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人差別:リュゲル視点

ハル達が出かけた後、俺もロゼと一緒に宿の近くを散策することにした。

せっかく特区に来たんだ、観光しないなんて勿体ないからな。


「なるほど、商業区域だけあって、店舗か住居兼店舗ばかり建っているな」

「そんなものはどうだっていいさ、それよりリュー、ごらん、あの店のパンは見るからに美味そうだ、一つ試してみよう」


こいつは本当に食道楽だな。

基本的にロゼは手間がかかった料理か食品以外の殆どに興味を示さない。

曰く「どれも本質的に変わらないから面白くない」そうだ。


「その点、君たちが生み出す料理や食品に関してはまったく別さ、獣でも繁殖期になれば身を飾るが、食に美を見出すのはヒトならではだからね」

「生きていくためには食べなくちゃならない、それなら美味い方がいいだろう」

「そして君たちは食に創意工夫を凝らす、僕はそれがとても興味深い、食にこそ君たちヒトの文明と文化が詰まって見えるのさ」


そんなことを言いつつ、ロゼはさっき買ったばかりの焼きたてのパンを齧りながら一つの店の前で立ち止まる。

周りと比べて殺風景な店だ。

店頭には恐らく一点ものだろう、細工を凝らした様々な小物が並べられている。


「おお、これはとても良いものだ」

「へえ」


確かに、手の込んだ品ばかりだ、見ているだけで飽きない。

二人で立ち止まって眺めていると、奥から老齢のネズミの獣人が現れて「いらっしゃい」と声を掛けられた。


「おや、人のお客さんなんて珍しい、特区は今封鎖中だったはずだが」

「こちらの代表にご挨拶に伺い、特例で滞在を許していただいています」

「おお、代表のお知り合いでしたか、なるほど、ではゆっくり見ていってください」

「有難うございます」


ネズミの獣人は俺達の傍でニコニコして、たまに小物の説明を聞かせてくれる。


「これは南区で栽培されているリンゴの木の枝から削り出した品です、珍しい品種でしてね、擦ると微かにリンゴの花の香りがするんですよ」

「ふむ、確かに甘い香りがする、しかしこれは細工を施して香らせているのだろう?」

「お分かりになりますか、お気付きになられたのはお客様が初めてです」


獣人は殊更嬉しそうに、この木は細工することで初めて香りを放つのです、と話しながら目を細くする。

ロゼも珍しく微笑み返した。

認識阻害の眼鏡越しでもあてられたらしい獣人は一瞬足元をふらつかせると、首を振って不思議そうに首を傾げる。


「大丈夫ですか?」

「ハハ、すみません、歳ですかねえ、お連れ様が眩しく見えて」

「店主! こちらの細工は何を象っている?」

「ああはい、そちらは―――」


随分楽しそうだな。

暫く色々と見させてもらって、後でハルを連れてこよう、なんて話しながら店を離れてまた歩き出す。


「随分熱心だったな、そんなにさっきの店の品が気に入ったのか?」

「ああ、良い手作業には良い魂が宿る、とても充実したひと時だった」

「リンゴの枝の香る細工によく気付いたな」

「それは気付くさ、製作者の作品に対する誠実さと尊厳が見て取れる逸品だったろう、あれはきっとハルも気に入るよ」

「なら、あいつにも見せてやらないとだな」


その後も暫くロゼとあちこち歩いて、適当なところで切り上げて宿へ戻った。

―――しかし、それなりに楽しめたが、やはりここは獣人特区だ。

時折周囲から向けられる排他的な視線、不安や恐怖、嫌悪などが混ざったその目に居たたまれない思いを味わった。

誰もがあからさまに態度で示さないのは、ベティアスでは獣人が人に隷属することを半ば諦観して受け入れている気風があるゆえだろう。

ハルとセレスはここで暮らすリーサとシアンが一緒だから、こんな露骨な目には遭っていないはずだと思いたい。

人と獣人の間にある溝、そんなもの、俺個人としてはとてもくだらなく感じる。

ロゼが言う所の「君たちの間に大した差などないだろう」だ。俺と彼らの間にどれほどの違いがある?

