試練の砂海 2
翌日の早朝。
いよいよ砂漠だ、果てが見えないほど広いこの砂の海を渡って行くんだ。
一歩踏み出すたび足を砂に取られて歩きづらい。
そして、遮るものが何もない空から強い日差しが燦々と降り注いでくる。
「暑い」
日焼けと防塵対策で頭から布を巻いて目元だけ出しているけど、内側に熱がこもって暑いし息苦しい。
リューとセレス、カイも、私と同じようにしている。
ロゼとモコとメルは普段通りのままだ、いいな、日焼けや暑さ対策をしなくても平気なんて。
本当にラタミルが羨ましいよ。
「ふむ」
ロゼが不意に足を止める。
「来るぞ、どうやら様子見は終わりのようだ」
そう呟いた直後、辺りの砂から数えきれないほどのカニが湧きだした!
「うわぁッ、こ、こいつらもしやッ」
「デグラブか、そうだな、ロゼ!」
「ああ、早速お出ましだ、今日の昼は期待するとしよう」
「それなら捕まえるのを手伝えッ」
「ああ勿論、任せるといい!」
「おい!」今度はカイが叫ぶ。
「サンバイソンだッ、くそ、ブラグザードまでいるぞ!」
「あら、団体様でお越しなの? 嫌ね!」
今度は砂の中からずるりと鎌首をもたげる大きなヘビ!
そして体じゅうから棘を生やした、こっちも巨体を誇るトカゲは、全身が黒光りする硬そうな鱗で覆われている。
「先手必勝だッ、うおおおおッ」
セレスが大剣を携えて駆け出していく。
「ハル、お前は下がって援護だ!」
「はい兄さん!」
素早く迫るサンバイソンの牙をセレスの剣が砕く。
その脇から顎の付け根辺りを狙ってカイが槍の穂を繰り出した!
ブラグザードの鼻面をリューの剣が切り裂き、その背中へメルが何本も矢を打ち込む。
私は詠唱!
寄ってきたもう一匹のサンバイソンをモコが「がらしえ・ぺんとらーれ・はーさー!」と無詠唱で呼び出した氷の槍で貫く!
―――ロゼから教わったばかりのアレを試してみよう。
「火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」
エレメントの詠唱、ここまではいつも通り、だけど。
―――感覚を繋げて、呼び出した精霊と魔力を共鳴させて周囲へ広げていく、対象はここにいる全員!
「ディクチャー・イグニ・コンペトラ・ストウム!」
炎の精霊イグニの加護が私を中心に皆へ行き渡る。
や、やった、複数対象への効果拡大、本当に出来た!
「ハル!」
振り返るとロゼが目をキラキラさせてこっちを見ている。
「素晴らしい! 成長し続ける君の美しさに僕は感嘆するばかりだ! よくできたね、見事だったよ!」
「おいロゼッ、ハルの気を散らさせるな! それとお前ももう少し手を貸せッ」
全員に、炎の精霊イグニが加護を与えてくれた。
攻撃されると炎で反撃するエレメントだ。
「す、すごい、ハルちゃん!」
「お前も気を取られてんなアホッ、だが効果の範囲拡大? とんでもねえぞ、おいハルッ、重ね掛けはできるか!」
「やッ、やってみる!」
もう一度同じエレメント?
ううん、違うよね、相性を考えるならこれだ!
「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよッ」
足元に集まってきたデグラブをモコが次々踏み潰す。
それを見てロゼが「カニは捕らえろ、後の馳走だ!」なんて言う。兄さん気が抜けるよ。
「バカッ、ハルの気を散らすなと言っているだろう! 後で覚えていろ、ロゼ!」
「半人前が気を利かせないからだ、あれは僕らの昼食だろう!」
「ししょーっ、ぼく、はるまもるよッ」
「当たり前だ、その上で踏み潰すなと言っている、これしき出来て当然だろう!」
「ううっ、ししょーのいじわるっ」
あまりモコに無茶を言わないであげて。
よし、行くぞッ!
