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海の見える公園で

暫く路地裏を歩いて、別の通りへ出る。

こっちも賑わっているな。

追いかけてくる人はいないみたい。


「カイ」


カイは足を止めて振り返る。

助けて貰ったお礼を言わないと。


「有難う」

「別にいい」


セレスが「大丈夫かハルちゃん?」って気を遣ってくれる。


「さっきは怖かったな、掴まれたところは平気か? 痣になってたりしないか?」

「多分大丈夫だと思う」


少しだけ指の形に赤い。

私の腕を確認したセレスが眉間を寄せて「あのクソども」って唸る。


「浮かれて気が緩み過ぎていた、ごめんハルちゃん」

「セレスが謝ることじゃないよ」

「だが」


話している間に、カイがどこかへ行こうとする。

気付いて慌てて「待って!」って呼び止めた。


「ねえカイ、昨日はあの後どうしたの?」

「どうだっていいだろ、お前達には関係―――」


そこまで言いかけて、カイはため息を吐く。


「いや、話しておくべきか」

「カイさえよければ教えて欲しい」

「ッたく、昼だし俺も腹が減った、どこかで何か食いながら話すぞ」


三人で通りを歩きだす。

途中でカイは露店で売っている薄いパンで具を挟んだポケットのような形のサンドイッチや、タレを塗ったモチみたいなものを買っていた。

それを見たセレスも、露天で串焼きや飲み物を私の分も買ってくれる。

―――通りを抜けた少し高い場所にある公園。

こんなところに公園なんてあったんだ、海が見渡せる場所の東屋でベンチに腰を下ろす。

日差しを受けて輝く海、晴れた空を飛ぶ鳥、そして海から覗く甲羅岩―――カルーパ様の姿。

少しだけ複雑な気持ちになってくる。


「三人で食事するのって初めてだね」

「なんでちょっと浮かれてんだ、お前相変わらず変な奴だな」


だって、カイともっと仲良くなれたみたいで嬉しい。

セレスはムスッとしてる。

やっぱりカイのことあまり好きじゃないみたい、二人にも仲良くなって欲しいんだけどな。


「ところで今日はラタミルは一緒じゃないのか」

「うん」

「まあうるさいのが減って何よりだ」

「おいカイ、お前昨日は海へ飛び込んで、それから何していたんだ」


セレスがぶっきらぼうに訊くから、カイも不機嫌そうな顔になる。


「もう一度オルト様のご様子を窺いに行ってきた」

「そうそれだ! 昨日私も師匠から伺ったぞ、あの方は今―――」


セレスも知ってる?

私だけまだ聞いてない、オルト様は今どこにいらっしゃるんだろう。


「眠っておられるあの方の、お体の上に魔人が建てたクソッタレな建物がある」

「えッ」


唖然とする私に、カイは「お前は知らなかったのか?」って少し意外そうに言う。


「昨日は、部屋に戻ったら疲れてそのまま寝ちゃって」

「私が伝えそびれたんだ、すまないハルちゃん、こんな重要なことを」

「ううん、いいよセレス」


あの時、ロゼも何か気付いていた様子だったし、オルト様の居場所はもう分かっているだろうなとは思っていたよ。

でもまさかお体の上に魔人が目的不明の建物を建てていたなんて。

それにしても―――体の上に建物って、どういうこと?

当たり前だけど神々については神話で語られる程度のことしか存じ上げない。

お姿は石像で何度か拝見したけど、実際はあれより数百倍、数千倍、もっとかもしれない、とにかくすごく大きくていらっしゃるんだろうか。


「最初見た時は正気を疑ったし、ちょっとシャレにならねえくらい腹が立ったよ」

「そう、だよね」

「だが同じくらいムカついたのは、アイツらが俺にそれを黙っていたことだ」

「アイツらって、お前の知り合いのハーヴィーたちか?」

「ああそうだ」

「どうして」

「俺だって知りてぇ!」


カイはドンッとベンチを叩く。

あのハーヴィーたちはカイの知り合いで、親しい仲な雰囲気だったのに、どうして教えてくれなかったんだろう。

それにロゼも邪魔されたって言っていたよね、どうして?


