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旅支度

宿を出たら、改めて人の多さに驚いた。

今ここにいる人たちだけで、村よりずっと多いかもしれない。


「やっぱり凄いね、町ってこんなにたくさん人がいるんだ」

「そうだね」


ロゼが答えて笑う。隣でリューも笑ってる。

モコは―――また鳥の姿に変えられて、私の肩の上だ。

時々耳元でピヨピヨ鳴くけど、羊の時よりずっと大人しい。やっぱりあまりいい気はしないんだろう、ごめんね、暫く我慢していて。


「ねえ、どうしてモコは鳥になると喋れなくなるのかな?」

「喋れるさ、姿に惑わされて言葉を忘れているんだろう、未熟故だよ」

「そうなの?」

「そうだと本で読んだ」


そっか、そうなんだ。

ロゼはラタミルをあまり好きじゃないのに詳しいんだね。

でも、知識に好き嫌いは関係ないから、そういうことなのかな。

私も本ならなんでも読むし、読んだうえで得た知識を自分に必要かそうじゃないかふるいにかける。

だって、知らないままの方がつまらない。なんでも試してみないとね、母さんも前にそう言ってた。


「まず常備薬と携帯食、ついでに換金もする、それから調合の素材、道具類の買い足しと、足の調達」

「足?」

「長旅になるからな、あった方がいい」

「足って?」

「後で分かるさ」


言いだしたリューも、何か知っている雰囲気のロゼも、それのことを以上教えてくれない。

うーん、気になるけど後で分かるならいいか、早速買い物だ!

肩でピイピイ鳴くモコを撫でながら、あちこちの店を見て回る。

店って本当に色々あるんだ。

野菜屋の店先には野菜がたくさん並んでいるし、肉屋の店先は肉だらけ、パン屋、花屋、食品雑貨屋。

道具屋は何を取り扱っているかで店が分かれている。確かに同じ道具でも、魔法関連の道具とお鍋や包丁じゃ用途も使う場面も全然違うもんね。

武器や防具を売る店、人を派遣している店、飲食店に酒場、案内所、色々あり過ぎて目が回りそう。


「あまりキョロキョロするな、人にぶつかるぞ」

「ハル、僕と手を繋ごうか?」

「大丈夫だよ」


でも、リューの言う通りちゃんと前を見て歩かないと。


「ここにオーダーのオイルや道具を扱っている店はないのかな」

「流石にないな、そういう店はもっと大きな街にしかない」

「そっか」

「領主が住む街では見たことがあるぞ、着いたら連れていってあげよう」

「本当?」

「勿論だとも」

「それは構わないが、無駄遣いするんじゃないぞ」

「ハルが欲しがる物に無駄な物なんてないさ、何でも言いなさい、僕が全部買おう」


「こら」とリューが目を三角にする。

ロゼは「僕の財布を使うから構わないだろう?」なんて言ってるけど、納得しないだろうな。


「ふふッ、有難う」


でも、必要な物は大抵ロゼが作ってくれるから、買いたい物ってあまりないんだよね。

調合用の素材くらいかな。オーダーの調合済みオイルは見るだけでいいけど、できれば匂いを嗅がせて欲しい。

自作目的、っていうのは店の人には秘密にしないと。全く同じものは作れなくても、調合の参考になる。


「ねえリュー、封筒と便箋も買ってね」

「ああ、手紙か、書いたら言ってくれ、人に頼んで届けてもらおう」

「そんな手間をかけずとも、僕が鳥を飛ばそう」


えっ、それ、どういうこと?

言葉の意味が分からなくて見上げると、ロゼはニコニコしながら答えてくれる。


「なに、僕が歌えば鳥がやってきて、手紙くらい運んでくれるのさ」

「そうなの?」

「ハルの誕生祝いもまだだったからね、君が手紙を書いたら、森へ入って人気のない場所で歌おうじゃないか」

「本気で歌うつもりなのか、ロゼ」

「ああ歌うとも、君達以外に聴かせる気はないが、僕の歌声で耳を潤せるならむしろ喜ばしいことだろう」


ロゼは本当に歌が上手い。

村でも歌っているといつの間にか皆が集まってきた。だから森で歌っても同じように人が集まるかもしれない。

鳥まで呼べるなんて知らなかったけど、そういえば村でも集まってきたのは村の皆だけじゃなかったな。家畜に、家畜以外の動物も離れた場所で聴いていることがあった。


「はあ、それならいつもの眼鏡を忘れずにかけてくれ」

「分かっているとも」


眼鏡?

