西へ(前)
※今回長くなり過ぎたので、前、後篇に分けています。
「ハル!」
「ハルちゃん!」
ロゼに抱えられて戻ると、リューとセレスが慌てて声をかけてきた。
小鳥の姿のモコも私の胸の辺りにとまって「はるぅ」って心配そうに覗き込んでくる。ごめんね、大丈夫だよ。
「お前、さっきポータスを咲かせたな」
「うん」
「君ってやっぱりすごいな、花が降ったら街の人たちの表情が少し明るくなったんだ、ほら!」
セレスの言うとおり、さっきより少しだけ辺りが活気づいたように感じる。
力になれたなら嬉しいよ。
「けど、皆オルト様に感謝を捧げているよ」
「それでもいい、元気になってくれたなら、それで十分」
「ハルちゃん」
リューが「彼らにポータスは見えていないようだ、俺たちには見えたが」と教えてくれる。
「知らないからなのかな?」
「恐らくはそうだろうね、エノアから賜った花だ、神の力に触れた者でなければ認識できないのだろう」
そういうものか。
不意に大きな手で頭を撫でられて、リューに「あまり無茶をしてくれるな」って心配される。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいが、自分を大切にしてくれ」
「うん」
でも、誰かのためにって無茶をするのは、リューだって同じだよ。
リューにも自分を大事にして欲しい。
だけどそんなリューを、誰かのために戦える兄さん達を、私は誇らしく思う。
ロゼから受け取った私をミドリの鞍に乗せて、リューも後ろに跨る。
クロの鞍にはロゼと、後ろにセレス。
カイとメルはどうするんだろう。
「ここから俺達は別行動だ」
「えッ」
「お前達と一緒だと目立つからな、悪いが、こっちは別の経路で砂漠へ向かう」
「砂漠の手前に町があるの、そこで落ち合いましょう」
「先に着いた方が連絡をよこす、それでいいか?」
「ああ、分かった」
リューが頷く。
そうだね、私達と一緒だと、カイとメルを余計な騒動に巻き込むかもしれない。
だけどまた暫く会えないんだ、寂しいな。
「おいハル」
呼ばれて、カイが何か投げてきた。
慌てて受け取ると「やる」って言われる。
「綺麗」
巻いた形の小さな貝だ、青くてキラキラしている。
この青、カイの目と同じ色、あの青い海の色だ。
「耳にあててみろ」
「え?」
貝を耳にそっと近づけると、何か聞こえる。
波の音?
「その道具は、叩きつけて割ると一度だけ、どこでも津波が起こせる」
「津波?」
「ハーヴィーが数年かけて作る道具だ、いざって時に使え」
「こんな貴重な物を貰ってもいいの?」
「やるって言っただろ、じゃあな」
背中を向けて歩きだすカイに「有難う!」って礼を伝える。
そのまま手だけ振り返すカイの隣で、メルが肩越しに「またね」とにっこり笑った。
うん、またね。
砂漠の手前の町、そこでまたカイとメルに会える。
ここでお別れじゃないんだ、嬉しいな。
二人を見送って、手綱を揺らし、ミドリを歩き始めさせたリューにも貝の音を聞かせてあげる。
「不思議だな、中に彼の魔力が詰まっているのか」
「そんな感じがするね」
「いいものを貰ったな、ハル」
「えへへ」
ミドリの背中に揺られながら、遠く離れていくディシメアーの街を見る。
ここにもきっといつかまた来よう。
今度はたくさん泳いで、皆と会って、楽しい思い出をたくさん作ろう。
ヴァニレーク、バニクード、神殿の神官たち、サロキン、そして、オルト様。
―――見守っていてください、カルーパ様。
貴方に花を贈りに、またこの海に来ます。
私達はこれから西へ向かう。
商業連合にいる、カイの妹ルルを助け出すために。
「ここから砂漠の手前辺りまで、およそひと月ほどの距離だ、砂漠自体を越えるのに大体一週間強、十日前後といったところか」
「遠いんだね」
「それなりにな、砂漠を越えるとヴァーリーバレーという深い谷があって、その辺りから商業連合国内だ、国境は谷の少し先にある」
「砂漠はベティアスの国土なの?」
「いや、砂漠はベティアスにも商業連合にも属さない、魔物がはびこる不毛の地で、エルグラート内における魔境だ」
そんな恐ろしい場所だから、誰も遠回りしてでも安全な道を選ぶんだ。
「だが敢えて砂漠を征く者たちもいる」
「どうして?」
「自己研鑽、力試し、魔物を狩るため、色々だな、砂漠は周囲を海と深い谷、そして岩山に囲まれている、その様子をして『試練の砂海』と呼ばれることもある」
「今度は砂の海か」
また海、でも今度の海は少し怖くて不安だ。
どこまでも広がる砂の景色って、あのディシメアーの海全部を砂にした感じなのかな。上手く想像できない。
「ところでハル、砂漠にはデグラブってカニに似た魔獣がいるそうなんだが、そいつの肉は美味いらしい」
「そうなの?」
「その話は僕も以前聞いたよ、是非味わってみたいものだ」
「ぼく、かにもすき! でぐらぶたべたい!」
「ははッ、モコちゃんは相変わらず食いしん坊だな」
デグラブの肉か。
私も気になる、砂漠に少しだけ楽しみが出来た、リューのおかげだ。
それから砂漠まで、また野宿の日々が始まった。
ベルテナを警戒しているのもあるけど、宿にのんびり泊っていられないって理由の方が大きい。
遅れたら、きっとカイは待たない。
約束したんだ、ルルを助けるって。ようやく恩返しできるんだ。
移動中、たまに海を見かけると、少しだけ切なくなる。
ベティアスに来て色々なことがあったな。
最初に立ち寄ってレースに参加したシーリク、リーサとシアンと友達になった獣人特区オニックス、そしてカルーパ様が命懸けで守ったディシメアー
ほんの数か月の間の出来事なのに、なんだか懐かしい。
商業連合はどんなところなんだろう。
また、誰かと知り合って、友達になったり、敵対したりすることもあるのかな。




