浴場のガールズトーク
久しぶりの部屋の中で食べる食事。
リューが作ってくれる料理はいつどこで食べても美味しいけど、やっぱりこうして食卓で食べるのが一番美味しく感じる。
今日の夕食のメインは豆だ。
豆がたっぷり入った鶏肉のスープに、煮豆のサラダ、豆を練り込んだパン。
豆と根野菜の炒めもの、豆入りのオムレツ、酢漬けにした豆。
「すいませんねえ、なにせ今は外から食材が入ってこなくて」
リーサの母さんの話だと、特区は閉鎖中で物流も止まっているから、こういった日々食べるものは南の農耕区域頼りなんだって。
でも農耕区域で生産する量じゃ特区内に暮らす全ての獣人の食糧分には全然足りない。
だから中央が管理する食糧庫を解放して、各家庭や個人へ備蓄している食料を少しずつ分けているそうだ。
「災害時の備蓄分らしいですがね、限りがあるだろうし、この状況が続くようじゃ、いずれは閉鎖を解くことになる」
「でも、そうなったらまた」
「また前の状態に逆戻りだ、今度は不安に怯えて暮らさなくちゃならん」
「今だって大丈夫なんて言えないんですけどね、でも前よりはいくらか気が楽なんですよ」
「はぁ、なんだってこんなことに、飢えて死ぬか、人さらいに攫われて気が狂って死ぬか」
「あんた」
不安そうにするリーサの母さんの肩を、リーサの父さんがそっと抱き寄せる。
どっちにしても状況は悪くなる一方ってことか。
根本的に解決しないとダメだろうけど、糸口がまだつかめないってシアンも話していた。
他人事だなんて割り切れない、辛いな。
「ああ、すいませんね、食事中にせっかくの美味い飯がマズくなるような話を聞かせちまって」
「けどリューさん、あんた料理上手だねえ、手際の良さといい、本当に料理人じゃないのかい?」
「はい」
「勿体ない、この腕なら店が出せるよ、暫く滞在するつもりなら東の商業区域の店で働いて路銀を稼ぐといい」
「俺は人ですよ、仕事があるんですか?」
「なぁに、実力で認めさせればいいのさ、知り合いに小料理店をやってる人がいるから、そこでお兄さんの腕前を披露してごらんよ」
「ハハ、考えておきます」
「気が向いたらいつでも声を掛けとくれ、アタシはすっかりお兄さんのファンになっちまったからねえ」
「すいませんね、うちのはどうもミーハーで」
ミーハーって何だろう。
後でリーサに訊いてみよう。
そんなことを考えていたらリーサがシアンと一緒に詰所から戻ってきた。
「あーッ、ハルのアニキのメシ食べてるーッ!」
「こら、口が悪いよリーサ!」
「詰所には行ったのか?」
「ちゃんと行ったってば、シアンと一緒に」
「あの、皆さん」
シアンが私達に声を掛けてくる。
「明日、詰所の方がこちらへ伺うそうです」
「何故だ?」
「薬を分けて欲しいと」
「薬?」
「リーサの怪我を癒していただいたんですよね、その、かなり大怪我を負っていたって」
え、とリーサの両親が目を大きく開く。
「け、怪我? しかも大怪我ってあんた」
「リーサ、どういうことだ」
「えーっと、捕まって逃げ出す時にさ―――」
リーサは私達に聞かせてくれた話と同じことを両親に話す。
途端に両親はあたふたし始めて、リューに何度も頭を下げる。
「こッ、これは、大変お世話になって!」
「本当に、あの、なんと申し上げればいいか」
「生憎とうちには大した貯金もありませんので、宿代を無料にさせていただきます、それからお食事もこちらで全て賄わせていただきますので、それでどうか」
「ちょ、ちょっと待ってください、それは結構です」
慌てて断るリューに、リーサの両親は更に目をまん丸くして固まった。
一体なにごと?