「近付くなって言いやがったんだ、今はそっとしておいてくれってよ、バカかッ、放っておけば状況は悪くなる一方だって、なんで分からねえんだ、あの臆病者どもッ」

「お前も近付けなかったのか」

「は? も、ってなんだよ、も、って」

「あ、いや、師匠もハーヴィーに邪魔されて近付けなかったと仰られていたから」

「待て、そいつは本当の話か? あの場所がどれだけ深いと思ってんだ、訓練受けたヒトでもあの深さまでは流石に潜れねえぞ」


奴は水生生物系の獣人にも見えなかった―――なんてカイはぼやいてる。

セレスもまだ知らないことだから、ラタミルだとは言えない。

考え込むカイに、兄さんはマテリアルもエレメントも得意なんだ、と嘘じゃないけど誤魔化しても「それでもただモノじゃねえよ、アイツ」って唸られた。


「フン、おいカイ、考えるだけ無駄だぞ、なにせ師匠は万物の頂点に君臨しておられる偉大なる貴き御方、私たち如きにその御心や御力を計り知れるわけがないからな」

「お前はいつも幸せそうだな、その頭ン中には脳みそじゃなくてただのミソが詰まってんだろ」

「なんだと!」

「まあいい、ハル、お前の兄貴は先に会った奴の方がよっぽどマシだったな、金髪の方とは正直もう関わり合いになりたくねえ」

「妹のハルちゃんになんてこと言うんだ! 師匠に対しても失礼だろう!」

「ああ悪かった、ったく師匠、師匠って、俺はお前の正気を疑うよ」

「私は師匠の弟子だ! 偉大なるあの御方に少しでも近づけるよう日々精進を続けている!」

「無駄だと思うぜミソ頭、アイツは完全に規格外だ、ハーヴィーの俺でも割とビビる」


もしかしたらカイは察しているのかもしれない。

でも、余計なことは言わないでおこう。


「さて話を戻すぞ、おいハル」

「なに?」

「つまりだな、あの建物はいかにも怪しい、俺は早々にぶっ壊すべきだと思ってる」

「オルト様がお目覚めにならない原因なの?」

「それはまだだ、はっきりしたことは分かってねえ、知り合いども魔人から手出しすればオルト様を傷つけるって脅されて様子見しているらしいからな」

「では無茶は出来ないじゃないか」

「そこなんだよな、ああクソ、手詰まりでイラつくぜ、何かいい方法はねえのかよ」


ロゼに頼んだら、きっとすぐ壊してくれる。

だけどそんなことをして、もしオルト様に何かあったら―――海が荒れて、海で暮らす生き物たちすべての命が危険に晒されるかもしれない。


「私はそこへ行った方がいいのかな」

「ハルちゃん?」

「ダメだ、やめておけ」

「でも」


急に真顔になったカイはもう一度「やめておけ」と私に繰り返す。


「危険だ、確かにお前はカルーパ様から重要な命を賜っちゃいるが、それでも自分から危ない真似をしようとすんな、コイツや兄貴たちのコトを考えろ」


カイに指されて、セレスはぐっと黙り込みながら私を見詰める。

そう、だった。

そうだね、確かにカイの言うとおりだ、慎重に行動しよう。


「後は情報収集してたぜ、だが目ぼしい話はほとんど聞けなかったな、嫌な噂は耳にしちまったが」

「どんな噂?」

「ガナフってヒトがディシメアーの湾岸を囲む形で海に魔物駆除の網を設置しようとしているって話だ」


そんな計画をガナフは立てているの?

この海を囲む魔物駆除の網、凄い規模になるよね、でも海を大きな網で区切ったりして他の生き物に影響はないの?


「おい待て、そんな真似をすれば生態系に影響が出るんじゃないか?」

「ああそうだ、お前意外に賢いな」

「なんだと、おい、昨日の仕返しのつもりか」


半目になったセレスを見てカイは笑う。

ディシメアーで暮らす人たちの安全のためとはいえ、海からすれば今まで存在しなかったもの、つまり異物だ。

効果の発動は魔物限定だろうけど、単純に網が魚たちを傷つけてしまうかもしれない。


「網なんて張られたら迷惑だし邪魔だぜ、ただ、ブッ壊せば俺達と人の間に無用の諍いが起こる可能性がある、そいつはできれば避けたい」

「お前達ハーヴィーに手出しする人や獣人がいるのか?」

「大陸中に広まっている悪評のおかげで滅多にはいねえよ、けどな、例えばヒトの集落付近に凶悪な魔物が住み着いたとして、生活の邪魔になりゃそれでもどうにか駆除しようとするだろ?」

「まあそうだな」

「同じだよ、神の眷属といえども目的のためなら手にかける、ヒトの傲慢さってヤツは身に染みてるからな」


俯いたカイの瞳が暗く沈む。

恐ろしいって言われているハーヴィーだからこそ、もしかしたら酷い目に遭っているのかもしれない。


「ガナフは、あの男なら、ご大層な大義名分を掲げて票集めにそれくらいやるだろうな、後のことなんて考えもせずに」

「みたいだな、人のための国家づくり、だったか? ハハッ、俺からすれば人も獣人も大差ねえってのに、笑えるぜ」


そういえばロゼも言っていた。

自分からすれば人も獣人も同じだって。

ラタミルやハーヴィー、神の視点から見た命に差は無いのに、あの人たちは些細な違いを取り上げて大騒ぎしているんだ。

そして騒ぐだけならまだしも、不当に貶めて排除しようとしている。それは本当によくないことだと思う。


「とにかくだ、悠長にしちゃいられねえが、こっちはこっちでもう少し色々と探っておく、何か分かったら教えてやるよ」

「有難う」

「お前のためじゃねえ、勘違いすんな、今は単に利害が一致してるってだけだ」


カイは薄いパンのサンドイッチに口を大きく開けてかぶりつく。


「だがな、ハル、んん、一応、言っておくぞ」

「食べながら喋るなッ」

「何、カイ?」

「お前、無茶すんなよ」


モグモグ、ゴクンと呑み込んで、海色の瞳がじっと私を見詰めた。


「カルーパ様の頼みだろうが、まずは自分を一番に考えろ、さっきも言ったが、お前ひとりで片付くことなんてたかが知れてんだ、それを忘れんな」

「うん」

「大事にしてもらってんなら、大事にしてやれ」

「そうする」

「カイ、お前」


セレスが意外そうに呟く。


「結構いい奴なんだな」

「うるふぇミソ頭、俺はいつでもいいヤツなんらふぉ、勝手に関心すんら」

「だから口にモノを入れながら喋るな、大体なんで話してるのに食べるんだ、失礼だろ!」


話し込み過ぎてお腹が空いたのかな、私も串焼きにガブッとかぶりつく。

んっ、冷めてるけど美味しい、後で兄さん達とモコにも教えてあげないと。


ずっと前、ネイドア湖でもカイに叱られたよね。

だからもう間違えない。

私だって、セレスにもカイにも、兄さん達やモコにだって、無茶して傷ついて欲しくないよ。

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