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海賊船

ご厚意で泊まらせていただいているオルト様の大神殿脇の建物。

その厨房兼食堂にて。


「おお、また私たちの分まで、有難うございます」

「昨日いただいたクリームシチュー、とても美味でした、リュー様は料理に造詣が深くていらっしゃるのですな」

「これ程美味しい食事を今朝もいただけること、リュー様と、そして我らが女神オルト様の愛に心より感謝いたします」


リューの料理はここでも大好評、妹の私もちょっと鼻が高い。

いつもすごいよね。

ロゼ兄さんもすごいし、二人は自慢の兄さん達だ。


そう思って、ふと昨日の夜に訊いたセレスの話を思い出した。

いつかセレスもご兄弟に認められて欲しい。

だって悲しいよ、興味がないなんて、セレスはあんなに慕っているのに。


「―――そんな夢を見たのか」

「うん」


皆で卓について食事をとりながら、今朝見た夢の話をした。

昨日は食欲が湧かなかったけど、今朝はお腹ペコペコ、一晩寝かせたシチューも美味しい。

おかわりを頼んだら、リューは嬉しそうに皿になみなみとシチューを注いでくれた。

大きな肉がゴロゴロ、野菜もたっぷりのクリームシチュー

それと、昨日のパイを作った余りの、ポブルのジャムを厚塗りした焼きたてのパン。

んん~っ、美味しい!

ロゼもセレスも、小鳥の姿のモコまでモリモリ食べている。


「来いと言われたところで、どこへ行けばいいか分からないんじゃな」

「うん」

「お前を待っていたという物言いも気になる、それにあの方というのはやはり」

「ねえ兄さん、今日は海へ行ったらダメ?」

「ん? うーん、俺としては行かせたくないんだが」


ご機嫌でパンをつついていたモコがハッと顔を上げる。

その口からパンくずがポロリと落ちた。

リューは苦笑して「分かってるよ、約束したもんな」ってモコの羽を撫でる。


「ただ、俺とロゼは色々とやることがあるんだ、だからお前たちについて行ってやれない」

「そっか」

「セレス、ハルのこと頼めるか?」

「えっ、あ、はい!」


慌てて返事するセレスに、リューは頷き返す。

セレスが一緒なら安心だよね。


「モコも頼む、ハルについていてやってくれ」


モコもピッと鳴いて、私の手の傍までちょんちょんっと来て羽を摺り寄せる。

小鳥のモコも可愛いけど、人の姿のモコもすごく可愛いんだ。

今日も一緒に泳ぎの練習をしようね、モコ。


「ハル、何かあったら僕を呼ぶといい、どこへでもすぐ行くよ」

「有難うロゼ兄さん」

「俺からも念を押しておくぞ、どうにもならないと思ったら迷わずロゼを呼べ、いいなハル?」

「はい」


ロゼなら本当にすぐ来てくれるって、特区でのことを思い出す。

なんたって空が飛べるんだもんね、改めてすごいことだよ。


そういえば、ずっと昔も、まだ小さかった私が泣いていると、ロゼが必ず駆けつけてくれた。

あの時ももしかしたら空を飛んで来ていたのかもしれない。


食事が済んで、部屋に戻って、海へ持っていく荷物をまとめる。

今日は服の下に水着を着ていこう。ちゃんと昨日洗って乾かしておいたよ。

荷物をセレスが自分の分と一緒に持ってくれる。


「うーみ、うーみ、うーみーっ」

「モコちゃんはすっかり海が気に入ったみたいだな」

「うんっ、うみおもしろい、およぐの、たのし!」

「ラタミル様も泳がれるんだなあ」


普通は泳がないらしいけどね。

ロゼに続いて二人目だ、やっぱり師弟って感じがする。


「よし、今日は私が泳ぎを教えよう」

「セレス先生、よろしくお願いします」

「せんせー、おねがいします!」

「んッ、なんかいいなッ」


セレスも浮かれてる。

さあ、今日も海だ、泳ぐぞ!


