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南方の首都

「今いる場所はシーリクから大体南へまっすぐ進んだ辺りだ」


食後の片づけを済ませて、取り出した地図を広げながらリューが説明してくれる。

ベティアスは他国と地続きになっている北以外の三方を海に囲まれていて、どこへ向かっても海にはたどり着けるけど、私たちは南の観光地を目指す。


「南にはこの国の首都がある、首都ディシメアー」

「首都?」


首を傾げると、リューに「勉強不足だぞ」って叱られた。

うぅ、ごめんなさい。


「ハルちゃん、ノイクスは各領を領主が治めているだろう?」

「うん」

「ベティアスは有権者による選挙で国の代表を決めているんだ、派閥があって、国民は支持する派閥を選挙で選ぶ、その派閥をまとめている者が国の代表として国政を執り行う」

「領主様とは違うの?」

「領っていうのは小さい国みたいなものさ、領内の統治に係わる諸々全てを領主が行う、でもベティアスは各機関によって執り行われている総括を代表が行う」

「つまり?」

「代表の仕事は全体の方針を決定することで、各機関はその意向を反映させる、そして行政の本部が置かれている場所が首都なんだ」

「なるほど」


分かりやすい説明有難う、セレス。

ノイクスとは国の在り方から違うんだ。


「流石だな」


リューも感心している。


「君は説明が上手い、有難う、助かるよ」

「えっ、いやっ、アハハ!」


褒められてセレス照れてる。

よかったね、私も助かったよ。照れる姿がちょっと可愛い。


「ディシメアーには国防機関の本部もあるからな、ベティアスはノイクスより治安に不安のある国だが、首都なら安全に過ごせる、そうなんだろ?」


話を振られたロゼが「そうだ」と頷く。


「統治のお膝元だからね、防衛にも警備にも余念がないよ、それにディシメアーには海神オルトを祀る神殿がある、かの女神に見守られた街で滅多な真似などできないさ」

「そうなんだ?」

「オルトは身内を深く愛する、自らを祀る民は彼女にとって愛すべきもの、それを害する全ては敵だ、容赦なく裁きを下すだろう」

「オルト様って怖いの?」

「ああ、とても恐ろしい神だ、だがとても美しい」


もしかしてロゼは会ったことあるのかな。


「師匠!」


セレスが身を乗り出してくる。


「私もオルト様はとても美しい女神と存じております、個人的に最も好ましい御方です!」

「そうなの?」

「眷属はあのハーヴィーだけどね、大海を司っているなんて壮大じゃないか、なにより見目麗しい女神だ、私はエノア様よりもどちらかっていうと」


急にセレスはハッとして口を閉じる。

私から顔を背けて、ゴホン、ゴホンと咳払いした。どうしたんだろう。


「な、何でもない、とにかくオルト様のことは結構好きなんだ」

「ふーん」

「信仰してはいないけどね、エルグラートの国教はエノア教だから」


なるほど、王子が宗旨替えって確かに問題あるかも。

そういうことか。


「オルト様は耳がとてもいいそうだよ、だから聴覚に難を抱える人たちはオルト様を信仰するそうだ」

「そうなんだ」

「眷属のハーヴィーも耳がいいらしい、あいつは」

「セレス」


カイの話は今はしないで。

自分のこと、知られたくないみたいだから、カイがいない場所で話題にするのはよくないよ。

セレスは私を見て、察したように「そういえば」と話題を変えてくれる。


「実は以前にオルト様の大神殿へ行ったことがあるんだ」

「そうなの?」

「荘厳な美しさだったよ、青く広がる海を望む白亜の神殿、たまにイルカが遊びに来ていてさ、可愛かったなあ」

「イルカ!」


そういえばベティアスの海には今ピンクのイルカが現れるって噂があるらしい。


「ねえリュー兄さん、確かピンクのイルカだよね、酒場で聞いたって話」

「ああ、ピンク色で額に星型の模様があるイルカが魚の姫が住む楽園へ連れて行ってくれる、だったか」

「それは私も聞きました、姫君の楽園なんて俄然興味が湧いて」


また黙ってチラチラとこっちを見る。

気まずげだけど、私も魚の姫君に会ってみたいよ?


