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シェフルの宿にて

まさか母さんが領主様と知り合いだったなんて。

しかも兄さん達まで領主様と直接お会いして、お話したことまであるなんて。

全然知らなかった。

教えてくれてもいいじゃない、ちょっと仲間はずれにされた気分だ。


「ハル」


リューに髪を撫でられる。

困った顔で「すまなかった」と謝られた。


「領主様から他言しないよう頼まれていたんだ」

「どうして?」

「さあ、余計な気を遣わせたくなかったのかもしれない」


よく分からないけど、まあいいか。

事情があったなら仕方ないし、今話してくれたからね。


「リュー兄さん」

「うん?」

「あの、領主様にお会いするなら、身だしなみを整えないとだよね?」


今のこの服は旅をするためのもので丈夫さ第一、可愛いから気に入ってるけど、領主様にお目見えするような格好じゃない。

他の着替えも持っているのは普段着だけ、でも、一度しか着ないだろう服や靴にお金をかけるのはちょっとね。

この先何かと入り用になるだろうし、古着屋を探すかな、礼服なら古着でも今の服装よりは失礼にならないはず。


「そこは心配しなくていい、領主様は冒険者に直接お会いになることも多い方だ、所作の作法はともあれ、服装まで気にされたりしないさ、現に俺達もこの格好でお会いしているからな」

「とはいえ気になるのなら僕が上着を縫おう、香炉を作るついでだ」


ロゼって服一着くらいなら一晩で仕立てるんだ。

私もリューも裁縫するけど、流石にそこまでの腕はない。ちなみにこの服はロゼが縫ってくれた、リューと、ロゼ自身が着ている服も。

趣味も縫製もいいから、どの服もお気に入りなんだよね。

ロゼが作ってくれる上着か、領主様にお目見えする用ならすごく可愛い上着だろうな、楽しみ!


「ハル、服装が気になるならティーネに貰ったベストを着ていけばいいだろう」

「あッ」


そうだ、ティーネが作ってくれたベストがあった!

あのベストなら素敵だし、フワフワで今の季節にも合っているから、領主様にお目見えしても恥ずかしくないよ!

これで服装の心配は無くなった。

有難うティーネ、早速使わせてもらう。これからも大切に着るからね。


「そうする!」

「ああ」


私だけまだ領主様がどんな方か知らない。

気さくだって言うけど、それでも初対面の印象は大切だから、なるべくきちんとしておかないと。笑われるのは私だけじゃない。

それにさ、兄さん達は見た目がいいから、何着てもそれなりに見えるでしょ。

妹の私は精々十人並程度、だから体裁を整える必要があるの。


「ねえ、モコはどうしよう?」

「また鳥に変えればいい、もしくはウサギだ、ハルの好みで選んでいいよ」

「やだぁ」


モコが伏せるような格好をしながらロゼに抗議する。

うーん、でもそうするしかないよね、他に方法は無さそうだし。


「モコ、すまないが領主様の屋敷に羊は入れないんだ、少しの間だけ堪えてくれ」

「ごめんね、モコ」

「うーっ」

「ふん、お前の未熟さのせいで自分の首を締めているだけだろう、姿を変えられたくなければ、早々に人の姿を取ることだ」

「ううーっ、ぼく、がんばる」


拗ねるかと思ったら、やる気を出したモコにちょっと驚いた。

まだ雛だけど、少しずつ成長しているのかな。

でも具体的に何をどう頑張るつもりなんだろう?

