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キツネの少女

獣人特区オニックスへ向かい始めて五日。

レブナント様への書状を預けた鳥が、返信を持ち帰ってきた。


「ほ、本当に返事を持ってきた」


またセレスはひたすら感動してる。

気持ちは分からなくもない。

普通は訓練を受けていない鳥が手紙を運ぶなんてありえないよね。


「レブナント様の紹介状だ、これでオニックスに入れる」


鳥が運んできた筒の中身を確認したリューは、書状をまた筒に戻してカバンにしまう。

―――手紙を出した後で教えてくれた。

レブナント様の亡くなられた奥様、母さんととても仲が良かったその方の、お母様がかつてオニックスの代表を務めていらっしゃった。

そのつながりでレブナント様はオニックスに顔が利くらしい。

現代表は亡くなられた奥様の妹で、その方も母さんと面識あるそうだから、書状があれば受け入れてもらえるだろうって話していた。

レブナント様の奥様。

もしかして、前にお屋敷を訪ねた時に見かけた写真の獣人、白くて綺麗なウサギの獣人だった、あの方が奥様なのかな。


「ねえリュー兄さん」

「なんだ?」

「前も思ったんだけど、現オニックス代表の方と母さんが面識あるなら、レブナント様の書状って要ったの?」

「要る、書状があれば話が通りやすい、門番に代表と知り合いです、と言ったところで証明するものを俺達は何も持っていないだろう」


そもそも俺達自体は面識がない、そう言われて確かにって納得した。

母さんが知り合いってだけじゃ上に話が通るまでに門前払いされるかもしれないよね。


「紹介状も届いたことだし、先を急ごう、お前たちもいい加減宿のベッドが恋しいだろう」

「うん、野宿も悪くないけど、寝るならやっぱりベッドがいいよ」

「ぼくもぉ」

「私もです、最近疲れが抜けなくなってきて」


苦笑するリューだって少し疲れた顔をしている。

ロゼだけはいつもと変わらない、やっぱりラタミルだからなのかな。

でも、モコは私の肩の上でペショッとなってるから、ただロゼがすごいだけかもしれない。


「ふむ、では久々にアレをやろうか」


そう言ってロゼはクロを停めると、鞍からひらりと飛び降りた。

振り返ってリューに目配せする。

リューも頷き返して、私に「ハル、コールを使ってくれないか」と頼んできた。


「いいけど、どうして?」

「クロとミドリを酩酊させてくれ、正気のままじゃロゼの『威圧』でまた動けなくなる」

「えっ、兄さん、あれをやるの?」


ロゼがニコッと笑い返してくる。

この辺りを『威圧』してもらえたら確かに移動にだけ専念できる。オニックスにも早く辿り着けるかもしれない。


「俺の香炉と血を使え、こいつらは俺と契約しているから、お前の血だと逆に興奮する」

「はい」


私も鞍から降りて、リューが血を垂らした香炉を受け取った。

リューの背中からセレスが興味ありそうに覗き込んでくる。


「―――よし、クロ、ミドリ」


そこへ更にオイルを垂らしたリューの香炉をクロとミドリの前でゆっくり揺らす。

リューが自分でやらないのは、多分効き過ぎるからだろう。すっかり酔ってしまったら結局動けなくなるよね。

スンスンと香りを嗅いだ二頭は目をトロンとさせて、項垂れたまま動かなくなった。


「効いたようだな、ロゼ、いいぞ、やってくれ」


頷いたロゼは辺りを見渡して、ブワッと周囲を圧倒する!

