復讐の令嬢
「探しましたわセレス様、それにしてもなんて見苦しいお姿、女装などなさらないよう前も言いましたのに」
ベルテナの後ろに誰か控えている。
黒髪で線の細い男の人だ、セレスの従者だったあの人じゃない。
「そこの魔女」
睨んでくるベルテナを、私もまっすぐ見つめ返す。
「アナタがいやらしい術を用いてセレス様を骨抜きにしていること、ベルテナは存じておりましてよ」
「そんなことはしていない」
「嘘吐き、あの日のあの時のこと、ベルテナは一日たりとも忘れませんでしたわ」
「いい加減にしろッ、あの時は君達の方がよほど礼を欠いていたじゃないか!」
怒鳴るセレスに、ベルテナは「まあ、なんてお可哀想に」と眉を顰める。
「魔女のせいですのね、だからそんなお姿にまでなられて、嘆かわしいですわ」
「違う、これは私の体質だ、兄上から伺っているだろうッ」
「そうだとしても女性になられる意味なんかありますの? 気持ち悪いだけですわ、ベルテナ、今のセレス様は愛せそうにありません、早く元のお姿にお戻りください」
「くッ」
女の子でも男の人でも、セレスはセレスだよ。
どっちがいいも悪いもない、それを気持ち悪いだなんて。
「あの、くだらないバカ騒ぎがあった田舎町で、ベルテナは」
ベルテナはおもむろに手袋の指先を抓む。
「両腕を砕かれました、そこにいる魔女の仕業ですわ、間違いありません」
するりと手袋を外した腕に違和感があった。
無機物な質感、球体の関節、あれはまさか、義手?
「片腕だけは心優しい御方が直してくださいました、ですが、もう片方は切断して義手にするしかなかったのです」
「まさか」
唖然と呟くリューに、ベルテナは「どなた?」と首を傾げる。
「俺は、この子の兄だ」
「まあ魔女の! いいえ、ですが貴方は魔女とは全然似てませんわ、そうですわ、貴方も魔女に誑かされているのね、きっとそう!」
「何を言っている、俺は正真正銘この子と血の繋がった兄だ」
「まあお可哀想、本当にそこの魔女はとんでもないアバズレですわね、見目のいい殿方を誑かし侍らせて楽しんでいる、なんて恥知らずッ」
ベルテナ、ロゼには気付いていない。
認識阻害の眼鏡の効果だろう。
肩でモコがブワッと羽を膨らませた。
「はる、ししょーおこってるよ、こわい」
―――いけない。
ベルテナの腕を折ったのはロゼだ、あの時はリューが止めなかったら殺すつもりだったって言っていた。
今も多分リューが止めてくれているんだろう。
でも、このままだとベルテナは今度こそ命が危ない。
だけどなんだか話がおかしいよ。
治癒魔法で消耗するのは体力だ、片腕を癒した地点で治癒魔法を唱えられないくらい消耗したなら、回復するまで怪我が悪化しないよう処置して待てばいい。
大抵はひと晩眠ればまた治癒魔法を唱えられるようになる。兄さん達も、母さんも、私だってそうだ。他に知り合いで治癒魔法を唱えられる、カイも多分同じだろう。
なのに切断しなくちゃならないなんて、それも片腕だけっていうのが引っかかる。
義手にした訳が何かあるんだろうか。
「みんな、みーんな、そこの魔女に騙されているんですわ!」
ベルテナは両腕を上げて大きく広げた。
そして―――義手の指先から何かがふわっとばらまかれる。
さっきからずっと感じている嫌な臭いが急に強くなった、クサ過ぎて鼻が曲がりそう。リューも、セレスまで顔を顰めている。
何だろうあれ。
あれは、粉?
「だから暴いてやる、ベルテナはいつだって正しいのよ、お父様だってそう仰っていますもの!」
「おい君、何だそれはッ、今、何をしたッ」
「獣なんかが街を造って家になんか住んで、調子に乗っているんですわ」
口元に手をやってベルテナはクスクス笑う。
「だから身の程を思い知らせてあげますのよ、お分かりかしらセレス様、これは善意ですのよ」
「何を言っているんだ、人も獣人も変わらないじゃないか、同じエルグラートの民だ!」
「セレス様はすっかり頭がおかしくなっているみたい、ここが獣臭いからですわね、お可哀想、獣の躾には火ですわよ、あの方も仰っておられました」
また両手を高く掲げながら、ベルテナはクルクルと回りだした。
そして義手から粉をばらまく。
彼女を中心に正気を失くした獣人たちがどんどん集まってくる。
「まさか、この火事は君の仕業なのか?」
「そうですわ、ここを全部燃やして更地にしたら、セレス様とベルテナが暮らすお城を建てますのよ!」
「なッ」
「お父様が建ててくださるって仰ってましたわ、白亜の大宮殿を立てて、たくさんのリボンとお花で飾りますの、素敵でしょう?」
うっとりしているベルテナに、言葉を失う。
特区に火をつけたんだ。
しかも、そんな理由で。
「君がまき散らしているその粉は一体なんだ」
リューが尋ねると、ベルテナは回るのをやめて息を弾ませながら「躾の粉ですわ!」とはしゃぐ。
「吸うと獣は本性を現しますのよ、すごいでしょ? 獣人をたくさん使って実験したって仰ってましたわ、ベルテナにね、分けてくださったの」
「それは誰だ」
「とっても素敵なお方ですわ、ベルテナ、あの方もちょっといいなって思っているんですの、ウフフ」
セレスをちらっと見て笑うベルテナに、セレスはすごく嫌そうな顔をする。
「セレス様とどっちにしようか迷いますわ、なんて、いやぁん、はしたないですわね、オホホッ」
両手を頬にあてて体をくねらせて、そしてベルテナはゆっくりとまた私を見た。
「だから、ベルテナはあの方のお役に立つんですの、そこの魔女を殺して―――カルーサ!」
ハッと気づくと目の前にロゼの背中があった。
そして、その手前にベルテナの後ろに控えていた男の人が、振り下ろした大きな鎌を握って立っている。
「なるほど」
ロゼは片手で防いだ大鎌の刃をゆっくり押し返す。
パッと離れた男の人が間合いを取ってまた大鎌を構えた。
「分からないな、どうしてお前はヒトなどに仕えている?」
男の人は大鎌を振るってロゼに切りかかってくる。
ロゼはその刃を弾くと、一気に男の人に迫った。
飛び退く男の人へ向けて指を鳴らし、頭の上から魔力の矢を何本も降らせる。
「カルーサ、なにしているのッ、早く魔女を殺しなさい、カルーサ!」
あの男の人はカルーサっていうのか。
ロゼが相手しながら「コレは僕に任せておくといい!」と声を上げる。
「君達には少々荷が重い」
「ロゼッ」
「なに、僕は問題ないよ、それより」
「ハルちゃんッ」
ずっと唸り続けていた獣人たちが一斉に襲い掛かってきた!
