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抜け道

今夜、シェーラの森へ向かう。

―――夜の森は昼以上に危険だ。

しかも、まだ一度も踏み込んだことのないベティアスの密林、魔樹だって私は実物を見たことがないし、色々と不安が湧いてくる。


「昼間は人目がある、大勢で行動するには向かない、特区の正面から出ていくのも憚られる」

「どうして?」

「シェーラの森へ行くなんて言ったら止められるに決まっているだろう、それに誘拐の被害を俺たちの行動と関連付けられる可能性もある」

「そんな、だって私達が特区へ来る前から事件は起きていたんだよ?」

「理由なんて特区内にはびこる不安や差別感情がどうとでも結びつける、出たきり戻れなくなるのは困る」


レブナント様に特区の代表へ手紙を書いていただいたんだ。

もし目立った騒ぎを起こしたら、私達を受け入れてくださった代表にもご迷惑をおかけするかもしれない。

それはよくないよね、特区に入れなくなったらリーサやシアンに会えなくなるし、体勢を立て直すって目的だって叶わなくなる。


「手段は後ほど、シアンから話を聞いて決めよう、それまでよく休んでおけ」

「ハル、修繕が必要な道具を僕に預けるといい、夜までに片付けておこう」

「有難う、ロゼ兄さん」


一度セレスと泊っている部屋へ行って、ロゼに手入れして欲しい道具を持っていった。

「私はいいよ」って遠慮するセレスの道具や剣、防具も一緒に。

ロゼはちょっと顔を顰めたけど「預かろう」って受け取ってくれる。


「し、師匠ッ」

「お前はついでだ、精々僕のハルの役に立て」

「はいッ」


よかったね、セレス。

感激して涙ぐむセレスを慰めていたら、リューがお茶を淹れてくれた。


「おいリュー、話が違うじゃないか、トロッピーはどうした」

「これから材料を買いに行くんだ、そんなことでいちいち騒ぐな」

「えッ、リュー兄さん、ロゼ兄さんも、トロッピーを知ってるの?」


訊いたら「知ってる」「飲んだよ」って、ええーッ!


「ね、ねえ、トロッピーって」


訊こうとしたら、部屋の扉が叩かれた。

向こうから「ちょっといいかな」ってリーサの声が聞こえてくる。


「リーサ!」


急いで出迎えると、まだ目元の濡れたリーサが立っていて「ハル」って笑う。

やっぱり元気がない。

それでも会いに来てくれたんだ、シアンのことかな?


「へへ、ごめんね、心配かけて」

「そんなのいいよ」

「うん、あのさ、ちょっと話したいんだけど、今いいかな?」

「勿論いいよ」


だけどリーサは部屋に入ろうとしないで、中へチラチラと視線を向ける。

その理由に気付いて「私が泊まっている部屋で話を聞くよ」って促すと、ホッとした様子で頷いた。

セレスも一緒についてくる。


「ところでアンタは何で泣いてんの?」

「リーサ、大丈夫だよ、セレスのはいつものだから」

「は、ハルちゃん」


廊下に出ると、私とセレスが泊まっている部屋の前にシアンが立っていた。

気付いてペコっと頭を下げる。


「度々すみません」

「いいよ、どうぞ入って」


私の肩にとまっているモコも一緒に、部屋へ入ってしっかり扉を閉める。

リーサとシアンには椅子を勧めて、私はセレスと一緒にベッドへ腰かけた。


「あの、ハル、それとセレスも」


椅子に掛けて、間を置いてリーサが口を開く。


「さっきだけど、助けてくれてありがとうね」

「いいよ」

「ベティは、その、あんなことになっちゃったけど、本当にいい獣人だったんだ、アタシや店にくる子たちの相談に乗ってくれたりしてさ」

「そうなんだ」

「センスも最高に良くて、ホント、大好きだった、でも、もう」

「リーサ」


また目に浮かぶ涙を拭って、リーサは声を震わせる。


「し、死んじゃうかもしれないんだ、アタシ、どこかで、じッ、自分とは、関係ないって思ってた、だって、知り合いで、いなくなったヤツ、い、いなかった、からッ」

「そうだね、僕も似たようなものだよ」

「シアンもごめん、本当にごめんなさいッ、アタシ、バカだった、突っ走って、皆に心配かけてッ」

「それはもういいんだ、おじさんとおばさんだって許してくれただろ?」

「うん、うんッ、でも、ごめッ、なさッ」


椅子から立ち上がったシアンがリーサをギュッと抱きしめる。

私とセレス、モコも、そんな二人を見ていることしかできない。

こんな時になんて声を掛けたらいいか分からないよ、やるせない、苦い気持ちがこみあげてくる。


「うッくぅ、ご、ごめんねッ、また泣いたりして」


目を擦って、明るい声を出すリーサの隣で、シアンは背中に手を添えている。

優しいな、二人は本当に想い合っているんだ。


「あの、アタシ、シアンから聞いたから、伝えようと思って」

「何を?」

「抜け道のこと」


セレスと一緒にハッとする。

鼻を啜りあげたリーサは、小さく息を吐いてから、私の目をまっすぐに見た。


「あのね、ハル、昨日の取り調べで白状させられたけど、守備隊に教えたのはニセモノの抜け道なんだ」

「偽物?」

「そう、南区の壁に穴が開いてるって、でもそっちはニセモノで、戻ってくるとき塞がれてなかったら使う予定だった」

「それじゃ、本物の抜け道は?」

「西区にある、壁の近くに住んでる人の家の床下から、特区の外まで穴が掘られてんの」

「本当なのか」


目を丸くしたセレスの隣で、私も息を呑んだ。

その人はどういう目的で抜け道なんて掘ったんだろう。

それに、そんなものを作って大丈夫なの?

