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平手

「―――取り込み中、悪いんだが!」


リューがヴァニレークとバニクードの会話に割り込む。


「お前たちの事情は分かった、こっちも少し色々あってな、これから魔人が造った海底の建物を調べようと思っていたところだ」

「あれをッキュ?」

「マジか、恩人方クゥ」


二人は目を大きく見開く。

バニクードの目は琥珀色だ。黒い毛の中できらりと光る。


「だが、こっちはこっちでやらせてもらう、君達のどちらにも手を貸すつもりはない」

「ッツ!」

「そうか、まあ仕方ねえクゥ、恩人様方にも事情があるってんなら、無理強いはできないクゥ」


ヴァニレークは俯き、バニクードは腕組みして頷いた。

この状況だと、どちらかに手を貸したら、どちらかと対立することになるから、仕方ないよね。


「だがアレを調べようってんなら、俺達と敵対するわけじゃなさそうだクゥ」

「無論だ、場合によっては君達と協力することもあるだろう」

「ならいいクゥ、俺達もアンタらに手を貸すクゥ、恩人だからな、妖精は義理堅いんだ、なあヴァニレーク!」

「言われるまでもないクゥ!」


ヴァニレークも頷いて「我々も協力は惜しみませんクゥ」と言ってくれる。


「今、海は荒れていますクゥ、まだ被害は拡大していませんが、いずれもっと広範囲に影響が出始めることでしょうクゥ」

「そうなる前にどうにかしねえとって言ってんだが、そいつは頭が固くってなぁクゥ」

「お前のように無茶するのを良しとしないだけだクゥ、恩人様が絡むことに関してのみ、我々はお前達と敵対しないクゥ」

「そりゃいいクゥ、ならこっちもだ、分かったかテメエら!」

「へイッ、カシラッ」


バニクードの子分たちが一斉に頷いた。

ヴァニレークも振り返って子分達に言い聞かせる。


「分かりやした親分キュ!」

「我々は親分の考えに従いますクゥ」

「ああ、我らの義によって、恩人様のご意思を尊重するクゥ、いいな?」

「はいッ」


『妖精の恩人』ってこんなに凄いんだ。

特区ではティーネがくれたベリュメアに助けられたけど、今度はニャモニャたちに助けられた。

大切な人たちの、大切な想いが私達を支えてくれている。


「やれやれ、もう泳ぐどころじゃなさそうだな」


リューがぼやいた。

そうだね、この雰囲気でもう泳ぎの練習なんて言い出せないよ。


「仕方ない、一旦引き上げるぞ」

「うみ、もうおしまい?」


しょんぼりするモコの頭を撫でて「また明日来よう」ってリューは微笑む。


「荷物を片付けよう、セレス、手伝ってくれ」

「はい」

「ロゼはさっきのこと頼む、今から行ってもらえるか?」

「ああいいとも、では後ほど」


ロゼはザバザバと波をかき分け、海に入ってそのまま沖へ泳いでいく。


「まさかっ、あの方お一人でクゥ?」

「おいヴァニレーク、俺達も船出すクゥ、ご一緒して魔物からお守りするんだキュウ!」

「あ、ああッ、行くぞお前達ッキュ!」


二つの海賊団も急いで駆け出して行った。

やっぱり船があるんだ。海賊の乗る船ってどんな船なんだろう。


「ハル、お前とモコは着替えてこい」

「うん、でも」

「なんだ?」

「ううん、何でもない」


船を見たかったけど、着替えが先だ。

ロゼが作ってくれた石の小部屋に入って、水着を脱いで、オーダーでアクエを呼んで真水で体を流す。

服を着て小部屋から出ると、入れ替わりでセレスが「使わせてもらうよ」って入っていった。


「セレス、アクエを呼ぶよ、体を流してもらって」

「えッ、本当に便利だな、有難う、助かる!」


またアクエに来てもらって、小部屋の中から「ハルちゃん、いいか?」って聞こえた声に、セレスの体も水で綺麗に洗い流して欲しいって頼む。

それから海を眺めた。

船は見えないし、ロゼの姿ももうない。潜ったのかな。


「ハルちゃん有難う、リュゲルさん、着替え済みました」

「ああ、俺も着替える」


リューも小部屋を使って着替えを済ませると、使い終わった石の小部屋をいきなり殴りつけた。

ガラガラと崩れ落ちる小部屋に私とモコが驚いていたら「ここに残しておいたら目立つだろ」って訳を教えてくれる。

