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大火災の後に

特区の代表とお会いしてからのことを話し合おうとした辺りで、私のお腹が鳴った。

うっ、恥ずかしい。

どんな時でもお腹は減るんだよね。


「そろそろ昼近いな、簡単に何か作ろう、食べておいた方がいい」

「手伝うよ」

「いや、ハルは休んでいろ、セレスもついていてやってくれ、厨房を借りてくる」

「では僕が手を貸そう、待っておいでハル」


兄さん達の言葉に甘えて、またベッドに寝転がった。

セレスは今のうちに手紙を書くって紙とペンを用意する。


「お兄さん、宰相をなさっているんだよね」

「ああ、とても聡明で美しい方だよ、でも、私は兄上の笑顔を見たことがないんだ」

「そっか」


手紙を書き始めるセレスを見詰めながら、複雑な気持ちになる。

さっき「やっと自分の意志で行動できたのに」って言ってたよね。

お城でセレスはどんな暮らしをしていたんだろう。

前に『王子』って呼ばれていた、セレスはエルグラート連合王国家の末の王子。

女の子でもあるのに、結婚相手に選ばれたのも女性で、今の姿のセレスは王家ではいないことにされているのかもしれない。

それは少し哀しい。

二つの姿を持っているのはセレスの個性で、どっちも間違いなくセレスなのに。


「よし、こんなものでいいか、一応後でリュゲルさんに添削していただこう」

「セレスはリュー兄さんのことも好きだよね」

「ああ、勿論!」


手紙を丁寧に畳んでから、セレスは嬉しそうに笑う。


「師匠は当然尊敬しているが、リュゲルさんには憧れているよ、落ち着きがあって、どんな時も自分を見失わない、大人の男って雰囲気で格好いいよな」

「セレスは、どっちかといえば男の人なの?」

「え」


ポワッと頬を赤く染めてから、今度は腕組みして唸りだした。

難しいことを訊いたかな。


「うーん、でも今の姿と、男の時と、多少感じ方とか違うからな、どっちにしても可愛い女の子が好きだけど、それなら私ってやっぱり男なのか? いやでも、うーん」

「今の姿の時は、男の人が気になったりする?」

「なることもある、あっ、でも今は違うよ、今はその、近くに気になる子がいるから」

「そうなんだ」


誰なんだろう、気になる子って。

セレスは色々経験しているみたいだけど、恋人がいたこともあるのかな。

考えると何となくモヤモヤする。

まあいいか、個人的なことを尋ねるのってよくないよね。


「ハルちゃんは、その、気になる人とかいるの?」

「沢山いるよ」

「えッ」

「村で工房を見てくれているティーネにずっと絵ハガキを出せてないし、王都にいる母さんのことだって気になるよ」

「ああ、そういう」

「それに、お世話になったカイが今頃どうしているのかなって、たまに考えたりもするし」

「えッなんでだ?」

「友達だから」

「友達」


難しい顔して黙り込んだセレスに首を傾げる。

モコがパタパタ飛んできて「かい、またあえるといいね」って私の肩にとまりながら言う。

そうだね、また会いたいね、元気にしてるかな。


「友達、友達―――なら警戒する必要ないか? いや、だがこういうのは早めに対処しておいた方がいい、余計な敵を増やさないためにも、うん、よし、現状は私の方が有利だからな」


セレス、何か呟いてる。

そういえばセレスとカイってあまり合わないみたいだったよね。

ネイドア湖の時は少し仲良くなったように見えたけど、次に会えた時また喧嘩なんてしないで欲しい。


暫くしたらリューがロゼと一緒に食事を運んできてくれた。

イモたっぷりのあったかいスープと焼きたてのパン、蒸した野菜にはトロトロのチーズがかかっている。

食べると体も気持ちも落ち着いた。


「これはリーサから、ハルとセレスにだそうだ」

「え、これって」

「トロッピーもどきらしいぞ、確かにこれはもどきだな」


こ、これが噂のトロッピー

もどきだって言うけど、飲んでみたら想像していた以上に美味しい!


「ハハ、なるほど、確かにこれはもどきだ」

「セレスもトロッピー知ってるんだよね」

「ああ、本物のトロッピーはこれよりもっと濃厚なんだ、ベースに使っているのは―――」


食事が済むと、また眠気が襲ってきた。

セレスもあくびを噛み殺している。


「お前たちはもう少し寝るといい」

「でも」

「外の様子は俺とロゼで見てくる、その間に休んでおけ」

「リュゲルさん、私は大丈夫です、お供します」

「ダメだ寝ろ、君はハルより休んでないだろ、俺も戻ったら少し寝かせてもらう」

「ぼく、ねなくてもへーきだから、はるとせれすがねてるあいだ、ぼくがみてるよ」


モコはラタミルだ。

そもそも睡眠をとる必要がないらしいけど、私が寝ている間は一緒に寝てるよね。

大丈夫なのかな。


「へーき、ねてるの、はるがねてるからだよ、いっしょにめ、つぶってる」

「え、そうだったの?」

「はるといっしょがいいから、ぼくもねてる、でもぼく、ねなくてもへーき」


まさかの理由だった、そうか、一緒がいいなんて可愛い。

セレスも「モコちゃん」ってモコを撫でる。モコは気持ちよさそうに首をうーっと伸ばす。


「なら心配ないな、それじゃ、俺はロゼと出てくるよ」

「はい、何かあったらロゼ兄さんを呼びます」

「ああ、そうしなさい、君が呼べばどこへでも駆けつけよう」

「行ってらっしゃいませ、師匠、リュゲルさん、どうかお気をつけて!」


二人が出ていって、パタンと扉が閉まった。

言われた通りもう少しだけ休んでおこう。

後でリーサにも、トロッピーもどき美味しかったよって、お礼を言わないと。


――――――――――

―――――

―――


気が付くと窓の外がうっすら赤い。

慌てて飛び起きて、夕日だって気付いてホッと胸を撫でおろした。

モコが膝の上から「はる、だいじょぶ?」って顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だよ、おはよう、モコ」

