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僕(しもべ)の贖罪

「兄さんたち、どこへ行ったの?」

「あのね、ししょーきて、めるもいっしょに、まち、みてくるっていった」

「そう」

「ぼく、はるのそばにいろって、ししょーにいわれた」

「有難う、モコ」

「えへへ、だいじょぶだよ、ぼくいるから、はるねてていーよ」

「ううん、もう平気」


ベッドから降りて窓辺へ行く。

風が気持ちいい。

海も綺麗だ、波も穏やかで、昨日までよりなんだか生気に満ち溢れているような気がする。


だけど遠くに見えるディシメアーの街並みは酷い。

高台の辺りは無事みたいだけど、特に繁華街、燃えるものが沢山あったから被害も大きかったんだろう。

食事をした店や、美味しいものが売っていた屋台、セレスとカイと一緒に話した公園や、あの湯を使わせてくれる大きな施設も焼けたのかな。

小物を売っていた店、宝石店、水着を買った店、楽しい場所や綺麗なものが沢山あった。

その全部が無くなってしまったんだ、胸が苦しくなって涙があふれる。


「はるぅ」


人の命を、財産を、何だと思っているんだろう。

ベルテナはどうしてこんな酷いことができるんだろう、ベルテナに言いつけた父親も、あの魔人も、商業連合やセレスの兄君のサネウ様も。

だけど、そのベルテナは従者に鎌で串刺しにされた。

これまでベルテナがしてきたことを一つも許せないけれど、でも、もしかしてベルテナも何かの被害者だったりするのかな。

分からない。

あの子の気持ちが、この悪意の源が、一体何なのか。

―――怖いよ。

この先またどんな被害が起きてしまうんだろう、でも、私たちが西へ、商業連合へ行ったら、ベルテナはそこでも騒ぎを起こす?


ぼんやり考えこんでいると、不意にキュウッと高い鳴き声が聞こえた。

窓から覗いたら、海に何か浮かんでいる。

あれ、ピンクのイルカだ!

咄嗟に緊張するけど、前と違ってモコが騒がないから、恐る恐る見下ろしたイルカは、私を見つめ返してくる。


「はるに、ごめんって、いいにきたみたい」

「えっ」

「ぼくきいてくる、はる、まってて!」


モコはポフッと小鳥の姿になってイルカのところへ飛んでいく。

イルカは慌てて海に潜るけど、少ししてからまた顔を覗かせて、控えめにキュウキュウと鳴いた。

ヒヨヒヨ鳴いて答えるモコに、今度は何かを伝えようとするように一所懸命キュッッキュと鳴きだす。

暫くして、話し終えたらしいイルカがまた私を見上げた。

そして―――いきなり大きく飛びあがって、何かを投げてよこしてきた!


