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モコの受難

「え、ええと」


取りあえず訊きたい。


「どうしてモコがラタミルだって分かるの?」

「モコなんて名前なのか」

「うん、本当の名前は忘れちゃったみたいだから、思い出すまでって私がつけたんだけど」


ロゼは顰めていた顔をニコッと緩ませる。

あれ?


「そうか、ハルがつけた名か、なるほど率直で君らしい良い名だ、うん」

「あー、えっと、有難う」


微妙に引っ掛かるけど、まあいいか。

それはともかく、どうしてモコがラタミルだって分かったか気になるよ。


「ねえロゼ兄さん、どうして? 理由を教えて?」

「それくらい僕にはお見通しだからさ」

「外見にラタミルだけの特徴とかあるの? 他の人にも気付かれちゃうかな?」

「それは恐らく無いだろう」

「どうして?」

「僕が気付いたのは僕だからさ、ラタミルの特徴云々ならば、雛の内はそんなものは無い」

「そ、そっか」


はぐらかされたのかな、でもロゼだからって思うと妙に納得できるような。

ロゼは本当に色々なことを知っている。

私にエレメントを教えてくれたし、訊けば大抵のことに答えてくれるんだ。時々、母さんより物知りかもしれないって思う。

リューもロゼからたくさん教わったんだって。

だけど料理だけはリューがたまにロゼに教えている。前に「僕が作ると大味になりがちなんだ」なんてぼやいていたな。


「ハル、僕にも教えて欲しい、このラタミルは一体何だ? どうして僕たちについてこようとする?」

「ええと、それはね―――」


モコを連れていくことになった経緯を簡単に説明した。

話をふんふんと最後まで聞いてから、ロゼは空いている方の手で「ふむ」と顎を擦る。


「事情は分かった、しかし売り物でもない羊を連れ歩くと目立つ、ペットだなんて話じゃ尚更だろう、だったら都合のいい姿に変えてしまおう」


顎から手を離して「ディル・ベネート」と唱えながらパチンと指を鳴らした。

途端にモコはボフッと白い煙のようなものに包まれて、その煙が消えると、同じ場所にフワフワした白い小さな鳥が蹲っている。


「えっ!」


モコが消えた?

代わりに現れたこの鳥って、まさか。


「これでよし」

「ねえ、ロゼ兄さん、モコは?」

「そこにいるだろう」


や、やっぱりそうなの?

鳥は両目をまん丸に見開いたまま固まっている。あ、色は青いままなんだ、って感心している場合じゃなかった。


「これならペットと呼んでも差し障りないだろう、運びやすい大きさにしておいたから、バッグにでも入れるといい」

「そんな」

「おや? 鳥はお気に召さないか? それならウサギにもできるぞ、ウサギに変えようか?」


そういうことじゃないよ!

―――でも驚いた、ロゼって変化の魔法が使えたんだ。

変身、変化の類の魔法は扱いが凄く難しい。

精密な魔力のコントロールと明確なイメージが必須だって本に書いてあった。

基本的には自分にかける魔法で、対人、対物に唱えても望む結果はほぼ得られない。だって勝手に相手の概念を変化させたり書き換えたりできたら色々怖いでしょ?

何より、それって最早神の範疇の力だろうし。

陣を描いて触媒を用いる儀式魔法に近いものらしいんだけど、指をパチンと鳴らして唱えるだけ、しかも、相手に姿を変えちゃうなんて、凄いで片付けていいか分からないくらい凄いことだよ。

