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リュビデのオイル

「なるほど」


私が話し終えると、リューはそう呟いて腕組みしたまま黙り込んだ。

きっとどうするか考えているんだ。

セレスも、シアンも、緊張してリューが何を言うか待っている。


「シアン」

「は、はい」


リューに呼ばれて、シアンは全身の毛をボワッと膨らませた。


「リーサに抜け道を使わせてくれたその老人だが、恐らく俺達が押しかけたら怯えさせてしまうだろう」

「あッ」

「それに、リーサは特区の住民だから同情してもらえただろうが、俺達は獣人じゃない、確実に警戒される」

「た、確かにそうですね」

「なので別行動を取ろう」

「別行動、ですか?」


戸惑うシアンから私やセレスに視線を移して、リューが提案する。

アナグマの老人の抜け道はシアンと私、セレスで使わせてもらう。

ロゼは別の方法で特区の外に出る。

そしてリューは、宿に残って私達が戻るのを待つ。


「えっ、どうして?」

「全員いなくなったら宿の主人たちに心配をかける、周りも不審がるかもしれないだろ、だから俺は残って、お前達の留守を取り繕っておく」

「そう」


傍に来たリューが私の頭をポンポンと叩く。


「心配するな、ロゼも、セレスも、モコだっている」

「うん」


肩にとまっているモコがピッと鳴いて、フワフワの羽を摺り寄せてきた。

そうだね、有難うモコ。


「兄さんも、大丈夫だよね?」


見上げたら、リューは少し目を見開いて、ニッコリ笑い返してくれる。

今度は頭をぐりぐり撫でられた。


「当たり前だ、誰に言ってる」

「うん」


よし、私も頑張ろう。

シェーラの森へ行くのは私のためなんだから、しっかりしないと。


「あ、あの」

「なんだ、シアン?」

「ロゼさんは、その、別の方法で特区の外へ出られると仰いましたが、それはどういう」

「それはこいつに訊いてくれ」

「えッ」


シアンはモジモジとロゼを見て、結局訊かずに口を閉じた。

腕組みして目を瞑って、話しかけられる雰囲気じゃないよね、もう、兄さんは。

―――きっと外壁を飛び越えるつもりだ、ロゼには綺麗で大きな翼があるから。

あの翼を見られないのは残念だけど、セレスもシアンもロゼがラタミルだって知らないから一緒には行けない。

シアンはモコがラタミルなのも知らないから、モコに特区の外へ運んでもらうことも出来ない。

必然的にこうなるのか。


「夕食を済ませて、それから行動しよう、シアンはそれまでに件の老人と話をつけておいて欲しい」

「分かりました」

「ハルとセレスは部屋で待機だ、俺達も部屋にいる、夜通し森を歩き回ることになるだろうから、しっかり休んでおけ」


「はい」と答えて、今は解散、兄さん達の部屋を出る。

扉の前でシアンと別れた後、私とセレスで泊っている部屋に戻った。

そのままベッドまで歩いて倒れ込む。

緊張してるな。

怖い気持ちもある、それから夢のこと、あの花のこと、考えたらキリがない。

ロゼもセレスも、モコだって一緒だけど、それでもやっぱり、どうしたって不安は湧いてくる。


「ハルちゃん、大丈夫か?」

「セレス」


ベッドが軋んで、隣に腰掛けたセレスを見上げると、顔の前にモコがコロンと転がってきた。


「はるぅ、ぼくもいるよ、だいじょぶだよ」

「うん」

「やっぱり心配?」

「それは、そうだよ、シェーラの森がどんな場所か分からないし、リュー兄さんを残して行くし」


セレスが優しく髪を撫でてくれる。

気持ちが沈んでいる時、いつもこうして慰めてくれるよね。

母さんや兄さん達にされるのと少し違う感じだけど、同じくらい落ち着く。


「その不安、私が半分貰うよ、だから元気を出して、ほら、オーダーのオイルを調香するのはどうだ?」

「そうだね」


そうしよう。

せっかくもらったリュビデの花、あの花から芳香物質を抽出してオイルを作ろう。

俄然気合が湧いた!

