表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/555

泡沫の夢

体をフワリと抱き上げられた。

見上げると、ロゼが「僕が運ぼう」ってニコッと笑う。


「それならセレスも連れていってくれ」

「むッ」

「え!」


途端にロゼは眉間にしわを寄せて、セレスは目を真ん丸にして固まる。

リューは全然気にしてない。

「俺はモコに運んでもらう」って言って、モコに「いいか?」って訊いた。


「いーよ、でも、りゅーはこんだら、ぼくもはるのとこいっていい?」

「ああ」

「わかった!」


「よろしくな」ってモコの頭を撫でて、またロゼを見上げて「頼んだぞ」と声をかける。

ロゼは、渋い顔でセレスを見て、セレスもロゼを見上げて、急に鼻血を噴き出した。

わっ、わあ、どうしたの、大丈夫?


「おいセレスどうした! 大丈夫か?」

「りゅ、リュゲルさん、すみませんが大丈夫じゃありません、あはは」

「君もつくづく大概だな、流石にそろそろ慣れてくれ、ほら、これで血を拭いて」


フラフラしているセレスをリューが介抱する。

それを見ていたメルがクスクス笑って「それじゃ、私はリュゲルと一緒に行こうかしら」ってリューに視線を向ける。


「カイトスは明日まで戻らないだろうし、個人的に貴方に興味があるわ、仲良くしましょう?」

「あ、ああ、構わない」

「おい、僕の最愛の弟に色目を使うな」


睨むロゼに「無論でございます、当然弁えております」とメルさんは恭しく頭を下げる。

メルさんは昔のロゼを知っている。

だからああいう態度をとるんだ。

今度話を聞かせて欲しい―――サマダスノームを離れる時に現れたラタミルたちもそうだったけど、ロゼって本当に凄いラタミルだったんだろう。

でもそうだよね。

あの時は噴火を収めたし、今回はディシメアーの街を津波から守った、カルーパ様にあの凄い雷を落としたのもきっとロゼだ。


「う、すみません師匠、ハルちゃん、お待たせしました」


やっと鼻血が止まったセレスを見て、ロゼはため息を吐いて「掴まれ」と私を抱えていない方の腕を広げた。


「は、はひっ! でででですがどどどどどどこにッ、どこに掴まればよッ、よろしいのでしょうか!」

「どこでも好きにしろ」

「はわっ、はわわっ、でッではえーっと、ええとッ」


決められないセレスを見かねたんだろう、リューが後ろからひょいっと持ち上げてロゼに渡す。

ロゼは片腕で受け取って翼を羽ばたかせる。


「わあーッ!」

「セレス、兄さんにつかまって!」

「いいのかハルちゃんッ、いいのか? 許されるのかッ?」

「大丈夫だよ、落ちるよッ」


話している間に、あっという間に岩場が遠ざかる!

