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ざわつく水面

岩場へ近づく海賊船の船べりから海を眺めていたら、何かが波の上を飛んだ。

イルカだ!

ピンクのイルカ、また出た!


「あいつ!」


モコがポフッと小鳥に姿を変える。

飛んでいこうとするのを慌てて捕まえて、両手の中に優しく収めた。


「はる?」

「いいよモコ、行かなくていい」

「でも、またはるのことみてた、いまも、みてる!」

「だけどいいよ」


あのイルカもオルト様の(しもべ)なら、カルーパ様と同じようにオルト様のことで私に近付いてきたのかもしれない。

モコが警戒する理由は分からないけれど、悪い存在じゃないはずだ。


「はるぅ」


またポフッと人の姿になったモコが抱きついてくる。


「ぼくまもるよ、はるのこと、まもる」

「有難う、モコ」

「はるすき、ぼく、はるいちばんだいじ、だからずっといっしょ」

「うん」


―――モコを、いずれはエルグラートにあるラタミルの大神殿へ送り届けるのが、この旅の目的の一つだ。

でも今のモコにとって、それはいいことなのかな。

多分ロゼの影響だろうけど、モコは今、すっかりラタミルを嫌っている。

これじゃラタミルの領域へ戻っても幸せになれるとは思えない。

でも私は人だから、モコの傍にずっといてあげられない。ロゼだってそうだ、人の数十年程度なんてラタミルにとっては一瞬だろう。

その時はロゼが、モコを連れていってくれるかな。


「はる?」


今はまだ、心配事は未来に預けておこう。

「なんでもないよ」ってモコのフワフワの髪を撫でながら、やっと少しだけ笑顔になれた。


さっきの岩場が近づく。

ヴァニレークの子分たちが甲板を慌ただしく駆け回って、海賊船は岩陰にゆっくり停泊した。

―――イルカは、いつの間にかいなくなっている。


「ハルルーフェ様」

「そう呼ばれるの慣れてないから、ハルって呼んでください」

「では、ハル様」


ヴァニレークがお辞儀をする。

後ろで子分たちも深々と頭を下げる。


「我々は大抵この辺りに船を泊めておりますクゥ、ご用の折にはいつでもお越しください、力をお貸しいたしますクゥ」

「はい」

「どうか、どうかオルト様のこと、よろしく頼みますクゥ」

「お願いしますッキュ!」

「頼むッキュ、うちとこの母ちゃんも魔物にッ、だから、だからッ」

「よせ、俺たち全員似たようなものだキュ」

「ハル様、一日も早くオルト様を目覚めさせてくださいキュ、お願いしますキュ!」


興奮してポロポロ涙を溢す子分たちを見ていると辛い。

―――頑張ろう。

まだ何ができるか分からないけど、それでも頑張らなくちゃ。

多分、私に頼んだってことは、エノア様から贈られたあの花がカギだと思う。あれは私だけが咲かせることのできる花だから。

まずは兄さん達に相談してみよう。


海賊船を降りて荷物を置いた砂浜へ向かう私達を、ヴァニレークと子分たちはいつまでも見送っていた。

重い期待に、足が砂に沈むみたい。


「おいハル!」

「カイ?」


砂浜の、荷物を隠した辺りにカイが立っていた。

こっちに気付いて砂をザクザクと踏み鳴らしながら近づいてくる。


「お前ッ」


私へ伸ばされた手をセレスが掴む。

ハッと振り向いたカイと、二人はそのまま睨み合う。


「ハルちゃんに何の用だ」

「ッチ、離せ!」

「何の用だと聞いている!」

「何もしねえよ、それよりさっきのアレはどういう事だ、カルーパ様が目を覚まされるなんてあり得ねえだろ!」


カイの剣幕に驚くと、同時に海から視線を感じた。

振り返った私にモコがしがみ付く。


「はる!」


誰かいる。

波の向こうに沢山。

こっちを探るような視線、怖い、あれは誰?

後退りする私の前に、セレスの腕を振りほどいたカイが飛び出してくる。

私を背中に庇うようにしながら、海へ向かって叫んだ。


「待てッ、俺だッ―――カイトスだ!」


カイトス?

それって、もしかしてカイの本当の名前?


「こいつらは俺の知り合いだ、事情は今から俺が聞く、だからここは引いてくれ!」


あの人たち、ハーヴィーなの?