「恐らくそれはまやかしだ」


ロゼが言う。

セレスの頭の上に乗ったままのモコが「ししょー、どうして?」って首を傾げた。


「陸はヤクサ様の領分、迂闊に手を出せばルーミルが黙っていない」

「どうしてるーみるさまがだまってないの?」


ロゼはフッと息を吐いて、そのことには答えず「だからそれは真実ただの噂か、大本はよからぬものだろう」と言う。


「よからぬもの?」

「関わるなということだ、そもそも噂などアテにならない、魚の姫など聞いたこともない」

「師匠、ハーヴィーということはないのですか?」

「アレらであれば尚更だ、ヒトと関わりを持つことを好まない者たちだからな、あまつさえ女神を差し置き自ら姫などと奢るわけがない」

「そ、そうなのですか」


ロゼはラタミルだから、ハーヴィーについて私達よりずっとよく知っているんだろう。

話を聞きたいと思う。

でも、訳を訊かれたらうっかりカイのこと喋りそうだし、悩ましいよ。


「そんなことより元の話を逸れている、リュー、これから僕らが向かうのは南方にあるベティアスの首都、そうだね?」

「ああ、そうだ」


頷き返したリューは、地図の上を指で辿りながら説明を続ける。


「これが街道、だが俺達はここから外れて移動する、町にもなるべく立ち寄らないつもりだ、用心に越したことはないからな」


セレスの表情がまた曇り始めた。


「街道を使えばひと月半ほどだが、この辺りの原生林なども迂回して移動するとなるとディシメアーまでおよそ二か月かかるだろう」

「結構長距離移動だね」

「国土を横断する形になるからな、無理のない行程だとそれくらい見積もっておいた方がいい、それぞれ体調管理に気をつけて、不調を覚えた時は俺かロゼに」

「すみません」


ぽつりと呟いたセレスにリューが視線を向ける。


「本当にすみません、私のせいで」

「頭を上げてくれセレス」

「街道を使えないのも、町に立ち寄れないのも、全部私のせいです、本当に、本当に申し訳ない」

「何度も言うが気にするな、君のせいじゃない」

「ですが」

「あの時ハルも顔を見られた」


セレスの肩がビクッと震える。


「暫くは狙われるかもしれない、だからどのみち人目を避けて移動する必要がある」

「それだって私のせいで!」

「だから君はハルを守り、一緒に海へ行くことを選んだ、そうだろう?」


顔を上げたセレスにリューが微笑みかける。


「いつまでも下を向いていたらハルを守れない、厳しいことを言うが、君の謝罪は誰のためだ?」

「えっ」

「君自身のために謝っているならもう止めるんだ、誰も君を責めていない、それなのに君が君を責め続けて何になる」

「リュゲルさん」

「君はもう十分つらい思いをしている、だからもう謝るな、俺達だって君に謝って欲しくなんかない」

「は、はい」


不意に立ち上がったリューが傍に来て、セレスの頭を撫でてから、また元の場所に戻って地図をしまい始める。

少し照れているみたい。

ロゼがふうっと息を吐いた。

セレスは目を潤ませて、だけど今度は泣かずに服の袖で目元をグイッと拭って笑う。


「はい! 有難うございます、私もう泣きごとは言いません!」

「ああ」

「ハルちゃん、モコちゃん、ごめん、心配かけてばかりで」

「いいよ」

「いーよ! せれすげんき?」

「ああ、元気だともっ」


肩へ移って羽をモフッと摺り寄せるモコに、セレスもくすぐったそうにモコを撫でる。


「師匠!」

「―――なんだ」


ロゼは面倒くさそうに、それでもセレスを見て返事した。

セレスは目をキラキラと輝かせる。


「私、頑張ります!」

「好きにしろ」

「ハルちゃんを必ず守ってみせます!」

「僕とリューだけで十分だ」

「はい!」


金の髪の影から眼鏡越しに覗く赤い瞳がほんの少しだけ細くなる。

ロゼはプイッとそっぽ向いたけど、それでもセレスは満足そうだ。

リューが二人を微笑ましげに見守っている。


ディシメアーまで何があるか分からないけれど、兄さん達と、モコとセレスと一緒なら、きっと楽しい旅になる。

それにもしかしたらまたカイに会えるかもしれない。

今度こそ兄さん達に紹介しよう。

―――それから、どこかでまた絵ハガキを出さないと。

母さんとティーネにも皆元気だよって伝えておかないとね。

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