呆気にとられる私と同じようにリーサもキョトンとしてる。
そんな私達を見て、セレスは苦笑いするし、シアンは何故か溜息を吐いた。
「で、ですが」
「あの時は偶然行き会わせただけです、見返りが欲しくて助けたわけじゃありません」
「そんな」
「娘さんが無事に戻ってよかった、それだけで十分ですよ」
リーサの両親はリューを見詰めて、今度は二人で顔を見合わせると、また改めてリューに深く頭を下げる。
「アナタみたいなお人が本当にいらっしゃるんですねえ」
「有難うございます、どうか、せめてご恩返しに宿代だけでも無料にさせてください」
「粗末な宿ですがお好きなだけ滞在していただいて結構です、路銀を稼がれるんでしたら私どもで出来る限りの口利きをさせていただきます」
「本当に感謝します、ああ、あんた、やっぱりクジを買うべきかもしれないねぇ」
「そうだろお前、リューさん、貴方は建国の女王エノア様、いや、まるでこのエルグラートを創造なされた慈悲深きヤクサ様のようだ」
流石にそれは、って雰囲気でリューが困ったように頭を掻く。
「そうだろうとも!」
急にロゼが大声をあげながら椅子から立ち上がった。
その勢いのままパッと認識阻害の眼鏡を外す。
「えッ」
リーサとシアン、リーサの両親が一斉にロゼを見上げたまま動かなくなる。
全員ブワッと毛を逆立てて釘付けだ。
「僕の貴く美しい弟、リューの素晴らしさを正しく理解したようだな」
「おい、こらロゼッ」
「獣人よ、お前達はこの恩義に報いるよう努めねばならない」
「よせ、いいって言ってるだろ、やめろ、座れ、眼鏡を掛けろッ」
「だが僕らはお前たちの溜め込んだ小銭などに興味は無い、故にその心で恩に報え、義を果たせ、僕の言葉をしかと胸に刻め」
「ロゼッ」
ロゼ、リューの制止に全然耳を貸そうとしない。
むしろちょっと楽しそうだ。
私の隣でセレスもロゼを見上げたまま涙をボロボロ溢し続けてる。こっちはいつも通りだね。
魅入られたように固まったままのリーサたちは、揃って「はい、分かりました」ってロゼに返事した。
「師匠ぉッ、すごいぃぃッ、師匠おぉぉッッッ」
「ししょーすごい、すごい!」
おっと、モコは喋っちゃダメだよ。
テーブルの上で興奮して翼をパタパタさせる姿を手でそっと包んで隠す。
もっとも今のリーサたちは気付かないだろうけど。
「よろしい」
ロゼは満足して頷くと、眼鏡をかけなおして椅子に座った。
直後に「痛い!」って叫んで涙目でリューを振り返る。何されたんだろう。
リューは怖い顔でロゼを睨んでる。
「え、ええと、もうひとりいらっっしゃったんですねえ、オホホ」
「今の今まで気付かず申し訳ない」
「ハルの怖い方のアニキ、マジで怖い」
「大丈夫リーサ?」
怖がられてる。
ロゼって迫力あるみたいだからな、私からするといつもの兄さんだけど。
大きくて、体格良くて、美形でそのうえ声もよく通るから、認識阻害をしていないと目立つんだよね。
「それにしても、そちらの方は人なのに、つくづく見惚れる美形でいらっしゃるねえ」
「ああ、人なんだがな、うーむ」
「そこだけ認めるけどさ、マジ怖い」
「あはは」
獣人の美形の基準って人とは違うらしいけど、村にいた獣人もロゼのことは美形だって褒めていた。
やっぱりラタミルだから、だろう。
姿は人だけど、人の枠を超えた魅力があるんだ。
「とにかく皆さん、うちの宿でのんびり休んでいってください、こんな状況ですけど精一杯お持て成しさせていただきますので」
「リーサのこと改めて本当に有難うございます、ご用があれば何なりとお申しつけくださいね」
「へへッ、ねえハル、セレスもさ、明日はアタシとシアンで特区の中を案内してあげるよ」
「本当?」
「はい、ここ商業区域は観光向けに色々と店や施設がありますし、南の農耕区域も面白いですよ」
南の農耕特区に興味あるな。
ここでしか見られない植物や花が咲いているかも、オーダーのオイルの新しい素材が手に入ったりしないかな。
「あとで皆さんのお部屋へ疲労回復と安眠におススメのお茶をお持ちしますわね、お嬢さんたちは食事が済んだらすぐお湯を使われるでしょ?」
「はい、是非!」
やった、久しぶりにゆっくり体を洗える!
