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ドライアの大森林にて 4

「だ、誰?」


人?

こんな場所にどうして人がいるの?

私と同じように落っこちたのかな、それとも―――まさか、人じゃなくて魔物?


「人に訊く前に、まず自分が名乗るべきだろ」


カンテラの灯りと一緒に現れたのは男の子だった。

多分だけど私とそんなに歳は離れていない、こっちを見る目付きが鋭いというか、ちょっと怖い。


「あ、うん、そうだよね、私はハルだよ」

「ぼくはモコ!」


わっモコ、喋っちゃダメだよ!

慌てる私と、キョトンとしているモコを見て、けれど男の子は驚く風でもなくただ鼻をフンと鳴らす。


「ラタミルか、なんでそんなのを連れているんだ」

「え? えーっと」

「まあいい、俺には関係ないしな」


う、素気ないというか、ちょっと感じ悪いな。

だけどすぐに気付くなんて、もしかして外の人って、見ただけでラタミルの雛って分かるの?

私と同じように分からなかったティーネは村の外に出たことがないけれど、すぐに気付いたリューは外のことを知っているし。

面倒臭そうにこっちを見ていた男の子は、はぁーッと溜息を吐いて頭をガシガシ掻いた。

まるで濡れているように艶々した黒い髪と青い瞳。この青は見たことのない青だ、深くて、静かで、底の知れないような雰囲気がある。


「で?」

「えっ」

「お前ら何でこんな所にいるんだ」

「それは」


いきなり地面が崩れて落っこちたんだよ。

今も状況がよく分からないままだけど、まだ土の中だってことだけは理解している。


「兄さんと森を抜けてシェフルへ行こうとしていたんだ、そしたら急に足元が崩れて、私とモコだけ落ちたの」

「兄貴が一緒だったのか」

「うん」


舌打ちした、なんで?

やっぱり感じ悪い。


「それじゃお前は、森の奥にあるとかいう集落の住人ってわけか」

「そうだよ」


村のこと、外の人も知っているんだ。

それはそうだよね、行商人が来るし、リューとロゼもおつかいでシェフルに何度も足を運んでいる。町の人と世間話くらいするだろうから、その流れで知られていて当然か。


「ふーん」

「ねえ、あの」


思い切って切り出してみる。

今度はこっちが質問する番、まず、名前。

だって私は名乗ったのに、まだ君の名前を聞いていないもの。


「君の名前はなんていうの?」


じっと私を見詰めて、男の子は「カイ」と答えてくれた。


「カイ、くん?」

「くんとかいらねぇ、そういうのは性に合わない」

「じゃあ、呼び捨てにしていいの?」

「好きにしろ、俺もお前らのことは適当に呼ぶ」


むう、そっけない。

ちょっと変わった人なのかも、気難しいタイプ? でも、悪い人って感じはしないかな。

ロゼがここに居なくて良かったよ。

スタスタと歩き出したカイは、そのまま私とモコの隣をスッと通り過ぎていく。

片手に提げたカンテラとは別に、もう片方の手には長い棒のような物を持っていることに気がついた。

カイはどうしてここにいるんだろう?


「あ、待っ痛ッ!」


追いかけようとして、傷が痛んで立ち止まる。

いてて、忘れてた、先に手当しないと。

やっと人に会えたんだ、訊きたいことはたくさんあるし、何より二人より三人の方が心強い。急いで済まそう、えーっと薬、それから包帯。


「おい」


座ってバッグの中を漁っていたら、いつの間にかすぐ傍にカンテラの明かりがあった。

隣にしゃがみ込んで、カイは自分の荷物から道具を取り出すと、私を手当てしてくれる。


「あ、有難う」

「フン、どんくさい奴」


なんだと。

それは認めるけど、あえて言わなくてもいいじゃない。


「いてっ」


モコがカイの背中に鼻面をドンッとぶつける。


「何するんだお前」


振り返ったカイと今度は睨み合っている。

モコ?


「ラタミル、お前まだ雛だろ」

「そうだよ」

「空も飛べないんじゃ相手にもならない、あっちに行ってろ」

「かいはいじわるなの?」

「あ? なんだそれ、喧嘩売ってんのかオイ」


うわ、急に険悪だ。

でもモコの頭突きは正直ちょっと驚いたというか、どうしたんだろう。

とにかく揉めている場合じゃないよね、止めないと。


「ねえ、やめて、モコもダメだよ」

「はる! だって」

「ダメ」

「はい」


しょんぼりしちゃった、ごめんねモコ。

カイは頭をガリガリ掻いて、はあーッと溜息吐いてから、私の手当てを済ませて立ち上がった。


「おい、立ってみろ」

「うん」


ゆっくり立ち上がって、少し歩いてみる。

まだ痛むけどこれくらいなら大丈夫。


「有難う、平気だよ」

「そうか、なら行くぞ」

「えっ」


思いがけない言葉に、まじまじとカイを見つめ返した。

私より背が高いな、リューほどじゃないけれど。


「なんだよ、外に出たいんじゃないのか」

「出口を知ってるの?」

「いや、俺も落ちたからな、今はまだ分からない」


お、落ちた?