木々がざわめき、鳥が一斉に飛び立った。

やっぱりすごいよ、ビリビリした、モコはどうにか今回は踏ん張って耐えたみたい。

ハッと我に返ったクロとミドリが嘶きながら前足を振り上げた。

手綱を引いて「どう、どう」とリューがミドリを往なす。

私もクロの手綱を取ろうとして、その前にロゼが問答無用でクロの首を掴んで抑え込んだ。


「ハル、危ないよ、こういう時は不用意に近づいてはいけない」

「ありがとうロゼ兄さん、気をつける」


クロも大人しくなったけど、すっかり怯えてブルブルと震えている。

どうどう、大丈夫だよ、もう怖くない。

撫でてあげたら落ち着いて、私に甘えるように鼻先を摺り寄せてきた。ふふ、よしよし。


「あ、の」

「うん?」

「い、いまの、なん、なんです、か?」


あっセレス。

リューの背中にぐったり凭れている。しまった、先に説明しておくんだった。

振り返ったリューも苦笑して「すまない、大丈夫か?」ってセレスを気遣う。


「ロゼがこの辺りに潜む魔物や賊の類を圧倒して一時的に動けなくしたんだ、これで移動だけに専念できる」

「ふぁッ? し、師匠はそのようなことも出来てしまわれるのですか?」

「ああ」

「すッ、すごいいいいいッ、師匠ッ、流石師匠ッ、尊敬します、ああッ師匠ぉぉぉッッッ!」


またいつもみたいに感動して泣き出した。

セレス、大丈夫そうだね。

小さく息を吐いたロゼが、私をクロの鞍へ抱えてひょいッと乗せてくれる。

そして自分も私の後ろにひらりと飛び乗った。


「行こう、恐らくオニックスまで二週間程度で着ける」

「ああ、そうしよう」


ひらひらとロゼが頭の上で手を振る。

シーリクの時と同じように全身をロゼの魔力で包まれた。認識阻害の効果付与だ。


「ねえ、ロゼ兄さん」

「ん? なんだいハル」


進みだしたクロの鞍の上で揺られながらロゼを見上げる。

金の前髪の奥から覗く、長いまつげに飾られた紫の瞳が私を覗き込む。


「兄さんっていつもすごいね、有難う」

「むっ」

「そうだねはる、ししょーすごい、きれい!」


モコも私の肩の上で翼をパタパタさせる。


「フフ、君は本当に愛らしい、当然さ、ハル、可愛い妹のためならお兄ちゃんは何だってするよ」

「ぼくにも『威圧』おしえてししょー」

「うるさい」

「むうーっ」


むくれるモコに、ロゼはフンと鼻を鳴らす。


「お前には無理だ、僕の圧にやられているうちは教えたところで意味がない」

「うーっ」


だけど、それもそうかも。

モコが威圧しても可愛いだけな気がする。ちょっと見てみたい。


「はる、ぼくもっとつよくなるよ!」

「うん」

「ししょーみたいに『威圧』できるようになる、がんばる!」

「そうだね、頑張ろうね、モコ」

「うん!」


いつかモコもロゼみたいに『威圧』できるようになるのかな。

その時は人型に変われるようになっているかもしれない。


―――時々ロゼに周囲を『威圧』してもらいながら移動を始めて一週間と少し、あと数日でオニックスが見えてくるはずと聞いた次の日。

晴れた空の下、濃密な緑の景色の中を進んでいる最中の出来事だった。


「はる、おんなのこがいるよ」


モコが翼で示した先の茂みから足が覗いている。

途端にリューがミドリを走らせ、その後を私とロゼもクロで追った。


「おい、しっかりしろ!」


ミドリの鞍から飛び降りたリューは女の子の傍らへしゃがみ込む。

同じようにセレスも駆け寄り女の子の様子を伺った。


「酷い、ボロボロじゃないか」

「傷だらけだが致命傷は無さそうだ、傷を癒せば意識も戻るかもしれない」

「それ、私がやるよ!」


傍へ行って女の子の体に触れる。

茶色の毛並みにふんわり大きな尻尾、尖った鼻と耳、キツネの獣人だ。

服も体もボロボロで、ぐったりしたまま動かない。

何かに襲われたのかな、とにかく早く治してあげよう。


「リール・エレクサ」


よし。

これで見えている傷も、見えない傷も、一通り治ったはず。


「う、ううん」


あっ気が付いた。よかった、ホッとしたよ。

目をゆっくり開いた女の子は、私を見て、兄さん達とセレスを見て、いきなり全身の毛を逆立てる。