「ディクチャー・ヴェンティ・デリュース・コンペトラ!」
今度は風の精霊ヴェンティの反撃が付与された防護のエレメント。
炎と風、二つの属性の重ね掛けで、攻撃してくる魔獣は炎を孕んだ風の刃に切り裂かれる。
「素晴らしい!」
またロゼに褒められて嬉しいけど、今は戦いの最中、気を引き締めないと!
巨大な魔獣たちが暴れまわるせいで、辺りは濛々と砂煙が立ち込める。
それをロゼが羽ばたいて吹き飛ばしてくれる。
すぐ傍に砂で出来た檻みたいなものがあって、中にデグラブがたくさん入っているけど、まさかあれ全部食べるつもりなのかな。
モコも頑張ってなるべくデグラブを潰さないように、ハサミや足をもいで動けないようにだけしている。
もう、兄さんは。
私も後でリューと一緒にちょっと怒っておこう。
向こうでクロとミドリも戦っている。
二頭も騎獣だから自分の身を護るくらいはできる。それでも捌ききれない魔獣はロゼが倒してくれているみたい。
不意に、また見たことのない魔獣が砂の間から現れた。
黒光りする大きな甲虫と、砂漠の保護色をした昆虫。甲虫の方は確か図鑑に載っていた、鋼より硬い外殻を持つダイグラベだ!
「おいッ、砂色の魔獣はメアルビーだッ、ケツから高温のガスを吹くぞ!」
カイが叫ぶ間にメアルビーがリューにガスを吹きつける!
「兄さんッ」
間際で躱したリューは、剣を鞘に戻して突っ込んできたダイグラベに殴りかかり、その間にカイがメアルビーの頭の関節辺りを狙って槍の穂を打ち込む!
そこへ襲い掛かるサンバイソンの首をセレスが切り飛ばした直後、背後で大きく口を開いたブラグザードの口腔内へメルが無数に矢を射った。
殺到するブラグザードをセレスが剣で薙ぎ払う!
巨体をうねらせるサンバイソンにメルが放った矢が刺さり、カイが槍で喉を突いて血飛沫を迸らせた!
「はるっ」
モコは傍でずっと私を守ってくれている。
思いがけない身のこなしで体術を繰っているけど、いつの間に覚えたの?
きっとロゼから教わったんだろう。
そのロゼは、空で羽ばたきながら戦況を伺い、時々少しだけ手助けしてくれる。
「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」
私も詠唱! そして唱える!
「ヴェンティ・フィン・ルーフェム!」
風の刃よ、敵を切り裂け!
砂を孕んで巻き起こった風が近くにいる魔獣全てを切り裂く!
うっ、痛!
目に砂が入った。
ギュッと瞼を瞑った直後、誰かに抱えられ運ばれる。
「ハルちゃんッ」
セレス?
うっすら開いた視界にセレスが映る。
「大丈夫か?」
「目に砂が入った」
「そうか、痛むか?」
「ちょっとだけ、でも平気、よくなってきた」
「よしッ」
もしかして魔獣の攻撃から助けてくれたのかな?
セレスは辺りを見渡して「しかしキリがないな」と呟く。
「どんどん増えているぞ、騒ぎを聞きつけて集まってきたのか」
「セレス」
「心配いらない、君だけは何があっても私が守る!」
セレスはまた魔獣へ斬りかかっていく。
空でロゼは様子を見ているだけだし、皆大変そうだ。
私も、頼ってばかりじゃいられないよね!
「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ!」
取り出した香炉を揺らしながら唱える。
この砂の海で応えてくれる精霊は―――来てくれた!
風の精霊ヴェンティと、雷の精霊トートス!
「風よ吹け! 雷よ轟け!」
両手を掲げて叫ぶ。
私の周りでゴウゴウと風が渦を巻き、雷光がバチバチと弾け飛ぶ。
内側で膨らんだ魔力で息が苦しいくらい、よしッ、行くぞ!
「ヴェンティ! トートス! ここにいる全ての魔獣に制裁を!」




