シェフルでの再会
「うわぁ!」
船って初めて乗った!
乗り込むときは足元がぐらついて怖かったけれど、こうして進み始めると凄く楽しい!
森の中を流れるこの川は、改めて、想像していた以上に幅があって、波が立って、凄く大きい。
あのグランドワームも流されたくらいだもんね。
川の上流には湖があって、下流の果ては海へ流れ込んでいるらしい。
海かぁ―――海ってカイの髪や目みたいな色をしているのかな。とても深くて神秘的な青、それから、この川よりもっとずっと広いだなんて、想像もつかないよ。
舳先で水を切り勢いよく進む船は、リューが呼んだ風の精霊の力を借りて動いている。
いつもこうして向こう岸へ渡っているんだって。
そしてこれはさっき聞いたんだけど、リューもロゼも少しなら泳げるって、驚いたよ。
二人で練習していたなんてちょっとズルい、私も泳げるようになりたい。
機会があったら教えてもらおう。
もし、またカイに会えたら泳ぎを教わるのもいいかもしれない。だってハーヴィーだもんね、泳ぎはお手のもの、あの時だって私とモコを抱えて水の中を走るように進んでいたし。
「ハル、もうすぐ向こう岸に着くぞ」
舵取りしていたリューの声に、近付く景色へ目を向ける。
森の雰囲気がなんだか違う。
明るいっていうか、穏やかっていうか、野性味が少し薄いような? 観光地だからなのかな。
間もなく対岸の船着き場に到着して、船を降り森の中を進んでいくと、鎧を着込んだ人達と出会った。
行商人以外で初めて見る村の外の人。
鎧を着ているってことは、領主様が派遣した騎士団の人なのかな。
「ああ、君はフラウルーブの」
「はい」
「そちらのお嬢さんは?」
「妹です」
リュー、知り合いなの?
鎧の人達は「へえ、妹さんか!」って私にも丁寧に挨拶してくれた。
やっぱり領主様に仕える騎士団の人達で、今は見回りの最中なんだって。
「そっちの羊は売り物かい?」
開きかけたモコの口を急いで塞ぎながら「私の友達です」って答える。
「ああそうか、ペットか、ごめんよ、おかしなことを言って」
「ペット連れであの森を抜けてきたのか、大変だったろう?」
「川向こうのあちら側は一昨日の嵐のせいで魔獣の被害が出ていると報告を受けているよ」
「冒険者を雇って調査に向かわせているが、緊急の伝令も届いていないし、そのうち落ち着くだろうと思うがね」
もしかしてグランドクロウラーのことかな。
鎧の人達はリューと少しの間立ち話をして、気を付けて行きなさいと手を振り見送ってくれた。
「ねえリュー、冒険者って?」
「知っているだろう、定住場所を持たず、金を稼ぎながら各地を旅してまわる人達のことだ」
「領主様は冒険者を雇ったりするの?」
「正確には冒険者を統括している組合へ依頼を出して、そこから冒険者へ仕事を斡旋する形で請け負わせている、騎士団が動くまでもない事案はそういった手合いに任せることもあると聞いたな」
「そうなんだ」
「魔物や賊と交戦の可能性もある、荒事に慣れていて行動に制限のない冒険者の方が向いている仕事もあるのさ」
「へえ」
冒険者はそうやって路銀を稼いでいるのか。
本はたくさん読んだけど、まだまだ知らないことの方が多いな。
「ねえはる」
隣を歩いていたモコが急にぴょんと跳ねる。
「ぼく、はるのともだちなんだね!」
「えっ」
「さっきそういったよ、はる、ぼくのこと、ともだちだって!」
「うん、言ったね」
「うれしい!」
モコはまたぴょんと跳ねる。
喜ぶ姿を見ていると、こっちも少しくすぐったいような気分。一緒にあの大変な出来事を乗り越えたし、モコはもう友達だよね。
「モコ、これからは私やリュー以外の人がいるときに喋っちゃダメだよ」
「どうして?」
「モコがラタミルだって知ったら皆ビックリするから」
「びっくり?」
「そう、驚いてビックリだよ」
「かい、びっくりしなかったよ?」
へえ、と声がして、振り返るとリューに「そうなのか?」って訊かれる。
「うん」
「なるほど、冒険者ならどこかでラタミルを見たことがあるのかもしれないな」
「モコみたいに喋る羊っぽい雛を見たってこと?」
「ああ」
ハーヴィーだからなのかなって思っていた。
リューがクスクス笑う。
「何?」
「いや、喋る羊といえばラタミルだからな、モコはいかにも無害だし、そのカイが気付いたのも当然だろう」
「そっか」
「モコ、知っている奴はお前の正体をすぐに見抜く、だからハルが言う通り、普段は羊のフリをするんだ、いいな?」
「はーい」
返事はいいけれど、モコ、ちゃんと分かったのかな。
それにしても川を渡ったこっち側は魔物が全然現れない。
代わりのように、軽装で歩く人の姿をちらほらと見掛ける。
観光客だよね? 荷物も少ないし、武器を持っている人は殆どいない。
川の向こう側の森は領主様が管理されているから危険じゃないって本当だったんだ。
皆、なんだか綺麗な格好しているな。
私はさっき川の水に浸かったし、その前に穴に落ちて泥まみれになったから―――うう、ちょっと恥ずかしい、かも。
お湯を使いたいな。
その前に寝たいかも、リューに会えてから急にすごく疲れを感じる、安心したからなのかな。
「ハル、見えてきた、あれがシェフルだ」
葉を生い茂らせた木々の向こう、まだ遠いけれど、大きな門があるのが分かる。
近くにはたくさんの人や馬車、小屋みたいなものも建っていて、ここからでも賑わっているって感じるな。
「あの門の向こう側に町がある」
「へえーっ」
ワクワク、ドキドキッ、リューとロゼからたくさん話は聞いたけど、シェフルってどんなところだろう。
ん? あれ、誰かこっちに向かって走ってくる人がいる。
脇目もふらず真っ直ぐ、まるでならした地面を走るみたいに、木の根や草、多少の凹凸も軽々と踏み越えて―――隣でリューが「うっ」と小さく呻いた。
「はあぁぁぁるうぅぅぅ!」
私を呼びながら大きく両腕を広げる、背の高い、金色のモフモフした長い髪をなびかせるその姿。
は、迫力と勢いが凄い。
なんだかいつも以上に大きく見える。
「待っていたよ、久しいね!」
ガバッと思いきり抱き締められて、そのまま抱え上げられた。
嗅ぎ慣れたいい匂い、温かくて優しい、私のもう一人の兄さん!