「わっ」


慌てて受け止める。

勢い窓から落ちそうになって、もう片方の手で桟を握ってどうにか持ちこたえた。

あ、あぶなかった。

モコがまたヒヨヒヨ鳴いて、イルカは謝るように何度もパシャパシャと頭を下げる。

もう一度キューウ、と大きな声で鳴くと、イルカは私に深くお辞儀して、パシャっと海の底へ潜っていった。


これ、なんだろう。

白い小石程度の大きさの欠片だ。

嗅いでみると知らないいい匂いがする。


「はる、だいじょぶ?」


戻ってきたモコが部屋へ入って、ポフッと人の姿に変わった。


「大丈夫だけど、さっきのイルカは何て言っていたの?」

「ごめんなさいっていってた、いるか、でんれーやくだったんだって」

「伝令役?」


モコが教えてくれた話によると、あのイルカはカルーパ様のお言葉を伝える伝令役だったそうだ。

でもある日、魔人に捕まり、呪いをかけられた。

―――逆らうと、イルカの一番大切にしているものが命を落とす呪いを。

それからは言いなりになるしかなかった。

何人も人を攫って、そのたびに自分がどんどん穢れていくのが分かって、苦しくて、辛くて、イルカは何度も死のうとしたらしい。

だけど自分が死んでも呪いが発動してしまうかもしれないと思うと、最後は諦めるしかなかった。


そんな時、私を見つけて、妖精の恩人なら何とかしてくれるかもしれないと思ったそうだ。


それからはずっと接触する機会を窺っていたらしい。

どうして兄さん達じゃなく私だったのかはイルカもよく分からないって、ただ、私が一番気になったそうだ。

そしてカルーパ様が私にオルト様のことを頼んだのを見て確信した。

やっぱり私しかいないって。

だから私を海へ、あの建物へ連れていこうとしたらしい。


「しもべ、ときどきこえがして、そういうとき、よくわかんなくなって、はるをつれてこうとしたときも、そうだったっていってた」

「それ、もしかしてラクスに操られていたのかもしれない」

「うん、ぼくにもごめんってあやまったよ、だからぼく、ゆるすっていった」

「えらいね、モコ」

「えへへ」


私も許すよ。

事情があっても、してしまったことは取り返しがつかない。

イルカの罪は、イルカ自身と、オルト様やハーヴィー達が裁くだろう。

それに、もう全部終わってしまったことだから。

攫われて失われた命、カルーパ様も、どれだけ後悔して謝ったって、もう戻らない。


「それね、かいてーはくじゅのじゅしって、いってた」

「かいていはくじゅ?」


かいていはくじゅ。

―――まさか、海底白樹のこと?


本で読んだ覚えがある!

ええと、ええと確か、海底に生えていると伝わる伝説の樹で、その樹脂は水に属するあらゆる精霊を招く強力な媒体になる、だっけ。

ほ、本物?

海底白樹って、本当にあったの?

これがその樹脂だとしたらとんでもない代物だ。

多分この欠片で国が買える。

い、いや、お金になんてできない貴重な品だよ、本当に本物? すごい、海底白樹の樹脂なんて、すごい!


恐る恐るもう一度嗅いでみた。

温かくて冷たい、柔らかでまろやかな香りだ。

甘くて優しいけど、強さと激しさもあって、爽やかでもある、ほんのり潮の気配も感じる。


「はる?」

「すごくいい匂いだよモコ、複雑で奥深くて、生き物の命みたいな匂いがする」


モコもクンクン嗅いで「いーにおい!」って嬉しそうに笑う。

驚いてすごく動揺したけど、モコぐらいの反応が丁度いいんだろうな。

これは、大切にしよう。

すごく貴重なものだし、あのイルカの想いが詰まってる。

しっかり使わせてもらうよ、有難う。


「よし、早速芳香成分を抽出しよう」

「しよー!」

「モコ、手伝ってくれる?」

「いいよ」

「あ、でも静かにね、まだセレスが寝てるから、ゆっくり休ませてあげたいんだ」

「わかった」


あまり音を立てないよう気を付けながら、道具を取り出し、早速芳香成分の抽出に取り掛かる。

樹脂を削るとき手が震えた。

落ち着け私、集中しろ、息を吞んで見守るモコに手伝ってもらいながら、深呼吸して緊張を和らげつつ作業する。

小石程度の大きさの樹脂の半分を使って、小瓶二つに香料を抽出できた。

この量でこんなに採れるんだ!

思いがけず驚いたけれど、抽出した香料の香りの豊かさにもっと驚かされた。

これ、すごい。

この状態でも分かる、この香料を使えば、水の精霊アクエや、氷の高位精霊ガラシエだけじゃなく、嵐の高位精霊テーペや、もしかしたら雨の高位精霊メレヴィとアイルーヴだって呼べるかもしれない。


「え、わっ」


そんなことを考えていたら、いつの間にか部屋に幾つもの光が現れて飛び回っていた。

精霊たちだ。

水の精霊アクエ、氷の高位精霊ガラシエに、このパチパチしているのは雷の高位精霊トートス?

―――どうしようって焦ったけれど、精霊たちは周りを飛ぶだけで、特に何かする様子はない。


「ん、んん?」


ベッドの方から声がして、目を覚ましたセレスが起き上がった。


「なんだ? なにか―――えっ、わっ、うわッ?」

「セレス、おはよう」

「おっ、おはようハルちゃん、モコちゃんも、戻っていたのか、それでこれは一体?」

「せいれーだよ!」

「えッ」


起こしてごめんね、そして驚かせてごめんね、セレス。

ベッドからそろそろと降りて傍に来たセレスに事情を説明する。


「すごい物を貰ったんだな、伝説の逸品か、城でも滅多にお目にかかったことは無いよ」

「お城にも伝説の品ってあるんだ」

「そりゃね、しかし海底白樹か、白くて滑らかで、美しい結晶だな」

「うん」

「香りもとても芳しい、こんなに精霊が集まってくるのも分かる気がするよ、なんだか落ち着く香りだ」

「そうだね、でも、これどうしよう」

「うーん」


腕組みしたセレスが、不意に「オーダーを使ってみるのはどうかな?」なんて言うから驚いた。

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