新しい魔法
「オーダーを?」
うん、って頷いたセレスは頭を掻いて困った顔をする。
「何となく思いついたから言ってみたんだけど、違うかな?」
オーダーは精霊を呼び寄せる魔法だけど、この状況で使ったら、過程が省略されて結果だけが発動する?
それとも、もっと精霊が集まってくるかもしれない?
―――呪文を少しだけ変えてみるのはどうだろう。
「やってみようか」
そう言うと、セレスはパッと明るい顔になって「ああ!」って頷いた。
隣でモコも「はる、がんばって!」と目をキラキラさせる。
うーん、初めて試すことだから、上手くいくか分からない。
そもそも、新しい魔法を生み出すのって並大抵のことじゃないんだよね。
だからロゼはすごい、あれって多分エレメントじゃなくてマテリアルの類だと思う。膨大な量の魔力を持っているロゼにしかできないことだ。
同じとまではいかなくても、私にもやれるのかな。
呪文の『フルーベリーソ』の部分はそのままでいいとして、続く文言を弄ってみよう。
『咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ』じゃなくて、もっと別の言葉で、例えば―――
「フルーベリーソ、満ちて開け、私の声を聞いておくれ」
思いつくまま口にして唱えてみると、精霊たちがふわっと傍に寄ってきた。
わ、わわっ、これって上手くいったの?
「ハルちゃん!」
「はる、せいれーたち、なに? ってきーてるよ」
「モコ分かるの?」
「うん」
さっきもオルト様の僕のイルカと話していたし、ラタミルって本当に凄いなあ。
って感心している場合じゃないや、何かお願いしないと。
ええと、水と氷、それから雷。
―――ふと窓の外に広がる青空を見て、咄嗟の思い付きで「ディシメアーの空に虹を掛けて」と精霊たちへ呼び掛ける。
たくさんの光は私の周りをクルクル回って、窓から外へ飛び出した。
急いで後を追いかけて窓辺に向かう。
セレスとモコも隣に立って、三人で空を見上げた。
「わぁ!」
「ハルちゃん、虹だ、空にすごく大きな虹がかかってる!」
「きれーっ」
青空にかかる、大きな虹の橋だ。
鮮やかな七色に目を奪われる、本当に綺麗、眩しいくらいだよ。
この虹、ディシメアーにいる人たちにも見えているよね。
ハーヴィーやオルト様の僕、カイもどこかで見上げているかな。
ヴァニレークやバニクード、子分たちにも見えるはず。
―――もし今辛くても、この虹を見て少しでも元気になって欲しい。
そう願わずにいられない。
どれほど暗く深い夜が訪れても、こうして朝になれば空は晴れて、虹がかかる。
無くなってしまったのは戻らないけれど、それでも希望は失われない。
「ハルちゃん」
セレスが目を細くして微笑みかけてくる。
「やっぱり君は素敵だな」
「えへへ、有難う」
「うん、やっぱり君なんだ」
「え?」
「あっ、いや、なんでもない」
急に慌ててどうしたんだろう。
不意にセレスのお腹がグウッと鳴った。
つられて私のお腹までグウッと鳴って、モコもお腹をグウッと鳴らす。
「ぼくのおなかもないたー!」
「ハハッ、そうだな、三人とも腹ペコだな」
「ちょっと恥ずかしいよ」
お腹を押さえると、セレスが「そんなことないよ、可愛い」って笑う。
心配事も不安も尽きなくても、やっぱりお腹は減るんだな。
ひとまず三人で食事をとることにした。
兄さん達もお腹を減らしていないかな、今の繁華街でやってる店なんて多分ないだろうし、戻ってきた時食べられるように用意しておこう。
一応、メルの分も。
もしかしたら一緒に来るかもしれないからね。
「今日は私が作ります、セレスとモコはお手伝いしてね」
「はーい!」
「まかせてくれ!」
食堂の近くにいた神官に声をかけて台所を借りる。
―――炊き出しで大忙しの皆さんの邪魔になっちゃいけないから、隅の方を少しだけ使わせてもらうことにした。
被災した人たちが神殿に助けを求めて殺到しているんだって。
食材が全然足りなくて困っているみたい。
「ねえ、食べ終わったら私たちも何か手伝えることを探そう?」
「そうだな、明日ここを発つし、少しでもディシメアーの皆を助けておきたい」
「いーよ、ぼくもおてつだいする」
