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潮騒の呼び声

夕食が済んで、オルト様の大神殿の隣にある建物へ向かう途中。

―――視線を感じた。

振り返ったずっと先の海の上に浮かぶ黒い影。

昼にセレスが教えてくれた『甲羅岩』だ。


その手前に何かいる。

魚?

キューウと高い声で鳴いて、跳ねて海へ潜った。

暗くてはっきり見えなかったけれど、ピンク色をしていたような気がする。


「ハル」


不意にロゼに抱き寄せられる。


「あまり夜の海に魅入られるものではないよ、呼ばれてしまう」

「誰に?」

「さて、しかし海から響く声は時に甘美だ、その懐に抱かれたなら、君達は命を落とすだろう」

「えッ」

「陸と海は決して交わらない、そういうことさ」


海は綺麗なだけじゃない、怖いものかもしれない。

波の音を聞きながらそう思う。

でも、オルト様が深い眠りにつかれている海で、今、聞こえてくる呼び声は一体誰のものだろう。


部屋に戻ると神官がお湯を用意してくれた。

桶二つ分。

海では真水は貴重なんだって、あんなに沢山水があるのに。

でも、こうして使わせていただけるだけ有り難いよ。


「街には湯を使わせてくれる施設があったはずだ」


衝立の向こうからセレスが話しかけてくる。

わざわざ神官に借りて、部屋を二つに区切った向こう側でセレスは桶の一つを使って体を拭いている。

私は一緒でも平気なんだけどな、だって女の子のセレスは普通に女の子だし。

モコは小鳥の姿で私と一緒。

これだと使う湯も少なくて済む。


「それって、もしかして温泉?」

「いや、違うが、海で遊んだ後に体を洗い流すための場所だよ、明日行ってみないか?」

「うん、行きたい!」

「師匠とリュゲルさんにもお伝えしよう、明日はいよいよ海だぞハルちゃん、泳ぎは私が教えてあげるからな」

「楽しみ、有難うセレス」

「ああ、私もハルちゃんの水着姿が楽しみ―――うッ」

「どうしたの?」

「いや、何でもない、ハハッ」


うっすら血の臭いがする。

訊いたらセレスは鼻血を出したらしい、大丈夫かな。


神官に言われた通り、使い終わった湯は窓から海へ捨てて、空の桶を部屋の外に置いた。

ベッドの清潔な寝具に潜り込む、はあ、久々だなあ。

隣のベッドでも仰向けに寝そべったセレスが、首だけこっちへ向けて話しかけてきた。


「ハルちゃん、波の音がするね」

「そうだね」

「君とここまで来られてよかった、本当に感謝しているんだ」

「そんなのいいよ、私もセレスと一緒に海に来たかったから、願いが叶って嬉しい」

「ああ、君と出会えてよかったって、毎日そう思っている」

「セレス」

「ふふ、おやすみハルちゃん、また明日、いい夢を」


前を向いて目を瞑るセレスの横顔を暫く眺めていた。

辛くても、苦しくても、まっすぐ進んでいこうとするセレスはいつだって強くて格好いい。

本当に一緒に海へ来られてよかった。

着いたばかりの今日だけで色々なことがあったけど、それでも、とうとう海に来たんだ。

明日は泳ぎを教えて貰おう。

思い出もたくさん作ろう。

心配事や気になることは山積みでも、楽しまないとね。


―――私も寝よう。


久々のベッドはやっぱり落ち着く。

瞼を閉じたら眠気が一気に襲ってきた。

モコも、フワフワの羽を私の頬に摺り寄せながら「たのしみだね、はる」って囁いた。


――――――――――

―――――

―――


ここ、どこだろう。


暗い。

何も見えない。


何かの気配に振り返る。


呼んでいる。

呼ばれて、いる?


その愛を、声を、届けて欲しいって。


誰に?


暗闇に花が咲いた。

エノア様から贈られた花、愛の花ポータス、声の花トゥエア。

麗しい紫と、目の覚めるような青で、世界が覆い尽くされていく。


待っている。


どこで?


待っているわ。


―――貴方は誰なの?


――――――――――

―――――

―――


「だ、れ?」


ぼんやり見上げた天井を、窓から差し込む朝の光が照らしている。

夢を見たような気がするけど思い出せない。

疲れもあまりとれていないし、うーん、久々のベッドなのに。

ずっと聞き慣れない波の音がしているせいかな。


「起きたかハルちゃん、おはよう」


セレスが両手に桶を提げて部屋に入ってきた。

私もベッドを下りる。


「おはよ、セレス」

「せれすおはよーっ」

「ああ、モコちゃんもおはよう、湯を貰ってきたから顔を洗って支度しよう」

「有難う」


昨日と同じように部屋を衝立で仕切って、桶の湯で顔を洗うついでに寝汗を掻いた体を拭う。

使い終わった湯を捨てようと、覗き込んだ窓の外に広がっていた朝の海の眩しさに目を奪われた。

青い。

―――ああ、この青だ。

唐突に気付く。

この青は、カイの髪と目の色、そしてトゥエアの花の色。

私の知らない青、海の色だったんだ。


「晴れてよかった、空気も温かいし、海水浴日和だな」

「うん、いよいよ海だね」

「そうだな、フフッ、ハルちゃんすごく嬉しそうだ」

「嬉しいよ、ねえセレス、泳ぎを教えてね」

「ああ、私に任せてくれ」

「ぼくも! ぼくもおよぐ、せれす、ぼくにもおしえて!」

「ラタミル様に水泳を教えさせていただけるなんて光栄だ、よし、モコちゃんも一緒に泳げるようになろう!」

「はーい!」


支度を済ませて兄さん達の部屋へ行く。

出迎えてくれたリューも、部屋に入った私を見たロゼも、揃ってクスクスと笑う。

どうして?


