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明確な悪意と殺意

「自害したようだな」


リューの言葉に体が震えた。

捕まったから自分で死んだってこと、だよね。


「こいつは殺しを生業としている者だ」

「えっ」

「暗殺者ってことだよ、ハルちゃん」


セレスが後ろからそっと私の肩を支えてくれる。

暗殺者。

言葉は知っていた、でも、物語の登場人物みたいに遠い存在だった。

それが目の前にいる。

リューが覆面を剥いで「一応確認してくれ、知っているか?」ってセレスに訊いた。

セレスは首を横に振る。


「そうか」


立ち上がって、リューは「行こう」と歩きだす。


「に、兄さん」

「どうした?」

「この人、このままにしておいていいの?」

「そのうち誰か気付く」

「でも」

「事情を聞かれたら厄介だ、それに俺達は今、なるべく人目を避けるようにしている、だからこれは身元不明の不審死として扱ってもらった方が何かと都合がいい」

「う、うん」

「行こう、ハルちゃん」

「分かった」


リューは預けたクロとミドリを引き取りに行った。

その間、街から出て少し離れた場所で戻ってくるのを待つことにした。


「リュー兄さん、一人で平気かな」

「問題ないよ、ハル」

「うん」


ロゼが傍で辺りを警戒してくれている。

私の隣にはセレスと、モコも肩にとまって首の辺りにフワフワな羽を摺り寄せて慰めてくれる。


「どうして襲われたんだろう」

「私のせいだ、すまない」

「そう、なのかな」


でもおかしいよ。

だって、あの野爵令嬢やセレスのお付きだった人は、セレスを取り戻すのが目的のはずだよ。

そのために私を捕まえようとした。

だったら―――あの時命を狙われたのは、私ってこと?


「っつ!」

「は、ハルちゃん?」

「はる?」

「ハル、どうかしたのか、大丈夫かい?」


怖い。

旅に出てから魔物や賊に何度も襲われたけれど、あれは誰にでも降りかかる災難だ。

あの時はじめて、私だけに向けられた悪意で命を狙われた。

違うかもしれない。

だけど、可能性はある。

そう思った途端に不安で、怖くて、体が勝手に震える。


「大丈夫だハルちゃん、私が必ず君を守る」

「はる、ぼくもいるよ」

「不安など不要だ、遍く君の敵は僕が排除する、僕が傍にいる、このお兄ちゃんがついているよ、ハル」

「う、うん、平気」


笑おうとするけど、上手く笑えている自信がない。

こんな時に心配なんてかけたくない。

私のせいで皆が不安になるなんて嫌だ。

でもどうして、いつもみたいに気持ちの整理がつかないよ。


「―――どうした?」


声がして振り返ると、クロとミドリの手綱を引いてリューが戻ってきた。


「ああリュー、ハルが怯えてしまって」


答えたロゼから私へ視線を移して、リューは二頭に待つよう声を掛けてから傍に来る。


「ハル、怖いか」

「平気、まだちょっと動揺しているだけだよ」

「恐れから目を逸らしてやり過ごそうとするな」


隣に座ったリューは、まっすぐ私の目を見ながらそう言う。


「恐怖は原始的な感情だ、誰にでもある、そして蓋をしてもいずれ出てきてしまう、むしろ見ないふりをした分だけ大きくなってお前を呑み込むだろう」

「でも」

「怖いと思うなら、何が怖いのか、どう怖いのか、考えるんだ」

「考えるの?」

「そう、まず一番怖いことは何だ」


さっきの、あの出来事が頭の中で鮮明に蘇ってくる。

震えた私をリューがギュッと抱きしめてくれる。


「ハル、ここに来るまでの間に何度も魔物や野盗と戦っただろう、それとさっきの出来事と、何が違った?」

「わ、私を、殺そうとしてッ」

「目的が殺害だったかは定かじゃないが、お前とセレスが狙われたことは事実だ」

「うん」

「理由に心当たりはあるかもしれないが」


あの人たちの狙いは私。

王子のセレスを殺そうとするわけがない、傍にいる私が邪魔だから、それで。


「お前はこの先どうしたい?」

「えっ」

「不安なら、海にはいかなくてもいい」


驚いてリューを見上げる。

そう言うなんて思いもしなかった。


「諦めるの?」

「そうだ」

「海に行かないの?」

「ああ、また同じ目に遭うかもしれない、お前を殺そうとするやつが現れるかもしれない、だから海は諦める」


海に行かない。

それはなんだか、すごくよくない気がする。

勿論憧れはあるけれど、海そのものに特別思い入れがあるわけじゃない。

だけどここで諦めること、それが、何だかもっと大きなものを諦めることに繋がってしまいそうな気がする。


ネイドア湖でネイヴィから南方の海に咲く花の種子を受け取りに行けと言われた。

そのことも気になっている。

エノア様から私への贈り物、どうして私にって思うけど、きっと何か理由がある。


海には、行かなくちゃ。

セレスだって放っておけないよ、海を諦めるってことは、セレスとも一緒にいられなくなるってことだ。

だって今エルグラートへ戻ったらセレスは確実に連れ戻されるだろうし、その後どうなるかなんて改めて考えなくても想像がつく。


「いやだ」


はっきりリューに告げる。


「海には行く、絶対行く、不安だから、怖いからって、諦める方がもっと嫌だ」

「ハルちゃん」


振り返るとちょっと泣きそうな顔のセレスと目が合う。

ごめん、また気にさせたよね。

でもセレスのせいじゃない、これは私の問題だ。


海へは行く。

怖い目や危ない目になんかもう何度も遭ってきた、今更、殺し屋ごときを怖がっていられるか!