鞄から取り出した眼鏡をロゼが掛ける。歌うのにどうして眼鏡がいるの?


「不思議そうだね、ハル、この眼鏡は僕が作った認識阻害効果を持つ魔法道具さ」

「認識阻害?」

「これをかけていると相手の印象に残らなくなる、身内や知り合いには作用しないが、赤の他人なら効果は絶大だよ」


すごい、本当に何でも作っちゃうな。

だけど元々目が隠れるほど前髪が長いのに、メガネまで掛けたら認識阻害が無くても顔が全然見えなくて覚えられないよ。せっかく綺麗なのに。


「僕は造形が際立って美しいからね、そのうえ美声まで披露してしまっては目立ち過ぎるだろう? それを防ぐための、この眼鏡というわけさ」

「そっか、村の外ではいつもかけていたの?」

「ああ、リューにも作ったんだが、何故か掛けてくれなくてね」

「俺はお前と違って必要ないだろ」


そんなことはないと思うけど。


「むしろハルが掛けるべきじゃないか?」

「えっ」

「確かに、こんなにも愛くるしい僕らの妹だ、周りの視線もさっきから鬱陶しいことこの上ない、よし! 急ぎ君用の眼鏡を作ろう!」

「い、いいよ、平気だから」

「いや、要る」

「必要だね」

「いいってば、兄さん達が一緒だから大丈夫だよ」


途端に二人ははたと顔を見合わせて「そうだな」と頷き合う。

危ないところだった。

悪く言いたくはないけれど、その眼鏡、レンズの部分がぶ厚いからちょっと可愛くない、かも。

そもそも私こそ必要と思えない。


「おや、ハルごらん、そこの屋台で搾りたての果汁を売っている、一緒に飲もう!」

「うん、飲む!」


肩でモコもピヨピヨ鳴いた。

ふふ、この姿でも普通に食べたり飲んだりできるから、一緒に食べようね。

―――それから、買い物を済ませて、手紙を書いて、本当に森へ行ってロゼが歌を贈ってくれた。

集まった鳥の中でも遠くまで飛べる鳥に手紙を託して、シェフルの宿へ戻る。無事に届きますように。

人はやっぱり集まってきたけれど、後でその人を街中で見かけても、私達に気付いた様子はなかった。ただ、森で謎の美声を聴いたって噂になっていたけどね。


「今年も有難う、ロゼ」

「お気に召して頂けたかな?」

「うん、とっても素敵だった」

「有難う、君からの賛辞は僕にとって何よりの誉れだ」

「大げさだなあ」


他は特に何事もなく、とは何故かいかなくて、モコだけ元の姿に戻ってから様子が少しおかしい。


「ろぜ、すごい!」

「お前からの称賛は気に食わない」

「うたじょうず、すごいすごい!」

「黙れ、鳥にするぞ」

「すごい!」


そんなにロゼの歌声が気に入ったのかな。

ラタミルってルーミルの眷属だけど、もしかして鳥の一種だったりする?

色々あったけど、陽が暮れて、昨日と同じように夕食を取って、明日は早いからってあまり遅くならないうちに眠ることにした。

当然、今夜もお風呂でお湯に浸かったよ。

オーダーの香りは覚えたから、明日にでも調合を試してみよう。素材を色々と揃えてもらったし、うまく作れるといいな。


――――――――――

―――――

―――


翌朝。

支度をして宿を出て、リューに案内されるまま歩く。


「ハル、これだ」

「うわぁ、馬車だ!」


本物だ、本物の馬車だ!

本でしか見たことがなかった、馬車は、一頭から数頭の馬で引く幌付の大きくて丈夫な荷車だ。

でも、繋がれている二頭の馬は、ただの馬?