鳥にされたモコが翼をパタパタはばたかせながらピイピイ鳴き出した。

この姿でも飛べないんだ。羽があればいいってことでもないのかな。

リューがしゃがんで拾い上げてくれる。

手の中にちんまり収まる姿が可愛い。

って、いやいや、そうじゃなくて、流石に可哀想だよ。元に戻す魔法もあったはずだけど、大丈夫なのかな。


「ロゼ、いきなりこんなことをするな、可哀想じゃないか」


リューがロゼに抗議する。

その手の中で鳥になったモコも一生懸命何かを訴えている。


「何を言う、今の姿の方が目立たないし場所も取らない、持ち運びにも便利だ、いつでも元の姿に戻してやれるんだから、構わないじゃないか」

「それならそうと説明して、モコの了解を取ってからにしろよ」

「僕はラタミルなんかどうだっていいんだ、それより君達を早く休ませたい、ほら行こう、ついておいで」

「あのな、ロゼ」

「どうした、やっぱり抱っこして欲しいのか?」

「違う」


そうか、と残念そうに歩き出すロゼに、深く溜息を吐いてリューもついてくる。

これ以上話してもロゼは聞かないって思ったんだろう。


「ねえ、ロゼ兄さん」

「うん?」

「後でモコを元の姿に戻してあげてね」

「はぁ、君まで、まあいい分かった、宿に着いたら戻してやろう」


ロゼは約束を必ず守ってくれるから、モコのことはきっと大丈夫。

そして私はやっぱりこのまま町まで連れていかれるのか。恥ずかしい、居た堪れないよ。

十五になったのに、兄さんに抱っこされるなんて。

リューのことも抱っこしようとしていたから、この先ずっとこんな感じなのかも。十六になったら流石にやめてってはっきり断ろう。

モヤモヤ考えているうちに、気付けば森を抜けていた。

門の前にも大勢人がいたけれど、門をくぐると更に人が増える。

わあ、これが町かぁ!


「店や家が沢山あるね」

「殆どが道具屋と土産物屋、そして宿だな、川を渡ったこちら側の森は観光地だ、領主も税収のために力を入れている」

「騎士団が見回りをしているんだよね」

「ああそうだ、ここへ来る途中で会っただろう?」

「うん、リューのこと知っていたよ」

「僕のことも知っている、なにせあの村からここへ足を運ぶのは僕とリューくらいなものだからね」

「そっか」


珍しくて印象に残ったんだろうな。

それに、二人は村の皆に好かれていたし、こっちでも親しい人ができるよね、納得。


「魔物の駆除だけじゃなく、出店資金の補助、税の一部免除、公共施設の定期的な補修、路面整備、宿場町間の交通整備、他にも色々と手厚く目を掛け手を掛けしている」

「そうなんだ」

「ま、その分川の向こうは治外法権なんて放ったらかしだがね」

「おかげで納税を免除されているだろ」

「確かに、何事も一長一短というものだ」


時々小さくモコの鳴き声が聞こえてくる。

大丈夫かな。

気になるけど、ロゼに抱えられてゆらゆら揺れていると、なんだかすごく、眠い。


「ハル?」


リューに呼ばれた。


「おや、僕らの姫はそろそろ限界のようだ、よしよし」

「ん」


ロゼの髪、フワフワしていい匂い。

昨日の夜は、本当に、凄く、凄く大変だったし、凄く怖かった。

まだ生きていてよかった、またロゼに会えて、よかった。


「ハル、母さんから贈られたペンダントはちゃんと身に着けているかい?」

「え?」


ええと、ボンヤリしながら首元を探る。

あった、よかった、このペンダントのこともすっかり忘れていた。

とっても大切な、母さんからの贈り物。


「あるよ」

「ああ、それは決して外さないように、いつも首にかけておくんだ」

「どうして?」

「大切なものだからさ、ちなみに鎖が切れる心配はしなくていいよ、君の首を締めつけることも決してない、僕が作った特製の鎖だからね」

「そっか、ロゼは凄いね」

「んっふふ、可愛い妹のためならばこそさ、もっと褒めてくれていいぞ」

「有難う、ロゼ」

「どういたしまして」


得意そうに笑うロゼに、つられて私もクスクス笑う。


「ハル、大切なものは決して手放してはいけないよ」

「うん」

「僕も放さない」


私に頬擦りしてから、ロゼは肩越しにリューを振り返る。


「リュー、ほら、抱っこが嫌なら手を繋ごう」

「嫌だ繋がない」

「何故?」

「俺の歳を考えてくれ」

「まだ二十だろう」

「もう二十だよ」


モコの鳴き声がしなくなった。

気になってリューを見たら、あれ、もしかして手の中で寝てる?

