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ロゼとモコ

そういえば、モコのこと、元の姿に戻してくれたのかな。


「何故だ」

「え?」

「どうして君はアレと一緒に風呂に入りたいなんて言うんだ」


えっと、それはモコも汚れているからだよ。

もしかしてロゼ、拗ねたのかな。

モコのこと嫌ってるから、私と一緒にお風呂に入るのが嫌なのかな?


「あのねロゼ、モコは私と一緒に森で深い穴に落ちて」


あっ、そういえば森で何があったか、まだロゼに話してなかった。

急いで説明しようとしたら、もうリューから聞いたと言われた。そっか、私が寝ている間に話してくれたんだね。


「大変だったね」


ロゼにフワッと抱き寄せられる。

大きな腕の中、温かくていい匂い、安心する。

思い出すとまだ少し怖い。自分があんな目に遭って、そこから生きて帰ってこられたなんて、実感が湧かないよ。

私、苦手だったエレメントをちゃんと使えたんだよ?

オーダーも使って、やれること全部やって、必死になって頑張って、怪我も沢山したんだよ?

モコを守ったんだ。

モコも、私を沢山励ましてくれた。

新しい治癒魔法を覚えたんだよ。

ちょっとぶっきらぼうだけど、親切で、とっても強いハーヴィーの男の子が教えてくれたんだ。

カイのことはまだロゼとリューに言えない。

また会えたら、話していいかカイに訊いてみよう。


「君は本当に凄いことをやり遂げたんだ、誇っていい、あの雛を守って、独力で危地を無事脱するなんて、そうできることじゃない」

「たくさん助けてもらったよ、でも、兄さんに褒められると鼻が高いな」

「ああそうだとも、この僕が手放しで褒めているんだ、存分に自信を持ちなさい」

「フフ、兄さんはいつも私に甘いから」

「君までリューのようなことを言う」


嬉しいよ、ロゼ、有難う。

背中をポンポンと叩いて、離してもらってから改めて「モコは?」と訊いた。

途端にロゼはまたムッとする。

どうして嫌うんだろう、モコはロゼに何もしていないのに。


「そこだ」


ロゼが軽く顎をしゃくって示した方へ目を向けると、畳んだ厚手の布が椅子の上に置いてあって、そこでまだ鳥の姿のままのモコが眠っていた。


「鳥のままだよ?」

「寝ているからな、起きたら戻す」

「うーん」


確かに寝ているのを起こすのは可哀想だけど、目が覚めて元の姿に戻っていなかったらまたビックリするよ。

でも、あの大きさなら服の中に隠せるかもしれない。


「ねえ兄さん、今のモコなら一緒にお風呂へ連れていっても見つからないよね?」


ロゼはじっと私を見て、ベッドから立ち上がり、モコが寝ている椅子へ近づいていく。

どうしたんだろう。

目で追っていると、モコを摘んでポイッと床へ放り投げながら「フィルドゥ」と唱えた。


「あっ」


鳥に変わった時のように、またポンッと白い煙に包まれて、煙が消えると元の姿に戻ったモコが床に座り込んでポカンとしている。


「あれ、ぼく?」

「モコ!」


姿が戻ったらまた喋れるようになったんだね、よかった。

私もベッドを降りてモコの傍へ行く。

気付いたモコが「はる!」と立ち上がりながら嬉しそうに弾む声で私を呼んだ。


「ぼく、もどった!」

「そうだね、よかったね」

「うん! もうへんじゃないよ!」

「ふふ、そうだね」


鳥の姿はどこも変じゃなかったけど、モコには違和感だったんだろうな。

尻尾をピルピル振って、撫でる私の手に頭を擦りつけてくる。

でも傍にロゼがいると気付いた途端、尻尾はピタッと動きを止めてそのままお尻に張り付いた。

モコはジリジリと後退りをして、私の後ろに隠れる。


「モコ?」

「こわい」

「フン」


こっちはこっちで怖がっちゃった。

二人には仲良くして欲しいんだけどなあ。


「あ、この姿だとお風呂に連れていけないや」

「おふろ?」


流石に羊を連れていったら見つかるし断られるだろう。

ロゼ、もしかして、それでモコを元の姿に戻したの?

