝むことが出来て感激ですワン」
「本当にアリガトな、アンタたちがいなかったら今頃皆殺しだ、せめて目一杯食っていってくれ」
広場に敷かれた敷物の上に腰を下ろして、たくさんの料理と大きな鍋を囲む。
周りから伝わってくる晴れ晴れしい雰囲気に、改めて勝ったんだなって実感が湧いてきた。
「おんじんさまのおひざのりたいワン」
「ぼくおんぶー」
「あっこら、勝手によじ登るんじゃない」
ふふ、モコだけじゃなく、セレスまでじゃれつかれてる。
私の膝にも小さなワウルフがたくさん乗ってきた、フワフワしてあったかい、可愛いね。
「皆、盃は渡ったか!」
赤々と燃える松明に照らされたカズサが、片手の盃を高く掲げた。
その隣にはユエもいる。
「此度の勝利と、猛き方々より受けたご恩をこの盃に掲げて!」
私も渡された盃を夜空へ掲げた。
「乾杯!」
松明の明かりの中で『乾杯!』と大勢の声が重なって響く。
大変だったけど、私も兄さん達も、無事にやり遂げたんだ。




