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西へ(後)

「ハルちゃん」


―――温かくて静かな夜。

海が見える場所に腰掛けていたら、セレスが隣に来て座った。

さっき一緒に体を綺麗にして、寝る支度が済んだところだ。

兄さん達は向こうで焚火を囲んでいる。


「海を見ていたのか」

「うん」

「ぼくもいるよ、せれす」


膝の上で羽を膨らませていた小鳥のモコが、ポフッと人に姿を変えて反対側の隣に座った。

セレスは「ちゃんと分ってるよ」ってクスクス笑う。


「昼間、また師匠から何か習っていたな?」

「まてりあるだよ、なれたら、らたみるのちからのつかいかたがわかるようになるって、ししょーいってた」

「へえ、ラタミルとしての力の使い方か」


本来、ラタミルはマテリアルもエレメントも使わないらしい。

有り余る魔力で精霊を自在に操り魔法を発動させる、だから詠唱は不要だし、呪文だって唱えなくていい。

でもそれだと『力が分散して効率が悪い』から、『より効果的に威力を発揮させるための呪文』を『自ら編み出す』そうだ。

それが、ロゼがサマダスノームで使っていた魔法。

分厚い壁を吹き飛ばしたり、火山の噴火を抑え込んだり、ディシメアーではカルーパ様に雷を落とし、津波から街を守っていた。

あれは全部ロゼの自作の魔法で、唱えられるのもロゼだけなんだって。

『特別なラタミル』だってメルがロゼを敬う気持ちも、勝手な理由でロゼを突き放したラタミルたちが、それでもまたロゼを呼び戻したい理由も、分かる。


「改めてつくづく師匠は尊い御方なんだな」

「そうだね、兄さんいつもはあんな感じだけど、やっぱりラタミルなんだよね」

「それは妹の君しか言えないな」

「そうかな?」

「私は初めて師匠とお会いした瞬間、この方は人の形をした奇跡だと思ったよ」


そんなにかな?

でも、認識阻害の眼鏡を掛けていないと大変なことになるから、私がロゼに慣れているだけなんだろう。


「ぼくも、ししょーがいちばんきれいだよ」

「ああ」

「でもね、ぼくのいちばんは、はる!」


モコがギュッと抱きついてくる。

あったかくて柔らかくて、ふふ、可愛い。


「そうだな、私の一番も君だ、ハルちゃんッ」


セレスにまでギュッとされて、くすぐったくて笑っていたら、空に星が流れた。

二人とこうして一緒にいられること、兄さん達が傍にいてくれること、本当に幸せだなって思う。

さっきの流れ星、カイとメルもどこかで見ていたかな。

今頃どうしているだろう。

―――ずっと連絡していない母さんやティーネも元気にしているかな、二人に絵ハガキを送りたいよ。


「カイとメル、今頃はどこにいるのかなあ」


空を見上げて呟いたら「ハルちゃん」ってセレスに呼ばれる。


「ん?」

「君さ、その」

「何、セレス?」

「アイツのこと、その、カイのこと、どう思っているんだ?」


急にどうしたんだろう。


「カイは友達だよ」

「そうか、だったら私は?」

「セレスも友達でしょ?」

「あ、ああ、そうだな」


モコまで「ぼくは?」って訊いてくる。

フワフワの髪を撫でて「勿論友達だよ」って答えたら、嬉しそうに頭をぐりぐり擦りつけてきた。


「えへへぇ、ぼくもはるすき、だいすき!」

「うん、有難う」


モコのことを好きな気持ちと、セレスを好きな気持ちと、カイを好きな気持ちは、全部ちょっとずつ違う。

どう違うのかって訊かれると答えに困るけど、そうだな、モコとセレスは、すっかり家族の一員って感じかな。

多分兄さん達も同じだと思う、リューは前に私とセレスとモコのこと、三姉妹みたいだ、なんて言っていたし。

血の繋がっている立派な兄上や姉上がいるセレスには失礼かもしれないけどね。


いずれモコをルーミル教の大神殿へ送り届けることになるけど、セレスとも、今起こっている色々な事が片付いたらお別れなんだ。

セレスはこの国の王子で、本来なら口を利くどころか、近付くことさえ叶わない。

こうして一緒にいられるのは、それをセレスが望んでくれているから。

友達でも身分の差は越えられない、だから今、傍で過ごせる時間を大切にしたい。


「ねえセレス」


私の膝を枕にして寝転がるモコの髪を撫でながら、セレスに話しかける。


「私ね、セレスが好きだよ」


隣を見上げると星明りに輪郭をなぞられた姿が眩しい。

風が吹いてセレスの陽の光の色をした髪を揺らす。

同じ色の目もキラキラ光って見える。


「こうして一緒にいられるだけで、すごく嬉しくて幸せなんだ」

「ハルちゃん」

「セレスは王子様で、全然身分が違うけど、でも、気さくだし、優しいし、いつも私のことを気に掛けてくれるよね」

「それは」

「有難う、だからって理由だけじゃないけど、これからもずっと大好きだよ」


何か言おうとして動いたセレスの唇が、キュッと引き締められた。

次の瞬間には抱きしめられていて―――驚いた。


「ハル、ルーフェッ」


声が震えている。

腕の力が強くて少し苦しい、セレス、どうしたの?


「君が好きだ」

「うん」

「誰よりも、何よりも、私は、君が特別なんだ」

「有難う、セレス」

「―――愛してる」


え?

今、なんて言ったの?


ポカンとする私の顔を覗き込んで、セレスは「ごめん」って笑う。

なんだか急に熱いのはどうして?


「変なこと言って、驚いただろ?」

「う、うん」

「気にしなくていいよ、嬉しくて少しはしゃいだだけだ、それより寒くないか?」

「平気」

「そう、でもそろそろ戻ろう、もう寝ないと、明日も早いだろうから」

「分かった」


モコがポフッと小鳥の姿になって肩にとまる。

変だな、立ち上がって歩きだしても足元がフワフワしてる、なのに胸は苦しくて、動悸が収まらない。

セレスが手を引いてくれる。

いつもと何も変わらない筈なのに、眩しくて見上げられない、つないだ手が熱い。

落ち着かないよ、どうしよう。


焚火の傍に行くと、リューが「ハル、どうした?」って訊いてくるから、急に恥ずかしくなって毛布代わりの布を頭から被った。

そのまま横になって目をギュッと瞑る。


「ハル?」

「もう寝るね、おやすみ!」

「あ、ああ、おやすみ」


顔に柔らかな羽がフワッと当たる。

「どうしたのはる、だいじょーぶ?」ってモコが小さな声で訊いてくる。

平気、大丈夫だよモコ。

―――でもどうか、この変なのが明日には治まっていますように。

気持ちを伝えられただけなのに、『好き』も『愛している』も同じ意味なのに、どうしてこんなに動揺するんだろう。

頭の中がこんがらがるよ、考えても分からなくて、段々まぶたが重くなってくる。


セレスの『好き』も、私みたいに他とは違う『好き』なのかな。


そんなことを思いながら、気付けばいつの間にか―――眠っていた。

夢でもセレスと逢ったような気がするけれど、どんな夢だったか、よく思い出せない。


――――――――――

―――――

―――


ベティアスの緑の風景が少しずつ途切れ途切れになって、砂地が目立つようになってきた頃、目的の町が見えてきた。

その向こうに連なる岩山を越えた先に、今度は砂の海が広がっている。

ビスタナ砂漠。

商業連合への最短経路、『試練の砂海』って呼ばれることもある不毛の魔境だ。

次回より商業連合編―――手前の砂漠編です。

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