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嫁担ぎレース

パンッ、とレース開始の合図が鳴ると同時に『嫁』を担いだ『夫』たちが一斉に駆け出した。

―――のに、リューを抱えたロゼだけはゆったりした足取りで、あっという間に後方へ姿が見えなくなっていく。

先頭集団の私とセレスの周りでは、さっき違反行為をしていた走者たちが他の走者へ体当たりしたり、手前で走行の邪魔をしたり、早速悪い予感が的中した。


「うおおおおおおおッ」


それにしてもセレス、足が速い!

反転湖でも凄く足が速かったし、身軽だったけれど、マテリアルで身体強化した走者や魔法道具を使用している走者を相手にまるで引けを取らないなんて!

アサフィロスって凄い、ううん、セレスが凄い。

自分の能力を十二分に活用しているんだ、魔力を持たなくても十分過ぎるくらい格好いいよ!


あっという間に最初の障害、ハードルが近づいてくる。

先にハードルを飛び越えていく魔法道具の靴を履いた走者は、時々わざとハードルを倒して他の走者の邪魔をしている。


わあっと沿道から歓声が沸き起こった。

何事かと思えば―――ロゼだ!

リューを抱えながらフワッと身軽な動作で、ハードルをまとめて半分、一気に飛び越える!


「し、師匠!」


一瞬翼を出しているのかと思ってドキッとしたけれど、そんなことはなかった。

でも明らかに常人離れしているし、抱えられながらリューもロゼに何か怒っている。あれは叱っているんじゃないかな、やり過ぎだって。

ロゼは残り半分のハードルもまとめて飛び越えて、一瞬で最後尾から先頭へ躍り出た。

こっちは内心ハラハラだけど、周りは大歓声を上げて凄く盛り上がっている。


「すごい、素晴らしいです師匠ッ、感動しましたぁッ」


そしてセレスは泣いている。

泣きながら、セレスもいくつかのハードルをまとめて飛び越えていく。

ええと、周りから大注目されてるよ?

違反している走者もあっけに取られている。その隣をセレスが駆け抜けようとしたとき、ハッと我に返ったように伸ばされた腕を、セレスは見もしないで叩き落して先へ進む。

難なくハードルを突破した先で待ち受けている次の障害は、幾つか並んだ樽と樽の間に渡された細くて長い板の橋だ。

走者はこの上を渡らないといけない、落ちたらその場で失格になってしまう。

先頭のロゼは殆ど瞬きの間に橋を駆け抜けていく。

背が高くて体も大きくて、リューを抱えてさえいるのに、板の橋はしなりもしない。


「あれは板がしなる前に次の足を踏み出しているんだ、流石師匠、水の上を走るやり方ですね!」


え、まさかと思うけど、セレスも出来るの?

というか水の上を走るって、ええッ?


セレスが渡ろうとした板の上を先に渡っていった走者の靴の踵から何かがビシャッと吹き出すのが見えた。

この板だけ他の板と色が違う。

テカテカ光って見えるような、それにこの臭い、もしかして。


「うわっとと! この板滑るぞ!」


踏んだ瞬間ツルッと足を滑らせそうになったセレスに、咄嗟にしがみつく。


「ふぁッ、は、ハルちゃん!」

「油だよ、セレスッ」


こんな妨害工作までするなんて、まともに走る気は無いんだ。

セレスは私を抱えなおして「なるほど油か、それならむしろ都合がいい!」なんて言って躊躇いなく足を前へスイッと進ませる。


「えッ、ええッ!」


そのまま板の上を滑って、あっという間に渡り切ってしまった。

後ろではセレスを真似しようとした他の走者が最初の一歩目で橋から滑り落ちて失格になる姿が見える。


「す、すごいね、セレス」

「そうかな? ハハッ、ハルちゃんに褒められたぞ、よーしッ!」


更に加速して先の障害にいるロゼや他の走者へ一気に迫っていく。

すごいすごい! さっきから妨害されても全然平気だし、すごいよセレス!


