何か、できることを
シアンを見送って、リーサもそれからすぐ出かけていった。
リーサのご両親は今日もスズラン亭付近の瓦礫の撤去作業を手伝っている。
「お客様はどうぞお部屋においでください」
―――そう言われたけど落ち着かないよ。
私はオーダーが使えるし、エレメントだって唱えられる。
本当は治癒魔法だって使えるのに、何もできなくてもどかしい。
「ねえモコ、火事の時みたいに兄さん達を探せない?」
「できるよ、あんないする?」
「うん、待ってるだけなんて落ち着かない、昨日は結局帰ってこなかったし、探しに行きたい」
「ハルちゃん」
「セレスも行こう、嫌だよ、私元気なのに、色々できるのに、ただ見ているだけなんて」
「そうだな、分かった」ってセレスも頷いてくれた。
簡単に支度を済ませて、宿を出ようとしたところで―――リューと鉢合わせた。
「兄さん!」
「ハル、それにセレスも、どこへ行くんだ?」
「兄さん達を探しに行こうとしてたんだよ!」
「それはすまなかったね」
ロゼも一緒だ。
ニコニコしながら近づいて来てギュッと抱きしめられる。よかった、安心した。
「不安にさせて悪かった、俺とロゼはその、守備隊の詰め所で事情を訊かれていたんだ」
「えッ」
まさか一晩中?
よく見るとリューの目の下にクマができてる。
ロゼがフンと鼻を鳴らした。
「付き合う義理はないと、僕は再三言ったのだけどね」
「はぁ、取り調べそのものよりこいつを抑えるので苦労したよ、だがまあ疑いは晴れたし、それどころか色々上手くいったぞ」
「と、いうと?」
セレスに訊かれて、リューはニッと笑う。
「この辺りの防衛に尽力したってことで、代表が直々に礼をしたいそうだ、今日の夜に会談の場を設けていただいた」
「本当ですか?」
「ああ、だから悪いが使者が来るまで休ませてもらう、流石に二日も寝てないと、ッつ、もう無理だ、ロゼ」
少しふらついたリューをロゼが支える。
「可哀想に、お兄ちゃんが添い寝してあげよう、子守唄も歌ってあげよう」
「やめろ、殴るぞ」
剣呑な目付きになってもいまいち迫力のないリューを、ロゼはひょいっと抱えて歩いていく。
ロゼの肩越しに「セレス、もう暫くハルを頼む」ってセレスに声を掛けて、リューはロゼにぐたっと凭れた。
あんなに疲れ切った兄さんを見るの、サマダスノームの時以来だ。
一昨日は勿論だけど、昨日から今日戻ってくるまで、本当に大変だったんだろう。
「随分疲れておいでだったな」
「そうだね」
「師匠にも、今はゆっくりお休みいただこう」
私の髪の影からモコがピョコッと顔を覗かせる。
「はるぅ、どうするの?」
兄さん達は戻ってきたから探しにいかなくてもいいけど、外ではまだ大勢が火事の後始末に追われている。
―――そうだ!
「セレス、私にも出来そうなこと、思いついたよ」
「えっ」
「手伝って!」
厨房を借りよう。勝手に使ってごめんなさい、後でちゃんと謝ります。
シェーラの森へ行ったとき、リューが持たせてくれたポーション。
結局使わなかったこれを今使おう。
お茶の葉を大鍋で煮て、茶葉をこしてポーションを入れる。飲みやすくなるようにハーブで味を調えて、と。
暫く抽出したら、今度はハーブをこして、よし、できたぞ!
「ハルちゃん、言われた通り宿の前にテーブル出したぞ」
「有難う、セレス、コップも出せるだけ出して並べてもらっていい?」
「勿論、お安い御用さ」
宿の前に出したテーブルにたくさんコップを置いて、なみなみとお茶を満たした大鍋をセレスに同じテーブルまで運んでもらった。
私一人じゃ運べなかった、やっぱり力持ちだね。
髪が邪魔にならないよう後ろでまとめて、お玉を片手に、作業している人たちへ呼びかける。
「みなさん! 喉は乾きませんか? お茶をどうぞ、元気が出るお茶です!」
近くにいた獣人たちが手を止めて、私とセレスをじろりと睨んだ。
作業の邪魔かもしれない、でも、私にできる手伝いってこれくらいしかないから。
「どうぞ、美味しいですよ!」
味見したし、ポーションが入っているから回復効果も期待できる。
誰か一人でも飲んでもらえないかな、祈るような気持ちで様子を見ていたら、武装した獣人が一人来て「もらえるか?」って言ってくれた!