若い人、壮年の人、老人もいる。全員がカイをじっと見てる。


「カイトス」


そのうちの一番手前にいた若い男の人が口を開く。


「ルルは見つかったのか?」

「ッツ、まだ、だ」


言葉を詰まらせながらカイが俯くと、男の人も表情を暗くする。

周りのハーヴィーたちも同じように目を伏せた。


「だがッ、だが必ず見つける!」


カイが必死に返すと、男の人は痛ましげな表情を浮かべる。


「カイトス」

「それは今はいい、それより頼む、こいつらのことは俺に預けてくれ、気持ちは分かるがどうかッ」

「しかし」

「こいつはハルっていう、前に俺の脚を見て『綺麗だ』って言ったんだ」


ハーヴィーたちはハッとした様子で、なにか小声で話し始めた。

男の人もそれを聞いていたけど、頷いて、今度はモコを見て「またラタミルがいるな」って眉を顰める。


「本当に、お前に任せていいのか」

「俺はずっと陸を旅してきた、お前達よりまだこっちの事情に精通している、こいつらからも知り合いの俺の方が話を聞きやすい」

「分かった、ではお前に任せよう、頼むぞカイトス」

「ああ」


男の人が高い声で鳴く。

その声が合図だったように、ハーヴィーたちは海へ潜っていく。

最後に一人残っていた男の人が、こっちへ向かって頭を下げて、波の向こうに見えなくなった。


「カイトス」


セレスに呼ばれて、カイはゆっくり振り返る。


「それが本当の名前か、今まで隠していたのか」

「違う、訂正するのが面倒だっただけだ、ヒトに名を知られた程度でどうこうされねえよ」

「今の奴らもハーヴィーなのか、お前の仲間か?」

「ああ」

「ルルって誰だ、お前とどういう」

「その話はするな!」


急に怒鳴って、カイは頭をガリガリと掻きむしる。


「俺の事情だ、部外者が口出しするんじゃねえッ」

「奴らもお前たちも、ハルちゃんに何をするつもりなんだ!」

「何もしねえって言ってんだろ! ああクソッ、大体お前は何なんだよ、ハルッ、お前は一体何者なんだ!」


ドクンと胸が鳴る。

私が何者かなんて、そんなこと―――


「やめろカイ!」

「パナーシアを唱えられるわ、エノアから花を賜るわ、挙句カルーパ様が目覚めて語られた? 訳が分かんねえんだよ、お前は何者だハルッ、言え! 答えろよ!」

「やめろと言っているだろ!」


殴りかかるセレスを躱して、逆に殴ろうとしたカイの拳をセレスは掴んで止める。

そのまま取っ組み合って乱闘を始める二人に、堪えられなくて「やめてよ!」と叫んだ。


「私だって分からないよ!」


涙がこぼれる。


「訊いても、誰も答えてくれない、誰も知らない、私にも分からないのに、そんなのどうしようもないじゃない!」


どうしてこんなことになっているのか。

私は誰に、何を期待されているのか。

何ができて、何をしなくちゃならないのか。


「教えてよ」


砂まみれの二人はじっと私を見上げている。


「どうして私なの」


モコがギュウッと抱きついてきた。


「何者かなんて知らない、私はハルだよ、ノイクスの大きな森にある村で育った、今は母さんに会いに行くついでに旅をしているだけの、ただのハルだよ」

「はるぅ」


泣くつもりなんてなかったのに、どうして涙が止まらないんだろう。

めちゃくちゃな気分だ。

誰か助けて欲しい、リュー兄さん、ロゼ兄さん―――母さん、父さん。

でも、きっと誰にもどうすることも出来ない。

だって花を賜ったのは私だから。

竜に名付けたのも、カルーパ様からオルト様のことを頼まれたのも私。

どうして私なんだろう。

私が何者かなんて、そんなの私が知りたいよ。


「はる、だいじょぶだよ、だいじょぶ、だいじょぶ」


モコがフワフワの髪を擦りつけてくる。

ポフッと羊の姿になって、手をペロペロ舐めてくれた。

しゃがんで抱きついたらフワフワであったかくて、お日さまのいい匂いがして少しだけ落ち着く。

顔を押し付けると、モコの毛に私の涙が吸い込まれていく。


「ねえはる、ぼくいるよ、ししょーも、りゅーも、せれすもいっしょ、かいもいるよ」

「うん」

「だからはる、なかないで、だいじょぶだよ、だいじょぶ、だいじょぶ」

「そうだねモコ」

「げんき、でる?」


顔を上げると、空色の目にじっと見つめられた。

優しい目だ。

そうだねモコ、私のことは私にしかどうにもできないけれど、私は一人じゃない。

頷くと、涙をぺろりと舐められる。

ふふ、くすぐったいよ。

またポフッと人の姿になって、モコはニッコリ笑う。


「大丈夫、元気は出たよ、有難う、モコ」

「―――ハルちゃん」

「おい、ハル」


呼ばれて振り返ると、セレスとカイがバツの悪そうな顔で立っていた。

私も立ち上がって二人と向き合う。


「その、ごめん」

「すまなかった、お前を泣かせる気はなかったんだ、本当、悪い」

「いいよ、二人とも」


もう喧嘩はしないで欲しいけどね。

二人ともちょっとホッとしたような表情を浮かべる。


「あのな、その、言い訳になっちまうが、俺もかなり混乱してんだ」

「どうして?」

「カルーパ様だよ、あの方はもう何百年も眠ったままだった、それが急に目覚められて、ヒトのお前と話をされたんだ、驚くに決まってんだろ」

「そうか、確かにそうだね」

「俺はハーヴィーとしてお前に事情を訊かなくちゃならねえ、カルーパ様が語られたなら、それは俺達の神オルト様に関わることに違いないからな」

「うん、そうだよ、オルト様のことを頼まれたんだ」

「は? なんて」

「目覚めさせて欲しいって」

「なッ!」


唖然とするカイに、つい苦笑する。

そうだよね、そうなるよね。

私だってどうすればいいか全然分からないし、不安も感じてるよ。


「お前ッ、まさか何か知ってるのか?」

「ううん、知らない、でも私なら分かるって言われた」

「なんだそりゃ」


カイは深々とため息を吐いて、神を掻きむしる。


「本気かよッ、何だってハルに、無茶苦茶じゃねえか!」


セレスも同意するように頷いた。


「ああクソッ、とにかく話だ! 詳しく聞かせてくれ、考えるのはそれからだ」

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