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海底実験場 4

「大丈夫? ねえ動ける?」

「へーき、ありがと、はる!」


私は何もしていないよ。

むしろ守ってもらった、モコはまだこんなに小さいのに。


「もうだいじょぶ!」


元気にピョンっと立ち上がったモコにホッとした。

だけどまだ傷だらけなはずだ、フラフラしながら見上げていたら、あちこちから悲鳴や呻き声が上がり始める。


「ひいいいっ、なッ、何だよこれ、どうなってるんだよぉッ」

「どッ、どこだここ、俺なに、うぐッ、痛いッ!」

「ぐッ、ぎゃっ、あがッ、あぎゃあぁッ」


「いやぁ、いやぁッ」

ずる、ずると、ぼやけた輪郭のラクスが離れていく。


「おおっ俺の腕! 俺の腕がぁッ」

「いぎゃいいッ、いぎゃッ、痛だだだだだだぁぎゃぁッ!」

「捕らえろ捕らえッ、なん、なんだあれは」

「ひッ」

「ばッ化け物ッ」

「ひいぃッ」


なんだか、周りの雰囲気が変わった?

かすんでよく見えない、モコが支えてくれている。

優しい花の香りが酷い臭いを消してくれる、ポータス、トゥエア、色しか分からないけれど綺麗だ。


「ハルちゃん!」


いきなり抱えられて運ばれた!

直後にいくつか悲鳴が上がる。


「しょ、所長、所長なのですか? そのお姿は一体」

「ごめんねみんな、もう夢の時間はお終いなの、でも最期まで大好きな私に尽くしてちょうだいね、フフ!」

「いや、嫌だっ、ひッ」


ラクスから何か伸びている。

武装している人も、白衣の人も、人や獣人、誰彼構わず、赤黒い肉の蔦みたいなものが絡みついてラクスへ引き寄せていく。


「だすけッ、だッ、ずけッ」

「ぐああぁッ」


捕まった人も獣人も、ラクスの肉の中へズブズブ埋まっていく。


「どう、じ、でッ」

「グギャッ」

「いやだぁッ、じにだぐないぃッ、だすげでッ、だずげでぇッ!」

「うーん、やっぱり美味しくないわね、魔力も貧弱だし、便利だったけど使えないわぁ」


今、視界がぼやけていてよかった、なんて思ってしまう。

人を、獣人を、養分みたいに取り込んで、ラクスの姿は少しずつ変わり始めている。


「逃げろぉッ、殺されるぞ、逃げるんだぁッ!」

「たっ、助けてくれ、誰かッ、ひいぃッ」

「こんなところからどうやって逃げるつもり? フフッ、バカねえ、貴方たちなんて最初っからこういう役割だったのよ、おめでたいわね」


武装した人達と白衣の人達が、武器やエレメントを唱えてラクスに抵抗する。

だけどラクスはおかしそうに笑いながらその人達も肉の蔦で捕まえていく。


「リール・エレクサ」


不意に体のあちこちで疼いていた痛みが消えた。

いつの間にか傍に来ていたカイが癒してくれたんだ。


「大丈夫かハル」


ねえ、お願いカイ、モコを癒して、モコの方が酷い怪我をしているんだ。

私は声が出せないから治癒魔法を唱えられない、だからモコも早く癒してあげて。


「ラタミルの方は問題なさそうだな」

「うん!」


え?

モコは「はるがなおしてくれた」って言う。

そんなことしていないよ、どうして? モコは本当に大丈夫なの?


「ハルちゃん、声が出せないんだな、大丈夫だ、私が守る」

「ぼくもはるまもるよ、だいじょぶだからね」

「見えてもいないようだな、ッたく本当に何なんだあの花は、だが今は助かった」

「どうするんだカイ?」

「潮時だ、こんなことになっちゃ収拾つかねえ、脱出するぞ」


カイが「覚悟しろよ、ハル」って低い声で言う。

―――見殺しにする覚悟。

もうたくさんの人も獣人もラクスに呑まれてしまった、まだ生きている人や獣人もいるようだけど、この状況じゃとても助けられない。


頷くと、頭をグイッと撫でられる。

セレスが私をしっかり抱きしめる、私もセレスにしがみついた。


「ラタミル、マテリアルは唱えられるか?」

「ししょーがおしえてくれたけど、まだしたことない」

「なら俺を真似ろ、マテリアルは個人の魔力依存の魔法だ、ヒトが唱えても大した威力は期待できないが、俺やお前なら別だ、むしろマテリアルの方が勝手がいい」

「ししょーもいってた!」

「ああそう、何なんだお前の師匠、まあいいやるぞッ」

「うん!」


カイは自分にマテリアル「筋力向上!」と唱える。

モコも真似て「きんりょくこうじょう!」って自分にマテリアルを唱えた。

肉体強化を施して、一体何をするつもりだろう。


「外観と内部の構造からしてこの建物に二階以上は存在しない、あの天井の向こうは海だ」

「おいまさか」

「この深度の圧に耐えられる強度と厚さがあるだろうが、ここは海で、俺はハーヴィー、たった今肉体強化も済ませた」

「か、カイッ、お前!」

「ハルを守れよ」


セレスの腕に力が篭る。

もしかしてカイ、天井を突き破るつもりじゃ。


「ラタミル、見えるか、どの辺りだ?」

「えっと、あんまりちがわないけど、あのへんがいちばんなんにもない」

「ならそこだ、殴ってこい」

「ぐーで?」

「思い切りな、ハルを散々傷つけやがったあの化け物の腹だと思って殴れ」

「わかった! ぼく、ゆるさない!」


翼を広げたモコが飛び上がる。

そこへ肉の蔦が伸びる、カイが槍で切り払った!