急いでエレメントを詠唱するッ。
「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」
風の防御、範囲での複数がけはやっぱり難しい。
だけどやらないと!
「ヴェンティ・レガート・ストウム!」
風の精霊ヴェンティの障壁が私とセレス、リューを包む。
少し甘いけど、暫くは攻撃を防げるはず。
「セレス、ハルを守れ、数は俺が減らす!」
「はいッ」
獣人たちが繰り出す爪や牙をセレスが防いでくれる。
その向こうではリューが獣人たちを次々切り倒していく。
「なによ! なによなによッ、どうして魔女を庇うの? やっぱりセレス様はおかしい、お前達も、みんなみんなおかしい、魔女のせいだ!」
地団太を踏んでベルテナは更に粉をまき散らす。
アレをどうにかしないと、獣人たちの被害がもっと拡大する。
「ハルちゃんッ」
セレスにたった今脚を切られて倒れた姿に見覚えがあった。
「こいつ、さっき私達に声を掛けてきた守備隊の隊員じゃないか?」
そうだ。
押し寄せる獣人たちの中に武装した姿が幾つか見える。
ベルテナが撒いた粉のせいでおかしくなってしまったんだ。
そういえばあの獣人も、こっちの獣人も、スズラン亭に食事に来ていたり、街で見かけたりした、この人たちは東区の住人だ。
「死ねッ、魔女めッ、アンタのせいよ、アンタのせいでベルテナは腕を失くして、セレス様はおかしくなった! 全部全部アンタがあああああッ!」
「いい加減にしろ! 狂っているのはお前だ、よくもこんな残酷な真似をして!」
「だってその魔女が悪いんじゃない! ベルテナのモノを取るからぁッ!」
叫んでベルテナは義手を高々と掲げた。
「みんな死ねぇッ、死んじゃえぇッ!」
義手の先端がドンっと爆ぜる。
打ち上げられた何かが空高く飛んでいって、そして―――炎で炙られる夜空に大輪の光が花開く。
そして、キラキラと、あの酷い臭いの粉が、獣人たちをおかしくしてしまう粉が、特区の空から降り注ぐ。
「綺麗」
うっとり空を見上げたベルテナは、またはしゃいでセレスに「ねえッ」と呼び掛ける。
「ご覧になられまして? 今のは私達を祝福する花火ですわよ、セレス様!」
「ああ見た、見たさ、君はなんて真似をッ」
「さあ、ベルテナと一緒に帰って式を挙げましょう、もうセレス様の婚礼衣装も仕立て上がっておりますのよ?」
「ふざけるな!」
怒鳴ってセレスは襲い掛かってきた獣人の脚と腕を切りつける。
リューもだけど、二人ともさっきからなるべく殺さないよう戦っているせいで、獣人たちの勢いに圧され気味だ。
ロゼは向こうでずっとカルーサの相手をしている。
「誰がお前なんかと、私は君なんか好きじゃないッ」
「魔女めッ、まだセレス様のお心を誑かすのね、絶対に許せない!」
「ハルちゃんは関係ない!」
ベルテナの唇に血が滲む。
自分で噛んで傷つけた血だ、両手でスカートを握りしめながら全身をブルブルと震わせている。
セレスの影から、詠唱を済ませて手を翳し、ベルテナへ狙いを定めてエレメントを唱える。
「ソロウ・ソル・レクリーム!」
「きゃあああッ」
ベルテナの足元が裂けて亀裂が走った。
その裂け目へ落ちたベルテナは、転んだままもがきながら「カルーサ!」と叫ぶ。
―――ハッと気づいたときにはもうカルーサがベルテナの近くにいて、姿を見下ろしていた。
「なにしてるの、助けなさいよ、早く!」
カルーサはベルテナを裂け目から引き上げて、そのまま腕に抱えた。
「いやだ、ドレスが汚れたわ、髪も煤臭くなってるし、最悪ッ」
ドレスを叩いて髪をいじり、ベルテナは私をギッと睨む。
「魔女め、憶えてなさい、ベルテナは貴方を絶対に許さないからッ」
こっちだって許さない。
自分が何をしたか、どれだけの悲劇を招いたか、ベルテナは理解しなくちゃいけない。
「セレス様、またお会いしましょう、それではごきげんよう!」
カルーサに抱えられたままベルテナは軽くお辞儀をして、次の瞬間には二人の姿はどこにもいなくなっていた。
さっき襲ってきた時といい、カルーサってあの人は一体?
何だか寒気を覚えつつ、まだ戦っているセレスを援護する。
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