差別の概念は易々と解決できるものではないが、それでも、少しでもベティアス全体が人と獣人の相互理解へ向かって欲しいと願わずにいられない。


「リュー、また君は、君一人で抱えるには大きすぎることを考えているな?」

「考えてないよ」

「まったく、君は真面目で優しいからね、僕は君のそういう所も愛しいけれど」

「それはどうも」

「なあリュー、ところでだ、散策の途中で飲んだトロッピーとかいう飲み物、あれの味を君は覚えただろう?」

「まあ、一応」

「是非ハルにも飲ませてあげよう、流行りものだけあって美味かった、後で作って欲しい」

「お前が飲みたいだけじゃないか、ハルをダシに使うな、それにあいつはきっとリーサに勧められてもう飲んでるよ、流行ってるんだから」


むくれるロゼを適当にあしらっていると、宿の主人が来客を伝えに来た。

昨日シアンから聞いた詰所の獣人かもしれない。

通して構わないと伝えて間もなく、鎧を着こんだ二人の獣人が俺達の泊まっている部屋を訪った。


「お初にお目にかかります、我々はここ東区の守備隊に所属する者です」


イヌの獣人とトカゲの獣人は、それぞれ守備隊副隊長とその補佐だと名乗る。

どちらもオニックスで門番をしていた獣人達とは別の獣人だ。


「始めまして、私はリュー、こっちはロゼといいます」

「代表のお知り合いと窺っておりますが」

「我々はノイクスからの旅行客です、ノイクスでエリニオス領主のレブナント様に大変お世話になったので、こちらの代表にもぜひご挨拶をさせていただこうと立ち寄りました」

「特区は現在閉鎖中ですからな、皆様を受け入れたのは特例中の特例、それをどうかお忘れなきように」

「はい」


早速釘を刺してきたか。

快く思われていないだろうことはこっちも了解済みだ。

そもそもベティアスで、人と獣人は初めから対等な立場で会話することなど恐らく望めない。


「早速ですが、本日はお願いしたいことがあって伺いました」


話を切り出した副隊長は、傍らの補佐に続きを促す。


「昨日、こちらの娘の調書を取った折、大怪我を負っていた彼女の傷を癒されたと話がありました」

「そうですね」

「貴重なポーションを、我々獣人に施せるほどお持ちなご様子」

「そんなことはありません、たまたまです」


あの時リーサに意識はなかったから、実際どうやって癒したか覚えていないはず。

事実からのこじつけで結論を出したのだろう。

まあ、本当のことは言えないからな。彼らも思いもよらないだろうし、このまま話を合わせよう。


「ご存じのとおり、特区は諸事情により現在封鎖中であり、あらゆる物資が不足し始めています」

「そうでしょうね」


獣人たちは僅かに不快そうな反応をする。

他人事な俺の言い方が気にくわなかったんだろう、実際他人事だが心情は理解できる。

俺が人だというのも彼らにとってより悪印象に繋がっているに違いない。


「ですから、あなた方がお持ちのポーションを幾つか分けていただきたい」

「分ける?」


まさか無償で貰おうなんて腹積もりじゃないだろうな。

ポーションは数本ほど常備している。

何かあった時の備えと、路銀の足しにするためだ。

欲しいというなら渡すのもやぶさかではない。薬草があればまた作れるからな、実際手持ちは俺が作ったポーションだ。

しかし、始めからこっちの好意を期待するなんて少し調子が良過ぎるんじゃないか?

リーサの両親でさえ、娘を助けて貰った礼だと色々便宜を図ってくれた。

そんなものを期待するほど卑しくはないが、目の前の彼らに、リーサの両親が示してくれたような誠意を感じられない。


「ノイクスのレブナント公には以前よりオニックスへ様々な支援を頂いております、代表も我々も、彼の方にはとても感謝しております」


トカゲの獣人は口から先の割れた舌をチロチロと覗かせながらよく喋る。


「そのご縁でこちらを訪れた皆さまにも、我々は期待しております」

「期待というのは?」

「嘆かわしいことですが、現在特区内では様々な問題が発生しております、抑圧された状況下で自棄を起こし暴れる者、自傷に走る者などもおりまして、取り締まる我々も心苦しいばかりです」


