シェーラの森 3
さっきの一件以来、魔物にほとんど襲われなくなった。
それはいいことだけど、森に入って結構経つのにまだ何も見つからない。
「シアン、その遺跡っていうのは、本当にここにあるのか?」
「あります、きっと、必ず、このシェーラの森のどこかに」
シアンは持論を信じている。
そういえばずっと前に母さんが言ってたっけ、オーダーのオイルを作るときは精霊を強く意識しなさいって。
信じることで開ける道もある。
思い出しながら、そっと手を前に出して「咲け―――ポータス」と唱えてみる。
手のひらから紫の花がポロリと零れて落ちた。
「えッ」
驚いて立ち止まる。
隣を歩いていたロゼも、後ろのセレスも足を止めて、少し遅れてシアンも「どうしました?」って立ち止まりながら振り返った。
「あ、いや、ええと」
咲かせる気もなくて、詠唱さえしていないのに、ポータスが咲いた。
地面に落ちた紫の花は淡く発光して見える。
気付いたシアンが「これは?」って屈み込もうとすると、地面が微かに揺れ始める。
「まさか、地震?」
揺れはどんどん大きくなっていく。
引き寄せられてロゼにつかまっていたら、夜なのに鳥が一斉に飛び立った。
ズン、ズンと鳴り響くこの音は、足音、かな。
まさか。
そんな、だってこんな大きな足音、巨人でもなければ―――巨人?
木々をめりめりとなぎ倒しながら現れた、小山くらいありそうな人影を見上げる。
「きょ、巨人!」
シアンが悲鳴を上げる。
そうとしか形容できない姿だ、これも魔物? でも、こんな魔物は本に載っていなかった。
砂がパラパラと降ってくる。
土で出来た巨人だ、無機物がひとりでに動いている。
「ほう、これはなかなか」
呟いたロゼが私を抱えてふわりと飛び退いた。
セレスもシアンを脇にさらうようにして地面を転がり避ける。
直後に巨人の拳がズドンと振り下ろされ、辺りの木々まで大きく揺らす。
「兄さん!」
「ああ、問題ないよ、しかしこれはただ壊しても意味がないようだ」
巨人は太い腕で地上を薙ぐ。
木々がなぎ倒され、セレスはシアンを抱えたままその腕を飛び越える。
「くッ、師匠!」
「やれやれ、さて、どうしたものか」
踏みつけようとする足を避けて、巨人の膝裏へセレスが蹴りを叩き込むと、体勢を崩した巨人は膝をつく。
だけどそのまま拳で辺りを滅多打ちし始める。
その一撃が当たってセレスはシアンと一緒に吹き飛ばされる!
「セレスッ、シアン!」
「ハル、僕には対策が思いつかない、あれは僕が止めておくから、その間に何か考えておくれ」
「えッ」
私を下ろして、ロゼは巨人の正面に立つと「痴れ者、控えよ」と赤い瞳で睨みつけながら片手を翳す。
「アルティモ・ドリ・クィス!」
暴れていた巨人がギシリと音を立てて止まった。
見えない力で抑え込まれているように、全身を軋ませ、拘束を振りほどこうとしているようにも見える。
「ハル、今の間に」
「はい!」
まずはセレスとシアンだ、急いで駆け寄ると、倒れていたセレスが唸りながら体を起こした。
シアンはまだぐったりしたまま動かない。
「くそッ、流石に効いたぞ、おい、シアン!」
「セレス!」
「ハルちゃん、ッツ」
頭から血が出ている。
傷だらけの体に触れて「リール・エレクサッ」と唱えて、二人まとめて癒す。
シアンは意識がない。
フラフラと立ち上がったセレスが、巨人と睨み合うロゼを見詰めながら両手に抜いた短剣の柄を握りしめた。
「歯がゆいが、今は私の為すべきことをしよう」
「セレス」
「ハルちゃん、さっきポータスを咲かせていたけど、なんでそんなことしたんだ?」
「わ、分からない、なんとなく呟いたら咲いたよ、でも、どうしてだろう」
「あの巨人は魔物じゃない、何となくだがそんな気がする」
「え」
「恐らくだが、この近辺にシアンが探している遺跡があるんだろう、アレはきっとその守護者だ」
思いがけないセレスの言葉に、驚いて巨人を見上げた。
エノア様の遺跡を守る守護者?
それで、ポータスが浮かんだの?
何だろうこれ、何か繋がりそうなんだけど、上手く結び付けられない。
ロゼに言われただけじゃない、きっと私にしかできないことがある、それが何か分からない限り遺跡へ辿り着けないし、あの巨人を止められない。
エノア様から『種子』を賜った私にしかできないこと。
―――考えろ、きっとここに次の花の種子がある。
「ッくそ! 少しは空気を読め!」
緑蛇に岩砕虫、刺壊虫、魔物だ!