「ハル、はしゃいでるな、顔に出てるぞ」

「えッ」

「君の念願の海だ、存分に楽しむといい、海に着いたらお兄ちゃんが泳ぎを教えてあげよう」

「いや、俺が教える」

「こればかりは譲らないぞ、教えるのは僕だ」

「まあ誰が教えたっていいさ、とにかく朝食にしよう、厨房を借りられるよう話をつけておいたから、今日はここで食べるぞ」


リューの手料理!

昨日は結局イカもアイスキャンディーも無しになって、すごくガッカリしたからね。

茹でたエビを挟んで、酸っぱくて辛いソースをかけたモチモチのパン。果物と肉を交互に刺した串焼きと、とろみのあるイモと卵のスープ。

美味しい~ッ!

全部ベティアスの郷土料理らしい、一緒に食べた神官たちも絶賛していた。

台所を借りるお礼だって、いつも使わせてもらった人たちの分まで用意するんだよね。

それでよく感謝されている、妹の私もこっそり鼻が高い。


朝食の後、部屋に戻って、袋に持っていく荷物だけ詰め込んで―――さあ、いよいよ海だ!

待ちきれない、ちょっとドキドキしてきた。

海水って本当に塩辛いのかな。

水に浮かんで波に揺られるのってどんな感覚だろう、私も泳げるようになれるかな。

先生はたくさんいるし、今日中には泳ぎを覚えられるかも?

水着も楽しみだ。

モコとセレスとお揃いの可愛い花柄の水着、早く着たい。


「はる、せれす、はやくうみいこ、はやく!」


モコもさっきからパタパタ飛び回って落ち着かない。

「おいで」って呼んだところで、部屋の外から「そろそろ行くぞ」ってリューの声がした。

飛んできたモコが私の頭の上にポフッと着地を決める。


「いこー!」


部屋を出ると、リューはモコを軽く指でつついて「聞こえたぞ、その姿の時はお喋り禁止」って釘を刺す。

モコはピッと鳴いて返事した。


「ねえ兄さん、モコにも泳ぎを教えてね」

「ああ」

「ハル、君にはこのお兄ちゃんが泳ぎを教えよう」

「あの、ハルちゃん、私もいるからな」

「ロゼ兄さん、セレスも有難う、よろしくお願いします」


さあ、海へ出発だ!

外へ出て、まず神殿でオルト様にご挨拶してから、改めて浜へ向かう。

でも繁華街と神殿への分かれ道辺りまで来たところで大きな声が聞こえてきた。

男の人だ、金属製の拡声器片手に何か喋っている。


「我々は獣人の危険性について、より深刻に捉えるべきなのです!」


驚いて足が止まった。

兄さんたち、セレスも立ち止まって、怪訝に男の人を見る。


「彼らは我々人とはまったく異なる種族、獣のように思考し、獣のごとく行動する、およそ文明的ではない、だからこそ国で管理する必要があると私は訴える!」


何を言っているんだろう。

この人は特区や、そこで暮らす獣人たちを見たことないんだろうか。

亜種は勿論、リーサやシアンのような普通の獣人でも私たち人と姿以外何も変わらない。

その姿だって個々が当たり前に持っている個性の一つだ、人だって見た目も性格も一人一人違う、人と獣人を比較する理由になんてならない。


「もし、人と獣人が共に暮らすようなことになれば、我々の現在の生活は脅かされ、根底から覆ってしまう、そんなことを皆さんは良しとされるのでしょうか!」


獣人を僕として扱う生活なら、むしろ覆った方がいいとさえ思う。

どうして獣人が特区を作ったのか、ベティアスで選挙権すら持たない獣人たちのこと、この人は何も分かっていない。

理解する気もないのかもしれない。


「私は皆さまの健やかなる日々のため、今以上に獣人たちに制限を課し、国を挙げて管理することをお約束いたします、共にベティアスに人のための更なる輝かしい未来をもたらしましょう!」


不意に耳を塞がれた。

驚く私を、リューはそのまま見下ろして「行こう」って前へ進ませる。

私もあんな酷い話をこれ以上聞きたくない。

だけど歩き始めても、拡声器を通した大声がずっとついてくる。


「フン、煩いな、黙らせてこようか?」

「だめだロゼ、流石にそれはまずい」

「師匠、リュゲルさん、あの男がガナフです、今回の代表選挙で特区代表の対抗馬として国政における獣人の完全排斥を掲げ、獣人を差別する層から支持を受けています」


あの人がガナフ。

あんな人がベティアスの代表になったら、獣人たちは本当にこの国で暮らせなくなってしまう。


「呆れた物言いだったな、あれがベティアス国民の大部分を占める思想だなんて思いたくもない」

「古い世代は共感しているそうです、獣人を僕として扱うことに抵抗のない層ですから」

「控えめに言って最低だ」

「私も、立場としては何も言えませんが、個人的には今度の選挙で彼が勝ってしまったらベティアスはお終いだと思います」

「そうだな」


私もリューとセレスの話に同意する。

それにしてもうるさい、うるさすぎる。

この調子だと浜まで声が届きそう、海に来たのに楽しめないよ。

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