そうか、禁足地だもんね。

いきなり見慣れないものが建っていたら、何事だってきっと騒ぎになる。


「流石リュゲルさん、一撃でここまで細かく、流石に私にはできない」

「セレスも拳で石を砕けるの?」

「できるよ、コツがあるんだ、慣れると簡単だよ」


簡単では、ないと思う。

そもそもコツを掴んだって私には無理だよ。できる人は限られるんじゃないかな。


「行くぞ」ってリューに呼ばれて浜を後にした。

名残惜しい、もう少し泳ぎたかった。

でもまた明日来るから、明日こそは思いきり泳ごう。


「ねえ兄さん、海、楽しかったね」

「そうだな」

「それに本当にしょっぱかった!」

「ハハッ」

「あと、ラヴィー族って可愛かったね」

「ん、まあそうだな」

「なあハルちゃん、前に話してくれたネコの妖精もあんな感じだったのか?」

「そうだよ、フワフワで、語尾に『ニャ』ってつけて喋るよ」

「可愛い、もう一回言ってくれないか」

「ニャ?」


セレスと、リューまでニコニコしてる。

なんだろう。


「ところでリュゲルさん、ラヴィーたちが気になることを言っていましたね」

「オルト様が眠りにつかれる前に聞こえた妙な音か」

「そうです」


その音で眠ったかどうかはまだ分からないけれど、可能性は高そう。

一体どんな音だったんだろう。


「あっ」


私と手をつないで歩いていたモコが急に声を上げる。

気付いた私も思いがけず立ち止まって「カイ」って呼んだ。


「また会ったな」


オルト様の神殿の少し手前、こんなところでカイに会うなんて。

そうだ、どうしよう。今はリューが一緒だ。


「誰だソイツ」


カイもリューに気付く。

一歩前へ進み出たリューが「俺はリュー、こいつの、ハルの兄だ」って名乗る。


「へえ、アンタか、ろくに妹を守れない、不甲斐ない情けないアニキは」


驚いて言葉が出ない。

どうして急にそんなこと言うの?

リューの前へセレスが勢いよく飛び出す。


「貴様ッ、リューさんによくも!」


そのままカイの胸の辺りを掴んだ。

カイもその腕を掴み返しながらセレスと睨み合う。


「撤回して謝罪しろッ、この方への侮辱は私が許さない!」

「はン、なに言ってんだ事実だろ、図星を突かれてそいつもすっかりだんまりじゃねえか」

「貴ッ様ぁ!」


「―――セレス、いい」


兄さん?


「実際俺は至らない、彼の言うとおりだ、だからその手を離すんだ」


セレスもカイからパッと手を離して、驚いた様子でリューを見る。

リューは改めてカイに頭を下げた。

カイの体が微かに揺れる。


「あらためて感謝する、君には何度も妹を助けて貰ったな、話を聞いたよ、有難う」

「別に、俺はソイツのためにもアンタのためにも何もしてねえ、礼なんかされたって迷惑だ」

「そうか、そうだな、だが助けて貰ってことは事実だ、俺が至らないばかりに君に手間を掛けさせた、すまなかった」

「何を仰られているのですかリュゲッ、いやリューさん!」


リューが謝ってる?

どうして、だって、森の時もネイドア湖の時も、兄さんは何も悪くないのに。


「殊勝なこったな、だが今更後悔したところで過去は変わらねえ、アンタが役に立たねえ兄貴だってのも事実なんだよ」

「おいカイ!」

「上が頼りねえと下は迷惑するよな、ホント、反省するなら今後は精々兄貴らしく役に立てよ、妹に迷惑かけないためにもよ」

「貴様ッ」

「そうだな」

「リューさん!」


「精進する、苦言感謝するよ」そう言って笑うリューを見ていたら、堪らなくなった。

モコの手を離してカイに近付いていく。

正面に立って、片手を振り上げた。


パン、と乾いた音が響く。


「カイ」


カイを睨む。

こんな気持ち初めて。

それに、初めて友達を叩いた。

カイは海の色の目を真ん丸に見開いて私を見ている。


「兄さんを侮辱しないで」


声が震える。


「何も知らないのに、知ったようなこと言わないで」


悔しくて涙が溢れた。

泣くつもりなんてなかったのに、叩いた手の平が熱くて痛い。


「兄さんに酷いことを言うなら、カイだって絶対に許さない!」

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