表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/555

ディシメアー襲撃4:リュゲル視点

「ぐぎゃッ」


俺はベルテナを切りはしなかった。

切ったのは騎獣だけ、青いドレスに染みた血も騎獣のものだけのはず。


「いたぁいッ、どうして、どうしてみんなベルテナを虐めるんですの? こんなに可愛くて、特別で、何にも悪くないベルテナを!」

「貴方、さっき『おつかい』って言っていたわね」


メルの問いかけに「そうよ!」とベルテナは憤慨して返す。


「ベルテナはお父様とあの方に頼まれて『おつかい』をしただけッ、なーんにも悪くありませんわ!」

「その言葉と態度こそが貴方の罪よ」


冷たく言い放つメルへ、ベルテナは地面に倒れたまま義手の銃口を向ける。


「知らない! ベルテナに意地悪する貴方こそ悪者ですわッ、しねぇッ!」


ドン、と発砲音が響いた。

咄嗟に盾となってメルを守ろうとした俺を、けれど弾が貫くことはなかった。

魔力の防護壁だ。

いつの間にこんなものを、俺は勿論、メルもエレメントもマテリアルさえ唱えていないのに。


「なんッ、なんで死なないんですのッ、どうして守るのよッ、なんでッ、なんでどうしてッ、なんでぇッ!」

「あらあら、大騒ぎねえ」

「嫌い! 貴方のことベルテナだいっきらい!」

「ウフフ、よかった、私も貴方みたいに醜いヒトは嫌いよ」


激昂するベルテナがメルと言い争っている間に、気付かれないよう傍へ近付く。

落下した時に傷を負ったのか、いつまで経っても起き上がらない様子から察するに、動けないのだろう。

まずは拘束して話を聞かせてもらう。

傷の手当くらいはしてやろう。

粉の出どころ、指示した者、さっきから度々口にしている『あの方』の詳細。この娘に訊きたいことはたくさんある。


「ベルテナは偉いのよ! お父様も特別だって仰ったのよ! なのにこんなのおかしいッ、絶対におかしいですわ!」


叫びながら悔しげに地面を叩くベルテナを―――突然空から飛来した何かが貫く。


「ぎゃッ!」


彼女まであと少しの距離にいた俺も息を呑んで立ち止まった。

急所は外してあるようだが、青ざめ、ぐったりと横たわったベルテナの下に血が広がっていく。


「こーら、だめですよベルテナぁ、あっと、様」


傍らに瘦身の男がふわりと降り立った。

あれは、ベルテナの従者。


「余計なこと喋らんでおけって言われてるでしょ? 仕方ありませんねぇ」

「アガ、ガァッ」

「あらら? ちょっとやりすぎたかね、これじゃ失血死するかもしらん」


カルーサと呼ばれているこの男、ロゼの話では魔人だ。

海上で鎌を奮い襲ってきたのをロゼが引き受け、戦っていたはず。

一体どうしてここに、ロゼはどうしたんだ。


「ってことでボクらこれで失礼させていただきますわ」

「まッ、待て!」

「アハハ、いやいやぁ、ボクらよりもっと面白いモンが海におるよ」


そう言われ、カルーサを警戒しつつ海の方を窺う。

―――なんだ、あれは。

巨大な黒い影が海上で暴れている?


「じゃ、また」


慌てて振り返るとカルーサは血濡れたベルテナを抱えてふっと姿を眩ました。

幻惑の魔法か、しかし気配も殆ど消えてしまった、高速で離脱したのか。

ベルテナを地面に縫い留めたのは巨大な鎌の刃だった。

あいつは、ロゼはどうしたんだろう。

まさか何事もないと思うが。


「リュー!」


物陰から現れた姿を見て、思いがけず力が抜けそうになった。


「ロゼ!」

「無事だね、では、僕は行く」

「ま、待てッ、どこへ行くんだ、お前怪我は!」

「無いよ、心配させてすまない」

「そんなものはしていないッ、だがどうして」

「―――海」


メルが呟く。

彼女の金色の瞳は、海上の影をじっと見据えている。


「可哀想に、あんな酷いことをして」

「なッ、メル、君まさか、あれが何か分かるのか?」

「分かるわ」

「そうだろうとも」


フンと鼻を鳴らすロゼに、メルが驚いた様子で振り返った。

俺も、状況も話の流れも見えず、ロゼを見上げる。


「お前はラタミル」


ロゼから告げられたメルはたじろぐ。

ラタミル、だと?