「ロゼ兄さん!」
「そう、僕だ!」
会えて嬉しい、でも締めつけられて苦しいよ!
もがいていたら腰の辺りをグッと掴んでリューが引き剥がしてくれた。ふう、驚いたな。
「こらロゼ!」
「おお、リュー! 僕の可愛いリューじゃないか、君にも会いたかったよ!」
「うるさい、騒ぐな」
「ハル、僕の可愛い妹、君は本当にいつも可愛らしい、僕は君に早く会いたくて会いたくて、毎日あの門の前に立って君達が着くのを待っていたんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
待たせちゃったのかな、ごめんね。
―――私のもう一人の兄さん、一番上の兄さんの、ロゼ。
とっても背が高くて、リューよりもずっと高い。手も足も大きいんだよね。
髪は太陽の光のような金色。
図鑑で見た獅子のたてがみみたいにモフモフで長くて、大抵頭の後ろの高い位置で一つにまとめて括っている。
夕暮れ時の空のような紫の目をしているけれど、長い前髪で隠れて普段は全然見えない。でもロゼにはちゃんと前が見えているんだって。
髪で顔を隠すのは「僕が美し過ぎるから」なんて前に言っていたっけ。でもそれは家族でも納得、ロゼって本当に綺麗だもん。
ついでに服の上からじゃ分からないけれど、体も美術品集に乗っていた彫像みたいに整っている。
非の打ち所がないって、こういうことを言うんだろうな。
ロゼを見るたびそう思うよ。
「改めて、十五の誕生日おめでとう」
屈んだロゼは、私の頬にキスをする。
「君が日々健やかに美しく育っていることを、兄として心から嬉しく思う、これからもありのままの君でいて欲しい」
「うん、有難う、兄さん」
「誕生日に祝ってやれず、すまなかったね」
「平気だよ」
「僕からの君への贈り物がまだだ、ここで歌を捧げよう」
「え」
「それはやめろ」
私が止めるより先にリューが口を挟んでくれた。
ロゼは「何故だ?」と不満顔でリューを睨む。うーん、気持ちだけは嬉しいけどね。
「お前みたいなのがこんな場所でいきなり歌いだしたら何事かと思われるだろう、見回りしている騎士たちが飛んでくるぞ」
「彼らに翼はないだろう」
「ものの例えだよ」
「だとしてもだ、可愛い妹の生誕を寿ぐ兄の尊い愛情に口出しされる筋合いはない」
「時と場所を弁えろと言っているんだ」
ふむ、と呟いて、ロゼはいきなりリューの顎を掴む。
「うわっ、な、なんだッ」
「君、昨日の晩寝ていないな?」
そのまま今度は私の方を振り返った。
「ハルも随分と疲れた顔をしている、お前達何があった、お兄ちゃんに話してみなさい」
「え、ええと」
なんとなく気まずい。
話すこと自体は構わないけれど、今、何があったか知ったら、ロゼが騒ぎそうで心配。
もしかしたらグランドクロウラーの息の根を止めてくるって飛び出していくかも、ロゼならやりかねない、迂闊なことは言えない、どうしよう。
「まあいい」
ふうと息を吐いて、ロゼはリューから手を離すと、今度はその腕で私をひょいっと抱え上げた。
「に、兄さん?」
「リュー、君はまだ歩けるか?」
「えっ」
「辛いなら君も抱えてやろう、可愛い弟と妹を疲れた顔のままフラフラと歩かせるわけにいかないからな」
「い、いや、俺は平気だ」
「私も平気だよ、自分で歩けるよ?」
「君は気にしなくていい、僕に掴まっていなさい、なんだったらこのまま寝てもいい、さて、それじゃ宿へ行こうか」
「兄さん?」
「君達にはまず休息が必要だ、話は後でゆっくり聞かせてもらうとしよう」
「ねえ、ロゼ兄さんってば!」
思い切って髪を掴んで引っ張ってみても、ロゼはお構いなしにのしのしと歩き出す。
下ろしてくれない、うう、仕方ないから掴まって、ついでに恥ずかしいから目も閉じる。見えない、見ない、気にしない。
「ふむ、待て」
だけどすぐ立ち止まった。
目を開くと、ロゼは何かを見ている。その視線の先にモコがいる。
「そのラタミルは何だ」
「えっ」
驚いて、咄嗟に言葉を失う。
モコは言いつけを守って羊のフリをしているのに、どうして気付いたの?
当のモコもポカンとしてロゼを見上げている。
また誤字を発見したので修正かけました。
『まるで慣らした地面の上を走るように』→『まるでならした地面を走るみたいに』
※漢字で『平す』とも書きますが、読みやすさ優先で平仮名に修正しました。
誤字って投稿した後で気付くんですよね、なんでだろう。