そこは訊いたらイジワルかもしれないから、私の胸の中にだけ留めておいた。

なんにせよ頑張ることはいいことだもんね。


「話は終わりだな?」

「ああ」

「では僕は作業に入らせてもらう」


空のカップを置いて椅子から立ち上がったロゼは、自分の荷物を取りに行く。

私がお願いした香炉と上着を一晩で作るつもりみたいだけど、ロゼなら仕上げるんだろうな。


「俺も荷物の点検をするか、ハル、明日買い出しに行くから、足りないものがあれば教えてくれ」

「はーい」


私も荷物を取りに行って、昼の間寝ていたベッドへ移動した。

一緒にモコがついてくる。

この部屋にベッドは三台だから、今夜モコは私のベッドに入れてあげよう。

テーブルを占拠して作業を始めたロゼの傍で、リューが荷物を広げている。


「ねえはる、ぼく、ひとのすがたになれたら、もうとりやうさぎにされないよね?」

「そうだね」

「おふろにもはいれるよね?」

「うん」

「わかった、ぼくがんばる」

「そうだね、頑張ろうね」


今のモコモコした姿のままでも私は全然構わないんだけどな。

でも、一緒に旅するなら、やっぱり人の姿の方が何かと都合がいいのは否めない。

人の姿に成ったモコか。

全然想像つかないや、そうだな、ぽやんとした小柄な男の子になるんじゃないかな? 髪の毛はクルクル、フワフワ、ふふ、その姿も可愛いかも。

荷物は寝ている間にロゼが整理してくれたらしいけど、やっぱり自分の目でも確認しておかないとだよね。

見慣れない袋が出てきた。

もしかしてと思って口を開いたら、中にふわっとしたものが入っている。ティーネのベストだ。

取り出すと貰った時のまま、ふんわり柔らかくてあったか、可愛い。あれだけ色々なことがあって最終的にバッグごと全部水に浸かったのに。

ギュッと抱き締めて頬擦りする。

有難うティーネ、有難うロゼ、本当に嬉しい、よかった。

この袋は凄く丈夫そう、仄かに魔力を感じるから、中に入れたものを守る魔法がかけてあるのかも。改めてロゼに感謝だ、ベストは綺麗に畳んでしまっておこう。

―――色々としているうちに夜は更けて、適当なところで私はモコとベッドに潜り込んだ。

ロゼが凄く嫌がっていたけれど、リューに説得されて渋々引き下がってくれた。

本当にモコと仲良くして欲しいな。

だって何もしていないのに嫌われたら悲しいよね。


カイは、今頃どうしているだろう。


――――――――――

―――――

―――


朝だ。

昼も寝たから眠れるかなと思っていたけど、グッスリだった。

モコもよく眠れたみたい。

リューはちょっと寝不足気味? ロゼは、ええと、まずちゃんと寝たのかな?


「おはよう、ロゼ兄さん」

「おはようハル、今日もとても愛らしいね」

「有難う」

「ごらん、君の香炉も上着も仕上がっているよ」

「本当に一晩で作ったんだ」

「僕には造作もないことさ」


嬉しいけど、無理してないかな。

顔色は悪くないし、いつも通り綺麗だけど。


「ねえ兄さん、昨日ちゃんと寝た?」

「無論寝たとも、僕が朝早いのは知っているだろう?」

「どれくらい寝たの?」

「それは秘密」


うーん、でも目の下に隈もないし、なんなら寝起きでまだぼんやりしているリューよりずっと元気そう。

見上げていたら、いきなりギュッと抱き締められて、そのままロゼは私ごとベッドに倒れ込んだ。


「うわあッ」

「そんなに心配なら僕ともうひと眠りしようじゃないか! 可愛い妹と一緒ならきっと素敵な夢が見られるぞ!」

「こら、ロゼ!」

「あ痛ッ」


リューがロゼを叩いた。やっと目が覚めたみたい。

私を抱えたままで、ロゼはベッドから「酷いぞ」とリューを見上げて口を尖らせる。


「もしかして君もお兄ちゃんと一緒に眠りたかったのかい?」

「バカやってないでさっさと支度しろ、朝食を済ませたら買い出しだぞ、荷物持ち」

「ふむ、叱られてしまったか、致し方ない、楽しみは次の機会まで取っておくとしよう、ハル、大丈夫かな?」

「平気」


のそのそと起き上ったロゼに手を添えられて、私も体を起こしてベッドから降りる。

傍にいたモコが心配そうな様子で私の顔を覗き込んできた。


「はる、だいじょぶ?」

「うん、平気、今のは冗談だよ」

「やっぱりろぜ、ちょっとこわいね」

「怖くないってば」


また宿の厨房を借りて、リューと一緒に作った朝食を部屋へ運んで皆で食べた。

私も普段から料理はするけど、森でのことを思い出すと、捕った獲物を捌いたり、食べられる木の実や山菜を見分けたり、そういうことがもっとできるようになった方がいいのかも。

リューに教えてもらおう。

この先、いつもこうして厨房が使えるわけじゃないもんね。


「僕の愛する弟と妹は本当に料理上手だ、朝からこんな贅沢が味わえて僕はなんて幸せ者だろう」

「ただの卵料理とスープとパンだよ、騒いでないでさっさと食べろ」

「まったく兄冥利に尽きるというものだ」

「はいはい」

「ロゼ、褒めてくれてありがとう、嬉しいよ」

「ハルは本当に可愛らしいね、素直じゃないリューもとても可愛い」

「はる、りゅー、ごはんおいしいよ!」

「そうか、有難う、たくさん食べろよ」

「有り難うモコ、おかわりもあるからね」

「うん!」

「ふむ、何やら僕との温度差を感じるが、気のせいだな」


兄さん達は相変わらずだ。

そういえば、宿の料理人に頼まれて、この卵料理の作り方をリューが教えていたっけ。

ふんわり金色の卵焼き、中にトロトロに煮たキノコがたっぷり入ってる。こういう料理をリューは簡単に作るけど、私はうっかり焦がしたり、中身がはみ出たりするんだよね。

リューの料理の腕に追いつきたい。

でもスープは私が作った、カブと芋と鶏肉のスープ。朝だから薄味にしたけど、だしをたっぷりとったから、我ながら美味しくできたと思う。

料理人にも褒めてもらったし、ちょっといい気分。

母さんはずっとリューの手料理を食べていないから、今頃この味を恋しく思ってるんじゃないかな。


「兄さん、母さんとティーネに手紙を出したいんだ、封筒と便箋を買ってもいい?」

「構わないが、筆はあるのか?」

「うん、ロゼが作ってくれた筆入れに入ってるよ」

「分かった、しかし母さんはともかく、ティーネに手紙はまだ早いだろう、きっと呆れるぞ?」

「でも喜んでくれると思う、私だったら嬉しいよ」

「そうか、そうだな」


手紙も出せることになった。

明日になったら領主様の所へ向かうから、今日はシェフルの町を見て回るぞ!

初めての町だ、ワクワク、ドキドキしてる。楽しみだなあ。

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