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特区の未来

「それで」


スノウさんは話を続ける。


「大神殿に身を寄せられた、その後はどうするおつもりでいらっしゃるの?」

「今は無事ディシメアーまで辿り着くことだけ考えようと思っています」

「そう、道中の護衛をお付けしましょうか?」

「ご厚意だけ有り難く受け取らせていただきます」

「分かりました、何か困ったことがあれば私を頼ってくださって、ベティアス国内では助力を惜しみません」

「感謝します」


特区の代表がここまで親身になってくださるなんて思わなかった。

これもレブナント様のおかげかな。


「だけど、こんな時期に、こんな騒動が起こるなんて、誰かしらの悪意を疑ってしまうわね」


ため息を吐くスノウさんに、リューが「対抗馬は確か、ガナフ氏でしたね?」と話しかける。


「そう、人びいきの自称『保守派』だけど、彼の政策は獣人への差別に根差しているわ」

「具体的にどのような?」

「そうね、例えば、国内の獣人全てに番号を割り振った首輪の着用を義務付けるとか、他にも特区を作って、人に従事していない獣人はすべて収容、見張りに軍を置き、出入りを許可制として申請時に費用を徴収する、とかね」

「それは」

「呆れて言葉も出ないでしょ? つまり国を挙げて獣人を見世物にしようって話なんだから、今時馬鹿らしいわ」


人も獣人も、何も変わらないのに。

外見が違うのは人だってそうだし、できること、できないことにも、それほど差はない。そんなのは個性の範疇だ。

それにティーネやスノウさんのような亜種に至っては、人と獣人、二つの姿を持っている。

個性を差別して、あまつさえモノみたいに管理して使おうだなんて、失礼だけど、ちょっとおかしいと思う。


「獣人は獣と同じ、未分化の生き物は人の手で管理すべきだ、なんですって」

「暴動が起きそうだな」

「ええ、そもそもこの特区だって、そういった謂れのない悪意から獣人たちを守るための場所であって、檻などでは決してないのよ」


スノウさんの長い尻尾がパタパタ揺れている。


「だけどベティアスに根付く差別意識は深いから、こんなとんでもない言い分を支持する人はそれなりにいるのよね」

「もしや今回の選挙、代表は苦戦を強いられているのですか?」

「いいえ」


白銀の長い髪をさらりとかき上げたスノウさんは、フフっと笑う。

同時に三角の白い耳がピンピンッと跳ねた。


「今、ベティアスは変わり始めている、国内外での獣人に対する非道を知った若い世代が、人と獣人が手を取り暮らすノイクスの自由な気風を目指そうとし始めているの」

「何か理由があるんですか?」

「単純にそういうのを見るのもするのも嫌だって子が増えているのよね、後は、近年商業連合が国内の商売に台頭し始めていて、対抗するために新たな販路を模索する必要が出てきた、その辺りかしら」

「購買層の分母を引き上げるために、積極的に獣人を受け入れる、ですか?」

「そ、まあ商業連合も最近中央ときな臭い噂があるから、ですがこの話は憶測で致しかねますので、ご容赦くださいな」

「はい」


そういえば、前にセレスが話していた。

王家の第二王子でセレスの兄君のサネウ様と、西方の商業連合の商人が近ごろ懇意にされているって。

ベルテナのこともその流れで起きているし、なんだか不穏だな。


「とにかく、現状私は選挙に勝つことを第一に考えています、ガナフが次の代表に選ばれてしまったら、いよいよ獣人はこの国で暮らしていけなくなってしまう」

「同意します、代表には是非とも勝利していただきたい」

「あら、人の貴方からそのようなお言葉を賜ると勇気づけられますわ、有難う、必ず勝って、ベティアスに新たな未来を切り開いてみせしょう」


特区へ来たばかりの時、周りからジロジロと見られた。

あの視線は不安だったり、嫌悪感だったり、そういう感情だった。

でもリーサも、シアンも、リーサのご両親や、守備隊の獣人達、宿に食事を取りに来ていた客達も、たくさん話をしてくれた、親切にしてくれた、笑ってくれた。

ベティアスでも、いつかきっと人と獣人は分かり合える。

理想論だって信じないと始まらないよね、だから私もスノウさんを応援したい。


「今回の騒動、考え得る限り最小の被害に留められたおかげで、特区の自治権を主張してベティアスへの報告義務を拒否できます、外部への情報流出も食い止められる、その件に関してもお礼申し上げますわ」