ロゼは巨人に対応していて動けないし、気を失ったままのシアンを守らなくちゃいけない。
戦えるのは私とセレスだけ、どうしよう。
「ハルちゃん、こいつらは私がどうにかするから、君はシアンを守ってくれ」
「セレス、でも」
「大丈夫だよ、私は強い、それよりハルちゃん」
「なに?」
「頑張ってくれ」
こっちを見て、一瞬微笑んで、セレスは地面を蹴立てて駆けだし、鎌首をもたげて襲い掛かってくる緑蛇を迎え撃つ。
一人で相手するには多すぎる数の魔物だ。
それに、大きなムカデのような魔物や、長く伸びる舌を持つカエルに似た魔物まで寄ってきた。
ムカデはモモタリって名前だったはず、対象を壊死させる猛毒と鋭い顎を持つ。カエルの方はレメッグ、舌を巻きつけて対象を丸呑みした後、爆発して毒液をまき散らす。
無茶はセレスも承知しているんだ、だったら、少しでも私に出来ること!
「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ヴェンティ・レガート・ストウムッ」
風の防護壁を張り、内側からセレスへ向けてエレメントを唱える。
「火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよッ、イグニ・レーヴァ・コンペトラ!」
攻撃を受けると炎で反射するエレメントだ。
これである程度はイグニの炎がセレスを守ってくれるはず、さっき唱えた防護のエレメントと重ねがけしたから効果も増すだろう。
でも、永続するわけじゃない。
この風の精霊ヴェンティの防護壁だって攻撃を受けるたび脆くなっていく。
シアンはまだ意識を失ったままだ。
時間が経つほどこっちが不利になってしまう。
どうしよう。
どうすればいい?
考えろ、考えるんだ―――不安に吞まれるな、落ち着いて、私に出来ることを。
「はる」
耳元で声がした。
髪の影からちょんちょんと出てきたモコが、頬にフワフワの羽を摺り寄せてくる。
「ぽーたすだよ、はる、ぽーたすさかせよ!」
「えッ」
「いっぱい、もっといっぱいさかせたら、きっときづくよ」
「気付くって、誰が」
「りゅうだよ、ここにいるよ」
「竜?」
やっぱり、また竜がいるんだ。
だけどモコはどうしてそれが分かるの?
「はる、よんで」
「呼ぶ」
「さかせよ、はるがよべば、はながさくよ、いっぱい、いーっぱい、さかせよ!」
「分かった」
とにかくやってみよう。
胸に両手をあてる。
奥の方にある温もりへ意識を澄ます。
想いを届けるための『声』
どこかにいる竜へ呼びかけるように、ゆっくり両手を前へ差し出しながら詠唱する。
「フルースレーオー、花よ咲け、愛よ開け―――ポータス!」
手の平いっぱいに紫の花がフワッとあふれ出した。
零れ落ちたポータスは見る間に地面を埋め尽くしていく。
セレスを襲っていた魔物が一斉に動きを止めた。
地面に落ちた魔物はそのまま押し寄せてきたポータスに呑まれて見えなくなる。
周りを驚いたように見まわしていたセレスが、こっちへ駆け戻ってくる。
「ハルちゃん!」
花よ。
もっと溢れて、竜に『私』が来たと伝えて。
―――あれ、今何考えたんだろう?
頭がぼんやりして、景色の色が消えていく。
「ハルちゃんッ」
誰かに抱きしめられた。
これは、この匂いは、セレスだ。
あったかい、伝わる体温に少しずつ意識がハッキリしてくる。
「セレス?」
見上げると、セレスが心配そうに「大丈夫か?」って覗き込んでくる。
不思議だ。
急に色々なものが色褪せていったのに、今は色が戻っている。
「うん、あれ?」
セレス越しに駆けてくるロゼが見えた。
兄さんが走るなんて珍しい。
私を抱え上げて、苦しいくらい強く抱きしめながら「愛しているよ」って耳元で囁いてくれる。
「うん」
私もロゼをギュッと抱きしめる。
嬉しい、私も大好きだよ、ロゼ兄さん。
「大丈夫かい、ハル」
「平気、セレスが守ってくれた」
「君の役に立ったようだな、何よりだ」
セレスは私とロゼを見上げて嬉しそうに目を細くする。
その後ろで、シアンが身じろぎしながら呻き声を漏らした。
「う、ううん、あれ?」
首を振ってから、辺りを覆い尽くすポータスを見て唖然としている。
「これ、さっきの花か? この花は一体」
そういえば巨人はどうなったんだろう。
さっき魔物も急に動かなくなったし、それはこのポータスのせいかもしれない。
でもどうしてだろう、ポータスって本当に何なんだろう。
「兄さん、さっきの巨人は」
「ふむ、ごらん」
言われた方を見ると、巨人がいた場所に大きな岩があった。
もしかしてあれがさっきの巨人?
「あの岩のもっと奥をごらん、ハル」
更に奥へと目を向けて、思いがけず息を呑んだ。
何かある。
あれは、建物?
もしかしてあれが―――エノア様の遺跡。




