疎にして漏らさず:リュゲル視点
「改めて酷いな」
「ええ」
俺の隣でメルも頷く。
―――朝の陽に照らされる、燃え尽き廃墟と化したディシメアーの繁華街。
あちこちから呻き声やすすり泣く声が聞こえてくる。
炭になった遺体、倒壊した建物に押しつぶされた遺体、無残に殺害された遺体、そこらじゅう遺体だらけだ。
「救助隊が活動しているわね」
「手を貸そう」
昨日の騒動の最中にも見かけた制服の者たちだ。
数名術者もいて、エレメントを唱え燃え残りの火を消して回っている。
「や! 貴方がたは!」
そのうちの一人が俺とメルに気付いて駆け寄ってきた。
「あの時ここで避難誘導を行ってくださっていた!」
「ああ、まあ」
「お姿が見えないのでどうしたかと思っておりました、こちらに巨大な魔獣も現れたのですが、ご無事で何より」
魔獣、ベルテナの騎獣か。
その遺体はまだあの場所に転がっているのだろう。
モコには人目を避けるため浜の隅の方へ運んでもらったから、確認していない。
「どなたかが討伐なさってくださったようなのですが、もしや、貴方様では?」
「はい、私です」
「おおッ、やはり!」
近くにいた救助隊員たちの間でどよめきが起こる。
隠すようなことじゃないと思って答えたが、誤魔化した方が良かったか?
「あのような巨大な魔獣を倒されてしまうとは!」
「見たことのない魔獣でした、死骸は大分燃えてしまっておりますが、現在鑑識が行われております」
「有難うございます、あんなモノが昨夜の火災の最中で暴れまわったら、更に被害が拡大するところでした」
「暴徒たちの鎮圧にもご協力いただき、本当に感謝しております!」
たいしたことはしていない。
そう言って、それより作業を手伝う、と救助に加わる。
本当に俺はただ出来ることをしただけで、特別なことなど何もしていないんだ。
「ウフフ、貴方って本当に素敵ね」
メルにまでからかわれた。
はあ、無暗に言うんじゃなかったな。
「ところで、暴徒はどうなりましたか?」
「概ね沈静化しておりますが、なにぶん誰一人としてまともに話せるものがなく、調書を取るのは難しそうです」
「オルト様のおかげです」と不意に隊員はしみじみ語る。
「あの大津波、直前で大雨に変わりこの街へ降り注いだ途端、暴徒たちは操り糸が切れたように動かなくなりました、神の御力によってこの街は救われたのです」
「そうですか」
「それに女神オルトのあのお姿! なんとも神々しかった、生涯忘れ得ません、私はルーミル教の信徒でしたが、今後はオルト様を信仰いたします」
途端に「俺も!」「私もです!」とあちこちから声が上がる。
ディシメアーは海と共にある街だ。
オルトを信仰するのは理に適っている、それに、街に信者が増えればその分ディシメアーそのものへの女神の加護も増すだろう。
俺とメルで瓦礫の撤去作業や、被災した人たちの救助などをしている間に、ロゼが来て合流した。
辺りの惨状を軽く眺め「効率が悪い」と何かしようとするから、慌てて止める。
「派手な真似はよしてくれ、手伝うなら俺達と同じやり方で頼む」
「僕ならこの程度の片付けは一瞬だ、何なら瓦礫と死体を分けてやってもいい」
「いいんだ、人の災害は人の手で片を付ける、そういうものだろ」
「ふむ、まあ君が言うなら控えよう、ではその辺の大きい瓦礫を片付けるとするか」
ロゼはすたすたと歩いて行って、屋根の残骸だろう瓦礫を片腕一本で易々と持ち上げてしまう。
周りが驚愕の声を上げ、俺は慌てて走っていって「おいッ」とロゼを諫める。
見ていたメルのクスクス笑う声が聞こえた。
「そういうのをやめろって言ってるんだ! 大体特区の時だってお前はッ」
「問題ないさ、記憶なら消そう」
「違う! ああもう、だったら俺を手伝ってくれ、俺の言うことだけ聞いてくれッ」
「いいとも、可愛い弟の頼みなら何だって聞こう、さあ、僕は何をすればいい?」
嬉しそうなロゼに、うんざりしながら溜め息を吐く。
―――それから暫く、ロゼをこき使い、メルに手を貸してもらって、救護隊員と一緒に作業にあたった。
救助したケガ人のあまりにひどい状態に、見かねて治癒魔法を唱えようとした俺をメルが遮り「リール・エレクサ」と治癒魔法を唱える。
見ていた周囲は驚いて、すぐメルに他のケガ人も見てやってくれと頼む。
「いいのか?」
「構わないわ、任せて」
治癒魔法は特殊だ。
唱えられる者自体があまりいない、それは治癒魔法の特性によるものだが、故に術者はどこでも重宝される。
魔力を消耗して唱えるマテリアルやエレメントと異なり、治癒魔法の対価は術者の体力。
故に乱用すれば術者自身は衰弱し、最悪生命の危機に陥る可能性もある。
「メル、大丈夫か?」
繁華街の作業を適当なところで切り上げ、頼まれてケガ人が多く収容されているという高台の救難所へ向かう。
「ええ、平気よ」
「そうか、君もやはり眷属なんだな」