「何よりです」

「今は獣人に関してよくない噂はなるべく避けたいの、様子見の支持者がガナフ氏支持へ傾いてしまうかもしれないから」

「そうですね、俺達は明日には立ちますが、それまで可能な限り復興のお手伝いをさせていただこうと思っています」

「いいのよ、もう十分、これからディシメアーまで長旅ですもの、今夜はゆっくり休まれるといいわ」


「愛らしい妹さん達もいることだし」そう言ってスノウさんは私とセレスを見る。

特にセレスをじっと見つめて、パチンとウィンクした。

セレスは一瞬ハッとして、少し気まずそうに視線を逸らす。

―――やっぱり、気付かれてる?


「ご存じかしら」

「何がですか?」

「ベティアスで攫われた獣人は、商業連合で奴隷に貶められ、商品としてまたベティアスへ輸入され、競売にかけられるの」


重い言葉に息を呑む。

スノウさんは私のベリュメアを手でゆっくり撫でながら、そっと溜息を吐いた。


「私は、そんな馬鹿げた状況を一日も早く無くしたい、故に件の野爵令嬢の暴挙は決して許すことはできません、あんなもの、とんでもないわ」


例の粉のことだろう。

吸い込んだ獣人は理性を失い暴れ出す、けれど意識は残っているから、想像を絶する苦しみに苛まれ続けることになる。

邪悪としか言いようのない、狂気の粉だ。


「彼女に手を貸した者にも罪を償わせます、必ず、捕らえて裁きにかける」

「まずは粉の出どころですね、どこで作っているかも含めて」

「あの粉はこちらの研究所にて現在解析を進めております、何か分かりましたら、ご連絡差し上げますわ」

「よろしくお願いします、恐らく彼女はまた俺達の前に現れると思うので、こちらもその際に出どころを探ってみます」

「ええ、ご協力感謝いたします、ですがくれぐれも危ない真似はなさらないでね」


スノウさんは深く頭を下げる。


「このご恩はいずれ必ずお返しします―――ひとまず特区の金庫より謝礼金をご用意させていただきました」

「え?」

「お受け取りいただけますか?」


謝礼金?

そんなものいらない。

リューもすぐ「金は結構です、そのために彼らを、ここを守ったわけじゃない」って断った。

そうだよね。

隣でロゼも満足そうに頷いている。


「それでは、このラピは如何致しましょう?」

「どう、とは」

「会計担当承認で出した謝礼金です、今更戻すわけにもいかない、はぁ、困ったわ、捨ててしまうわけにもいかないし」

「―――でしたら特区の復興に役立ててください」

「まあ、よろしいのですか?」

「勿論」

「有難いですわ、では事務官にそのように伝えておきます、恐らく事務官はうっかり口を滑らせて、このことは公表されてしまうかもしれませんわね、困ったものだわ」


ハハハ、とリューが苦笑する。

今のやり取りって、もしかしてワザと?

