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学者の探求心

リューはじっとシアンを見詰めて溜息を吐く。


「近付かないためだと今言っただろう」

「僕が足手まといになると思われているのでしたら、護衛を依頼します、依頼料は言い値でお支払いします」

「だから」

「お願いします、僕はどうしても自説を立証したいんですッ」


深く頭を下げるシアンに、お手上げ、といった様子でリューはロゼを見て、私とセレスを見る。


「シアン、繰り返すが、俺達は旅をしている、シェーラの森は危険だと聞いたから地図を手に入れて近付かないよう移動したいんだ」

「すみません、皆さんを疑っているわけじゃありません」

「だったら」

「でも、でもお願いしたいんです、それに皆さんは代表と面会の予定が立つまでここに逗留される予定ですよね」

「ああ」

「でしたら尚更、僕の案内は必要なはずです」


どういう意味だろう。

リューが渋い顔をする。


「こんなことは言いたくありませんが、特区にも差別意識を持つ獣人がいます」

「そうだろうな」

「仕方のないことだ、そもそもベティアス自体に差別があるからな」

「はい、お二人の仰るとおりです」


リューとシアン、セレスの言葉に少し憂鬱な気分になる。

ベティアスで人が獣人を差別するように、特区内には人を差別する獣人がいるのか。

でも、その雰囲気を私も何となく感じ取っていた。

昨日向けられたたくさんの視線や、今日も特区内を観光している最中に何度か覚えた落ち着かない感覚、あれのことだ。

どうしてだろう。

姿が違うだけで分かり合えないなら、私とティーネだって親友にはなれなかったはずだよ。


「皆さんはベティアスへ観光にいらしたと伺いました、そのついでに代表へご挨拶に伺ったとも、でしたらどうして特区近辺の地図が必要になるんですか?」

「理由はさっき話しただろう」

「街道を使えばいいじゃないですか、特区から大きな街道が海沿いの観光地へ至る街道まで伸びています、街道周辺は常にベティアスの守備隊が警邏していて安全です、地図は必要ない」


シアンはまた真っ直ぐリューを見詰める。


「今、ベティアスでは恐ろしい事件が立て続けに起きています、その最中に皆さんが特区近辺の地図を購入すれば、無用の誤解を招くかもしれません」

「だから君に案内を頼むべきだと、そう言うのか」

「僕は皆さんを信用しています」


リーサが、と、呟くシアンの耳がペタンと折れる。

フサフサした尻尾も椅子からくったり垂れ下がった。


「ハルさんを、セレスさんを、大切な友達だと言ってました、それに皆さんは僕の命よりも大切な彼女を救ってくれた、だから皆さんに賭けたいんです」

「勝手な話じゃないか、君は自説の確証を得るために俺達を利用したいと、そう言っているんだ」


セレスが「リューさん」って驚いて振り返る。

私も意外だ、リューがこんな突き放すような言い方をするなんて。


「はい、そうです」


それでもシアンは引かない。

リューはため息を吐いて首を振る。


「もし、俺達が君を連れてシェーラの森へ行ったとして、万が一にも君に何かあった時、リーサはどうするんだ」

「リーサにはもう伝えました」

「は?」


話したの?

それでリーサは、シアンがしようとしていることを止めなかったの?