次の障害は上から吊るされたパンを取る、これは『嫁』の役目だ。パンを取れなかったり、落としたりしても失格になる。

いるのはロゼと、もう一組の走者。

だけどリューはパンに手を伸ばそうとしないでこっちを見ている。

ロゼが何か言っているけど無視だ、私とセレスが追いつくのを待っているみたい。


「勝負事で手を抜くのは感心しないぞ!」

「お前が言うな」

「早くパンを取らないか、君がパンを取ってくれないと先へ進めない!」

「はいはい、少し待ってろ、そろそろだから」


やっぱり待っていたのかな。

その隣でパンを掴んだ走者が、別のパンも取ろうとして手を伸ばすのが見えた。

パンを複数取ること自体は禁止されていない。だけど他の走者がここへ辿り着いた時、取るべきパンが一つも無かったら?

あれも妨害工策だ!

―――そう思った直後、その走者をたくさんのカラスたちが襲い始める。


「えっ」


カラスは走者と、走者が持っているパンだけ執拗につついて、他のパンやロゼとリューには見向きもしない。

その様子を呆れたように見ていたロゼに、リューがやっとパンを取って声を掛ける。


「よしっ」


ロゼがまた駆け出していく。

入れ替わりで私とセレスもパンを取って、先に見える広い背中を追って走る!


「つ、遂に師匠との一騎打ちッ、うおおおおおおおおおッ」


セレスの気迫が凄い!

パンを抱えて、頭の花冠を押さえながら、振り落とされないように胸元へしっかり体を寄せる。

向かい風も凄いよ、何か対策を取っておくんだった。

耳元でセレスの早い心臓の音が聞こえてくる。


「かてーっ!」


モコがまたどこかで応援してくれている。

水音がして目を向けると傍に噴水だ。

リューもロゼに抱えられているのに平気そうに見えるのは、何か対策をしているのかな?


「いけーっ、ししょーっ、せれすーっ、がんばれーっ!」


有難うモコ。

セレスも頑張って!

私も、花冠とパンを絶対落とさない!


オルト様の噴水の傍を抜けて、その先の沿道近くでセレスが速度を緩める。

ここでワインボトルを受け取るんだ。

これも落としたり、中身を溢したりしたら失格。『嫁』の私の責任重大だ、緊張する。


「あッ」


殆ど同時に手を伸ばした私とリューが差し出されたボトルを受け取る前に、手が離されてボトルが落ちる!

それでもリューは素早くボトルを掴み取った。

だけど私は、あッ、間に合わない、ボトルが割れるッ!


「っとお!」


すかさずセレスがつま先を出して、ボトルを軽く蹴りあげてくれた。

今度は私もボトルをしっかり掴む。


「有難うセレス!」

「なんの、先行した師匠を追うぞ、ハルちゃん!」

「はいッ」


本当に有難う、セレスがいてくれてよかった。

次に待ち構えているのはまたハードル、さっきと違ってロゼはハードルを一つずつ順に飛び越えていく。

やっぱり、リューに叱られたんだな。

ロゼの全身から不満そうな気配が滲みだしているし、何よりリューがロゼの髪をがっちり握りながら怖い顔をしてる。

セレスも今度はハードルを一つずつ飛んでいく。


「師匠がなさっているのだから、戦いは公平に行わねば!」


えらいなあ。

後でリューに教えよう。

一つハードルを越えて、その次、と踏み込んだ瞬間、セレスの足元に穴が開いた。


「えッ」

「あッ!」


落ちてそのまま転ぶッ、と思った直後に体がフワッと浮き上がる。

セレスが凄く高く飛びあがった!

あの状態から飛ぶなんて驚いた、普通は無理だよ!