起きてそのままセレスに抱きつく。

大きくて柔らかな胸に顔を埋めながら息を吸うと甘い匂いがした。ふふッ、少しくらいは甘えていいよね。


「セレス、有難う」

「あ、ああッ、君の役に立てたなら、その、何よりだ」


セレス、また顔が赤い。

さっきよりもっと真っ赤だ、いきなり抱きついて驚かせたかな。


「ごめんね?」

「へぁッ、あ、うん、いやッ、気にしなくていいよ、ハハハッ」


なんだかちょっと変? まあいいか。

早速リュビデの芳香物質の抽出に取り掛かろう。

オーダーのオイルが仕上がってもここでは試せない。今夜、特区の外へ出てからぶっつけ本番で試すことになりそう。

誰が来てくれるんだろう、楽しみでワクワクする。

これもオーダーの醍醐味だ、狙って呼び出すことはできないけれど、どんな精霊が現れるか分からない面白さがある。

例えば、ネイドア湖で来てくれた氷の精霊ガラシエ、ニャモニャの里で力を貸してくれた月明かりの精霊レニュクス、どっちも思いがけず高位精霊が現れて興奮した。

ニャモニャの里ではレニュクスと一緒に緑の精霊ラーバまで来てくれたし、二種同時召喚なんて初めてだよ。またできるかな、いずれ検証してみたい。


夢中で調香して、気付いたら窓の外の空が藍色に染まり始めていた。

セレスは椅子に掛けて本を読んでいる。難しそうな経済の本だ。

その頭の上でモコが羽を膨らませて真ん丸になりながら歌っていた。

耳を澄ますと、前にロゼが口ずさんでいた歌だ。真似して歌っているんだ、練習しているのかな。


「セレス、モコ」


呼ぶと、二人ともこっちを向いてニッコリ笑う。

モコはパタパタ飛んできた。

セレスも本を閉じて、床で作業している私の傍まで来てしゃがみ込む。


「はる、できた?」

「うん、二本できたよ」

「香りを試させて欲しいな、いいかい?」

「ちょっと待ってね」


調香紙にオイルをそれぞれ垂らしてセレスに手渡した。

モコはセレスの肩に飛び移って、一緒に香りをクンクン嗅いでる。


「ああ、どっちもいい香りだ、こっちは濃密な甘さで、こっちは軽やかな甘さだな」

「んん~、ぼく、どっちもすき」

「濃密な方はリュビデをメインに調香したオイルで、軽やかな方はシーリクで貰った景品のオイルにリュビデの香りを加えてみたんだよ」

「あの、嫁担ぎレースの?」


顔を見合わせたセレスがポワッと赤くなる。

私もなんだかちょっと落ち着かない、いやだな、今更照れたら変に恥ずかしいよ。


「あの、そうだよ、せっかくだから」

「そ、そうか」

「嵐の精霊テーペを呼べるオイルだって言われていたけど、前に来てくれたのは雷の精霊トートスだった」


―――あまり思い出したくない、襲われた時のこと。

それでもトートスが来てくれたこと自体はすごく嬉しかった。ただ、テーペじゃなかったんだよね。


「リュビデの性質的に、現れるのは火の精霊イグニか、毒の精霊ミュネスだと思うんだ、だからその香りを加えることでもっと違う精霊が来てくれるかもしれないって」

「なるほど」

「セレスが勝ってくれたおかげだよ」

「レースには私達で勝ったんだ、だからハルちゃんのおかげでもある」

「う、うん」

「有難う」

「こちらこそ有難う、それから、どういたしまして」


キス、は、もういいよね?

今のセレスとならできると思うけど、男の人のセレスとキスするのはやっぱり気まずい。

あの騒ぎで結局しないまま―――してないと思うけど、セレスも何も言ってこないし、うぅ、これ以上考えるのはやめておこう。

だって恥ずかしい、恥ずかしいなんて思っていると知られるのも恥ずかしい、だからこの話はおしまいだ、うん。


「早速オイルを試しに行こうか?」

「ううん、リュー兄さんに部屋で待機って言われてるから」

「あ、そうか、シアンはアナグマの爺さんに抜け道の話を取り付けられたかな」

「大丈夫だと思うけど、いざとなったらシアンにだけはモコがラタミルだって伝えて、モコに特区の外へ運んでもらうことになると思う」

「ぼく、がんばる!」


セレスはモコを見て「お手柔らかに」って苦笑する。

ネイドア湖の時はまだ着地が上手くできなくて、湖畔に突っ込んだよね。

だけどもう大丈夫、きっと今のモコを知ったらセレスはすごく驚くと思う。

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