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女神を辿る

「ふむ」


話を聞き終えたロゼは、腕組みして「いいだろう、試してみなさい」って私に頷いた。


「分かった」

「ここではなく海の中で咲かせるといい、僕も行こう」

「潜るの?」

「まさか、足を浸す程度で構わないさ」


そう言ってロゼはサッと服を脱ぐ。

一瞬で水着姿になったロゼに、私だけじゃなく、セレスやモコまで目を丸くした。


「め、目にもとまらぬ早着替えッ、そしてその光輝く肉体美ッ、ううッ、師匠! 昨日に引き続き目がッ、目がぁッ」

「ねえししょー、いまのどうやったの? おしえて!」

「お前たちは本当に喧しい、その辺の砂粒でも数えて大人しくしていろ、さあ、ハル行こうか」

「あ、うん」


セレスは本当に砂粒を数え始めた。

モコはついてくる。

さっきから黙ったままのカイは、なんだかロゼを警戒している。


「ねえ兄さん」

「なにかな」

「あのね、まだちゃんと言ってなかったよね、あの人がカイで、私を何度も助けてくれた人だよ」

「そうか」

「それでね、あの、カイはハーヴィーなんだ」

「なるほど」


えっ、それだけ?

もしかして気付いていた?


「僕は、アレに興味がない」

「そう」

「勿論君の気持ちは汲むさ、ハル、君がアレを恩人と言うなら、僕もそれなりの敬意を払う」

「うん」

「だが僕個人の感情は別だ、分かってくれるね?」

「そうだね、大丈夫だよ」


ロゼはラタミルだから、ハーヴィーを嫌いでも仕方ないのかもしれない。

今のところ、印象は全然よくなさそう。

そのうち少しでも好きになってくれるといいな。


波打ち際でつま先に波の泡が触れる。

そのままザバザバと飛沫を立てながら進んで、膝辺りまで海に浸かった。


「ここでいい、さあハル、試してごらん」

「分かった、それじゃ始めるよ」

「僕がいるから安心しなさい、何が起きても君を護ろう」


モコは波打ち際で立ち止まって、波に踝を擦られながらこっちを見ている。

―――鎖骨の下で両手を重ねて目を瞑った。


「フルースレーオー、花よ咲け」


唱えたら胸の奥に温もりが生まれる。

瞼を開いて、両腕を広げながら前へゆっくり伸ばす。


「愛よ開け、ポータス!」


手の平から紫の花が溢れ出すのと同時に世界が急に色あせた。


「声よ響け、トゥエア!」


今度は青い花が溢れ出して足元がふらつく。

すぐロゼが支えてくれた。

顔を上げて『有難う』って言おうとしたけど、やっぱり声が出ない。


「ご覧、ハル」


ロゼに示されてそっちを見る。

ポータスとトゥエアが連なりながら流れて、一本の線が海の上に伸びていく。


「おい!」


急にロゼが浜へ呼びかけた。

しゃがみこんでいたセレスと、緊張した表情のカイが、それぞれ立ち上がる。


「ハーヴィー! 花の先を辿れ、そこにお前の探しているものがある!」


ハッとなったカイは、さっきセレスと喧嘩した時に投げ出したままにしていた槍を拾い上げると、巻きつけた布を外しながら駆けだしていく。

海に入る手前で私を見て、そのまま勢いよく波に飛び込み潜っていった。


「これでいい」


ロゼに抱えられる。

そのまま海から上がると、モコが「はる、だいじょぶ?」って心配そうに見上げてきた。


「問題ない、半人前、お前も水泳術を身に付けておけ」

「ししょー?」

「海では海の流儀に倣うといい、その方が何かと都合がいい」

「わかった、ありがとーししょー!」

「何故礼を言う、お前のためではない、図に乗るな」


ムッとするロゼに、モコは不思議そうに首を傾げる。


「ハルちゃん!」


セレスも駆け寄ってくる。

だけどロゼは無視して服を脱いだところまで戻ると、私を砂浜に下ろしてから、服を漁って取り出した袋からアメを一粒くれた。

あの時貰ったのと同じ金色の綺麗なアメだ、甘くておいしい。


「ゆっくり舐めて溶かすといいよ、その間に少し話そう、詳しいことは後ほどリューを交えて改めて話すことにしよう」

「師匠、先ほどハルちゃんが咲かせたポータスとトゥエア、あの連なり流れていった先に、もしやオルト様がおられるのですか?」

「そうだ、既に目星はつけていたが、おかげで特定に至った」

「えッ」

「しかしろくでもない」


ロゼは眼鏡を外してじっと海を見る。


「あのような真似をした理由、件の建物の意義、奴らの行動も不可解だ、そもそもなぜ女神を眠らせた?」

「師匠?」

「近頃はどうもおかしなことが多い、面倒なことだ」


眼鏡を掛けなおし、私の隣に座ったロゼを見て、セレスとモコも砂浜に腰を下ろす。

海にはまだポータスとトゥエアが浮かんでいる。

神秘的で綺麗な光景だ。


「さて話そう、アレも間もなく戻るだろう、その前に状況整理がしたい」

「分かりました」

「僕だが、先ほどまでリューの付き添いをしていた、色々と調べるついでにハーヴィーどもの協力を仰ぎに行っていたのさ、無論リューが、だけどね」

「えッ」


ハーヴィーに?