「絶対に戻ってくる、それから、こんな真似は一度きり、一回は一回だから、そう約束して許してもらいました」

「一回は一回?」

「自分も無茶して僕に心配かけたからって、でも、皆さんが一緒ならきっと大丈夫だって、彼女も皆さんを信じています」

「何を言っている、そんな責任は取れない」

「僕は絶対にリーサを悲しませたくありません、だから必ず戻ります、そのために皆さんのお力をお借りしたいんです」

「シアン、分かっているのか、君が理想に殉じた時は、きっとリーサは今日以上に悲しむことになるんだぞ、もしかしたら一生立ち直れない傷を負うかもしれないんだ」

「それでも僕は、どうしてもあの森の奥にある遺跡をこの目で見たいんです!」


シアンの両手はさっきからずっと膝の上でギュッと握られている。

体じゅうの毛が逆立って、体自体も小刻みに震えている。

怖くても、不安でも、ここまでの情熱を傾けてしまえるんだ。

その本気をリーサも汲み取ったんだろう、でもきっとリーサも凄く心配しているよね。


「あるかどうかも分からない遺跡のために命を懸けるつもりか」

「あります、きっとあるんだ、絶対にある」

「シアン、君は」

「リーサは僕と皆さんを信じている、だから僕も、僕自身と皆さんを信じてシェーラの森の奥へ踏み込みたい」


腕組みして黙り込むリューと、何か言いたそうなセレスと、そんな二人の視線を受けながら絶対に引く気のないシアン。

ロゼだけは退屈そうにしている、でも兄さんはいつもこんな感じだからな。

モコは私の肩にとまって羽を膨らませながら大人しくしている。

―――不意に静かになった部屋は妙な緊張感に包まれて、お互いに様子を探り合っているみたいだ。


「はい」


このままじゃらちが明かない、だから思い切って手を挙げた。

兄さん達と、セレス、シアンの目が一斉にこっちを向いて少しだけ気後れする。


「ええと、その、いいんじゃないかな、シアンに案内をお願いしようよ」

「ハル」

「そ、それじゃやっぱり!」


もういいよね、だって、ウソを吐いて誤魔化したって、シアンは必ず本当のことに気付くよ。


「そうだよ、シェーラの森へ行く方法を探していたんだ、でも理由は言えない、これだけはどんなに訊かれたって教えられない」

「はい」

「ねえシアン、シアンはリーサが好きなんだよね?」

「あ、はい、そうです」


急に恥ずかしそうなシアンの尻尾が小さく揺れる。


「それじゃ、私とも絶対にリーサを悲しませないって約束して欲しい」

「します、僕は必ず彼女を幸せにする、ずっと昔にそう決めています」

「だったらシアンの意思よりもそのことを優先して欲しい、絶対に」

「は、はい」


頷くシアンから、リューへ視線を移す。


「ねえ、お願いしよう兄さん、シアンは私とセレスで必ず守るから」

「あ、ああ! ハルちゃんがそう言うなら、私も二人を必ず守ると約束します」


セレスが拳でドンッと胸を叩く。

不意にクスクス笑う声がして、見るとロゼが卓に頬杖を突きながら笑っている。


「ほらリュー、僕はどうでもいい、ハルが望むなら全て叶えよう、君はどうする?」

「お前、性格悪いぞ」


リューはハアっと溜息を吐いて「分かった、分かった」って頷いた。


「いいだろう、シアンに案内を頼もう」

「あ、有難うございます!」

「だが、このことは他言無用に頼みたい、今の特区内で無用な不安の種を増やしたくないからな」

「はいっ、もちろんです!」


シアンの尻尾が大きく揺れている、丸い耳をピンと立てて、ヒゲまで広がって。

こういう時の獣人って分かりやすいよね、フフ。


「あの僕、リーサに報告してきます、リーサにだけは伝えることを許してください」

「ああ、だがリーサにも口止めしておいてくれ」

「はいッ、ではまた後ほど、失礼します!」


シアンは部屋を飛び出していった。

後で私もリーサに会いに行こう、少しでも安心させてあげたい。


「こらハル」

「なに? リュー兄さん」

「なに、じゃないだろ、まったくお前は、どういうつもりだ」

「だってシアンは一生懸命だったし、きっと何をどう説明しても説得できない雰囲気だったよ」

「それはそうだが、はあ、分かっているのか、責任重大だからな」

「頑張る」

「それと、治癒魔法は極力使わないように、使うにしてもシアンには知られないようにするんだ、いいな?」

「はい」


腕組みして溜息を吐くリューに、ロゼがニコニコしながらリューの頭を「よしよし」って撫でる。

「やめろ」ってすぐ払われたけど楽しそうだ。


「そう案じることなどないよ、おかげで手間も出費も省けただろう」

「そんなものは大したことじゃない、大体お前、ろくに話を聞いていなかっただろう、今更知った口を利くな」

「おや、つれないな」


肩をすくめて、ロゼは改めてリューに尋ねる。


「それで、いつ向かうのかな?」


じっとロゼを見つめ返したリューは、その視線をゆっくり私に移す。

兄さんの深い緑色の瞳と目が合って少しだけ緊張する。


「ハル」

「はい」

「可能であれば今夜―――シェーラの森へ向かうぞ」

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