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密林の呼び声

部屋に戻ってきた。

リーサも途中までは一緒だったけど、リーサの母さんに捕まって連れていかれた。

お前がいると騒がしくていけない、だって。

そんなことないのに、賑やかで楽しいよ。


「ハルちゃん、シアンから聞いた話、師匠とリュゲルさんに伝えに行くか?」

「ううん、今日はいいよ、明日にしよう」

「分かった」


昼間寝たのに、また眠くなってる。

ずっと野宿していた疲れが抜けきってないんだろう。

兄さん達やセレス、モコもいてくれるから、不安で眠れないってことは一度もなかった。

でも固い土の上で布に包まって眠るのと、ベッドに横になって眠るのとじゃやっぱり全然違う。

モコも清潔なシーツの上を嬉しそうにポンポン跳ね回ってる。

隣に寝転がったら、セレスもベッドの脇に腰掛けて私の顔を覗き込んできた。

綺麗だな。

サラサラの長い髪、長いまつげに飾られた輝くオレンジの瞳、白い肌とツヤツヤした唇。

エルグラート国王家の王子、ううん、まるで物語に出てくる姫君だよ。


「ねえハルちゃん、さっきはごめん」

「何が?」

「その、リーサとはしゃぎ過ぎて、彼女はいい子だけど、君とは違うんだ」

「違う?」

「私にとって君は特別だから」


思いがけずドキッとする。

え、どうして?

自分のことなのに驚いていたら、モコが羽を頬に摺り寄せてきた。


「ぼくもだよ、はるはとくべつ、はるだいすき!」

「フフ、そっか」

「私も君が好きだよ、ハルちゃん」

「うん、私も、セレスもモコも好き、二人とも有難う」


セレスの目がすうっと細くなる。

まだ何か言いたそうに見えるけど、微笑むだけで、私の髪をそっと撫でた。


「おやすみ、ハルちゃん」

「うん、おやすみセレス」


立ち上がって隣のベッドへ行くセレスを見送りながら欠伸が出る。

眠い。

お湯を使って体が温かくなったせいかな、すごく眠くて、もう目を開けていられない。

瞼を閉じるとあっという間に意識が夜に呑まれていく。


誰?


呼んでいる。

誰かの声が聞こえる―――


――――――――――

―――――

―――


夢を見た。


息苦しいほど濃密な緑。

その奥に誰かいる。

呼んでいる。

私を―――どうして?


種子を。

エノアから託された種子を、君に。


花が咲いた。

綺麗な青い花。

この青は、見たことのない青だ。

ザザ、ザザッと、不思議な音が引いては返す。

呼ぶ声が響く。


誰?

―――早く、声を届けて。

誰に届ければいいの?


―――あの方を呼んで、眠りを覚まして。

深淵に囚われてしまった、我らが貴き青き女神を。


――――――――――

―――――

―――


「はれ?」


顔の上に何かいる。

モコだ。

んーフワフワ、両手で揉みながらすうっと嗅いだ。

何の匂いもしない。

ロゼもだけど、ラタミルって体臭がないのかな。

汗も搔かないし、そもそも汚れないらしい、不思議。

そこだけはラタミルになりたいなあ。


「はるぅ、やめて、くすぐったいよ」

「あ、ごめんねモコ」


モコがパタパタ飛んで退いたら部屋の天井が見える。

そこへひょいッとセレスが覗き込んできた。


「おはようハルちゃん」

「あ、おはよ、早いね」

「私は毎朝の鍛錬があるから」

「そうか、いつも頑張ってるよね」


腕立て、腹筋、その他色々、セレスは毎朝欠かさず体を鍛えている。

すごいなあ。

だからあんなに大きな剣を余裕で振り回せるんだ。私には真似できないよ。


「んッ、んんーッ」


起きて、ベッドの上で伸びをした。

それにしても変な夢だったな。

―――夢?

夢で聞いた声が頭の中に甦ってくる。

正確には声そのものじゃなくて、何を言っていたか、それとあの花、見たことのない深く神秘的な青。

花?