「流石は僕のハルだ!」


ロゼが満面の笑みで手を叩いた。

肩にとまっているモコもスリスリと羽をめいっぱい擦りつけてくる。


「ああ、なんて美しいのだろう、その気高さ、強い意志、折れぬ不屈の心、僕の妹がこんなにも美しいだなんて、僕は君のお兄ちゃんであることを今、改めて誇りに思う!」

「はるきれい、ぼくはるすき、はるだいすき!」


「まあ」リューが笑う「俺はお前を臆病者に育てた覚えはないからな、そう言うだろうと思っていたさ」なんて、私を信じてくれたから、あんなことを言ったんだ。

有難う、いつも見守ってくれて、傍にいてくれて。


「海へ行こう、心配することはない、お前には俺達も、セレスも、モコだってついているんだ、思うままに進め」

「うん!」

「ハルッ、リューッ」


いきなりロゼにリューとまとめて抱きしめられる。

モコまで巻き込まれてムギュッてなって、苦しいよ兄さん!


「おいバカやめろ、何考えてるんだ、苦しい!」

「ししょー、ぼく、つぶれるぅ」

「君たちにはこの僕が、お兄ちゃんがついている! 君たちの憂いは全て僕が払おう、何も心配いらない、必ず君たちを無事に海へ連れていく!」

「分かったから離せ、顔を擦りつけてくるんじゃないッ」

「ロゼ兄さん、苦しいよ!」

「あの青い海を必ず見せてあげるよ、ハル、リューッ」

「ウフフ、もう、ロゼ兄さんってば」

「ロゼ、いい加減にしろ!」

「むぎゅう、ぺしゃんこになっちゃうぅ」


不安はいつの間にか消えてた。

自分でも単純だなって思うけど、兄さん達がいてくれるんだ、セレスも、モコも一緒だし、私は一人じゃない。

だから前を向いていられる、強くなれるんだ、それが今は心から嬉しいよ。


やっとロゼが離れて、リューはロゼを捕まえて向こうへ連れて行った。

叱るのかな、程々にしてあげて欲しいよ。

今度は隣にセレスが座る。

なんだか、少し拗ねた雰囲気?

もしかして仲間外れが寂しかったのかな、今更だけどギュッてしてあげた方がいいかな。


「ハルちゃん」


私が手をギュッと握られる。

ええと、やっぱりそういうこと?


「私が君を抱きしめたら師匠に叱られるから、これだけ」

「うん」


頷くと少し嬉しそうに笑う。

セレスの手、温かいな。


「何度も謝ってすまないけど、巻き込んでごめん、本当にごめん」

「いいって言ったでしょ?」

「ああ、でも私は君にだけは傷ついて欲しくないんだ」

「私もだよ、だから守るよ」

「私も君を守る、絶対に、何からも誰からも必ず守り抜いてみせる」

「ふふッ、有難う、頼りにしてる」


赤くなったセレスは、今度ははにかんで笑った。

その笑顔に上手く言えない不思議な気持ちが湧いて、ついじっと見つめてしまう。

私が知っている限りだとロゼの次に美人なセレスだけど、今はなんだか可愛い。

変なの、年上だし、半分男の人だし、背だって私より高くていつも頼もしいのにね。


「ハル、セレス、それとモコ」


戻ってきたリューが地図を広げた。

ロゼも隣にしゃがみ込む。


「今後のことを考えて、一度体勢を立て直すためにも、今から手紙を書いて紹介状を取り寄せようと思う」

「紹介状?」

「お前も世話になっただろう、エリニオス領主のレブナント様だ、あの方に紹介していただいて獣人特区オニックスに入る」

「えっ」


セレスも目を丸くしている。

獣人特区、前に話を聞いた場所だ。

特区ってことは多分出入りに制限があるはずだけど、紹介状があれば人も入れるの?

でもレブナント様はノイクスの領主様で、ベティアスとは国が違うのに、どうして紹介状を用意できるんだろう。


「詳しい説明は後でする、手紙を書いたらすぐ移動するからそのつもりでいてくれ」

「はい」


リューは早速荷物から紙とペンを取り出して手紙を書き始める。

書き上げた手紙をロゼが受け取って、クルクルっと丸めて魔力で封をしてから「誰か」と空へ呼びかけた。

すぐに鳥が一羽飛んでくる。


「えッ」


セレスはもっと驚いてポカンとしてる。

モコだけじゃなくて、実はロゼもラタミルだって知ったらどうなるんだろう。

腰を抜かすかもしれない。


「この手紙をノイクスのエリニオス領主レブナントの元へ、至急だ、返信を預かったら僕の元まで運べ」


鳥は手紙を足で掴むと、鋭く一声鳴いて飛び立つ。


「す、すごい、師匠は鳥を自在に操られるのか」

「うん」

「まるでラタミルだ」


ぎくり。

―――今のでまさか気付いたの?


「美しく、気高く、雄々しく、強く、そして鳥を自在に操るなんて、ああっ師匠、貴方の広い背中に大いなる翼が見えるようです、師匠!」


違うみたい。

感激して泣き出したセレスをロゼは鬱陶しそうに見てる。隣でリューも苦笑している。


「せれす、ぼくもたらみるだよ!」

「そうだね、モコちゃんもとても美しく気高い姿をしているよ」

「えへん!」


二人はすっかり仲良くなったね。

また来た時と同じように、ミドリの鞍に私とロゼが乗って、クロの鞍にリューとセレスが乗って、移動を始める。

久しぶりに宿のベッドで眠れると思ったのに、残念だけど、あの街へはもう行きたくないよ。

ため息を吐いた私の髪をロゼが何も言わずそっと撫でてくれた。

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