「ふふ、御方には到底及ばないけれどね」
ロゼはつまらなそうに俺の後をついてくる。
避難所も酷い有り様だった、ケガ人の数が多過ぎて人でも物資も足りていないのだろう。
あちこちから苦しみ呻く声や、泣き声、助けてくれと求める声が聞こえてくる。
「さて、やりましょうか」
メルはここでも治癒魔法を、主に重傷人に唱えていく。
俺とロゼは地道に手当てを行う。
確かに、この数相手にもし俺まで治癒魔法を唱えられると知られたら、暫く拘束されかねない。
メルなら恐らく平気だ、彼女は躱し方が上手いし、何よりいざとなれば誰にも気付かれることなく姿を消せる。ラタミルだからな。
エレメントくらいなら構わないだろうと、精霊の力も借りて救護にあたっていると、重苦しい空気に包まれた救難所内に突然場違いな声が響いた。
「皆さん! 今回のことは全て! 全て獣人の仕業です!」
驚いて声の方を見る。
そこに立っていた男はわざとらしい仕草で悲壮感を演出しつつ、拳を握りしめ「憎むべきは獣人たちなのです!」と繰り返した。
誰かが「ガナフだ」と男の名を呟く。
「少し前、獣人特区でも獣人たちは身内同士で殺し合いました、そして恐ろしいことに、今度はこの輝かしいディシメアーを標的に選んだのです!」
暴徒の中には獣人だけでなく人の姿もあった。
それを大勢が見ている、なのに今更、獣人だけに罪を被せようと悪あがきするのか。
つくづく下劣な男だな。
「今後いつまた、ベティアスのどの街が襲われるか分かりません、やはり獣人は国家で管理すべきなのです! 奴らに人権など不要! 番号を振り、首輪をつけ、二度とこのような暴挙に及ばないようしっかり躾を行う、家畜と同じです! 奴らに自由を許したからこのようなことになったのです! 家畜に自由など無用だ!」
今回のこと、ガナフ的には大打撃だろう。
俺はあの男が裏で何をしたか知っている。
その証拠をハル達が命懸けで海底の研究施設から持ち帰ってくれた、書類は全て特区のスノウ代表へ、ノイクスのフェルディナント様に手紙も送ってある。
奴は間もなく裁きを受ける。
政治家生命もお終いだ、次の選挙、スノウ代表の勝利はほぼ確定した。
だからこそ悪あがきしているんだろう、なりふり構わない見苦しい姿に賛同する者などいないというのに。
「皆様の愛する人を奪い、家財を奪い、心身を酷く傷つけた、この災害は全て獣人の仕業です! 私は奴らを許さないッ、必ずや皆様の仇を!」
「黙れ薄情者ッ」
不意に誰かが怒鳴る。
「お前は、あの時、俺たちを見捨てただろう!」
「そうよッ、自分一人だけ助かろうとして、子供や年寄りまで放って!」
「今更どの面下げて来やがった!」
最初の一人を皮切りに、ガナフへの非難の声が救難所内に広がっていく。
動揺し、狼狽えるガナフと、傍に控える護衛たちが緊張する中、また別の声が響いた。
「私達を助けてくれたのは、そこの人よ!」
辺りの視線が唐突に俺に集中した。
「彼が襲われそうになった私を助けてくれたのよ!」
「お、俺も助けられたぞ、アンタ、あの時は本当に有難うなッ」
「そうだ彼だ! お前なんかじゃない、お前は俺たちを見捨てて逃げたんだ!」
「獣人のことも助けていたぞ!」
「私、獣人に助けられたの、彼が助けた獣人に、命の重さは同じだって、助けてもらったのよ!」
ガナフが俺を呪わし気に睨む。
歪めた口元が舌打ちを鳴らすと、隣にいるロゼの気配が膨れ上がる。
「やめろロゼ」
「あれは不要だろう」
「ダメだ、奴は公の場で敗北させるべきだ、スノウ代表の今後の基盤づくりのためにも」
「貴様! 何をコソコソと話しているッ、獣人などに肩入れする愚か者め、この場にいる善良な方々を謀りよって、よくも!」
ロゼを止めはしたものの、不愉快だな。
何か言い返すべきかと考えていると、俺より先にメルが「いいえ」と前へ進み出る。
「愚か者は貴方よ、ガナフ」
美しく凛とした姿にたちまち誰もが目を奪われた。
流石ラタミルだ、ガナフまで圧倒されたように後退りする。
「ここにいるのはケガ人、誰もが何かを失い、明日をも知れぬ状況に不安を募らせている」
ハッとした何人かが不意に泣き出す。
幼い子は親の膝にすがり、老人は静かに涙を拭っている。
「それなのに貴方はさっきからくだらないことばかり、この人たちをまともに見ようとしないのは誰?」
「違う! 私はッ、私は真実を告げようと、獣人は危険なのだ、だからッ」
「それより、この国の代表に立候補した貴方がすべきことは彼らの救済よ、私情まみれの演説なんかじゃなく」
グッと呻くガナフに、メルは畳みかける。
「手当のやり方を教えましょうか? 耳障りな話よりその方がよっぽどここにいる方たちの役に立てるわよ」
怒りで顔を真っ赤に染めたガナフは踵を返し、乱暴な足取りで救難所を出ていく。
その背に多くの罵声が浴びせかけられた。