慌ててロゼにつかまりながら、セレスは目をギュッと瞑って「わああああああッ」と叫ぶ。


「うるさい、口を噤め」

「は、はいっ、すみません師匠ッ」

「ここから海へ落としてやろうか」

「やめて兄さん」

「静かにします師匠、うッ、でも、ふぁあぁあ、いい匂いがするぅ」

「やはり落とそう」

「兄さん!」


兄さんもセレスも仕方ないな。

―――少し肌寒いけど、風が気持ちいい。

だけどディシメアーの街は本当に酷いことになっている。

またたくさん燃えてしまったんだ、人も、財産も、思い出も。


見下ろす景色にオルト様の大神殿へ殺到する人たちがいた。

神殿に保護を求めているのかな。


「ねえ兄さん」

「なんだいハル」

「あの人たち、神殿に保護してもらうために集まったのかな」

「それもあるだろうが、それだけではなさそうだ」

「他に理由があるの?」

「女神の奇跡を目の当たりにした者たちが、寄る辺を求めて集まっているようだね、こんなことになってしまっては、立て直すための精神の支えが必要なのだろう」

「そうか、オルト様に祈りを捧げるんだね」

「ふふ、そうとも、あれは全てオルトの力になる、まったく―――いい気味だ」

「兄さん?」


最後の一言、何だったんだろう。

だけど尋ねる前に神殿脇の建物に着いて、窓から部屋に入った。


「ハル、僕はリュゲルの元へ行く、何か僕にして欲しいことはあるかい?」

「平気だよ、体を綺麗にしたら、ちょっと寝ようと思ってる」

「うん、それがいい、ではおやすみハル、よく頑張ったね」


大きな手で頭を撫でられる。

ちょっとくすぐったいな。

ロゼは笑って、白くて大きな翼を翻し、朝の空を飛んでいく。

本当に綺麗だ。

羽の先だけ赤く染まった特別な翼、陽の光に輝きながらなびく金の髪も、全部が眩しい。

セレスと一緒に、窓辺から姿が見えなくなるまでずっと見詰めていた。


「はぁあぁぁ」


急にセレスがくたっと座り込んだ。


「どうしたの?」

「は、ハルちゃん、流石に今は、ショックで頭がまともに働かない」

「ごめんねセレス、ずっと黙っていて」

「いや、いいよ、どのみち驚いただろうし、師匠ならあり得ると思っていたからね」


そうなんだ。

赤ちゃんの頃から傍にいてくれたから、私はすっかり見慣れているけど、ロゼみたいな人って他にいないよね。

神の眷属かもなんて思われることも、あり得ない話じゃない。

流石にラタミルだって分かった時は私も驚いたけど。

でも、兄さんは兄さんだし、何も変わらないよ。


窓から吹いてきた風に鼻がムズムズして、クシュッとくしゃみがでる。

顔を上げたセレスが立って「ハルちゃん、大丈夫か?」って気遣ってくれる。


「取り敢えず体を綺麗にしてから、ベッドで休もう」

「うん」

「湯を貰ってくるよ」

「あ、それなら私も一緒に」


セレスについていこうとして、思いがけず足元がふらついた。


「おっと」


私を抱えたセレスは、そのままベッドに座らせてくれる。


「いいよ、君はここで待っていてくれ」

「でも」

「私はまだ元気だし、体力に自信もある、それに君の方が大変だったんだ、だから休んでいてくれ」

「うん、有難うセレス」

「それじゃすぐ戻るよ、寒いなら窓を閉めておこうか?」

「平気」

「分かった」


セレスが部屋から出ていくのを見送って、ベッドにぱたりと倒れる。

なんとなく体が熱い、眠いのかな。

―――たったひと晩で色々なことがあった、同じような経験をもう何度もしたけど、やっぱり全然慣れない。


また人も獣人もたくさん死んでしまった。

きっとハーヴィーや、オルト様の(しもべ)も命を落としているだろう。

ディシメアーの街は焼けてメチャクチャになった。

ベルテナはきっとまた現れる、どうすればこんな酷いことをやめてくれるのかな。

海と私たちを守るため、カルーパ様は犠牲になった。

あの『粉』、取り憑くための『器』を創ろうとしている魔人、内乱の可能性、商業連合の企み。


頭がグルグルする。

胸元を探って、母さんから貰ったネックレスを朝の陽にかざした。

七色の光が煌めいて私を照らす。


ねえ母さん。

なんだか大変なことになってるよ。

私は母さんに会いに行こうとしているだけなのに、どうしてだろう。


もう暫く手紙を送っていない。

元気にしているか知りたい、会いたいよ、母さん。

―――ごろんと寝返りを打つ。


商業連合ってどんな国だろう。

砂漠はどんなところなんだろう。

エノア様の花はあと三つ、全部集めたら何が起こるの?

『満ちし子』ってどういう意味?

どうして私なの、誰が、何を私に求めているの?


怖いよ、母さん。


「―――待たせたなハルちゃん」


扉を軽く叩いて、セレスが戻ってきた。

ぼんやりしながら起き上がって服を脱ぐ。


「ど、どうぞ」


湯に浸して絞った布を手渡された。

あったかくて気持ちいい、今更だけど体じゅうベタベタだ。

口の中も気持ち悪い、そういえば吐いたんだっけ、あの酷い光景ももう無いんだ。


「み、見てないぞ、大丈夫、私は見ていない」

「ん」

「はっ、ハルちゃん、その、髪を洗ってあげるよ、ほらこっち、立てるか?」

「うん」

「海水に濡れたままにしておくと痛むからな、それにしても眠そうだなハルちゃん」

「うん」

「疲れたもんな、大丈夫だよ、後は私に任せて」


気持ちいい。

セレスが全部してくれる。

洗った髪がまだ湿っているけど、もう瞼が開かない、眠い。

ベッドに倒れると、優しい手がゆっくり私を撫でた。


「おやすみ、ハルちゃん」

「うん、おや、すみ、セレス」

「ああ、いい夢を」


波の音だ。

まるで包まれているみたい、穏やかで、心地いい。

カルーパ様、約束はちゃんと果たしました。

どうか安らかに。


有難う―――本当に、ありがとう、カルー、パ。


――――――――――

―――――

―――


青くて静かな場所にいる。

ありがとう、と声がした。


「カルーパ様?」


そうだよ、ハルルーフェ。


大きな甲羅岩。

前にも夢で見たあの眼差しが私を見詰めている。


「約束、ちゃんと果たせました」


ああ、感謝する。


「でもカルーパ様は」


分かっていたことだ。

―――私はずっと、この役目のため、あの場所で待っていた。

君を待っていた、ハルルーフェ。


「はい」


君でようやく『満ちた』

あの方が語られたとおり。

私も安心して逝ける。


「あの、『満ちた』ってどういう意味ですか、私のことを『満ちし子』って、一体何が満ちたんですか?」


エノアでは足りなかった。

しかし君で『満ちた』

永き時を経て約束は果たされ、君という種子を育んだ。


後は、君が咲かせるだけ。


「教えてくださいカルーパ様、私はどうすればいいんですか、何をすれば、何も、分からない」


西へ。

行きなさい、ハルルーフェ。


「カルーパ様」


白銀の翼が待っている。

君をずっと待っている。

歩みを止めてはならない。

辛くとも、苦しくとも、前へ、明日へ、進むことを恐れるな、諦めないように。


「白銀の翼?」


これから君には海神の加護もある。

私も見守っているよ、またいつか、どこかで会おう、ハルルーフェ。


君たちが紡ぐ、ずっとずっと先の、遠い日に。


視界を急に泡が埋め尽くす。

何も見えない、気配が遠のく、カルーパ様が行ってしまう。

今度こそ本当にお別れなんだ。


さようなら、カルーパ様。

守ってくれて、ありがとう。


――――――――――

―――――

―――


「はる」


目の前にモコがいる。

綺麗な空色の瞳だ。


「モコ」

「おはよう、だいじょぶ?」

「うん、平気だよ」


起き上がって、「セレスは?」と訊きながら周りを見回した。


「まだねてるよ」


隣のベッドでグッスリだ。

寝る前にたくさん世話を焼いてもらったような気がする。

髪も体も綺麗になっているし、寝間着も洗濯したものを着せられている。下着まで替えてもらったのか、うう、流石に恥ずかしいというか気まずい。

あとでしっかりお礼をしないといけないな。

セレスもこんなに疲れていたのに、本当に、いつも優しいよね。

ありがとう、セレス。

窓の外はいい天気、今は昼を少し過ぎたくらいかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