砂浜の作戦会議
カイに、カルーパ様から言われたことを一通り伝えた。
今、カイはすっかり頭を抱えている。
「完全に謎かけじゃねえか、ンなもんどうしろってんだ、勘弁しろよなカルーパ様」
「うん」
「なあハル、お前本当に心当たりは何もないのか?」
「ちょっとはあるけど、どうすればいいか分からないんだ」
「もしかしてエノアの花か」
「そうだよ」
砂浜に四人で座り込んでいる。
相変わらず天気が良くて風も気持ちいい。
こんなことがなければ、今頃はセレスに泳ぎを教わっていただろうな。
「流石にそれはアイツらには言えねえしなあ」
後ろに手をついて空を仰ぐカイに、セレスが「お前の知り合いのハーヴィーにか?」って訊いた。
「ああ」
「何故だ」
「はぁ? バカかお前、当たり前だろ、ハルにとって重要なことなんじゃねえのか、それを簡単に話せるわけねえだろ、それとも言っていいのかよ、おい、どうなんだハル?」
少し考えて「ううん」って首を振る。
また何かに巻き込まれるかもしれないし、なるべく秘密にして欲しい。
「ほら見ろ」
「お前、意外にいいヤツなんだな」
「意外は余計だ、前も助けてやっただろうが、この恩知らず野郎が」
あれ、そういえば。
今のセレスは男の人だけど、カイは普通に話してる。
ちゃんとセレスだって分かっているみたいだし、どうしてだろう。
「ねえカイ」
「ん?」
「セレスのこと分かるの?」
「あ」とセレスも気付いたみたい。
カイは顔を顰めて「分かるに決まってんだろ」って腕組みした。
「気配が同じだ、性別から変わってるってことはアサフィロスだな、王族だなんて生意気だぜ」
「知ってるのか?」
「まあな」
「お前って、意外に博識なんだな」
「だからその意外ってのやめろ、さっきから俺を何だと思っていやがる」
カイはハーヴィーだから、もしかしたら見た目よりずっと歳が上で、物知りなのかもしれない。
はあ、とため息を吐いたカイは、軽く咳払いする。
「とにかく、状況的に優先すべきはオルト様の居場所を突き止めることだな」
「分からないのか?」
「悪いかよ」
眷属のハーヴィーなのに?
私もてっきり、カイは知っていると思っていた。
「この辺りに戻ってきたのは久々だ、前は何となく把握できたが今はさっぱり分からねえ、以前居られた場所にもお姿を見つけられなかった」
「何故だ、オルト様は眠っておられるのだろう? 寝ながら移動したのか?」
「知らねーよ、だがよくない感じだな」
「他のハーヴィーも知らないのか」
「多分、知ってたら共有するはずだ」
「場所の候補すら絞れないのか」
「いや、それくらいならできてる」
カイは砂浜の先に広がる海を見渡す。
「この辺りの全海域だ」
「うッ」
唖然とするセレスと同じ気持ちで海を見た。
この海全部?
流石にそれは探しきれない、でも、ロゼならどうにかしてくれるかな。
「俺達ハーヴィーや、オルト様の僕、神官の妖精どももそうだが、俺達は全部オルト様と繋がってるんだ、あの方は創造なされた海の全てを愛しておられる」
「偉大な海の女神だな」
「ああそうさ、だから加護が失われて、気配がここまで希薄になっても、俺達にはオルト様がどこにおられるか何となく分かる」
「気配が希薄?」
「眠りに堕ちてしまわれた頃から少しずつだ、考えたくもないが、もしこのままオルト様が消滅されたら海は終わっちまう」
「終わるって」
「メチャクチャになるだろうな、魔物が跋扈する死の海だ、海でも海の近くでも生き物は暮らせなくなるだろう、俺達も駆逐されて全部おしまいだ」
ゾッとした。
そんな重要な役目を私が、どうやってオルト様を目覚めさせるの?