獣人の誘拐事件と関わりがあるかもしれないし、守備隊へ伝えた方がいいと思うけど。


「このことは誰にも言わないで、アタシも黙ってるって約束して使わせてもらったから」

「誰に?」

「その家に住んでるアナグマのじーさん、たまにそこから出入りして、外で薬草を採ってくるんだって」

「どうしてその人はリーサに抜け道を教えてくれたの?」

「アタシが薬局の前で泣きまくってたら声かけてくれたんだ、ただの優しいじーさんだから、穴のことがバレて酷い目に遭って欲しくないんだ」

「だが、南区に言い逃れするための偽物までわざわざ用意するような人物だろ、本当に信用できるのか?」


セレスの言葉は一理ある。

だけどリーサはムッとして「できるって!」と突っぱねる。


「じーさん、アタシなんか放っとけばよかったのにわざわざ声かけてくれたんだよ?」

「しかし」

「それにニセモノはじーさんが作ったんじゃなくて、穴のことを知った孫が作ってくれたんだって」

「孫?」


孫についてはリーサも詳しくは知らないらしい。

だけど協力者までいるなんて、やっぱり少しいかがわしい話に感じる。


「アタシは今度のことで守備隊に目を付けられてるから、場所はシアンに教えておいた」

「うん」

「一緒に行くんだよね、シェーラの森に」


立ち上がったリーサが傍に来て、私の手をギュッと握る。


「絶対、絶対無事に戻ってきて、ハル、セレス、シアンのことよろしくね、アンタたちも怪我なんかしたら嫌だよ」

「分かったよリーサ」

「戻ってくるのが遅かったら、アタシ守備隊に通報する、メチャクチャ怒られるだろうけど死ぬよりマシだから」

「それは」


シアンが「リーサ」って声を掛ける。


「いつまでに戻ってくるか、刻限を決めておくよ、それまで通報はしないで欲しい」

「うん、分かった」

「ハルさん、勝手なことを言ってすみません、でもその方が安全だと僕も思います」


命綱替わりか。

兄さん達が一緒なら私は心配していないけど、でも、リーサのためには必要だろう。


「分かったよ、兄さん達とも相談して決めよう」

「有難うございます」


リーサはシアンを見て、それからちょっとだけ照れたように耳の辺りを掻いた。


「アタシね、自分の好きなコト話している時のシアンが一番好きなんだ」

「リーサ」

「目がキラキラして、すっごく楽しそうでさ、一生懸命で、最高に格好いいっていつも思うんだよね」


シアンも恥ずかしそうに目を逸らしながら尻尾を揺らしている。


「何言ってるのかほとんど分かんないんだけど、それでもシアンが大切にしているものを、アタシも大切にしたい」

「うん」

「本当は行かせたくないけど、でも、シアンのためならアタシは何だってできるよ、だから、シアンとアンタたちを信じることに決めた」

「約束する、必ず無事に戻るよ」

「うん!」


「ハルならそう言ってくれると思った!」って、リーサにギュッと抱きしめられる。

フカフカの毛に顔を突っ込みながら私もギューッと抱き返した。

いい匂い、大丈夫だよリーサ、信じてくれて有難う。


「へへッ、セレスもよろしく、せいぜい格好いいトコ見せてハルを惚れさせなよ?」

「うぐッ、な、何を言っているんだ君は」


セレス、顔が赤いよ?

私もちょっと変な感じ、つられたかな。


「ね、アリガトね、ハル、セレス、話したら元気出た」

「うん」

「ベティのことは辛いけど、泣くだけなんて意味ナイし、アタシに出来ることがないか探してみる」

「そうだね、格好いいよ、リーサ」

「でしょ? へへッ、落ち込んでるのガラじゃないから―――あ、そうだ」


リーサは服のポケットを探って、小さな袋を二つ手渡してくれる。


「これ、魔樹除けのお守り、って言っても気休め程度だけど、祭りの時季にリュビデの花を摘みに行くとき皆で作って身に付けるんだ」

「そうなんだ、有難う」

「アタシもあの時ちょっとはコレに助けられたから、一応効果はあるよ」


それなら兄さん達にも持たせてあげたい。

頼んだら、リーサは快く引き受けてくれた。


「三つ?」

「この子の分も」

「ああ、ハルの友達ね、分かった、任せて」


モコが肩で「ピッ」って翼を広げる。

よかったね、これでモコも安心だ。


「抜け道のこと、兄さん達にも話してくるよ」

「じゃあアタシは部屋に戻る、お守り出来たら持ってくね」

「有難う」

「僕はハルさんたちとご一緒します、よろしくお願いします」

「分かった、行こう」


部屋を出て、リーサと別れて、兄さん達の泊まっている部屋へ向かいながら、さっきリューに言われた責任重大の意味を噛みしめていた。

必ず無事に戻ってこよう。

それと、シェーラの森で見つかるかもしれない何かも―――覚悟しておこう。

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