エノア様から託された、種子?


「あッ」


まさか。

驚いて声をあげたら、セレスとモコがどうしたって訊いてくる。


「夢、また夢を見たよ」

「夢?」

「ネイドア湖で見たような夢、エノア様の種子の、花の夢!」


目を丸くしたセレスが、急に真顔になって「ハルちゃん、そのこと急いで師匠とリュゲルさんに話しに行こう」と言う。

そうだね、オニックスは今こんな状況だし、もしかしたらネイドア湖の時みたいに何か解決の糸口がつかめるかもしれない。


「支度を手伝うよ」

「有難う」

「はる、だいじょぶ?」


モコが膝に乗って心配そうに見上げてくる。


「平気」


ネイドア湖でネイヴィは言っていた。

エノア様から贈られる花は五輪。

夢で見たあの花が、きっと南方の海に咲く花なんだ。

それならあの青は海の色なのかな。


―――少し怖い。


どうしてエノア様は私に花の種子を託すんだろう。

この花は何のために咲かせるんだろう。

私にして欲しいことがあるのかな。

でも分からない、見当もつかないよ。


不意にそっと手を握られる。

見上げたら、セレスにギュッと抱きしめられた。

あったかい。

柔らかな胸の奥から優しい音がトクトク伝わってくる気がする。


「ハルちゃん、私がついてる」

「ぼくもいるよ」


モコも肩にとまって羽を摺り寄せてきた。


「大丈夫だ、言っただろ、必ず君を守るって」

「うん」

「師匠も、リュゲルさんも、モコちゃんだっているんだ、今度は皆でどうするか考えよう」

「そうだね」


大丈夫、私は一人じゃない。

セレスに手伝ってもらって支度を整えてから、兄さん達の部屋の扉を叩いた。


「おいで、鍵は開いているよ」


ロゼの声だ。

扉を開けて部屋に入ると、兄さん達もすっかり身支度を済ませている。


「おはよう、ハル」

「ハル、セレス、モコもおはよう、皆よく眠れたか?」

「おはようロゼ兄さん、リュー兄さん」

「おはようございます師匠、リュゲルさん」

「おはよー!」

「ねえ、あのね」


なんて切り出そう。

考えながら口を開こうとしたら、先にセレスが言ってくれた。


「師匠、リュゲルさん、ハルちゃんがまたエノア様の種子の夢を見たそうです」


兄さん達はハッとして、顔を見合わせると、リューが「こっちへ来なさい」って私を呼ぶ。


「取り合えず座れ、夢の内容を教えてくれないか?」

「うん、でも、あんまりはっきり覚えてないんだ」

「構わない、分かる範囲で教えてくれ、また何かあるかもしれないからな、対策を立てておこう」

「分かった」

「ハル、心配しなくていい、君には僕とリューがついているよ」


リューが椅子に座った私の後ろを見ながら「セレスとモコもいるしな」ってニコッと笑う。

そうだね、心強いよ。


「あのね、誰かに呼ばれたんだ」

「それは誰か分かるか?」

「ううん、知らない声だった、周りに草や木が生い茂って、緑の濃い空間だったよ」

「森、いや、ここだと密林か」

「うん、多分、ベティアスに来てから見た植物ばかりだった、それと何かうねうねしてた」

「うねうね?」

「草のツルみたいなのがうねうねって」

「ふむ」

「青い花が咲いたんだ、見たことない青だった」

「青い花か」


花の形状はなんとなく覚えている。

似た花を知っているけど、あれは確か赤い花だったはず。


「リュー兄さん、リュビデって花、知ってる?」

「あれは赤い花だろう」


ロゼはすぐ分かったみたい、流石だな。

リューが「そうなのか?」ってロゼに尋ねる。


「花弁が特徴的な花さ、ベティアスではよく見かける、ただ今は花の時季ではないが」


言いながら荷物から紙とペンを取り出して、サラサラっと絵に描いてくれた。

いつもながら上手。

私の後ろから覗き込んでいたセレスが「すごいッ」って感激してる。