「おはよ、はる」

「んん、ううーん」


隣でセレスはまだ寝てる。

考えてみたら、昨日の朝から今日の昼過ぎまで、セレスはずっと起きていたんだ。

たくさん戦って、たくさん怪我もした。

疲れているに決まってるのに、私が気を失っている間も、眠っていた時も、ずっと傍についていてくれた。

有難うセレス。

いつも心強いよ。

寝顔を眺めて、そっと髪に触れてみる。

サラサラして気持ちいい、柔らかな手触りが上物の糸みたい。

肌も、白くてすべすべして、まつげはビックリするくらい長くてフサフサだし、鼻筋はスッと通っていて、唇はプルンとしてる。

綺麗だなあ。

男の人の姿も格好良かったよね。私が知っている中ではロゼ兄さんの次くらいに美形だった。

こんなに綺麗なセレスが『美しい方』だって話す、宰相を務められている兄君はどんな方なんだろう。

笑った顔を見たことないって言っていた。

セレスに国内視察を申しつけた次の兄君は、押しの強い方って印象だ。話に聞いただけだけど、私はその、あまり好きじゃない。

それから、セレスが王宮を抜け出す後押しをした最近戻られた一番上の姉君と、次の姉君。

その方々の笑顔も見たことないのかな。

前国王であらせられるご両親との仲はどうなんだろう。


私はセレスが好きだから、セレスにはいつも笑っていて欲しい。

セレスも私を好きだって言ってくれるから、いつでも笑顔でいたい。

リューも、モコも、ロゼだって、セレスのことが好きだよ。


「ん、ぅ、ハルちゃん?」

「起きたね、おはようセレス」

「うん、おはよ―――フフ、もしかして、私の寝顔に見惚れてた?」

「そうだよ、ごめんね」

「いいさ、私も時々、君の寝顔を眺めているから」

「え、それ知らなかったよ、ちょっと恥ずかしい」

「どうして? 君は寝顔も可愛いよ」


起き上がったセレスはぐんと伸びをする。

美人なセレスはいいけど、私はその、寝ている姿はちょっと、いや、かなり微妙な予感しかない。

涎垂らしていたり、寝相が大胆だったり、暑い時期は上掛けを蹴飛ばしてることだってあるし。


「ねえセレス、寝てるところもう見ないで、格好悪いから」

「照れなくていいさ、可愛いって」

「そうじゃなくて、もーっ」


ハハっと笑いながらセレスはベッドから降りて身支度を整える。

私も―――寝顔については考えないことにして、セレスに髪を梳いてもらった。


「ねえはる、せれす、ちょっとまえにね、しあんおきたよ」

「え、そうなの?」

「りーさがさわぐのきこえた、しあん、かぞくのようすみにいったよ」

「そうか、彼のご家族も無事だといいが」


心配だな。

支度が済んで、部屋を出て、下の階へ降りるとリーサがいた。


「ハル! セレスも、起きたんだね、こんな時間だけどおはよ!」

「おはようリーサ」

「体調どう? お腹へってるんじゃないの? 母さんがオヤツ作ってくれたから一緒に食べよ!」

「うん、有難う」

「それとね、シアンが目を覚ましたんだ! アイツったらこんな状況でもグースカよく寝てさ、ホント信じらんない、今は家の様子見に行ってるよ」


やっぱり元気だな。

こんな状況でもいつも通りで安心する。


「ねえ、あのさ、改めてアリガトね、ウチも家族も無事で、シアンもちゃんと連れて帰ってきてくれた、アンタらはアタシの恩人だよ」

「どういたしまして」

「それでさ、実際あったの?」

「何が?」

「遺跡」


私とセレスを座らせて、オヤツを用意してくれながらリーサは声を潜めて訊いた。

あったけど、詳しいことは話せない。聞いてしまったら私達の事情に巻き込むかもしれない。


「あったよ」

「ホント?」


セレスがオヤツをつまみながら「だけどアレは、関わってはいけないものだ」と呟く。


「なにそれ、危ないの?」

「ああ、シェーラの森の奥深くに隠されていたし、周囲は魔物だらけだった、魔樹にも襲われたよ、あんな危険な場所にあるのは遺跡自体が危険だからだ」

「財宝とか無かったんだ?」

「それは、無かったよ、なあ、ハルちゃん」

「あ、うん」

「ウソでしょ、そんな、だってシアンは」


そうだよね、ずっと遺跡のことを話していたんだよね。

シアンは危険を覚悟して、シェーラの森へ行く私達についてきたんだ。

それなのに、遺跡はあっても、他に何も無かったなんて、ずっとシアンを応援していたリーサだってガッカリするだろう。


「シアン、さっきは慌てて出てったけど、ホントは落ち込んでたのかな」

「さあ、とにかく今はご家族の無事を祈ろう」

「そうだね」

「あのさリーサ、確かに遺跡には何もなかったが、遺跡を見つけるって目的自体は果たせたんだ」

「そっか、そうだよね、うん」


リーサは少し笑って尻尾をゆらりと揺らす。

―――後でシアンからも遺跡のことを訊かれるだろう。

その時、何をどこまで話すか決めておかないと。

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