急にガクッと力が抜ける。

カイも落ちたんだ、それじゃ私と一緒じゃない。なのにどうしてそんなに落ち着いているの?

こういう状況に慣れているのかな。


「ここはグランドクロウラーが掘った穴の中だ」

「グランドクロウラー」

「ああ、規模のデカい森には大抵住みついている、基本は無害な魔獣だよ」


言いながらぐるっと辺りを見回すカイにつられて、私も精霊が灯す光の届かない周囲の闇へ目を向ける。

グランドクロウラー

図鑑で見たことがある。大きな芋虫みたいな姿をした魔獣。

この森にもいたんだ。


「奴ら、土を食い進みながら有機物や魔力を取り込んで、体内で消化したそれらを排泄して還元することで土壌を豊かにするんだ、こんなことでもなきゃ滅多にお目にかかることもない」

「知ってる」

「へえ、だったら話は早い、一昨日の嵐でこの巣穴のどこかから水が入り込んだらしくてな、ねぐらを荒らされたって奴ら興奮して暴れ回っているらしいんだ」

「じゃあ今日やたら地震が多いのも、私とモコが穴に落ちた原因も?」

「奴らの仕業だろう、無軌道に穴を掘りまくっている、落ちた時近くに姿を見なかったか?」


分からない、覚えていない、あの時はただ怖いばかりだったから。


「グランドクロウラーは雑食だ、土の中にあるものなら何だって食う、だからこんな場所でのんびり喋ってる場合じゃない」

「う、うん、そうだね」

「俺も落ちた時にツレとはぐれた」


そうなんだ。

カイはカンテラを掲げて私達を照らす光の外側を照らす。そうしても闇の奥までは到底見渡せない。


「お前の兄貴と同じように、今頃俺を探し回っているだろう」

「兄妹?」

「いや、ただの腐れ縁だよ」


投げやりに呟いてから、カイは「行くぞ」と私に声をかけて歩き出した。


「でも」

「喋ってる場合じゃないって言っただろ」

「だけどやみくもに歩き回っても」

「そんなわけあるか、一応目星は付いている、だからそっちへ向かう」

「えっ」


すごい。

慌ててカイの背中を追いかけて、モコと一緒に少し後ろをついていく。


「カイはここで何をしていたの?」

「仕事だ」

「歳は幾つ?」

「そんなこと訊いてどうする、お前に教える義理はない」


とっつきにくいなあ。どうしてそんなに尖った態度を取るんだろう。

モコが隣でカツカツと蹄を鳴らす。

こら、また頭突きしちゃダメだよ?