野宿が続くと、一応いつも綺麗にはしているけど、やっぱり多少は臭いが気になってくるし、お湯を使わせてもらえるの嬉しいな。
「じゃ、アタシも一緒に入ろっかな」
「リーサも?」
「裸の付き合いってヤツ、あ、男子はお断りね」
セレスがギクリとしてる。
まあ今は女の子だし、大丈夫じゃないかな。私も女の子の姿なら一緒でも気にならないよ。
―――楽しい食事の時間を皆で過ごして、シアンは自分の家へ帰っていった。
リューはリーサの父さんともう少し話すみたい。
ロゼは「僕は休む」って先に部屋へ戻っていった。
私とセレスはリーサと一緒に、リーサの母さんに浴場へ案内してもらう。
「お湯はたくさん用意しておきましたよ、足りなければ声を掛けてくださいな、それじゃ、ごゆっくり」
脱衣所の戸が閉まると、リーサはさっさと服を脱ぎ始める。
私も服を脱いで、と。
「その子も一緒に入るんだ?」
「うん」
モコが頭の上でピッと鳴いて翼を広げる。
「ふふ、白くてフワフワ、ハルのベリュメアみたいだね」
「えへへ」
「美味しそうだけど、小さいからちょっと物足りないかなぁ」
「えッ」
モコはピイッて大きな声で鳴いて、慌ててセレスの頭の上へ飛び移る。
私より背が高い方へ逃げたな。
「で? あんたは何でそんな隅の方でコソコソしてるワケ?」
「いや、その」
「こっちに来なよ」
「それはダメだッ、君ならともかく、ハルちゃんの裸を見るわけにはッ」
「女同士だから別にいいじゃない、それともそのデカい胸ってもしかしてニセモノだったりするワケ?」
「そんなわけあるか、これは自前だ!」
勢いよく振り返ったセレスと目が合う。
途端に真っ赤になって「はわわッ」って後退りするけど、タオルを巻いてるから大丈夫だよ。
「おおッ、すごッ、牛みたい」
「牛って言うな!」
「そんなにデカくて重くないの? 絞ったら乳が出そう」
「うるさいな、鍛えているから重くはない、乳も出ない、当たり前だろ」
「ふーん、じゃあちょっと絞らせてみなよ」
「はぁ? おい、やめろ、触ろうとするな、この痴女!」
「はぁーッ? 誰が痴女よ、そんなこと言う奴はこうしてやるッ」
「やッ、やめッ、くすぐるなよオイッ、あはッ、アハハッ!」
二人とも楽しそう。
また逃げてきたモコが、今度は私の肩にとまって髪の影に隠れる。
「た、たべられる」
食べられないよ。
怯えるモコを撫でてあげながら、大騒ぎしてくすぐり合ってる二人を眺めていると溜息が出た。
いいなあ。
私も仲間に入れて欲しい。
セレス、他の女の子とは裸でも普通なのに、どうして私にだけ違うんだろう。
なんか納得いかない。
「んっふふーッ、ねえセレス、さっきからチラチラどこ見てんのよ、このスケベ」
「なッ、違う、私はッ」
「ふふーんバレてるしぃ? やっぱ気になるよねえ、好きな子のハ・ダ・カ」
「うるさいぞッ」
「アハハ、アンタって本当に面白い、まッ頑張んなよ!」
「くそッ」
モヤモヤする。
肩からモコが「はる?」って顔を覗き込んでくる。
平気、何でもない。
それよりお湯を使わせてもらおう、セレスはリーサと遊んでるといいよ。
体を洗って、髪を洗って―――いつの間にかこっちへ来ていたリーサにも分けてあげたらすごく気に入ってくれた。
後で作り方を教えてあげよう。
セレスはまた端の方でこっそり体や髪を洗ってる。
普通にこっちで洗えばいいのに、今は女の子なんだから誰も気にしないよ?
お湯を使い終わって、オーダーで呼んだ風の精霊ヴェンティに髪を乾かしてもらっていたら、セレスに声を掛けられた。
「ハルちゃん」
「何、セレス?」
セレスの髪もヴェンティに乾かしてもらってサラサラ、ランプの光を受けて飴色に艶々と輝いてる。
「これ便利だねえ!」ってリーサも喜んでくれた。
今はフワフワになった全身に毛艶を出すクリームを塗り込み中だ。
「あ、いや、その」
「どうしたの?」
「どッ、どうもしないけど、その」
何だろう?
首を傾げていたら、クリームを塗り終わったリーサが「ハル、乾いた?」ってこっちへ来た。
「うん」
「へえーっ、サラサラだね、綺麗、ウマの尻尾みたい」
「えへへ」
「セレスも髪サラサラだし、いいなぁ、アタシももっと気合入れて毛艶を良くしよう、そんでシアンをムラムラさせてやるんだ」
「ムラムラ?」
「そ、アイツすっごい奥手なんだもん、そろそろキスくらいしてくれたっていいのにさ」
「キスかぁ」
「ハルはしたことある?」
「兄さんとならするよ」
「家族はノーカン、こいつはどうなのよ?」
ノーカン?
こいつ、って呼ばれたセレスはムッとするけど、私と目が合った途端ポワッと頬を赤く染める。
そういえばシーリクではセレスとキスするところだった。
あの時は―――あれは多分、してないよね?
唇に手をあてるとリーサが急に「おッ?」って声を上げる。
「なになに、詳しく聞かせなさいよ、アンタたちまさかキスしたことあるんじゃ」
「あッ、あれは事故みたいなもので、まだちゃんしたわけじゃ」
慌てるセレスにリーサは楽しそうに口の端から牙を覗かせる。
「へー事故ッ、まだ? ちゃんとしたわけじゃ?」
「だ、だから」
「ねーハルどうなのよ、セレスはこう言ってるけどさ、実際キスしたわけ?」
わ、分からないよ。
でもセレスは友達だし、友達とのキスなら家族とキスするのと変わらないと思う。
違うの?
分からないけど、勝利のキスは結局しないままだ。
セレスは気にしてるのかな。
うう、顔が熱い、こういう話はやっぱり苦手だ。




