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ディシメアーまでの道中:リュゲル視点

※今回ハルとモコ、ロゼはお休みです

クロの手綱を引いて脚を止める。


「この辺りで少し休憩を取ろう」

「ああ」

「分かりました!」


鞍から降りて、クロの鼻先を軽く撫でた。

ミドリの方もセレスが胴を撫でながら「お前も休めよ」と声を掛けている。

騎獣は利口だから、こうして言い聞かせておくだけで大人しく待つことができる。もっとも、前提として信頼関係を築いていることが重要だけどな。

思いの外安く手に入ったが、改めていい騎獣だ。

特区の火災の時も大人しく大門脇の厩舎まで移動したと聞いた。

この先まだまだこいつらに頼ることになる、大事にしてやらないとな。


「ハル、この辺りを見てくる、頼むぞロゼ」


二人に声を掛けて行こうとすると、セレスがついてくる。

―――気付いていたか。

勘が鋭いのはいいことだ。

今では俺も戦力としてあてにしている。魔力を持たない代わりのような身体能力の高さ、生物としての強靭さがセレスの強みだ。


「リュゲルさん」

「ああ、この辺りでいいだろう」


これだけハル達から距離を置けば十分だ、恐らく気配さえも伝わらない。

周囲をゆっくりと見渡し、呼び掛ける。


「―――出てこい」


周囲の木の影、岩の影から覆面姿の奴らが次々に現れた。

武器を手に、油断なくこちらを窺っている。


特区を出てからまたこういった手合いにつけ狙われるようになった。

一応は想定内だ。

問題は誰の差し金なのかだが、ベルテナか、彼女の父親、もしくは全く別の誰かか。

いずれにせよ対処は心得ている。

しかし何度も返り討ちにしてやっているというのに、懲りないというか、こいつらも仕事なんだろうな。

命を懸けるほどの理由かは甚だ疑問だが。


俺とセレスは、それぞれ剣と大剣を構える。


「セレス、行くぞ」

「はい!」


覆面たちが一斉に襲い掛かってきた。

まずは数でゴリ押しか、手数が増えればそれだけ対処に手間を取られて隙が生じる。

だが―――


「せええええいッ!」


セレスの大剣のひと薙ぎで半数が吹っ飛ばされる。

超人的な腕力のなせる業だ。あの細腕のどこにそんな力がと思うほど、彼女は大剣を自身の体の一部のように易々と使いこなす。

難を逃れた覆面達は波状攻撃に切り替えてきた。

四方八方から次々に繰り出される剣先を避け、躱し、弾いて薙ぎ、こちらからも切りつけ、稀に足払いなども食らわせる。

背後からの気配を蹴りつけると思いの外吹っ飛んでいった。

やはりどうも直に攻撃すると加減が分からない。

なるべく剣で対応したいが、間に合わず殴りつけた頭蓋が呆気なく陥没してしまう。

気分が悪くなる感触だ、命の奪い合いをしているのだから容赦などしないが、こういうことは極力避けたい。

日常程度の動作なら問題ないんだけどな。

蹴り上げたつま先が鋤骨を折り、内臓を破裂させる感触がした。

覆面は血を大量に吐いて動かなくなる。

セレスも大剣を振り回し、懐に潜り込んできた覆面には剣の柄で殴りつけ、蹴りを食らわし、刀身で叩き潰している。

流れるような動きは流石だ、美しいとさえ思えてしまう。


僅かに生き残った覆面達がクモの子を散らすように逃げ出した。

追う必要は無い、戻って上に報告して今度こそ諦めてくれ。

こっちも暇じゃないんだ、おかげで旅程がどんどん伸びて迷惑している。


「片付きましたねリュゲルさん」

「そうだな」


セレスは覆面達の死体を一か所に集め始めた。

俺も集め、積み上げて、死体の山へエレメントを唱える。


「火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、イグニ・パレクスム!」


熱を発生させるエレメントで、出力を加減することができる。

高温に晒された死体はあっという間に炭化した。

これで血の臭いに誘われた獣や魔物たちが集まってくることもない。


「すごいですね」


しきりに感心するセレスに苦笑する。


「私も結構腕に自信がありますが、リュゲルさんを見るとまだまだだって実感します」

「君は十分強いさ、頼りにしている」

「ほッ、本当ですか?」

「ああ」


嬉しそうなセレスの頭をつい撫でてしまった。

直後にいけなかったかと思うが、セレスはいつも俺に大人しく撫でられる。

どこか嬉しそうにも見えて、俺もつい可愛いなんて思ってしまう。


「戻るか」

「はい」


返り血は浴びていない、俺もセレスも怪我すらしていない。

もし気付いて何か訊かれたとしても、魔物に襲われたと答えておけばいいだろう。似たようなものだしな。


「それにしてもしつこいですね」

「ああ、今度こそ諦めてくれといつも思うよ」

「誰の差し金でしょうか」

「さあ、思い当たるフシはあるが決定的じゃない」

「やはりベルテナが」

「それは、どうだろうな、だが気にするな、前もそう言っただろう」


はい、と頷きはするが、セレスは憂鬱気だ。

俺達が何をどう言ったところで、これはセレス自身の問題だから、セレスが自分で折り合いをつけるしかない。

見守るしかないだろう、もどかしいな。


「リュゲルさん」

「どうした?」