この獣人、奥さんに自分の歯をベリュメアにして贈った、特区に来た日に会ったトカゲの獣人だ。
「んっ、おお、こりゃ美味い、疲れた体に染みるな、それに少し疲れが取れたような」
「はい、ポーションが入ってます」
「ポーションだって?」
「そんなにたくさんは入ってません、でも、疲れを取るくらいなら効果あると思います」
「それは有難い!」
トカゲの獣人は振り返って「おおい、お前らも飲んでみろ、ポーション入りの美味いお茶だぞ、疲れが取れる!」って他の獣人達へ呼び掛けてくれる。
おかげで興味を持って、飲みに来てくれる獣人が少しずつ増え始めた。
「これ美味いなあ」
「ポーション入りだからじゃないか?」
「アレだけじゃこうはならないだろ、俺はポーション飲んだことあるが、多少薬臭いぞ」
「じゃあ、お嬢ちゃんが飲みやすくしてくれたんだな」
「そういやアンタはあのベリュメアの子か、なるほど、惚れるわけだ」
「人にもマシなのがいるもんだな」
「おい、女の子だぞ、そんな言い方する奴があるか」
またティーネのベリュメアに助けられた。
本当に有難う、絵ハガキを出せるようになったら絶対お礼の言葉を伝えないと。
遠く離れていてもこうして助けてくれる、ティーネは私の親友だよ。
「お客さん、そんなことをなさって!」
リーサの父さんが駆けてきた。
慌てて謝ったら「いいんですよ、それより、有難うございます」ってお礼を言われた。
「またお気遣いいただいて、お客さんだってのに、どうぞ、茶葉も道具も好きに使ってください」
「いえ、こんなことしかできなくて」
「なに言ってんですか、充分ですよ、貴方がたは私の知っている人とはまるで違う、うちに泊まりに来てくださって本当に感謝してます」
喜んでもらえて嬉しいけど、複雑な気持ちもする。
東区がこんなことになってしまったのも、人の、ベルテナの仕業だ。
「ハルちゃん、お茶が足りなくなりそうだ」
「あ、うん、分かった」
今は考え込むときじゃない。
できること、やれること、まず動くんだ。今ここにいる皆のために。
「あの、茶葉の代金、後でお支払いします」
「いりませんよ、うちで使っているのはポーションよりずっと安い茶葉です、お気遣いなく」
「有難うございます!」
たくさんの獣人が、私が淹れたお茶を飲んでくれている。
嬉しい、よかった。
何だか私も報われた気分だ。
――――――――――
―――――
―――
「ただいまぁ」
「おや、お帰りリーサ!」
夕方頃になってリーサが帰ってきた。
布巾とホウキを持ってそれぞれ手伝いしていた私とセレスに気付くと、ニッと歯を見せて笑う。
「お客さんに手伝いさせて悪いね! アリガト!」
「いいよ、それより」
「リーサ、君のご友人は」
「うん」
頷いて、複雑そうな顔してまた笑うリーサに、何も訊けなくなった。
今朝はツヤツヤだった毛並みがパサついているし、尻尾も元気がない。
多分、そういうことだったんだ。
私とセレスが黙り込むと、リーサは慌てて「あっ、生きてたよ!」と言ってから「一応」と小声で付け足す。
「でも、怪我したり、家焼けちゃってたり、その、親がさ、行方不明だったりして、うん、まあ、分かってたんだけどさ」
「リーサ」
「ウチだけ無事なの、逆に申し訳ないっていうか、でもハル達が守ってくれたんだもんね、本当に有難う」
「うん」
「アタシさ、アイツらのために自分が出来ることするよ、アタシは無事で元気なんだから、落ち込むのって違うよね」
「そうだな」
「でしょ、そういうことで、アンタたちも余計な心配しないでよね」
向こうで話を聞いていたリーサの母さんがエプロンで目元を拭っている。
軽く鼻を啜って「さて、それじゃ、そろそろ夕飯にしようかね、リーサと、よければお嬢さん達も手伝っておくれ!」と手を叩いた。
厨房でリーサの母さんの手伝いをして、その途中で抜けさせてもらって兄さん達の部屋へ行く。
少しは休めたかな。
部屋の扉を叩くと、中から「入っておいで」ってロゼの声がした。