小鳥の姿のモコが私の肩に飛び乗って、耳元でこっそり話す。
モコが手伝ってくれるならすごく心強いよ、よろしくね、モコ。
「しかし」
セレスがぽつんと呟く。
浮かない顔だ。
そういえば今日は髪を結んでいない、起きた時からずっと下ろしたままだ。
「師匠から戴いたシュシュが」
「あ、そうか」
確かあのシュシュ、加護が掛けられていて、セレスを守って壊れたんだよね。
ロゼはまた作ってくれるみたいだけど、貰った時すごく喜んでいたし、役目を果たしたって思っても哀しいよね。
「元気出してセレス」
「ハルちゃん」
「部屋に戻ったら、私に髪を結ばせてよ」
「えっ」
「へへ、いつもセレスに梳かしてもらっているからお礼、たまにはいいでしょ?」
ポカンとしたセレスは、すぐ顔を真っ赤にして何度も頷く。
「もッ、もちろん!」
「いいなあせれす」
「それじゃモコの髪も結ってあげる、ちょこっとだけだけど」
「やったぁ!」
人の姿の時のモコの髪はそんなに長くないからね、フワフワだし、編み込みかなあ。
話しながら食事を済ませて、部屋へ戻って改めて出掛ける支度をした。
昼過ぎだけど、日没までまだ時間はある。
今頃兄さん達も頑張っているだろうし、寝て、お腹も膨れて元気になったから、のんびり寛いでなんていられない。
人の姿のモコの髪を編み込みにして、セレスの髪は脇を編み込んでから、いつもみたいに高い位置で一つにまとめて括る。
セレスにはやっぱりこの髪型が一番似合うよね。
鏡を覗き込んだセレスは、鼻歌交じりで何度も髪形を確認してから私に「有難う!」ってお礼を言ってくれた。
「こんなに可愛くしてもらって、嬉しいよ、ハルちゃん」
「うん」
「ぼくもかわいー?」
「可愛いよ、モコ」
「えへへ、うれし!」
でも人の姿のモコをどうやって連れていこう。
考えていると、モコは「ちょっと待ってて」と窓から外へ飛び出していく。
背中にパッと開いた翼を羽ばたかせる姿を見送りながら、ラタミルなんだなあって今更改めて思う。
「あの時、師匠がラタミルだと知って本当に驚いたが、今この状況が既に尋常じゃないんだよな」
隣でセレスがしみじみと呟く。
そうだよね、私もそう思う。
「モコとロゼ兄さんはラタミルで、カイはハーヴィーで」
「ああ」
「メルさんもラタミルだったし、そう考えるとすごいね、あり得ないことだよね」
「まだハーヴィーは稀に民間の目撃情報なんかも聞くが、ラタミルに関しては大神殿の司祭でも滅多にお目にかかれないそうだからな」
「それってエルグラートにある、ルーミル様の大神殿?」
「そうだよ」
母さんに会うこともだけど、私達はそこを目指して旅をしている。
モコを、ラタミルたちが集う天空神ルーミルの領域へ帰すために。
「ねえ、セレスはルーミル様の大神殿のこと、詳しく知ってるの?」
「詳しくはないが、そういえば話したことなかったか」
「うん」
「モコちゃんが戻るまで、簡単に説明しようか?」
「お願いセレス」
「ああ」と頷いてセレスは話し始める。
窓辺に吹く海風が、セレスのオレンジ色の綺麗な髪をサラサラと揺らしている。
「ルーミルの大神殿は、ここ連合王国の宗主国である中央エルグラート、その中心で王城が建つ首都エルグラートにほど近い、特別自治区『エウス・カルメル』にあるんだ」
「エルグラートにも特区があるの?」
思いがけず聞き返すと、セレスは「そうだよ」と頷いた。
「ルーミル教は国教のエノア教より広く普及しているこの国最大の宗教だからね、それだけ大きな権力を保持していて、特別自治区を有するに至ったのさ」
「そうなんだ、でも確かにそうだよね、大抵の人はルーミル様を信仰しているよね」
「だからその眷属であられるラタミル様も信仰対象になっている、彼方の貴き青より舞い降りたる真白き翼の御使い様ってね」
「御使いかあ」
でもロゼもモコもそんな雰囲気は無いし、前にロゼを連れ戻しに来たラタミルたちは―――すごく嫌な感じだった。
昔の出来事が原因で、ロゼはラタミルを嫌っている。
そんなロゼの影響を受けたモコもラタミルを嫌がっている。
実際、ラタミルってどういう存在なんだろう。
前にロゼは『ろくでもない』なんて言っていたけれど、今は私もよく分からなくなってしまった。