どうやって会ったんだろう、ロゼが手伝ったのかな。


「まあ、ハーヴィーに関しては予想通りだった、リューは諦めていないようだが」

「協力を取り付けられなかったのですね」

「奴らなどたいして役に立たない、僕からすればいてもいなくても同じだ」

「あの、師匠は先ほどカイを、あの槍を持った男をハーヴィーと呼ばれましたね?」

「呼んだな」

「ご存じだったのですか?」

「今しがたハルから聞いた」

「アイツは我々に協力的です」

「ふむ、ハーヴィーなどと縁を持つとろくなことにならない、前に同じことを言ったと思うが、まあ致し方あるまい」


海から大きな水音がした。

飛沫を上げて現れたカイが、槍を杖のように使いながら浜へ上がってくる。

腰から下が魚の脚だ、前も見たけどやっぱり綺麗、青くて光沢があって、日差しを受けてキラキラ光る。


「見つけたぞ」


完全に水から出ると、魚の脚はすぐ人の脚に変わった。

不思議だ、服も元通り。

もしかしてカイの服も、セレスの服と同じように特別製なのかな。


「何故分かった、アンタ一体何者なんだ」


尋ねるカイに、ロゼは答えない。

心配になって「兄さん」って軽く袖を引いた。

―――あ、もう声が出る。


「おや、よかった、もう声を出せるようだね」

「おい答えろ! いや、教えてくれ、ハルが咲かせるあの花は何だ、一体どうしてこんなことができるんだ」

「カイッ、貴様、また口の利き方がなっていないぞ、師匠に対してその物言いはなんだ!」

「今はお前とやり合ってる場合じゃねえ、身内を悪く言いたかないが、その、結構マズいことになっちまっているようだ」


ロゼがじっとカイを見る。

カイは立ち止まって、少し後退りした。


「おい、カイ」


セレスがカイを呼ぶ。


「今の話はどういう事だ、オルト様はいらっしゃったのか?」

「一応、見つけることはできた、だが」


槍を握りしめながら、カイはまたロゼを見て、何かをぐっと堪えるような表情を浮かべて体の向きを変えると、そのまま駆け出していく。

止める間もなく海へ飛び込み、あっという間に見えなくなった。


「なっ、何なんだ、あいつ」


セレスと一緒に私も唖然と海を見る。

急にどうしたんだろう。

振り返ると目の合ったロゼからニコッと笑い返される。


「兄さん」

「なんだい、ハル」

「もしかして、さっきカイが言っていたことも何か知ってるの?」

「状況だけは把握しているよ」


昨日伝えなかったのは、まだ確証が持てなかったから、らしい。

でも、さっき話したカルーパ様のことと関連性がありそうだと気付いて、花を咲かせてみようと言ったんだって。


「後で私とセレスと、モコにも分かるように説明してね」

「いいとも、君が望むなら叶えよう」


ひとまず着替えて帰ることにした。

ロゼが昨日と同じように、また石の小部屋を作ってくれる。

中へ入って、水着を脱いで、アクエを呼んで真水で体を流してもらって、服に着替えた。

小部屋を出るとセレスとモコ、ロゼも着替え終わっている。

あれ、セレスが女の子の姿だ。


「えッ、大丈夫だったの?」

「何が?」

「着替えとか、だってその姿じゃ」

「ああ、着替えは男の姿で済ませたよ、いずれにせよ見られて困る体はしていないさ」

