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意外な再会

翌日の朝早くに支度を済ませて、宿を出てからクロとミドリを引き取り、関所へ向かった。

細かい手続きはリューが全部やってくれたから、私とロゼは関所の役人にベティアスへの入国目的を「観光です」って伝えるだけで済んだ。

モコは小鳥の姿で私の肩の上、誰からも特に気にされなかったな。

荷物検査の時、検査官が私のバッグからいい匂いがするって褒めてくれたから、お礼にポプリをあげたらすごく喜ばれた。

その検査自体はバッグの中をサッと見ておしまい。

「ベティアスの海はとても美しいですよ、楽しんできてくださいね」って笑顔で言われてワクワクする。


「荷物検査ってあんまり見ないんだね、もっとよく調べられるのかと思った」

「女の子の荷物だから気を遣ってくれたんだろう」

「そっか」


でも兄さん達もほとんど中を見られていなかったような、検査の時ロゼが少しだけ眼鏡を外していた気がするけど、多分関係ないよね。

―――さあ、いよいよ南国ベティアスだ!


「この先はひたすら進路を南だ、今日はここから一番近い街シーリクまで行くぞ、海辺の観光地まではおよそひと月半程度かかる」

「そっか」

「長旅にはなるがベティアスといえば海だ、街道が整えられているから恐らくはネイドア湖までとさほど変わりない、まあ、それでも野宿することもあるだろうが」

「分かった、野宿も楽しいよね!」

「お前は本当に逞しいな、年頃の女の子だろ」


でも嫌じゃないし、人生は楽しんだもの勝ちって前に母さんが言ってたよ。


「逞しくて結構、ヒトの美しき強かさだ」


ミドリの鞍に跨って、私の後ろで返すロゼに、リューは「まあそうだが」って軽く溜息を吐く。

リューはクロに乗っている。


「ハル、人によってはその言葉を粗野だとか野蛮だと蔑視することもある、言動は常に時と場合を気に掛けろ」

「はーい」

「くだらないな、上流気取りのヒトなど僕からすれば滑稽さ、そもそも君らにさほどの違いもないだろう」


ラタミルの視点だなあ。

もしかしたらハーヴィーも同じなのかもしれない。どっちも神の眷属で、人知の及ばない存在だよね。

でも、それならハーヴィーのカイが私を覚えていてくれたのって凄いことかもしれない。

友達と思ってくれているのかな、だったら嬉しいな。


「そういう態度だと余計な面倒を起こしかねないから、お前も少しは気にかけてくれ」

「僕に君とハル以外への興味などないよ」

「興味云々の話じゃなくてだな、俺が頼んでるんだ、ロゼ」

「君はまたすぐそうやって僕の弱みに付け込む」


兄さん達の話を聞きながら、のんびりミドリの背中で揺られる。

国境の街を出てから街道沿いに暫く移動して、途中で何度か魔物と交戦しつつ、陽が暮れ始める前にシーリクへ辿り着いた。


「なんだか賑やかだね」


通りに人が沢山、街のあちこちが飾り付けられて、屋台まで出ている。

普段からこんなに賑わっている街なのかな。

リューが宿を取りに行ってくれている間に屋台の人に訊いたら、明日祭りが開かれるんだって。


「嫁担ぎレース?」

「ええ、年に一度の祭りで、既婚、未婚を問わず、嫁さんを担いで障害物を除けつつゴールを目指すんです」


へえ、なんだか面白そう。


「上位三名まで賞金が出るのと、優勝者には賞品も進呈されるんで、あちこちから参加者がシーリクを訪れるんです」

「すごいですね」

「ハハッ、興味があるならお嬢さんも参加されるといい、走者の登録は日暮れまで行ってますよ」


屋台の人は私の後ろへ目を向ける。

うーん、でもロゼは兄さんだからなあ。


「なにせ今年の優勝賞品は豪華ですよ、滅多に手に入らないオーダーの―――」


暫くしてリューが戻ってきた。


「宿取れたぞ、騎獣も預かってくれるところだ、早速」

「兄さん!」


そして私はリューに掴みかかる!

服を握りしめて、目を丸く見開くリューに「どうしよう!」って訴えた。


「ど、どうって、何の話だ」

「参加したいけど、出られないよ!」

「何が」

「嫁担ぎレースだよ兄さん!」

「嫁?」


「僕なら構わないというのに」なんて後ろから声がする。

振り返って「私が構うよ!」って返したら、ロゼは目に見えてしょんぼりした。


「別にいいだろう、君を担いで走ることに些かのためらいもないぞ、僕なら必ずや優勝を獲ってみせる」

「分かってるよ、だけど兄さんは兄さんだから、なんか違うんだよ!」

「僕では駄目なのか」

「ダメじゃないけどダメなの、だって、優勝したら愛の口づけを交わすんでしょ?」

「いつもしているじゃないか」

「それは違うの、うまく言えないけど!」


感覚的なことは説明が難しいな。

ロゼとキスするのは嫌じゃないけど『嫁』って括りで走って優勝してキスするのは変な感じがするんだ。

私の中では『違う』から、このままじゃ参加できないよ!


