表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/555

頻発する獣人の誘拐

「アタシもさあ、自分の毛で手作りしてカレシに贈り物したんだよね、帽子だけど」


私とリーサ、セレスで一緒にミドリの鞍に乗っている。

ロゼはさっきからクロの鞍の上でリューを抱えてご機嫌だ。

そのリューはなんだか色々と諦めたような顔をしている。


「帽子?」

「そっ、アタシみたいな獣人は季節で毛が生え代わるんだけど、それを少しずつ貯めて、綺麗にして、紡いで毛糸を作るんだ」

「へえ」

「仕上がるまで何年もかかるんだよ、帽子作るだけで三年かかった、だからベストなんて多分もっとかかってるよ」

「そんなに?」

「そんなに! だからさ、アンタの持ってるベストってすっごい愛の証なの、オニックス入る前に着ておきなよ、獣人なら見れば一発で信用するから」

「捕らえた獣人の毛を刈って作った、なんて思われたりしないのか?」


セレスが訊くと「ナイナイ」ってリーサは手を振って笑う。


「無理やりと愛情込めたのとじゃ匂いが全然違うってハナシ!」

「そうなのか」

「私も嗅いだこと無いんだけどさ、クッサいんだって! 鼻が曲がりそうだって聞いた、でもアンタのベストは甘くてすっごくイイ匂いがした!」

「えへへ」

「ねえ、ハルって言ったよね、アンタからもいい匂いがするね」


リーサは私の首の辺りをクンクンと嗅ぐ。


「よく言われる、やっぱりオイルじゃないかなあ、あとは洗髪料とか石鹸の匂い」

「違うと思うけど、何かこう、落ち着くっていうか、ホッとする匂い、ちょっとクセになりそう」

「それは分かる」

「でしょ?」


ええと、セレスも何が分かるんだろう。

リーサと意気投合されると少し恥ずかしい。自分の匂いなんて自分じゃ分からないよ。


「あ、そうだ、リュー兄さん」

「なんだいハル」


ロゼが返事した。

リューは変わらず前を向いたまま、目だけこっちへ向けてくれる。


「ええと、そろそろ野宿の用意かなって」

「ああ、そうだね、間もなく日も暮れる」

「そうだな」


ため息交じりにリューも答えてくれた。


「ハル、場所を探そう、手伝ってくれ」

「分かった」

「俺もいい加減この状況から解放されたい」

「何故だい? 僕はとても楽しい、可愛い君と久々の相乗りだ、ふふ、君は本当に大きく育ったなあ」

「やめろ、鬱陶しい」


セレスが「いいなあ」なんてぼやく。

兄さん達いつも仲がいいからね。

リーサは「アンタのアニキたち面白いね」って笑った。


―――適当な場所を見つけて、火を起こし、携帯食と現地調達した食材でリューが美味しい夕食を作ってくれた。

野宿が苦じゃない理由はこの食事が私にとってすごく大きい。

村にいた頃と変わらずリュー兄さんの手料理が食べられる、だからいつも元気でいられるんだ。


「うっまッ!」


リーサも目を輝かせて絶賛する。

うんうん、分かるよ。


「野宿でこんな美味しいのが食べられるなんて、やっぱりアンタらいいヤツだね!」

「兄さん、知っている料理は何でも美味しく作れるんだ」

「へえ、すごッ」

「知らない料理も味を覚えたら作れるよ」

「ホント? ねえハル、アンタのアニキって料理人?」

「ううん、違う」

「えー勿体ないッ、これならお金取れるよ、絶対店出しなって!」


食事が済んで、落ち着いたところで、リューがリーサに声を掛けた。


「リーサ」

「あちち、何?」


セレスが淹れてくれたお茶、ちょっと熱かったみたい。

獣人って熱いの苦手な人が多いよね。


「改めて話を聞かせて欲しい、襲われて攫われたと言っていたな?」

「あーうん」

「事情を説明してもらいたいんだが」

「いいけどさあ、自分から厄介ごとに首突っ込みたがるなんて、変わってるね」


そうかな?

リーサは頭を掻いて、うーんと唸りながら眉間を寄せる。


「アンタたちノイクスからの旅行客だって言ってたよね?」

「ああ」

「ノイクスじゃ奴隷って殆どいないんでしょ?」

「いないな、ノイクスでは人と獣人の立場は対等だ」

「それってすごいよね、ベティアスには奴隷って割といるんだ、ここよりもっと西寄りの地域が特に多い」

「そう聞いたな」

「まあ、でも亜種はさ、ここでも扱いは人と同じだけど、アタシみたいなただの獣人は特区以外じゃまともに相手してもらえないんだよね」


どうしてだろう。

姿が違うのっていけないことなのかな。

生まれつきなんだから、そこに差別を持ち込むのは納得いかないよ。


「だから、前からたまに攫われて売られたりすることもあったんだけど、最近なんか数が多くてさ」

「理由があるのか?」

「知らない、でもたまに戻ってくるんだよね、で、そいつらは何かダメになっちゃってるの」

「ダメ?」

「頭がイカれてバカになってんの、返品されてるのかも、だったら本気で最悪だよ」

「戻ったその人たちはどうしているんだ?」

「全員死んだって」


暴れて手が付けられないから、殺すしかなかった。

そう話して、リーサは俯きがちに暗い表情を浮かべる。

重い空気の中で焚火の火がパチッと爆ぜた。


「知り合いの知り合いも旦那さんが殺されたって、捕まえて牢屋にぶち込んでも次の日には勝手に死んでるらしい」

「その理由は分からないのか?」

「特区には医者も学者もいるけど、みーんなお手上げだって聞いた」

「そうか」

「だから今は出入りが厳しくなっちゃってさあ」


はあ、とリーサはため息を吐く。

それじゃどうしてリーサは特区の外にいるんだろう。


「アタシはカレシが病気で、薬貰いに行ったら今切らしてるって、意味分かんない、だから抜け出して他所で薬貰うつもりだったんだ」

「なッ、無茶するなあ」


セレスが目を丸くする。私も同感だ。

途端にリーサは身を乗り出しながら「カレシが辛そうなのに放っておけないでしょ!」って目を吊り上げた。

 