「そ、そうだね」

「ねえはる、せれすのねえ、すっごくおっきかったよ!」

「大きい?」

「師匠の師匠は拝見できなかった、さぞご立派であられるだろうと期待したんだが、流石に鉄壁でいらっしゃる、まるで隙が無かった」

「ぼくもみれなかった、ざんねん」

「えっと、二人とも何の話をしているの?」


ロゼのロゼって何?

私が首を傾げている間に、セレスが「師匠、本日は私がやらせていただいてよろしいでしょうか!」って確認を取って、石の小部屋の前で拳を構えた。

まさか、昨日のリューみたいに殴って壊す気じゃ―――


「はッ、セイッ!」


わっ、殴った!

手は大丈夫なの?


「セレス!」


慌てて駆け寄ると、その間にセレスに殴られた小部屋は全体にヒビが入ってガラガラと崩れ落ちた。

うそでしょ。

リューは力が強いから分かるけど、まさかセレスも同じことができるなんて、しかも今は女の子の姿なのに。


「うーん、やっぱりリュゲルさんのように一撃粉砕とまではいかないか、精進が足りないな」

「ねえセレス、手は大丈夫なの、怪我は」

「ん? してないよ、有難うハルちゃん」


それでも一応確認させてもらったけど、少し赤くなっているだけで本当に怪我していない。

だけど中がおかしくなっていないとも限らないし、一応『リール・エレクサ』を唱えて癒しておいた。

セレスはなんだか嬉しそう。

道具を使うならともかく、素手で無茶はしないで欲しいよ。


「君は優しいな、そういうところがやっぱりす―――」

「え?」

「あ、いや、気を遣ってもらってすまない」

「いいけど、いつか本当に怪我するかもしれないから、こういうのは控えてね」

「ああ、拳は使わないようにするよ」


拳は、って。

ちょっと呆れていると、ロゼが砕けた元小部屋の傍へ来て、破片にふっと息を吹きかけた。

途端に全部の破片が砂に変わって崩れ落ちる。


「はっ、はわ! はわわわわわわわっ、しッ師匠!」


セレスは叫んでロゼの足元に膝をつくと砂に額を擦りつける。

うわ、落ち着いてセレス。

ロゼも今のどうやったの?

モコまでロゼに「ししょー! どうやったの? どうやったの?」ってピョンピョン跳ねながら訊いている。


「さあハル、行こう」


でもロゼはやっぱり相手にしない。

私にだけニコッと微笑みかけてくる。


「この鬱陶しいのは放っておくとしよう、それよりすっかり陽が高い、お腹が空いているだろう?」

「うん、そういえば少し減ったかな」

「食欲があって何よりだよ、お兄ちゃんもペコペコさ、リューに美味しい料理を作ってもらおう」

「わッ、私もペコペコです! お供させてください師匠!」

「ぼくもーっ、ぼくもりゅーのごはんたべるぅ!」


ロゼは二人を見ようともしないけど、顔にはっきり(うるさい)って書いてある。

苦笑しながら荷物を手に取って、ふと海へ目を向けた。


ポータスもトゥエアも、もう浮かんでいない。

カイもいない、どこへ行ったんだろう。

さっきの言葉がずっと引っかかっている。『身内を悪く言いたくない』って、一体何があったの?


不意に吹いてきた潮風が寒く感じられて、体を小さく震わせた。

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