獣人特区オニックス
リーサと一緒にオニックスへ向かい始めて数日。
進む先に大きな壁が見えてきた。
―――高くて長い、どこまでも続いているような壁だ。
ノイクスの領内でも城壁で守られた街をいくつか見たけど、ここまでの規模はなかった。
「アレがオニックス、アタシらが暮らす街だよ」
壁に沿って幾らか進むと門が現れた。
城壁に対してはそこまで大きくないけれど、大型の馬車でも楽に通り抜けられそうなくらいはある。
その門の脇にもう一つ門があって、こっちは大人が楽に通れる程度の大きさ。
そっちの門の両脇には武装した獣人が立っている。多分門番だな。
「はーっ、やぁっと着いたぁ」
ミドリの鞍の上で、私の後ろに座っているリーサがぐんっと伸びをする。
「そうだね」
「でもさ、ここまでぜんっぜん何にも教われなくって、アタシらツイてるよね」
「ふふ、無事に着いてよかったよ」
「ホントホント! ハル達に助けて貰えたし、アタシってもしかして今かなり運がいい? 波来てる? やばッ、クジ買わないと」
「クジ?」
「あー、クジっていうのはね」
話の途中でリーサに「そうだ、あれ着ときなよ」って言われて、バッグからティーネに貰ったベストを取り出す。
確かにフワフワで着心地抜群だけど、そこまで効果があるのかな。
「はーっ、やっぱそれいいわ、すっごくいい匂い」
「へへ、有難う」
「でもなあ、うーん」
リーサは急に振り返って後ろのセレスをまじまじと見る。
「な、何?」
「アンタさ、もっと頑張んないと」
「へ?」
「強敵だよ、腹括んないと勝てないからね?」
「うっ」
「ほら気張んなよ、アタシは応援してあげるからさ!」
「あ、ああっ」
何の話だろう。
セレスも真面目な顔でリーサに頷き返しているし、二人って結構気が合うみたい。
勝つとか応援とか、後で何のことか訊いてみようかな。
「おおーい!」
こっちに気付いた門番に、リーサが大きく手を振る。
門番たちは目を丸くしてから、一人が慌てて門の中へ入っていった。
「アタシ、東地区のリーサ! 戻ったから入れてーッ!」
「止まれ、ここは獣人特区オニックスだ、人の立ち入りは制限されている」
「アタシは獣人、見て分かんないの? この人たちに世話になったから一緒に入れてあげて!」
門番は明らかに戸惑ってる。
門の近くでクロを止めて、リューだけ鞍から降りて門番の方へ歩いていく。
リーサもミドリの鞍をピョンと飛び降りて走っていくから、その後を私も追いかけた。
「失礼、俺はリューという、連れの者たちと特別自治領への入場を希望する、紹介状を持っている」
「どなたの紹介状かね?」
「ノイクスのエリニオス領、十一代目レブナント公の紹介だ」
「レブナント公でいらっしゃいますか!」
門番はまた驚いて、中から戻ってきたもう一人の門番に話を伝える。
二人はリューが取りだした紹介状を確認すると、真剣な様子で頷き合った。
戻ってきた方の門番が「少々お待ちください」ってまた門の中へ入っていく。
「ねえアタシは? 東地区のリーサなんだけど、早く中へ入れてよ」
「お前のことも今問い合わせている、しかし何だって外にいるんだ、今特区外への外出は禁止されているだろう」
「そんなの知ってる、薬置いてないのが悪いんでしょ」
「薬?」
「そう、アタシはシアンのために外へ薬を貰いに行こうとしたの、そしたら襲われて、捕まって」
「なッ」
ギョッとする門番にリーサは「でもコイツらが助けてくれたんだよ、アタシの命の恩人!」とかみつくような勢いで言う。
「だから早く入れてよ、ハルもセレスも疲れてるんだからさぁッ」
「いや、だから少し待てと」
「アンタね、この子見て疑うっての? ほら見なよ、このすっごいベリュメア!」
ベリュメア?