「そ、それは、そうかもしれないが」

「アタシはアイツに本気で惚れてんの、だから絶対助けるって覚悟決めて特区から出たんだ、でも、そしたら」

「捕まったわけか」

「ほんっと最悪、もー最低ッ、バカでしょ、お金も盗られちゃったし、こんなの意味ないだろって!」


リーサはぬるくなったお茶を一気に飲み干して足をバタバタさせる。

そして今度は頭を深く下げた。


「だから、ほんッとうに有難うございました! アタシさ、あのまま死んじゃってたら、そしたらシアンだって、ううッ」

「気にしなくていいよ、顔を上げてよ」

「うん」


起き上がったリーサはぐしょぐしょになった目の辺りを擦る。

鼻を啜ってから、へへ、と牙を見せて笑った。


「アンタらさ、いいヤツだね、アタシ人に親切にされたのって初めてだよ」

「そっか」

「なんか変なカンジ、特区の奴らもきっとビックリするよ」


リューが綺麗に畳んだ布を手渡しながら「話の続きだが」とリーサに声を掛ける。


「君の他にも攫われた獣人がいると言っていたな、その人たちはどうなったんだ?」


受け取ったリーサは布で顔を拭いて、ついでに鼻をかんだ。

畳みなおした布を握りしめるリーサの表情がまた暗くなる。


「分かんないけど、多分ダメだと思う」

「ダメっていうのはどういう意味だ?」

「アタシたちを攫った奴ら、納期がどうとか言ってシェーラの森を抜けようとしたんだよ」

「シェーラの森?」

「ここから南にある森、魔樹がうようよ生えてるから誰も近付かない」


魔樹。

魔物の中でも特に木の魔物を指す言葉だ。

前に兄さんが話していた魔性植物の一種で、これも確か捕らえた獲物を幹に取り込んで養分にするって本に書いてあった。

そんなのがうようよいる森なんて絶対に近付きたくない。


「やっぱり襲われてさ、アタシはどうにか逃げたけど、他の子たちがどうなったかは知らない」

「そうか」

「攫った奴らも、アイツらは全員食われちゃえばいいけど、最低だよ」


セレスがお茶のおかわりを勧める。

今度はカップに注がれたお茶を、リーサはよく冷まして飲んだ。


「結局薬は持って帰れないし、もうお金も無いし、シアンどうしてるかな、具合悪くなったりしていないかな」

「シアン?」

「カレシだよ、最高に格好いいタヌキの獣人」


リーサの彼はタヌキなのか、彼もフカフカしてそうだな。


「熱が出て、鼻水が酷くてさ、ずっと咳き込んでるし、シアンは寝てれば治るなんて吞気に言ってたけど、アイツ自分のことはいつも適当だから」

「それは風邪じゃないのか?」

「医者もそう言ってたよ、でもさ、風邪でも最悪死ぬでしょ?」

「まあ、そうかもしれないが―――だったらこれを持っていくといい」


バッグから小さな包みを取り出して、リューはリーサの手に乗せる。


「何これ?」

「俺が調合した風邪薬だ」

「ええッ、ハルのアニキって薬まで作れるの?」

「簡単なものだけだ」

「すごい、料理もできるし、何でもできるね、一家に一人は欲しいアニキだ」


黙ってお茶を飲んでいたロゼがじろりとリーサを睨む。

リーサはまた耳をピッと伏せて体を竦ませた。


「こらロゼ」

「話はもういいだろう、そろそろ僕は休みたい、君たちも眠った方がいい」

「はいはい、分かったよ」


モコも、さっきから大人しいのは小鳥のフリをしているからだ。

時々ピイピイ鳴くだけで全然喋らない。今は私の肩の上でモフッとうずくまっている。


「今日はもう休もう、明日陽が出たらなるべく早く発とう、どうも嫌な雰囲気だからな、オニックス入りを急いだほうがいい」

「そうしてくれるとアタシも助かる! 早く帰ってシアンにこれを飲ませてあげなくちゃ」

「そうだね、分かった」

「分かりました、急ぎましょう」


見張りは兄さん達がしてくれるから、私達は一緒に寝ることにした。

モコも私の服の中に入ってフワフワと丸くなる。

セレスとリーサと一緒に毛布に包まって体を寄せ合うと、リーサが「なんか変なカンジ」なんてまた言ってクスクス笑う。


「人とこんなことしたなんて特区の奴らに話したら、きっと腰抜かすよ」

「そうなの?」

「アンタたち見てるとノイクスに行きたくなってくる、アタシもいつかシアンと一緒に移住しようかな」

「ふふ、ノイクスはいい国だよ」

「だね、ふぁあァ、なんか眠くなってきた、ハル、セレスも、本当に色々とありがとね」

「どういたしまして」

「リーサが元気になってくれて嬉しいよ」

「もーッこのお人好し、寝よ寝よッ、特別にアタシにくっついていいよ、フワフワだから、いい毛並みでしょ?」

「ふふッ、本当だ」


モコもクルクルと鳴いて羽を摺り寄せてくる。

オニックスってどんな場所だろう。

早くリーサを連れ帰ってシアンに会わせてあげたい。

シアンも少しは具合がよくなっているといいよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