「だッ誰!」


起き上がって飛び退くと、こっちを睨みながら牙を剥いた。

ええと、気付いたばかりで混乱しているのかな。

取り合えず落ち着かせないと。


「旅行客だよ、ここで貴方を見つけて傷を癒したの、ねえ、もう痛いところはない?」

「き、傷?」


女の子は自分の体をあちこち確かめてから、またこっちをじっと見る。


「アタシなんか助けてどうするつもり、恩を売ろうっての? それともどこかへ連れて行く気?」

「そんなことしないよ」

「人が何の見返りもなく獣人を助けるわけないじゃない!」

「落ち着いてくれ、今こいつも言ったが、俺達はノイクスから来た旅行客だ」


リューが声を掛けると、今度はリューへ目を向けて「旅行客ぅ?」って疑うように顔を顰めた。


「ふん、人の言うことなんか信用できない」

「事実だ、ここを通りがかったら君が倒れていたから助けた、それだけだ」

「街道外れのこんな場所をわざわざ選んで旅行客が通るわけないじゃない、怪しい、アンタたち本当はアイツらの仲間なんでしょ!」

「アイツら?」

「アタシを襲って攫おうとした奴らよ!」


女の子は「他の子たちもアイツらにッ」と絞り出すように言う。

どういうこと?

何か事情があるの?


「それはどういう意味だ、何があった、君はどうしてここで倒れていたんだ」

「アタシだけ逃げたの! ねえアンタたち本当にヤツらの仲間じゃないの?」

「違う」

「嘘だったら噛み殺してやるッ」

「黙れ、この愚か者!」


いきなりロゼが声を張って、女の子はキャンって鳴いて尻もちをついた。

耳をペタッと頭に寝かせながら小さくなって震えている。


「こらロゼやめろ、怖がらせるんじゃない」


ムスッとしたロゼはリューに任せて、私は女の子の傍へ行く。

セレスもついてきた。

モコは私の肩の上で様子を伺っている。


「ねえ平気? あの、本当に私たち、貴方を助けただけだよ、事情があってオニックスへ向かっているの」

「なん、で」

「言えないけど、でも酷いことなんてしないよ、それより家はどこ? 近くなら送るよ、もしついてくるのが嫌なら途中までにするから、だから」


女の子は不意にスンスンと鼻を動かす。

こっちの様子を伺いながら暫く匂いを嗅いで、何かに気付いたように私のバッグへ鼻先を近づけた。


「ねえこれ何? なんだか匂う」

「あ、えっと、オーダーのオイルじゃないかな」

「オイル?」


「そんなんじゃない」そう言いながら女の子は私のバッグにいきなり手を突っ込んだ。

私より先にセレスが「何をする!」ってその手を掴もうとするけど、先に何か取り出して持っていかれた。

小さな袋、あの中にはティーネから貰ったベストが入っている。


「えっこれすごい、いい匂い!」


ベストを見詰めて、感触を確かめたり匂いを嗅いだりしてから、女の子は私を見て「これってアンタのだよね?」と訊いてくる。


「そうだよ、幼馴染の親友が誕生日にくれた宝物だよ」

「そっか、ウサギの毛だよね、これ」

「ウサギの獣人なんだ、真っ白でフワフワで、すごく可愛い子だよ」

「分かる、絶対そう」


頷いて、袋の口をキュッと絞る。


「勝手に取ってごめんね」


袋を返してくれた女の子は、また耳を寝かせて申し訳なさそうにした。


「でも、バッグの中から匂うなんて、その子、アンタのことよっぽど好きなんだね」

「匂い、する?」

「するよ、獣人はね、特別な相手にだけ自分の毛で作った贈り物をするんだ、まあ人の鼻じゃそんなの分かんないだろうけどさ」


ニッコリ笑った女の子は白い歯を覗かせながら「アタシはリーサ」と名乗る。


「見てのとおりキツネの獣人、疑ってごめん、アンタは悪い奴じゃなさそうだね」

「あ、うん」

「アタシさ、オニックスで暮らしてるんだ」

「えッ」

「人が何の用か知らないけど案内するよ、だからアタシも一緒に連れてって、ね?」


立ち上がったリーサは服の汚れをパンパンと払う。

そして私へ手を差し出して「ってことでよろしく!」とフカフカの尻尾をパタパタ振った。

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