不兆
支度を済ませて、借りた毛布を畳んで、洞穴の外へ出ると遠くの空が白く染まり始めていた。
小鳥の姿になったモコが頭の上にポフッと乗る。
「おはよー!」
「よォ、起きたか、寝ぼけたツラしてんじゃねえぞ」
「おはよう、モコちゃん、ハルちゃん、セレス、いよいよね」
カイとメルがいた。
三又の槍を携えるカイの隣で、メルは集落の女の人達と同じような服を着て微笑んでいる。
わあ、似合ってるよ!
「メルさん、素敵だ、とてもよく似合っている」
「うん、綺麗だよ」
「きれー!」
「ウフフ、有難う、嬉しいわ」
でもどうして、と思いかけてハッとした。
そうか、囮役だ。
褒めるなんて場違いだったかな、私達が不安にならないよう気遣ってくれたのかもしれない。
「大丈夫よ」
「えっ」
「そんな顔しないで、これでもラタミルですもの、神の眷属として魔獣如きに後れは取らないわ」
「そうだぜ」ってカイがメルの肩に手を置く。
「加えて俺もいる、それで、何か不安があるか?」
「う、ううん」
「だろ? ヒトには荷が勝ったかもしれねえが、こっちは神の権能の一部を授かってるんだ、出自の知れない魔獣なんざ相手ですらねぇよ」
「随分な口を叩くな」
「事実さ」
セレスに言い返して、カイは不意に真顔になる。
「だがお前らこそ用心しろ、俺達がこれから討伐に向かう魔獣以上にヤバいのがコッチに出るかもしれねえ」
「魔人か」
頷くカイに、セレスも厳しい表情をする。
「おいハル、前やったヤツ、ちゃんと持ってるだろうな?」
「あ、うん」
「いざとなったら使えよ、時間稼ぎくらいにはなるはずだ」
「分かった」
あの青い巻貝だね。
一度だけ、どこでも津波を起こせる魔法道具。
袋に入れて荷物の中に大切にしまってある。
「おはよう、僕のハル、今朝もとても愛らしいね!」
「ハル、セレス、モコも、おはよう」
兄さん達も来た。
皆で昨日宴が開かれた広場へ向かうと、カズサたちとワウルフたちも集まっている。
「来たか、頼もしき客人よ、そして俺の―――」
言いかけるカズサをワフリスがすかさず蹴った。
カズサはワフリスを見て、ロゼを見てから、何度か軽く咳払いする。
「控えよう、俺はまだ兄上方に認められていない」
「は? 『まだ』? いいかよく聞け、お前が認められる日は生涯訪れない! 私もハルちゃんもお前なんかと結婚しない!」
「朝っぱらからうるせぇ、声がデカいんだよ、ったく無駄に元気だな」
セレスを呆れたように見るカイに、カズサが「ハーヴィーよ、我が花嫁を愚弄すること、やめて頂きたい」と真面目な顔して言う。
思いがけず唖然としたカイは、不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ふざけるな!」ってまた怒鳴り返すセレスを、今度はリューが宥める。
「落ち着け、一刻を争う状況だ、今は収めてくれ」
「ッあ、リューさん」
すぐ「すみません」とショボショボするセレスに頷く。
今度はカズサに出発の準備は済んでいるか尋ねた。
「無論、万全だ」
「では行こう、時間が経つほど状況は悪くなる、急いだほうがいい」
「了解した、皆! 出陣する!」
オウッと鬨の声が上がる。
振り返ったリューは私の頭をわしわし撫でる。
「しっかりな」
「はい」
「僕の可愛いハル、君のために加護を授けておこう」
そう言ってロゼが片腕を上げて軽く振ると、辺りに魔力が満ちた。
強力な防護結界だ、道具も詠唱も無しに集落全体を覆うなんて、やっぱりロゼはすごい。
「さて」
今度は私の額にキスをする。
目印と、悪意を防ぐ加護。
「ついでだ」ってセレスとモコの額を弾いて、同じ加護を授ける。
「あッ、有難うございます!」
「ししょー!」
「未熟者、どうだ、見えているか」
「え?」
首を傾げたモコは、羽をぶるっと震わせる。
「わかんない、でも、ずっとぞわぞわしてる」
「ふむ」
ロゼは指で顎をしゃくってから、モコに「励めよ」と声をかけた。
そしてリューに促されて歩き出す。
今の、何だろう。
集落に防護結界を張って、私達に個別の加護まで授けるなんて、やけに念入りだ。
何か視えたのかな。
『魅眼』以上に持つラタミルは稀な『天眼』
あらゆる全てを見通し、場合によっては未来さえも『視える』そうだ。
遠い昔にロゼはその力を持っていたけれど、視た未来を変えようとして竜の血を浴び『天眼』を失った。
だから今のロゼに未来は視えない、はず。
―――モコも『天眼』を持っているらしい。
「ねえモコ、さっきロゼ兄さんに言われたことだけど」
モコはパタパタっと飛んで、ポンッと人の姿に変わる。