立ち止まったセレスに振り返る。


「私は、どうすればいいのでしょうか」

「何がだ?」

「ベルテナのこと、如いては兄上のことは私の問題です、なのに皆さんをここまで巻き込んでしまって」

「気にするな、それでも君の気は済まないかもしれないが」

「すみません」

「謝らなくていい、君は真面目で誠実だ、責任を感じてしまうのも無理はない」

「私なんていい加減ですよ、嫌だから逃げだして、いつまでもこうしてウジウジしている、本当に情けない」

「セレス」


「だけど」とセレスは俺をまっすぐ見つめる。


「そんな私でも、守りたいものはあります」

「ハルか?」

「はい」


本当に真面目だ、つい笑みが漏れる。

出会った頃から今日に至るまで、セレスはずっと成長し続けている。

悩み、苦しんでも、前を向いて進もうとする姿勢は十分立派だ。それは彼女が持つ紛れもない強さだ。


「だからまだエルグラートへは戻れません」

「そうか」

「でもそのせいで、私のワガママで皆さんにご迷惑を掛け続けている」

「君が言うようには思っていないよ」

「有難うございます、リュゲルさんはいつもお優しい、ハルちゃんもモコちゃんも、師匠も本当に私によくしてくださる」


あのロゼをそう評価すること自体稀だとセレスは気付いていないんだろう。

気分屋で我の強い奴だが、あれで案外見るところは見ている。


「それは君がいい奴だからだ」


手頃な倒木に腰を下ろす。

セレスにも座るよう促して、改めて話を続ける。


「セレス、君は誰かに親切にするとき、見返りを求めるか?」

「いえ」

「それじゃ、相手が同じように返してくれた時、どう思う」

「嬉しく思います」

「俺も同じだ、ハルも、ロゼやモコだって同じだろう、君が俺達によくしてもらっていると思うのは、君が俺達を大切にしてくれているからだ」

「リュゲルさん」

「同様に君が俺達に対して後ろめたく感じてしまうのは君の優しさゆえだ、なあセレス、例えば俺が君に迷惑をかけたとして、俺がそのことを悔やみ続けていたらどう思う?」

「それは」

「素直に言ってくれていい、君の言葉が聞きたい」

「はい、その、嫌です」

「何故?」

「私は、もしリュゲルさんに迷惑を掛けられたとして、そういうこともあるだろうと思います、故意にやったわけじゃないなら尚更」

「ベルテナに関しては君の故意なのか?」

「まさか!」

「だったらもう分かるだろう」

「はい、でも」

「すぐ結論を出そうとしなくてもいいさ、悩み続けて構わない、そういう全部がセレスで、俺達はそういうセレスを受け入れている」

「ッツ!」


セレスの目から涙がポロリとこぼれて落ちる。

慌てて目元を拭い、すみませんと俯いた背中をゆっくりさすってやる。


「セレスがいてくれるだけでいいんだよ」

「はい」

「これからも君が君であってくれたらいい、面倒事はこうして一緒に片付けていこう」

「はい、はいッ」

「ハルもきっとそう思っている、俺はあいつの兄だ、その俺が言うんだから、信じてみないか?」

「はッ、はいッ」


鼻を啜るセレスに笑いかける。

ハルのこともよくこうして慰めたな、泣けば幾らか気が晴れるはずだ。


「すみません」


セレスは、赤い目元にまだ少しだけ涙を滲ませたままで笑う。


「私、全然格好付かないですけど、これからも精進します」

「ああ」

「ハルちゃんのことも絶対に守ってみせます!」

「よろしく頼む」

「はい!」


いい奴だ。

立ち上がって手を差し伸べると、セレスは俺の手を掴んで立ち上がる。


「あの、リュゲルさんはその、水の精霊を呼べますか?」

「呼べるが、どうした?」

「申し訳ないのですが顔を洗いたくて、このままじゃその、心配されるかもしれないと」


なるほど、了解した。

ポケットから香炉を取り出し、オイルを垂らして底部の熱石に魔力を通して、鎖で下げてゆっくり揺らす。

なるべく加減して、強すぎるのを呼ばないように。


「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ」


―――ふわんと羽の生えた水球が現れる。


「あっ、あのッぶわぁッ!」


俺が頼む前に、水球はセレスの頭上から水をドバッと迸らせた。

ずぶ濡れになったセレスの周りをからかうようにクルクル飛んで、パッと消える。


「ああ、すまないセレス、悪さしたようだ」

「い、いえ、大丈夫です、これくらいで丁度いいので、アハハ」


精霊は気まぐれだからな、稀にこんなこともある。

申し訳なく思いつつ、セレスに触れて「イグニ・パレスクム」とさっき唱えたエレメントを今度は詠唱なしで唱えた。

適度な熱が水気を飛ばして、あっという間に服や髪を乾かす。

セレスは「本当に便利ですね」と目を丸くする。


「魔力が欲しいと思うか?」

「少しは、ですが、これが私ですから!」


胸を張って答えるセレスに、頷き返した。

そうして何度でも前を向く君だからこそ、俺もロゼも、ハルだって、モコも勿論、君を気に入っているんだ。


「行こう」

「はい!」


明るい声が響く。

頑張れよセレス。

―――期待しているからな。

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