ロゼは呆れた顔をして、セレスもリューと同じように笑って肩を竦める。


「それから、一応皆様のお耳にも入れておきます」

「何でしょう」

「先の騒動、内部に手引きした者がおりました、その者の身柄を現在拘束し、取り調べを行っております」


リューとセレスが目を見開く。


「やはり」

「ええ、かねてより嫌疑のあった者でした、こちらに関しても情報を得られ次第ご連絡差し上げますわ」

「お願いします」


ベルテナが特区に悪意をばらまく手伝いを、他でもない特区で暮らす獣人がしていた。

一体どうしてそんなことをしてしまったんだろう。

その獣人は、こんなことになると分かっていて、それでもベルテナに手を貸したんだろうか。


部屋の扉が叩かれて、さっきと別の獣人が「ご歓談中に失礼いたします」って部屋へ足早に入ってきた。

そのままスノウさんの傍へ来て何か耳打ちする。


「なんですって」


スノウさんの顔色がサッと変わる。


「どうされました?」

「―――取り調べを受けていた者が脱走しました」

「なッ」

「突如狂暴化して、取り押さえようとした者に危害を加え、尋常ならざる力を振るって施設を飛び出し、南の居住区へ向かったそうです」


リューとセレスが同時に立ち上がった。

私も慌てて立つ。

ロゼも「やれやれ」なんて言いながらゆっくり腰を上げた。


「南区も火災の被害に遭われていましたね、現場では今も作業中のはずだ」

「ええ、診療所に収容できず、いまだ手当てのみで治療待ちの患者も大勢おります」

「そんな場所でまた暴動騒ぎなんて、これ以上死人を増やすわけにはいかない」

「行きましょうリュゲルさん、急がないと!」

「ああ、ハル、ロゼも、行くぞッ」

「うん!」

「君が言うのなら」


スノウさんも長椅子から立ち上がると、報告に来た獣人へ私達を案内するよう言いつける。


「くれぐれもお気をつけて、最悪の場合を想定しておきましょう」

「よろしくお願いします」

「現場でのご判断は全てお任せしますわ、責任はこの私が取ることをお約束します、まずは特区の住民、そして皆様の命を第一にお考え下さい」

「はい―――では案内頼む!」


スピネルを出て南の居住区域へ向かう。

途中、何度も警戒態勢で駆けまわる獣人たちに遭遇した。


「奴を他の区へ移動させるな、南区で捕縛するんだ!」

「南区防衛、急げ!」


不意に嫌な臭いが鼻先をかすめる。

あの粉の臭いだ―――夜風を震わせ、獣の方向が闇に轟く。

モコがセレスの服から飛び出して、私の肩に移ると、羽をぶるっと震わせた。


「はる、こわいのがいる」

「そうだね」

「かわいそ、ぜんぶぐちゃぐちゃ、くるしいって、ないてる」


一昨日の騒動で、正気を失くしていた獣人たちは、私が咲かせたトゥエアで理性を取り戻したらしい。

それなら、きっとまた花を咲かせたら―――


「はるぅ、あのぐちゃぐちゃは、もうだめだよ」


えっと咄嗟に声が漏れた。

直後にふわりと抱え上げられて、驚く私にロゼが「お兄ちゃんに捉まっておいで」と微笑みかけてくる。


「リュー、さっさと始末をつけてしまおう、場所はもう分かるね?」

「ああッ」

「私も分かります、酷い臭いだ」

「よし、ロゼ、セレス、急ぐぞッ」

「はい!」


は、早い!

大勢の武装した獣人たちの間を駆け抜け、あっという間に追い越し、月明かりが照らす、焼けてがらんと開けた街中へ飛び出した。


「見えた、アレだ!」


リューの声につられて目を向けた先。

大きな、大きな獣の影が、牙を剥き、腕を振り上げ、辺りを破壊している。

基から大型の獣人?

それでも、あんなに大きな獣人は多分いない。

武装した獣人たちが周りを囲んで攻撃を繰り返すけれど、生い茂った毛が全てはねのけてしまう。

数人の術者が唱えるエレメントもあまり効果が出ていない。


獣人は、よく見ると泣いていた。

苦しそうに、辛そうに、叫びながらそれでも自分で手足を止められないように暴れ続ける。


『チガウ』


喋った。

言葉を操る理性は残っている?

一昨日特区に撒かれた粉とは別の何かのせいなの?


『コンナ、ハズジャ―――シンジタノニ、ドウシテ―――ドウシテ、ドウシテ、タスケ、テ』


「愚か者の末路とは、常にあのようなものさ」


ロゼが抱えていた私を下ろす。


「始末をつけてやるといい、あれはもうダメだ、何をどうしても元には戻せない」

「ロゼ」

「僕は見ているよ、あんな見苦しいものを相手にするなんて御免だからね」


リューとセレスは頷き合って、駆け出していく。

私もロゼを見上げて、二人の後を追った。モコはパタパタ飛んでついてくる。


ロゼ、ちょっと怒っていた。

こんな酷い真似、流石に許せなかったのかもしれない。

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