「わかんない、だから、いえない」
「モコ」
「ごめんね、でもぼく」
言いかけて、モコはくるりとセレスを振り返った。
「せれす」
「なんだい?」
「あのね、あぶないよ、きをつけてね」
「えッ」
怪訝な顔をするセレスの傍へ行って、腕にギュッと抱きつく。
頭をぐりぐり擦りつけてから、顔を上げて「でもぼく、まもるよ」って空色の瞳を光らせた。
「ぜったい、せれす、はるのだいじだから、ぼくもだいじ」
「あ、ああ」
「ぼく、まだししょーくらいきれいじゃない、でも、はげめっていわれたから、がんばる」
「有難う、モコちゃん」
セレスに撫でられて、モコは嬉しそうに笑う。
不安だ。
『よくない』ってなんのことだろう。
モコも漠然としか分からないようだし、イヤだな、悪い予感がする。
しっかりしないと。
気持ちで負けたら出来ることも上手くいかなくなるよ
兄さん達と、メル、カイと、カズサたちを、集落に残る皆と一緒に見送った。
無事に戻って、待ってるからね。
―――東の空に太陽が昇り始める。
「朝だな」
「うん」
「それじゃ私はこの辺りを一通り見回ってくるよ」
「私も一緒に」
「いや、ハルちゃんは残って皆の不安を和らげてやってくれ、ほら―――」
見送った姿のまま、集落の皆は硬い表情で立ち尽くしている。
小さな子たちが怯えて泣き出した。
老人は無言で俯く。
そうだ、守るって、ただ外敵を防ぐだけじゃない。
出来る事をするなら今だ。
「みなさん!」
大声で呼びかけて、ウィンクして歩いていくセレスに頷き返した。
モコも羊の姿になって、私の隣でおどけてピョンピョン跳ねてくれる。
「不安にならないでください、大丈夫! カズサたちは必ず無事に戻ってきます!」
「そうだよ、ししょーもりゅーも、めるもかいも、つよいよ!」
「ラタミルとハーヴィーの加護がついています、空と海が私達の味方なんです、心強くありませんか?」
集落の人達の表情が少しずつ明るくなり始めた。
そうだ、違いないって声があちこちから上がりだす。
「おねーちゃん、きのうのきれいなの、やって!」
「ワウッ、みたいワン!」
お願い、の声に応えて取り出した香炉を軽く揺らすと、それだけで精霊が集まってきた。
ここにロゼの魔力が満ちているからだろう。
よし、あのオーダーを使おう。
ディシメアーで私が作ったオーダーだ。
「フルーベリーソ、満ちて開け、私の声を聞いておくれ」
風の精霊ヴェンティ、火の精霊イグニ、土の精霊ソロウに、石の精霊ルッビス!
こんなにたくさん、有難う皆!
さあ、お願い、ここにいる人たちを勇気づけて!
風に砂が巻き上げられる。
そこへ炎が混ざって、燃え盛る巨大な竜巻になり、地面が隆起して現れた巨大な石のゾウに絡みつく。
風と炎を纏ったゾウは前脚を振り上げて嘶いた。
地面を踏みしめると同時にバキバキと形が変わって、ゾウは燃え盛る獅子になる。
そして宙へ飛びあがると、直後に姿は四散してたくさんの砂のチョウと炎の小鳥へ変わった。
風と一緒に空高く舞い上がり、輝きながら消えていく。
―――目を奪われる光景だった。
私まで唖然と見上げていたら、不意に拍手が鳴り始めた。
「すごいぞ!」
「勝てるわ、カズサさまはきっと無事にお戻りになられる!」
「仇を取ってくださるに違いない!」
「勝利は我らにワン!」
「ワンワンッ」
「うわぁーいッ、ばんざーい!」
大喝采だ。
集落の人達とワウルフたちが押し寄せて、握手を求められたり、有難うと声をかけられたりする。
よかった。
私にも出来ること、頑張ったよ兄さん。
戻るまでこの人達をしっかり守るからね。
「さッ、カズサさま達がお戻りになられるまでに宴の用意をしておかないと」
「そうワン、祝杯の準備ワン!」
「子供らも手伝いをおし、いいね?」
「はーい!」
「でもぼく、お腹すいたクゥ」
「ハハ、そうじゃな、まずは朝食じゃ」
「確かにそうね、ご飯にしましょう!」
私も手伝わせてもらうことにした。
何もしないでいられないよ、それに私もお腹が減った。
―――兄さん達は携帯食を持っていったのかな。
暫くするとセレスが戻ってきて、特に異常はなかったことを皆に伝える。
一緒に朝食を食べた後は家事の手伝い。
私は洗濯、セレスは繕い物、そしてモコは子供たちの世話。
森と砂漠じゃ生活は全然違うけど、こういう日常の細かな仕事は変わらないよね。
兄さんたち、今頃砂漠のどこにいて、何しているんだろう。
攫われた女の人達は無事に救出できたかな。
心配していないけど気掛かりだ。
特に、リューが無茶していなければいいなって思うよ。