特区は自治を前提にベティアスから存在を許されている。

外部に頼れない状況は確かに辛いだろう、さっき歩きまわった時も街にあまり活気を感じられなかった。


「薬の類もまるで足りません、しかし、経済活動が滞っている現状、そういった物資を購入する手立てが殆ど無いのです」

「特区で管理している分を住民へ回せないのですか?」

「それは、ある程度はもちろん、ですが何にでも優先順位というものがあります」


出し渋っている訳か、なるほど、他人の好意をあて込む厚かましさがあるわけだ。

しかしそれは特区代表の意思なのだろうか。

あのレブナント様の奥方の姉君なのだから人格者に違いないと、それは俺の勝手な思い込みだったのか。


「分かりました」


返事しながら、そろそろ飽きて苛立ち始めているロゼを卓の下で軽く蹴っておく。

頼むから大人しくしてくれよ、今は揉め事を起こすのは得策じゃない。


「であれば、私は業者ではないので、一般的な流通価格より些か安くポーションをお譲りいたします」

「は? 安く、ですか?」


思いがけなかったらしいトカゲの獣人の口元がヒクつく。

イヌの獣人はあからさまにこっちを睨みつけてきた。やめてくれ、そういうのは俺の隣にいる不満顔のこいつを焚きつけるんだ。


「あの、不躾なお願いと承知しておりますが、仰るとおり貴方は業者ではありませんよね?」

「はい」

「それが、その、安くするとは、品質の保証も無いでしょうし」

「それでも譲って欲しいという話ではないのですか?」

「え、ええ、そうです、ですから分けていただけないかと」

「この宿のお嬢さんを助けた時は緊急でした、命がかかっている場面でなりふり構っていられません、だから私は、このことに関して対価を要求していません」

「な、なるほど」

「ですが、備えで欲しいということでしたら相応の対価を頂戴します、こちらも他人に施せるほどの余裕はありませんので」


こういう手合いは一つ呑めば調子に乗ってつけあがる。

言い方は悪いが、他人の好意をあて込み図々しく物をねだる輩は寄生虫みたいなものだ、それに、やはり彼らからは誠意を感じられない。

大方俺達のポーションだって、彼らが然るべき相手と考える者たちへ献上されるんだろう。

それを無償でよこせなどと、だったら手持ちのポーション全部を街で困っている獣人たちに手渡してまわったほうが余程マシだ。


「それは、我々が獣人だからですか?」


思いがけない言葉にハッとする。

上司の副隊長も驚いたのだろう、目を見開いて「おい」とトカゲの獣人を窘める。


「足元を見て、これだから人は」

「よせ」

「対価を要求していないと言われたが、宿の主人に手厚く持て成しを受けているそうじゃないか」

「やめないか」

「人なんかに物乞いするなど、だから私は反対したのです、副隊長、それなのに隊長が」

「いい加減にしろッ」


語気を強くしてトカゲの獣人を黙らせると、イヌの獣人は場を取り繕うように咳払いした。


「失礼、では改めて取引させていただきたい、仰るとおりに致しましょう、ですから何卒、ポーションをお分けください」

「分かりました」

「種類は何がありますかな?」

「ピアとルプス、それぞれ三本と一本をお渡しできます」

「ルイテはお持ちではありませんか?」

「使ってしまいました」

「なるほど、ではその全てを買い取らせていただきましょう、合計で如何ほどになりますかな?」


そうだな、ピア・ポーションは底値で五千ラピ、ルプス・ポーションだと八千から一万ラピ程度だから、まあ一万九千ラピが妥当か。

内訳はピアが四千、ルプスが七千ラピ。

俺の返答にイヌの獣人は僅かに顔を顰めたが、それでも代金を支払った。

後で破格の交渉だったと精々喜べばいい。このポーションに使っている薬草は俺達が暮らしていたあの森で採れたものだ、市場にも滅多に出回らない高級品だからな。

ピアでもルプスに近い効果を得られる、まあ、元手はタダ同然だから特に惜しくはない。


「確かに」


受け取ったポーションを確認すると、獣人たちは部屋を出ていく。

去り際にトカゲの獣人が俺を見て小さく舌打ちした。

戸が閉まって、ロゼが「フン」と鼻を鳴らすのを聞いて、つい溜息が漏れる。


「リュー」

「ダメだぞロゼ、もういい、面倒だから放っておけ」


ここは想像していたより厄介なことになっているようだ。

暫く身を隠すつもりでいたが、面倒に巻き込まれる可能性が出てきた。


「不愉快だ」


対応していた俺より機嫌を悪くしているロゼに呆れる。


「君に蹴られたし」

「悪かったよ、後であのトロッピーって飲み物を作ってやるから、機嫌直してくれ」

「ふむ、それならアレらは見逃そう、ただし今回きりだ」


食い物で釣られるラタミルなんて、お前とモコくらいなものだろうな。

ハル達が戻ったら食材を買いに行くか。

そんなことを考えていると、再び部屋の扉が叩かれる。

今度聞こえてきたのはハルの声だ。

途端にロゼは嬉しそうに「入っておいで」と呼び掛ける。

俺も急に気が抜けて、知らないうちに緊張していたことに今更気付いた。


オニックスの観光は楽しめただろうか、何事も無ければいいんだが。

あいつに、小物屋の話と、知っているかもしれないがトロッピーのことも教えてやらないとな。

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