内心首を傾げながら、リーネに腕を引っ張られるまま門番の前に立った。
門番は私を見て、ティーネの手作りのベストを見て、ほう、と呟く。
「これはまた見事なベリュメアだ、恋人からの贈り物かい?」
「いえ、親友です」
「なるほど、これほど美しいベリュメアはそうは見かけない、うん、私個人としてはこのベリュメアだけでお嬢さんのことは信用できる」
「でしょ?」
「あの、ベリュメアって?」
「アタシら獣人の愛の証って意味だよ」
リーサがパチンをウィンクした。
「ベリュメアを贈って、受け取るってのはさ、そうだな、プロポーズみたいなもんかな、へへッ」
「プロポーズ?」
「ンまあ、色々だけどね、とにかく特別で大切な相手って意味、アタシもシアンに帽子をあげたし」
「おっさんは?」とリーサに訊かれた門番、トカゲの獣人は「おっさん」と唸ってから、照れくさそうに頭を掻いた。
「俺はその、歯を一本抜いて妻へ贈った」
「歯ぁ?」
歯かぁ。
パナーシアで元に戻せるだろうけど、普通は永久歯を抜いたら二度と生えてこないよね。
それは確かに特別な贈り物になる。
「歯ってマジ? トカゲ怖ァ」
「仕方ないだろ、お前達みたいに毛が生えてるわけじゃなし、脱皮の皮や切った尻尾なんかを贈るわけにもいかんし」
「確かに、そう考えると歯の方がまだマシかも」
「お前ら毛の生えている奴らはいいよな、まあ、俺の歯もネックレスにしていつも着けてくれているけどな」
「ヒューウッ、やるじゃんおっさん、ノロケかよ、このこのぉッ」
「こらよせ、まったく、大人をからかうんじゃない」
リーサって気安いから誰とでもすぐ友達になれるんだ。
私とも仲良くなってくれたし、いい子だな。
ベストを褒めてくれたよってティーネに教えたい。ティーネともすぐ仲良くなるだろう。
「お待たせいたしました」
門の中からもう一人の門番が戻ってきた。
この人は犬の獣人だから、大切な人へのベリュメアは自分の毛を使って贈るのかな。
「本部で確認が取れました、どうぞ入場なさってください」
「改めて、ようこそお客人、我らがオニックスへ」
門番たちがそう言うと、大きな門がゆっくり開かれていく。
その先に見えてきたのは広くて長い道、建ち並ぶ家々、奥の方にある建物群と、そのもっと奥の大きな建物。
「わぁ!」
今まで見た街の比じゃない、凄く広い、ここが獣人特区オニックス!
早速リーサが駆けだしていく。
「あっこらッ、お前の確認も取れているぞ、東地区のリーサ、捜索願が出されている、この書類にサインを」
「そんなのやってるヒマないっての、ねえハルッ、ハルのアニキたちとセレスもさ、宿を取るなら東地区のスズラン亭にしなよ!」
「えッ」
「安くしとくから、じゃあアタシは先に行くね、ゴメンッ、また後で!」
門番の制止も聞かず走っていっちゃった。
声を掛けた門番はため息を吐いてる。
「東地区のスズラン亭か」
隣に来たリューが苦笑する。
「恐らくリーサの身内が経営する宿だろう、せっかくだから世話になるとしよう」
「うん」
「お客人」
さっきの門番とはまた別の武装した獣人が声を掛けてきた。
「代表は近く選挙が行われる関係で現在ご多忙です、皆様と面会の時間を取られるまで今しばらくかかるとのことです」
「そうですか、手間を取らせてすみません」
「いえ、後日使いの者がお迎えに上がりますが、お待ちになられる間の逗留先は」
「さっきあの子が言っていた東地区のスズラン亭にします」
武装した獣人はリューと顔を見合わせて小さく笑い合う。
「かしこまりました、ではそのように伝えておきます」
「あの、皆さんがお忙しいのは承知の上で頼みたいのですが、スズラン亭までの案内をどなたかにしていただけませんか?」
「無論ご案内いたします、代表のお客人でいらっしゃいますからね」
頷いて、その獣人は別の獣人を呼ぶ。
なんだか見たことのない姿だ、目の周りが黒くて、鼻が尖っていて、多分クマの獣人かな?
「レメスといいます、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「では案内しますので、ついてきてください」
ロゼとセレスもクロとミドリの鞍から降りて、手綱を引いてこっちへ来る。
モコは私の肩の上、相変わらず小鳥のフリを続けている。
「ところで、皆さんはどうしてオニックスへ?」
「ノイクスでレブナント様にお世話になったので、こちらの代表へも是非ご挨拶しておきたいと思い立ち寄らせていただきました」
「なるほど、なるほど、見たところ商人って雰囲気でもありませんよねえ、もしや名のある貴族の方では?」
「それは、お忍びの旅なので、追及はどうかご勘弁願いたい」
「おお、そうでしたか、失礼しました、ではこれ以上は何も訊きません、我らがオニックスの素晴らしさを存分にご堪能さなってください」
兄さん、適当に話を合わせた。
後でバレないかな。
でも、兄さん達やセレスはともかく、私って貴族の令嬢には多分見えないよね。
さっきの話が疑われるとしたら私が原因になるかもしれない。それはちょっと嫌だ。
どんな風に振舞えば貴族の令嬢っぽく見えるだろう。
―――そんなことを考えていたら、ついでにシーリクで起きたあの出来事まで思い出してしまった。
「ハルちゃん?」
セレスが顔を覗き込んでくる。
表情に出てたかな、だけど今でも腹が立つし、許せない。
言うこともやることも全部メチャクチャ、あんなのは参考にならないし、しないよ。
そうだ、セレスに教えて貰おう。
なんたって王子様で、しかも王女様でもあるわけだし、これ以上ないお手本が傍にいたんだ!