「それも、潮の臭いを纏う物好きなラタミルだ」

「どう、して」


すっと目を瞑ったロゼの背にふわりと翼が開く。

真っ白な、羽の先だけ真紅に染まった、闇の中でも輝くように美しい翼。

それを見たメルは息を呑み、フラフラと後退りしてから、その場に膝をついた。

―――彼女の背にも黒い翼が開く。


「夜月だな、珍しい」

「あ、貴方様はまさか、そんな、だって」

「先に言っておく、僕はもうラタミルではない」


ロゼは翼をしまう。


「今の僕はロゼ、ここにいるリュゲルと、可愛い僕らの妹、ハルルーフェの兄のロゼだ」

「ロゼ、様」

「様を付けるな、お前達と僕の間に関わりなどない」


名乗れ、とロゼから告げられて、メルは深く頭を下げる。


「はい、私はメル、いいえ、メリーエルと申します」

「あのハーヴィーがお前の語る『弟』だろう」

「そのとおりですわ、ロゼ、様」


様はいらない、そう呟いて憤慨するロゼに、なんて声を掛けたらいいか分からず戸惑う。

ロゼはラタミルの中でも抜きん出た実力者だ。

だがこうして実際に同族から畏れられ、敬われる姿を見ると、改めて言いようのない感覚に囚われる。

兄になって欲しいと頼んだのは俺だが―――ロゼにとって、あの時のことは真実救いになったんだろうか。


「メル、いや、メリーエルさん」

「メルでいいですわ、リュゲル」

「なら俺もリューでいい、なあ、今コイツが言ったハーヴィーっていうのは、もしかして」

「貴方たちがカイと呼ぶ彼よ、私たち、二人でずっと旅をしているの」

「ラタミルの君と、ハーヴィーが?」


俄かには信じがたい、二つの眷属の間には彼らの神が絡む深い確執がある。


「そうね、でも本当よ」


メルは小さく溜息を吐く。

背中の翼をしまって、立ち上がると黒く長い髪を緩やかに掻き上げた。


「理由は、私からは言えない、弟に、カイに訊いてちょうだい」

「分かった」

「それより、あの可哀想なオルトの(しもべ)をどうにかしてあげないと」


三人で再び海を見る。

今、メルはあの影をオルトの(しもべ)と呼んだ。

―――あれほど大きな(しもべ)を俺は『彼』しか知らない。


「まさか、カルーパなのか」

「そうだよ」


振り返ったロゼと目が合う。

赤い瞳が寂しげに眇められている。


「どうにもならないと理解していても、それなりに辛いものだね」

「ロゼ」

「彼に魔人がとり憑いてしまった、分離は出来ない」

「魔人?」

「名前など知らないよ、何だったかも覚えていない、どうでもいい、アレで十分さ」

「だがそいつがカルーパに憑りついたんだろう?」

「ああ、腹立たしいことにね」

「本当にどうにもならないのか」


ロゼは一呼吸おいて「ならない」とはっきり言いきった。


「だが僕は、幕引きの手伝いを頼まれている」

「何だそれは」

「詳しいことは僕にも教えてくれなかった、それでも、僕は友人として誓いを果たさなければ」


夜の闇にまた白く赤い翼が開く。


「行ってくるよ、君は浜へおいで、恐らくはハーヴィーたちが救助したヒトを連れてくるだろう」

「救助?」

「海底の建物が壊されたのさ、ハル達はやり遂げたようだね」

「ハルって、おい、どういうことだ、ハルは無事なのか!」

「無事だとも、そうでなければ、こうはなっていないのだから」


ロゼはまた海を見て、ふわりと羽ばたいた。

その姿を見上げたメルも翼を開いて「私も行ってくるわね」と飛び立った。


「メル!」

「街のことはここの者たちに任せて、貴方も海岸へ行くといいわ、あの方がそう仰ったのだから!」


二人の姿はあっという間に遠ざかっていく。

俺は、俺だけは人だ、この足で地面を駆けるしかない。

ハルのこともカルーパのことも気がかりだが、今はロゼに言われた通り浜へ向かおう。


振り返り、絶命した騎獣と、そして遠くの黒煙を眺める。

ベルテナにカルーパ、彼らは王都へ逃げ帰ったのか。

今、王室はどうなっているんだろう。

分からないことが多過ぎて油断すると不安がこみあげてくる、クソッ、考えている場合か、行くぞ!


俺がオーダーで呼んだ水の狼たちは、役目を終えて消えたようだ。

繁華街に火の気配は無く、焼け焦げて崩れ落ちた街の惨憺たる様だけが広がっている。

焼けて死んだ者、誰かに殺された者、数多の死体も転がっている。

今頃ディシメアーの治安部隊は居住区の消火にでもあたっているんだろう。

あの人々や獣人たちは逃げられただろうか。

―――ガナフもきっと無事だ、だがその醜悪な内面を多くの人に知られてしまった。

自業自得だな、ディシメアーの、如いてはここベティアスの民衆がまともなら、奴はもうお終いだ。


「ハル、ロゼ、俺も、お前達の力になってみせる」


つい漏れた泣き言を唇ごと噛みしめた。

無力を嘆くくらいなら、自分に出来ることをするだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