「ハル、とりあえず事情を説明してくれないか、さっきからお前たちが何の話をしているかさっぱり分からない」


困惑しているリューに説明することにした。

私も屋台の人から聞いた話だけど。


シーリクで年に一度開催される『嫁担ぎレース』

既婚、未婚を問わず、愛する人をその腕に抱いて、落とさないよう、転ばないよう、知力、体力、運動能力、何より愛を試されるレース、なんだって。

上位三名まで賞金が出て、優勝者には賞品もでる。

それが今年はなんとオーダーのオイル!

しかも『嵐の精霊テーペ』を呼べるオイルだって、そんなの絶対に欲しい!

実際に呼べるかどうかは問題じゃない。

もし効果が本物なら凄いけど、オーダーは確実性がないことが前提だから、テーペは来てくれないかもしれない。

でも香りの方向性を知ることはできる。

風の精霊ルッビスの上位精霊だから傾向的には近いと思うんだけど、具体的な参考例ならぜひ知っておきたいよね。

だから欲しい、物凄く欲しい。

でも、そのレースに参加するための相手がいない。

『嫁を担いで走るレース』だから夫の走者が必要で、それは男性しか認められていないんだって。

まさかの差別の洗礼を早速受けることになるとは思わなかった。

女の子でもいいなら、モコを担いで走ったのに。


「それでロゼが名乗りを上げたのか」

「僕は構わないのだが」

「私が構うの」

「俺もダメか?」

「リュー兄さんは、うーん、兄さんも違うかな、兄妹だし」

「ふむ、別に構わないと思うが、それならどうするんだ、肝心のレースに参加できなければ優勝も何もあったものじゃないぞ」

「だから困ってるんだよ」


リューも難しい顔して黙り込む。

兄さん達の気持ちは嬉しいけれど、やっぱり『違う』んだよなあ。


「ぼく、はるをかついではしりたかった」


モコまで落ち込んでる。

まず人の姿に成れなきゃ無理だよ、それにモコは性別からしてハッキリしてないし。

確か、前に女の子だって言ってたよね?


「うう、どうしよう」


テーペのオイル。

欲しい。

ここは我慢して兄さん達にお願いするしかないのかな。

でもなあ、意識し過ぎなのかなあ、嫁ってなんか違うんだよなあ。

周りは全員夫婦か恋人同士の中、兄妹で参加は多少後ろめたさもある。

でもテーペのオイルのためには致し方ないか、きっと手に入れられなかった後悔の方が大きいよね。うん、よし、腹を括ろう!

何かを得るために、何かを犠牲にする必要があるとき、躊躇っちゃダメだって前にリューも言っていたし。


「あの」


なんだか暗い雰囲気の兄さん達に声を掛けようとした、その時―――

「あッ!」と大きな声が響く。

振り返って見た先、人の間を抜けて現れた姿に私も驚いて「えッ」と呟いた。

どうして?

まさか、こんなところで会えるなんて!


「セレス!」

「ハルちゃんッ」


うわぁ、セレスだ!

久々のセレスだ! すごく嬉しそうにこっちへ駆けてくる!


「やっと見つけたッ、会いたかったよ、ハルちゃんッ!」

「どうして」

「うわぁッ、本当に本物のハルちゃんだ、ハハッ、会えた! やっぱり運命だ、やったーッ!」


ムギュッて抱きしめられる。

うぐ、相変わらずの胸だね、ちょっと苦しい。


「貴様ぁッ!」


ぬっと伸びてきた腕がセレスを引きはがす。

そのまま頭を掴んで宙づりにした。

ちょ、ちょっと、ダメだよロゼ兄さん!


「何をする、僕の妹だぞ、四肢をもいでやろうか」

「す、すみません、師匠ッ」

「こらロゼやめろ」


リューが割って入ってくれる。


「セレス、久しぶりだな」

「はいリュゲルさん、おひさしぶりいいいいいいッ、あ、頭がッ」

「ロゼッ、いい加減離せ!」


ロゼがパッと手を離すと、落とされたセレスは転ばずに着地を決めて、少しだけふらついた。

おおーっ、すごい、でも大丈夫?


「あ、アハハッ、皆さんお久しぶりです、お元気そうで何より」

「セレスも元気そうだな、また視察をしているのか?」


そういえば、あの感じが悪い供の人も一緒なのかな。

あまり会いたくないな。

周りを伺ってみたけれど、それらしき姿はどこにもいない。

もしかして、またはぐれたのかな?


「いやその、今は視察じゃなくて」


セレスは頭を掻きながら、何故か気まずげに視線を逸らす。


「家出しました」

「え?」

「その、無理やり結婚させられそうになって、逃げてきました、ハハ」


ええッ?

リューも私と同じようにポカンと驚いている。

結婚?

どういうこと? 詳しく事情が知りたい。

困ったように笑っていたセレスは、そのうち黙り込んで、はぁ、と項垂れつつ溜息を落とした。

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