「なにをするつもりだ!」


ラクスが怒鳴る。

ドンッと建物全体が揺れた。

天井からクルッと向きを変えたモコがこっちへ戻ってくる。


「ひびはいった!」


笑い声だ。

ラクスが狂ったように笑いだす。


「穴でも開けるつもりなの? 確かにヒビは入ったけれど、あんなもの大したことないわ、アハハ! いよいよ追い詰められたって感じで必死ね、アハハハッ!」


直後に槍を構えたカイが飛び上がって同じ場所を突く。

バキバキと音がした。


「は?」

「ラタミル、もう一回だ、今度は蹴ってこい!」

「とーっ!」


モコがまた同じ場所へ向かって飛んでいく。

また建物が揺れる。


「やめろ!」


肉の蔦がこっちへ延びてきた!

セレスが私を抱えたまま素早く飛び退いて、切りつけ、躱そうとしたところを思いきり叩かれて一緒に飛ばされるッ。


「ぐあッ」


それでもしっかり着地して私を抱えなおす。

セレス、血の臭いがする、怪我したんだ。

しがみ付いていることしかできない自分が不甲斐ない。ギュッと目を瞑って零れた涙がまた光った。


「えっ」


セレスの驚いたような声がした。


「ラタミル! 仕上げだッ、あの穴めがけてエレメントをブッ放せ!」

「やめろおおおッ!」

「ヴぇんてぃ・ぼる・たーじえんす!」


風の精霊ヴェンティの起こすらせん状の風が穴をこじ開けていく。

音しか聞こえないけれど分かる、ゴリゴリ、バリバリと、硬くて分厚い天井がこじ開けられていく気配がする。


「お前たち、道連れにしてやる―――アマザナ・フェラナ」


声のない絶叫が響いた、サマダスノームでも聞いた精霊の悲鳴、魔人が使うカース!

視界が赤く染まっていく。

あちこちから苦しげな呻き声が聞こえだす。


「毒だ、吸い込むな!」


カイが警告する。

慌てて口を押さえる、セレスも私を庇うようにしながら壁際へじりじり下がっていく。

ダメだ、このままじゃ部屋全体に毒の霞が充満する。

目が痛い、涙が滲む、息も苦しい、誰かッ―――どうにかしないとッ。


「ようやく花が消えるわね、ウフフ、ウフフフッ」


ズル、ズルと、ぐちゃぐちゃの肉が近づいてくる音がした。


「さあ、お前達どうしてやろうか、たーっぷり辱めて、たっぷりと苦しませて、最期は海の魔物の餌にでもしてあげようかしら」


ダメッ、もう一度!

もう一度―――咲かすんだ、私にしかできない!


「さ、け」


喉から声を絞り出す。

苦しくて痛いけど、やるしかない。


「ポータス、トゥエアッ」


視界に紫と青が溢れた。

ぐらりと眩暈がしてよく分からなくなる、ぼんやり見えるセレスが何か言ってる。

力が入らない。

体を抱きしめられる、あったかい、少しだけ意識が戻ってくる。


「ハルちゃんッ」

「はる、はる!」


轟音と、叫び声。

建物がまた揺れて、急に潮の臭いがムッと充満した。


「掴まれセレス、ハルは任せた、絶対に離すんじゃねえぞッ」

「当たり前だッ、死んでも離すか!」

「ラタミル、お前は飛べるなッ?」

「だいじょぶ、ぼくとべるし、およげるよ!」

「上等だッ、なら行くぞ!」


「ああアアアああッ、アああアアアアアアッ、マタこのハナッ、クソッ、クソクソクソクソクソッ、クソガァッ!」


ラクスが叫んでいる。

辺りに生きているモノの気配はもう殆どしない。

苦しそうな呻き声、泣き声、誰のせいで、何のために、ここへ集められたんだろう。何をしていたんだろう。


「ハーヴィーコール!」


大きなものが崩れる音がした。

水の気配が押し寄せてくる、体がフワッと浮かび上がった。


「おもいけど、がんばるぅっ」

「あの中へ飛び込め、無理やりでも行け!」

「逃がすか逃がすか逃がすか逃がすか逃がすかああああアアアアアアアッ!」


「バーカ」

カイの笑い声だ。


「潰れて死ね、ここがお前の墓場だ、化け物」

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