―――責任重大だよ、でも、やれるだけやるって決めたから、今更弱音は吐けない。
なんだかお腹の辺りがチクチクしてきた。
「なあハル、とにかく一度試してみようぜ」
「え」
「エノアの花だよ、咲かせてくれ」
「ダメだ!」
私が返事する前に、セレスがカイを遮る。
「あれは気安く咲かせていいものじゃない、花を咲かせるとハルちゃんは消耗する、何の算段もなくそんな真似はさせられない!」
「だから咲かせてみろって言ってんだろ、試さなきゃ何も分からねえじゃねえか」
「それでもダメだ、今は師匠もいらっしゃらないのに、ハルちゃんに無理はさせられない」
「だったらその師匠とやらを呼んでこいよ」
呆れ顔のカイを見て思い出す。
そうだ、兄さん達にカイのことを話していいか、訊いておきたかったんだ。
「あの、カイ」
「なんだ?」
ギュッと手を握る。
―――昨日カイを叩いた方の手、今見ても顔は腫れてないけど、きっと痛かったよね。
「昨日はごめんね」
カイは驚いたように目を丸くして、視線を逸らす。
「いや、あれは俺も悪かった、お前の兄貴を貶してすまない」
「カイ」
「そりゃ怒るだろうよ、お前だって殴るくらいはするだろ、だからそれはもういい、お前も手が痛かったんじゃねえか?」
「うん」
「すまなかったな、けど、お前って意外に力があるんだな、そこは意外だった」
「うっ」
まあ、一応認める。複雑だけど。
ティーネにも『ハルって力持ちよねえ』なんて言われたことあるし。
「なに言ってるんだ、そこはハルちゃんのチャームポイントだろ、パワフルで可愛いじゃないか!」
「はる、つよくてきれーだよ、つよいの、いいことだよ!」
「あの、やめて二人とも」
「お前らはいちいちうるせえ、面倒だから絡むな」
話が脱線した。
とにかく、ロゼを呼ぶ前に、カイがハーヴィーだって教えていいか訊かないと。
―――カイは少しためらって、だけど「好きにしろ」って言ってくれた。
「こうなっちまった以上いずれはバレちまうさ、そっちにはラタミルがいるし、今更ハーヴィーくらいで驚かねえだろ」
「うん、それは大丈夫」
「おいカイ、お前、師匠にお会いしたら驚くぞ!」
「そうだよ、ししょー、すごくきれいだよ!」
「はいはい何でもいいからさっさと呼んでこいよ、俺はここで待ってる」
「ううん、呼べばすぐ来てくれるから」
立ち上がって空を見上げた。
やっぱり、飛んで来てくれるのかな。
どのくらいの声で呼べばいいんだろう。
取り敢えず口の脇に両手を添えて息を吸い込む。
「おいハル、何してんだ?」
カイだけ不思議そうにしている。
「ロゼ兄さぁーん!」
思い切り叫んだ。
浜に私の声が響き渡って、波の音がザザン、ザザーンと重なる。
「は?」
カイはポカンとしている。まあそうだよね。
私も前は『呼べばすぐ行く』ってロゼの言葉を単に気持ち的な喩えだって思っていた。
だけど本当にすぐ来てくれる。
だってロゼはラタミルだから。
「お、おい、何考えてるんだお前、こんなところで呼んだって」
青い空と海、白い砂浜に寄せては返す波。
兄さん、どこから来るんだろう。
もし飛んで来たら、セレスとカイにもロゼがラタミルだって知られる。
今更だけど場所を変えるべきだったかもしれない。
そんなことを考えていたら、岩場の方から「ハル、僕を呼んだね」って声がした。
振り返るとロゼがニコニコしながらこっちへ歩いてくる。
「兄さん?」
いつの間に、それに本当にすぐ来てくれた!
カイだけじゃなくセレスまで口を半開きにして固まってる。
モコがぴょこんと立ち上がって「わーいししょー! ししょーだ!」ってピョンピョン跳ねる。
「どうかしたかい?」
「し、師匠、師匠だあああああッ、ほッ、ほッ、本当にすぐお越しになられた、すごいッ、すごいいいいいいッ」
「ししょーっ、まってた!」
「うるさい、お前たちは黙っていろ」
ロゼに睨まれて二人はすぐ黙るけど、目だけキラキラさせたままだ。
「嘘だろ」ってカイが呟く。
「い、今の今まで、気配なんてなかったぞ、周りには誰もいなかったはずだ、一体どこに、どこにいたんだ、どうして俺は気付けなかった?」
「ほう、お前か」
私の傍まで来たロゼはカイを見下ろす。
カイは急にビクッと体を震わせて息を呑んだ。
「僕のリューを愚弄し、僕のハルに暴力を振るわせた、身の程を弁えない愚か者」
「ッツ!」
「そして今また僕のハルを泣かせたのか、なるほど、なるほど」
「ッあ、ああッ」
「さて、どうしてくれよう?」
ロゼ、怒ってる?
慌てて抱きついた、放っておいたらカイに何かするかもしれない!
もういいんだよ兄さん、昨日のことはさっき謝ってくれたし、泣いたのはカイに言われたことだけが理由じゃない。
だからやめて!
「おや、フフ、どうしたのかな、甘えん坊かい、ハル」
「兄さん違うの!」
「何がかな?」
「あのね、カイは昨日のことちゃんと謝ってくれたし、私が泣いたのだって理由があって、えっと、そういえば兄さん、どうして分かったの?」
「それは君の目がまだ少し赤いからだよ」
私の目元を指でそっと拭って、心配そうに覗き込んでくる。
「話を聞かせて欲しい、何があったか、お兄ちゃんに教えておくれ」
「うん」
「本当にもういいのだね?」
「平気だよ」
「そうか、分かった、君は強くて優しい子だね、流石は僕の妹だ」
そう言って髪を撫でてくれる。
兄さん有難う、やっぱり傍にいてくれると頼もしいし安心できる。
とにかくさっきのこと、ロゼにも話しておこう。
―――でも、これでやっとカイのことを兄さん達に伝えられる。
よかった。
少しホッとしたよ、勝手な理由だけど、好きな人にはなるべく嘘を吐きたくないから。