兄さん達に昨日の浜へ行くことを伝えておいた。

早速建物を出て海へ向かう。吹いてくる潮風が気持ちいい。


「ハルちゃんの髪って綺麗だよな」

「え?」

「蜂蜜色の長い髪、風になびいて、透き通って金色に光って見える」

「有難う、セレスの髪も綺麗だよね、オレンジ色でキラキラして、おひさまみたい」

「えっ、そ、そうか、ハハッ、嬉しいよ、有難う!」


モコがポフッと人の姿になる。


「ぼくは?」


銀色のフワフワした髪。

目は空色、まつ毛が長くてフサフサ、フフ、ちょっとだけど羊の面影もあるかも。


「モコはね、空に浮かぶ雲みたい」

「くも?」

「そう、フワフワでモコモコだよ」

「もこもこ! ぼく、もこ!」


モコはピョンっと跳ねて、私とセレスの手を片手ずつ掴むと、真ん中で「もこもーこ、ぼくはもこー」って歌いだす。

可愛い、やっぱり妹みたい。


「ハハッ、モコちゃんは可愛いなあ、なぁハルちゃん?」

「そうだね、すごく可愛い」

「子供ができたらこんな感じなのかな」

「え?」

「あ、いやっ、何でもない、アハハッ」


楽しく歩いて浜に着いた。

今日も誰もいない。

こんなに綺麗な砂浜なのに、少し勿体ないような気もする。

でも、おかげで自由に使えるし、人の目を気にする必要もない。

近くの岩場の影に荷物を置いて、脱いだ服を畳んでから、水着姿でぐんっと伸びをした。

海って気持ちいいなあ。

森の緑の景色も好きだけど、海もいい。遠くまでよく見えるし、とにかく広くて大きい。

波が光ってる。

空の青と、海の青、そして白い砂浜。

全部知らなかった光景だ、潮風は不思議な匂い、空を鳥が飛んでいる。


色々、不安だったり、心配だったりすることはあっても、こうして海を見ているとどうにかなるって思えてくるよ。

海って不思議だ。

海神オルト様は、この海の包容力をお持ちなのかな。


「はい注目!」


ビキニ姿のセレスが片手を高く挙げると、一緒に胸もたゆんと揺れる。

大きい。

やっぱり羨ましい、私ももうちょっと育ってくれないかな。


「まずは準備体操体からだ、いきなり海に入ると体がビックリするからな、私のマネをして体をほぐすんだ」

「はい先生」

「はーい、せんせー」


満足そうに頷いたセレスは、大きな胸を揺らしながら体を動かし始める。


「よし、始めるぞっ、いっち、にー、さん、し!」

「いっち、にー」

「さん、しっ」


三人で運動していると、岩陰から小さな姿が幾つかひょこひょこっと飛び出してくる。

昨日のウサギたちだ。

耳が立っているから、ええと、確かヴァニレークの方の子分だったかな。


「ややっ、やはり今日もいらっしゃいましたクゥ!」

「お嬢さん方、本日も見目麗しくクゥ」

「おいバカやめろッ、あの女ッタラシのラビクードのマネなんかするんじゃねえクゥ!」


「お前たち騒がしいクゥ」って白いウサギも現れた。

ヴァニレークだ、海賊ウサギたちの親分で、元はオルト様に仕える神官だった妖精。


「おはようございますクゥ、よい朝ですね、皆さんは揃って海水浴ですクゥ?」

「えっと、ヴァニレークさん、だよね?」

「名前を憶えていただいて恐悦至極クゥ、どうぞ、ヴァニレークとそのままお呼びくださいクゥ」


丁寧にお辞儀をするヴァニレークを見て、子分たちもペコっと頭を下げる。

皆フワフワで可愛いなあ。


「こちらへまた皆様がいらっしゃるのではないかと思い、お待ちしておりましたクゥ」

「そうですか」

「よろしければ、我々の船で海をご案内差し上げようかと思いましてクゥ」


えッ、海賊船?