私が知っている馬より一回り以上大きくて、魔力を感じるんだけど。


「荷台だけ借りものだ、騎獣は旅の足として購入した」

「騎獣?」

「こいつらのことだ、俺とロゼが手綱を持つから、向こうに着いて荷台を返した後は、ハルはどっちかの騎獣に同乗すればいい」

「ねえリュー」

「なんだ」

「これって馬なの?」


「いや、馬じゃない」と答えてくれたのはロゼだった。


「魔獣だ、本来であれば害為すだけの存在だが、こうして手懐けて役立てることもできる、こいつはピオスさ、大人しく賢い、体力もある」

「ピオス」


図鑑で見たことがある。

体高はおよそ二メートルないし二メートル半、重さは一トン半から二トンほど、毛色は黒、稀に灰、ごく稀に白がいる。

気質は温厚で社交的、群れを成すこともあって、ある程度の人語は理解可能。強者に恭順する性質を持ち、格上と認めた相手に対して忠実に尽くす、だっけ。

近付いて手を伸ばすと、じっと私を見詰めてから、ゆっくり頭を下げてくれた。

わあ、サラサラした手触り、初めて魔物に触ったよ。


「ふむ、ピオスは強者と麗しき乙女にのみ、その身と心を委ねる」

「そうなの?」

「いやらしい魔物だろう」

「こらロゼ」


黒い方のピオスが鼻を鳴らす。

だけどロゼに睨まれて、少し下がって大人しくなった。もう一頭の、黒にうっすら緑が混ざった毛色のピオスは、さっきから同じ場所でじっとして動かない。


「道中、魔物のみならず賊も出るからな、扱うことができるなら馬よりこうした騎獣の方が何かと使える、主従の契約を結べば逃げ出すこともない」

「そんなことができるんだ」

「ああ」

「具体的な方法としては、力でねじ伏せた上での名付けだな」

「黒い方がクロ、少し緑がかっているこっちはミドリだ、覚えやすいだろう?」


そうだね、色と名前が同じなら、呼び間違えることもないね。

ロゼは何故かクロとミドリの背を軽く叩いて「お前たちも運が悪かったな」なんてぼやいているけれど、なんのことだろう。


「リューに名付けさせるとこうなるんだ、まあ、そんなところも可愛い僕の弟だがね」

「ブツブツうるさいぞ、ロゼ」

「兄妹揃って誰譲りのセンスだろうな?」

「うるさいって言ってるだろ、ほら、早く馬車に乗れ、ハルも」

「分かった分かった、そう急かしてくれるな」

「はーい」


手綱はリューが持つみたい。

荷物を持って馬車の荷台に乗り込んでから、肩に乗せていたモコを下ろして、ロゼに元の姿に戻してもらう。


「くろ、みどり! おおきいね!」

「そうだね、ビックリしちゃった」

「ぴおす、ちょっとこわい」

「大丈夫だよ、それよりモコ、馬車だよ!」

「ばしゃ!」


ガタンと揺れて、馬車はガタゴト動き出す。

幌の間から覗いた向こう、シェフルの町がどんどん遠くなっていく。

いよいよだ。

これから領主様に会って、通行手形を発行してもらって、いよいよ本格的に旅が始まるんだ!

森でのことを思い出すと不安になるけど、でもきっと大丈夫。

王都へ行って、母さんに会う。楽しみだな。


「モコ、楽しみだね!」

「うん!」


傍でロゼが小さく笑う。

また見たことのない景色、会ったことのない人、この先何が待っているんだろう。

なんだか色々な気持ちがこみ上げて、モコをぎゅっと抱きしめたら、ふんわり柔らかくて温かかった。

カイにもどこかで会えるといいな。

連れの人と無事に合流できたかな、槍も見つけられたかな。気になるよ。兄さん達に命の恩人だって紹介したい。


―――ふと、嗅いだことのない不思議な香りが鼻先に漂ったような気がした。

長さや重量等の単位についてですが、分かり易さ優先でメートル、グラム等を使用いたします。

そもそもが別世界の物語なので、こちらの世界と重複した表現があっても問題無いかと。

そういう判断に基づいての措置ですので、よしなに。

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