「あっぶないなあ、後で運営に文句をつけてやるッ」


そんなことを言って、また何事もなかったようにハードルを飛び越えていくセレスに、改めて驚いて感心する。

油まみれの橋の時もそうだ、さっきのワインボトルだって、セレスの運動神経って人の域を超えている。


「もうすぐハードルが終わる、ハルちゃん、後続はいないな?」

「うん、見える限りだと私達と兄さん達だけみたい」

「なら次は実力勝負か、俺が師匠に敵うなんて到底思えないが―――」

「勝てるよ、セレス」


ハードルを飛び越えながら、セレスが「えっ」とこっちを見る。


「勝とう、兄さん達にだって、負けない!」

「あ、ああッ、そうだな、君のために勝つ、必ずハルちゃんに勝利を捧げてみせる!」


沿道は大歓声の渦だ。

レースそのものは酷いことになっているけど、盛り上がりは最高潮に達している。

最後のハードルを飛び越えると同時にセレスが私を抱く腕にぐっと力を籠めた。

ここからゴールまでは純粋な速度勝負。

ずっと先を走るロゼの背中へ、セレスはぐんぐん追いついていく!


「うおおおおおおおおッ、ハルちゃんのためにいいいいいッ!」

「セレス頑張って、勝って!」

「きみにいいいいいいッ、勝利をおおおおおおーッ!」


すごい、早い!

風もすごい、目を開けていられないッ。


「師匠、負けませんッ」


いつの間にか隣に並んで走りながら言うセレスに、ロゼは「フン」と鼻を鳴らす。


「気概は認めよう、しかし、お前ごとき僕に及ぶまいよ」

「師匠!」

「ハルを落とすなよ、いいか、勝つのは僕だ、勝ってハルの笑顔を見るのは僕の誉だ」

「いえッ、俺です!」

「自惚れるな、ハルはこの僕の妹だ!」

「俺だってハルちゃんのッ!」


言い合う二人の向こうで、ロゼに抱えられているリューと目が合った。

ゴールはもうすぐ。

不意にリューが笑う。

唇が動いて、多分「ごめんな」って言われた。


宙に花冠がフワッと舞った。

呆気にとられたロゼの姿と一緒に、あっという間に後方へ遠ざかっていく。


「ゴォォォォォールッッッ!」


大会の運営者が叫びながら大きく旗を振り回した。

張られていた白いテープを切ってゴールへ飛び込んだセレスは、土ぼこりを巻き上げながら足を止める。


「か、勝った、のか?」


周りはうるさいくらいの盛り上がりだ。

最初こそヤジも聞こえていたけど、今は皆がセレスと私の健闘ぶりを称えてくれている。


「優勝、したのか、俺達」

「うん」


じわじわと実感が沸いて、見つめ合ったセレスにギュッと抱きしめられた。

ふふッ、苦しいよ、セレス!


「やった、勝ったぞ、ハルちゃん勝ったッ、俺達が勝ったんだ!」

「そうだね、勝ったねセレス」

「ハハッ、アハハッ、勝ったぞッ、やった、やったーッ!」


嫁担ぎレース優勝!

絶対に勝つって思っていたけれど、本当に勝てて感動もひとしおだ。

嬉しい。

セレスが一緒に頑張ってくれたから勝てた、有難うセレス、本当に有難う!


「ハルちゃんッ、君に勝利を捧げるよ!」

「うん、だけど二人で勝ったんだよ、だから私とセレスの勝利だよ!」

「そうだな、俺達二人で、二人で初めての共同作業―――うっ、ううッ」

「急にどうしたのセレス、泣かないで」

「ごめんハルちゃん」


浮かんだ涙を拭って、セレスは空に輝く太陽よりも眩しく笑う。


「やっぱり君のおかげだ、有難うハルちゃん、俺は君が大好きだ!」


鳴りやまない拍手が私とセレスを包む。

二人で喜びをかみしめている間に他の失格にならなかった走者たちも次々ゴールして―――大波乱の嫁担ぎレースは幕を下ろした。

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