そうか、そうだよね、モコも疲れたよね。

私も眠い、瞼が勝手に落ちてくる、ふわぁ―――


「ふむ、君は本当に奥ゆかしいな」

「その言い方はどうなんだ」

「しかし僕は君のお兄ちゃんだから、気遣いなどは無用だぞ?」

「気を遣った覚えはない」


目を瞑ってロゼに凭れたら、優しく背中を支えてくれた。

温かくてホッとする。

よかった、兄さん達と一緒なら、もう何も怖くないよ。


「大丈夫だ、ハル、眠りなさい」

「うん」

「この分なら子守り歌はいらないな、リュー、君には歌おうか?」

「遠慮する」

「僕は構わないぞ」

「俺が構うんだよ、宿に着いたら俺も少し寝るから、後のこと頼む」

「勿論だとも、お兄ちゃんに任せておきなさい」


いつもの二人のやり取り。

なんだか家に居るみたい。

母さん。

母さんにも会いに行くからね。

まだ話しているリューとロゼの声をどこか遠く聞きながら、いつの間にか私は眠ってい、た。


――――――――――

―――――

―――


「ん、んん」


あれ?

ここ、どこだろう。

橙色に染まった天井、夕日だ、ねぐらへ帰る鳥たちの声が聞こえる。

フカフカしたベッドが気持ちいい。

それと美味しそうな匂い、どこからしているんだろう。


「おはよう」


呼び掛けられて横を向くと、ロゼがいる。

椅子から立ってこっちに来た。

私も半身だけ起き上って欠伸、ふわぁあ、よく寝た。


「グッスリ眠っていたね、顔色が随分よくなった」

「うん、おはよう」

「ああ」


前髪の隙間から覗く目の色が赤い。

そうか、もうすぐ夜だから。

―――ロゼは夜の間だけ目の色が赤くなる。興奮した時と、魔力が昂った時も同じ。

不思議だけど、まるで瞳の奥で炎が燃えているようで、綺麗だなっていつも思う。

ぼんやり眺めていたら、小さく笑ったロゼが髪を撫でてくれる。


「まだ眠いのかい?」

「ううん」

「そうか」

「リューは?」


風呂を使いに行っているよと言いながら、私が寝ているベッドに腰掛ける。


「お風呂があるの?」

「ああ、凄いぞ、ハルは浴槽と聞いて何のことか分かるかな?」

「ええと、お湯を入れて、浸かる、大きな入れ物?」

「そう、なんとその浴槽がある」

「本当?」

「本当だとも」


町って凄い。

家ではいつも桶にお湯を張って、その中に浸した布を絞って体を拭くだけだった。

浴槽のことは本で読んで知っていたけれど、実物を見たことはないし、当然浸かったこともない。


「わ、私もお風呂を使いたい」

「勿論いいとも、だが風呂は男女で時間が分かれているんだ、服を脱ぐ場所が共用だからね」

「そうなの?」

「手前の部屋で服を脱ぎ、脱いだ服を袋に詰めて、借りた鍵を使って個別の浴室へ入る、そこに洗い場と浴槽がある、体を洗ってから浴槽に浸かるんだよ」

「分かった」

「浴室はあまり広くないが、二人程度なら一緒に入ることができる」

「そうなんだ」

「リューが戻ったら入れ替えの頃合いだろう」


待ち遠しいな。

髪がすっかりボサボサだし、全体的に少し臭うような気もするから、早く浴槽に浸かってみたい。

冷たい川の水と違って、温かいお湯はきっと気持ちいいだろうな。


「あ、ねえ、兄さん」

「なにかな?」

「モコと一緒に入るのはダメ?」


モコ、と呟いて、今度は目に見えてしかめっ面になった。

ロゼはモコのこと好きじゃないのかな。

ラタミルだから?

カイもラタミルなんか嫌いだって言ってたし、二人共どうしてラタミルを嫌うんだろう。

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