顔を見上げたら前髪の奥で目を逸らす気配がした。もう、しょうがないなあ。


「はる、おふろ、なーに?」

「お風呂っていうのはね」


教えてあげると、モコは「ぼくもはいりたい!」ってピョンピョン跳ねるけど、それは無理だよ。


「どうして?」

「宿はね、本当は人か獣人しか使わせてもらえない場所なんだ」

「ぼくは?」

「ナイショ、見つかったらモコだけ馬小屋に繋がれちゃう」

「うまごや」


やだ、と呟いて固まったモコを撫でる。

ラタミルならもしかしたら部屋を使わせてもらえるかもしれないけど、それ以前に大騒ぎになるよ。

モコは雛だし、ペット扱いで馬小屋に繋がれたら不安で凄く怖いだろう。明日の朝にはすっかりやつれてしおしおになっているかもしれない。

それに、もしモコがラタミルだって気付かれた時のことを考えると、私も気が気じゃない。こっちも不安で眠れなくなりそう。


「宿を出る前にまたお前の姿を変えるぞ、今度はウサギにしてやる」

「やだぁ」

「もう、兄さん」


ロゼはフンと鼻を鳴らして、座っていた椅子の方へ歩いていく。

宿を出るときは仕方ないけど、だからって今から怖がらせるような言い方しないでよ。


「モコ、宿の人に桶とお湯を借りるから、モコはここで体を綺麗にしようね」

「ぼくもおふろはいりたかった」

「そうだなあ、モコが人の姿に成れるようになったら、お風呂にも入れるよ」

「ほんと?」

「うん」


世間一般に知られているラタミルは、背中に翼を生やした人の姿をしている。

翼、翼かあ、うーん、どうにかして誤魔化せるかな。少なくとも羊の姿よりまだ止められないだろう。

もしそうなったらお風呂に入れてあげてって、リューにお願いしておこう。

モコは男の子だから私は一緒に入れないし、ロゼはきっと嫌がるもんね。


「戻った」


戸が開いて、お風呂から戻ったリューが部屋に入ってくる。

うわあ、ホカホカだ、肌艶がよくなって髪もサラサラ、さっぱりした顔している。


「ああ、ハル起きたのか」

「リュー兄さん」

「具合はどうだ?」

「たくさん寝たから元気だよ!」

「りゅー!」


モコと一緒に駆け寄った。

リューは少し屈んで、私とモコの頭を順に撫でる。


「モコも起きたか、それに姿を戻してもらったんだな」

「うん、ぼく」


モコは少し言い淀んで、俯きがちに「ろぜ、こわい」って。

私と顔を見合わせたリューは、体を起こして「ロゼ」と声を張った。


「なんだ」

「ほら見ろ、こうなっただろ」

「ふん」


鼻を鳴らしてそっぽを向くロゼに、リューは溜息を吐く。

それからしゃがんで、モコをよしよしと撫でて慰めた。


「すまなかった、ロゼも悪気があったわけじゃないんだ、怖い奴でもない、本当に酷いことはしないから、そこは信じてやって欲しい」

「でもぼく、とりにされた」

「羊のままじゃ宿に入れなかったんだ」


モコはパチパチと瞬きをして、私とリューを交互に見る。


「やど、ぼくほんとうははいっちゃだめなところだ、はるにきいた」

「そうだな、今の姿のままなら部屋まで連れて来られなかっただろうな」

「ろぜ、こわくない?」

「ああ、怖くないぞ、優しい奴だ」

「そっか」


じっとリューを見詰めて、「分かった」と頷いてから、モコは尻尾をピルピルっと振った。

これで少しは怖がらなくなってくれたかな。

向こうでロゼが溜息を吐いている。


「さて」


立ち上がって、リューは私にお風呂に入りに行くよう言う。

モコにはお湯と桶を借りてくれるって、さっきの私と同じこと言ってる。気持ちが伝わったみたいで何だか嬉しい。


「どうした?」

「えへへッ、なんでもないよ、それよりお風呂って浴槽があるんでしょ?」

「ああ、そうか、ロゼに聞いたのか」

「うん!」

「入り方も教わったか?」

「勿論!」

「そうか」


傍で聞いていたモコが、私の服の端を噛んでクイクイ引っ張る。


「はる、いいな」

「すまないモコ、お前はここで我慢してくれ」

「ごめんね」

「へーき、ぼく、がんばってはやくひとのすがたになる」


うん、そうだね。なれるといいね。

リューもニコッとして「そうだな」ってモコの頭を撫でた。


「それじゃハル、一緒に鍵を借りに行こう、風呂の場所も教える」

「うん!」


お風呂、楽しみだなあ。

浴槽ってどれくらい大きいんだろう。ロゼは二人入れるって言ってたから、私だけならのびのび使えそう。

こっそりちょっとだけ泳ぎの練習してみようかな。


「ロゼ、後よろしくな、モコをいじめるなよ」


ロゼはこっちを向かない。

声をかけたリューを追い払うみたいに、片手だけひらひらっと振って返す。

リューは苦笑いして、私の背中に手を添えながら「行くぞ」と部屋の戸を開いた。


「ロゼ兄さん、モコと仲良くしてね?」

「君まで言うか」


唸るような声がようやく返事をしてくれた。


「いじめはしないさ、僕にそういう趣味はない」

「うん、知ってる、兄さんは優しいもんね」


隣で急にリューがクスクス笑いだした。

どうして笑うの?

振り返ったロゼがそんなリューを睨んで、さっきより大きく溜息を吐いてから「いっておいで」と私に笑いかけてくれる。


「心配いらない、こいつのことはまあ、それなりに見ておこう」

「ぼく、まだちょっとろぜこわい」

「なんだと、おいコラ、僕が譲歩してやったのになんだその態度は、今すぐウサギに変えようか!」

「やっぱりろぜこわいっ」

「怖くない、いちいち騒ぐな」


リューまで「そうだぞモコ、怖くないぞ」なんて声をかける。

騒ぐモコとロゼをそのままにして、リューに背中を押されるように部屋を出た。

あの二人、放っておいて大丈夫かな?


「兄さん、ロゼ兄さんとモコだけにして平気かな」

「心配いらないさ、何だかんだロゼは面倒見がいいんだ、知ってるだろう?」

「うん、ねえ、ロゼ兄さんはラタミルが嫌いなの?」

「それはどうだろうな」


何となく違う気がする。

リューは何か知っている雰囲気だけど、教えてくれる気は無さそうだ。

訊かない方がいいことなのかな。

家族だからって、何もかも教え合わないといけない決まりなんてないもんね。

私も今は秘密にしていることがあるし。

よし、もう考えないぞ、ここからはお風呂に期待しよう!

リューと一緒に宿の廊下を歩きながら、ワクワクが胸でどんどん膨らんでいく。

宿に泊まるのも、湯船に浸かるのも、全部初めての体験だ。

森では大変な目に遭ったけど、やっぱり旅って楽しい。

この先も色々なことがあるだろう。

でも今は兄さん達と一緒だ。

家で一人きり待っているだけじゃない、この足で世界を見に行くんだ。

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