モコも紙の傍に飛んできて、絵を覗き込みながら「すごい、じょうず!」って興奮して翼をパタパタ羽ばたかせた。


「見たままを描写しただけだ、たいしたことでもない」

「十分たいしたことだよ、相変わらず非常識な奴だな、でもおかげで俺にも分った、この花か」

「うん、似てるけど、夢で見た花とは少し違うかな」

「ポータスもそうだったな、あれはネイドア湖に咲いていたエピリュームとよく似ている」

「そうだね」


このエノア様の花はなんて名前だろう。

また竜が種子を守っているのかな。


「とにかく、まずはお前が夢で見たその場所を特定しよう」

「そうだね」

「特定したらやはり行かれるのですか?」

「ハルはネイドア湖で種子を受け取れと告げられた、それならきっと、そうしなければならない理由があるんだろう」

「それはそうかもしれませんが、では理由とは一体何なのですか?」

「俺にも分らない」


黙り込んだリューは、間を置いて「それでも」とセレスに答える。


「エノア様は建国の女王、そのエノア様から賜る花なら、きっとこの国に必要な物だ」

「それをハルちゃんに?」

「ああ」

「そうですか、分かりました、私も今はその理由で納得しておきます」

「頼む」

「はい」


どうして私なのか、私自身ずっと疑問に思っているけど、皆はそのことに触れない。

触れても意味が無いからなのかな。

だって目的すら不明のままなのに、私である必要や理由なんて考えたって分かるわけないよ。

五輪ある花をすべて集めたら分かるかな。

とにかく、夢で見たあの場所がどこなのか、多分うねうねと青い花がヒントだろうけど、流石にそれだけじゃ見当もつかない。


「あのー」


部屋の扉が控えめに叩かれて、向こうからリーサの声が聞こえてくる。


「えーっと、その、ハルのアニキたち、と、ハルとセレスもいる? 朝ご飯の用意ができたんだけど」

「いるよ」

「ハル! よかった!」


途端にパッと扉を開いて、リーサがフカフカの尻尾を機嫌よく揺らしながら部屋に入ってきた。


「あっと、茶色いアニキと、その、怖い方のアニキも、オハヨウございます」

「おはよう、朝食の用意までしてもらってすまないな」

「いいって! 気にしないでよ、オヤジも母さんも張り切ってるんだから、腹いっぱい食べていってよ、ね!」

「助かるよ、有難う」


リーサはヘヘッと歯を見せて笑う。

ふと、私達が囲む卓上の何かに気付いたように覗き込んできた。


「うわっ、上手いね、それってリュビデでしょ?」

「あ、うん」

「時季になるとシェーラの森にメチャクチャ咲くよ、あそこに咲くリュビデは他所より綺麗だから、お祭りの前に皆で摘みに行ったりしたなあ」

「えッ」

「この花が咲く頃くらいに特区でお祭りやるんだ、街中リュビデの花で飾りつけて、服や靴も飾ったりして、すっごい盛り上がるの」

「リーサ、この花ってシェーラの森以外の場所でも見かけたりする?」

「うん、そこらじゅうで咲くよ」


そうか、違うのかな。

だけど確かシェーラの森って魔樹がたくさん生えているんだよね。

それにオニックスへ来てあの夢を見たってことは、関係ある気がするけど。


「でもこの辺りだとあの森が一番咲くかな、奥の方は魔樹がうようよ生えてるから、外側の花しか採れないんだけどね」

「そうなんだ」

「あの時は本当に生きた心地がしなかったよ」


不意にリーサは耳を伏せる。

森で魔樹に襲われたことや、行方不明なままの子たちのことを思い出したんだろう。

―――夢のこと、リュビデの花、可能性はすごく低いけど、その子たちだってもしかしたらまだ。


「兄さん」


振り返るとリューも同じことを考えていたように頷く。

そこへ行ってみよう。

魔樹が生い茂るシェーラの森へ。

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