「仕事って、薬草の採取とか?」

「ついでにそれもな、小遣い稼ぎくらいにはなる、噂に聞いていたがここの薬草は本当に質がいいな」

「でしょ?」


なんだか自分のことみたいに鼻が高い。

肩越しに振り返ったカイが、こっちを見てまた鼻を鳴らして前を向いた。


「いかにも世間知らずって感じだな、お前、田舎者が滲みまくってるぜ」

「えっ」

「兄貴に会えたら今度は傍を離れるなよ、ずっと引っ付いていろ、お前みたいなのは町じゃ格好のカモさ、ボンヤリしてるうちに酷い目に遭う」

「な、なによぅ」


そんなことはない、はず。

うまい話なんかないってロゼに言われているもん。ちょっと感じ悪いだけじゃなくて失礼だな、こいつ。


「かい、やっぱりいじわるだ」

「うるせえな、ついでに面倒見てやってるんだ、ガタガタ言うな」

「いまのわるぐち、ぼくにもわかるよ」

「あっそ、俺はラタミルなんかと口ききたくないんでね、黙ってろ」

「ぼくはもこだよ!」


知るかと言い捨てて、カイは私達の先をズンズン進んでいく。

でも、さっきからモコのことをラタミル、ラタミルって、どうして嫌うんだろう。

頭突きされたからかな。

会ったばかりなこともあるけれど、よく分からない人だ。


ズン、とまた地面が震えた。


「止まれ」


私達にもそう告げて足を止めたカイが、辺りを鋭く睨んで警戒する。


「おい、お前」

「何?」

「この光、オーダーだろ、使えるんだな?」


気付いていたんだ。

でも、オーダーは使い手が少ないだけで、知名度の低い魔法じゃない。


「う、うん」

「他には何ができる」

「一応、エレメントが使えるよ」

「マジかよ」


振り返ったカイは目を丸くして私を見る。


「そういやさっき落ちてきたって言ってたが、その割に大した怪我してないな、エレメントで落下の衝撃を和らげたのか?」

「ううん、普通に落ちたしすごく痛かった」

「おい」

「怪我は魔法で治したよ」

「治癒魔法が使えるのか!」


大声を出して、カイは直後に口をパクンと閉じる。

私もうっかり喋っちゃった。

恐る恐る様子を窺うけれど、難しい顔して黙り込んだカイは何か考えているように見える。

このことがバレたらリューに叱られるかな。外へ出られたら、二人が会う前に内緒にしておいてってカイにお願いしないと。


「なるほど」


唸るように呟いたカイが、また溜息を吐く。


「お前、妙な奴だが、取りあえず使えそうだな」

「えっと、何かさせるつもり?」

「当たり前だ、この陰気臭い場所からさっさとおさらばするために協力してもらう、そら―――もうすぐ奴さんが現れるぞ」


そう言ってカイが顎でしゃくって示した闇の奥から、ズ、ズズズッと地響きを立てて大きな何かが近付いてくる気配がある。

あの気持ち悪い変な臭い。

オーダーで呼び出した光が明滅しながら消える。この臭気に中てられたんだ。残っているのはカイが提げているカンテラの明かりだけ。

グオオンッと咆哮が響き渡った。

闇からぬうっと目の前に現れたのは、殆ど穴いっぱいの体躯を誇る巨大な芋虫。

これが、グランドクロウラー!


「こいつは風属性に弱いっ、俺が前に出るから、お前は後方から支援しろ!」

「そ、そんな急に」

「やらなきゃ死ぬぞ、腹を括れ!」


カンテラを腰の金具に取り付けて、駆け出したカイの持つ棒の先に巻いてあった布が解けて落ちる。

槍だ。

三又の槍、初めて見る、牧草をまとめたり運んだりするときに使うフォークに似ているけれど、穂先に返しのついた珍しい形状をしている。

飛びあがったカイが、その槍をグランドクロウラーに突き刺した。


「はる!」


モコの声でハッと我に返る。

慌ててオーダーの香炉にオイルを足した。

手が震える、心の準備なんかできていない、怖いけど、今やれることをやらないと。

私も、モコも、カイだって、グランドクロウラーに食べられちゃう。そんなの絶対に嫌だよ!


「フルーベリーソ! おいでッ、私達を守って!」


光と一緒に渦を巻く風が私とモコ、そしてカイを包み込んだ。


「ヴェンティ・ボル・タージエンス!」


小さな竜巻を起こして対象を貫くエレメント。無詠唱だとあまり威力が出ないけれど、今はそんな余裕ない。

ガパッと開いた小さな歯のたくさん生えている大口に精霊が起こした風の渦をまともに喰らって、グランドクロウラーは吠えながら暴れ出す。

その衝撃でそこらじゅうから土や小石が降り注ぐ。いくらかは風の防壁が防いでくれても、大きな塊や石は通り抜けて体のあちこちに当たる。

凄く痛い! だけど、カイに協力しないと!


「モコ、離れて身を守って!」


モコが駆けだす反対側へ私も走る。

槍を振ってグランドクロウラーを抑え込もうとしているカイは少し押され気味だ。相手が大き過ぎるよ、足止めできているだけでも凄い。

繰り出す穂先を弾かれて、降り飛ばされて地面に投げ出されても、立ち上がり向かっていく。

ごめん。

感じが悪いとか、とっつきにくいとか、そんなこと思って。

カイは凄い、本当に凄い。

私も、私だってやらないと、戦わないと!


「風よ!」


スピリットは精霊の力を借りるだけの魔法じゃない。

私はこっちの方が得意なんだ。

でも、使う場面が殆どなくて、まともに唱えたことがあるのは数回程度。

上手くやれるか分からないけれど―――


「大気の精霊、我は汝の名を呼び希う」


集中して、意識を研ぎ澄ませて、繋がっていく感覚を拡大させて。


「我に祝福を! 我が敵を屠りその威を示せ、我の呼ぶ声に応えて来たれ、その名」


ヴェンティ! と叫ぶと同時に、今までと比較にならない強さの風がゴウと吹き荒れる。

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