つい身を乗り出しかけた私の前に、セレスがスッと一歩踏み出す。


「それは口実で、君達の目的のため、ハルちゃんをどこかへ連れていくつもりじゃないだろうな」

「セレス?」

「今日は師匠もリュゲルさんもいらっしゃらない、だがな」


セレスの周囲にピンクの欠片がパッと散る。

男の人の姿に変わったセレスは、ビキニの胸当てをサッと投げ捨て、そのまま拳を構えた。


「俺がいる、ハルちゃんに手出しはさせない、出直すんだな」


ヴァニレークたちは目をまん丸くしたまま固まっている。

そのうち、ハッと我に返ったヴァニレークがトンっと足を鳴らすと、子分たちもトンッ、トンッ、と足を鳴らして慌てだした。


「ま、ま、待て、どういうことだッキュ、女の子が男になったキュウッ」

「おおお頭ッ、お頭ッキュ!」

「落ち着けお前達、あれはアサフィロス、つまり王家のヒトだキュ」

「王家ッキュ?」

「王家っていやぁエルグラート王家ッキュ? つまり、あの子たちはひょっとしてお姫さんってことキュ?」

「いやいや待て待てキュウ、よく見ろお前ら、お一人はラタミル様だッキュ」

「それじゃ姫さん達はラタミル様の僕ッキュ? あわわッ、俺よく分かんなくなってきたッキュ!」

「とにかく、誤解を解かなければクゥ」


「そんなつもりはありませんクゥ」ってヴァニレークも一歩前へ出てくる。


「そのような卑怯な真似を我々は致しませんクゥ、皆さまは初めて海へいらしたようなので、楽しんで頂きたいとお誘いしただけですクゥ」

「そっ、そうッキュ! 俺らの親分はだまし討ちなんて下衆な真似はぜーったいにいたしませんッキュ! この耳と脚を賭けたっていいッキュ!」

「もし俺らが嘘吐いてたら俺らでも船でも好きなだけボコしてくれて構わねえッキュ、だから親分を信じてくださいッキュ!」

「お嬢さん方を舟遊びに誘いたかっただけですキュウ」

「ホントですキュ、信用ならねえなら断ってくれてもいいッキュ!」


ヴァニレーク以上に子分たちが必死だ。

振り返ったセレスが困ったように見てくるから「いいんじゃないかな」って肩を竦めて返す。


「一生懸命だし、噓とも思えないよ」

「ハルちゃんがそう言うなら」

「よ、よかったッキュ!」

「だが俺は一応武器を持たせてもらう、構わないな?」

「勿論ですクゥ」


頷くヴァニレークに、セレスも頷き返して岩場の影に置いた荷物のところへ行くと、太ももにバンドを巻いて鞘に入った短剣を差し込んだ。

あんな風に身に付けていたんだ。

砂の上に敷く用に持ってきた大きな布を腰に巻いて戻ってくる。


「ねえセレス、水着平気? きつくない?」

「結構ギリギリだけど、まあ何とか、暫くは気が抜けないよ」


警戒してるんだね、私も海賊船に乗れるからって浮かれてばかりじゃいられないな。

よし、一応オーダーの道具を持っていこう。

ロゼが作ってくれた防水の袋に香炉とオイルを入れて、首から下げて、と。

―――不意に、誕生日に母さんが贈ってくれたネックレスが日差しを受けてキラリと光る。

通行手形はリューに預かってもらったけど、これだけはいつも持っているように言われたから、今もしっかり身に付けている。

見た感じは魔力結晶なんだけど違う気がするんだよね、この石、一体なんだろう。


「ハルちゃん、準備いいか?」

「あ、うん、今行く!」


セレスとモコと一緒に、ヴァニレークたちに案内されて岩場の奥へ行くと―――船があった。

ネイドア湖で見たような帆船だ、あの船よりずっと小さいけど、砲台が積まれている。

これが海賊船。

船首の飾り、あれは、カメかな?


「お嬢さん、目の付け所が違うクゥ、あちらはディシメアーの海の守護者にして我らが偉大なる古老、カルーパ様のお姿を模したものだクゥ」

「カルーパ様?」

「ふふ、よければお傍までお連れいたしましょうクゥ」


ニコニコしている子分たちと一緒に、ヴァニレークは海上に覗く甲羅岩を指し示す。


「あちらがカルーパ様、オルト様のもっとも従順な僕にして、この海の偉大なる守護者であられますクゥ」

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