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番外編:チョコレイト・デイ(後編)

※今回は本編とほぼ無関係の特別番外編にてお届けいたします。

「はる」


煙の中から、フワフワした長い銀色の髪、空色の瞳の、すごく、物凄く可愛い子が現れる。

モコ?

えっ、モコなの?

可愛い。

見たこともないくらい可愛い、『美少女』って言葉の具現化だ、とにかくとんでもなく可愛い。姿がキラキラ光って見える。

あんまり可愛くって目が離せない。

白い肌、バラ色の頬と唇、長いまつげ。

細くしなやかな手足に、胸、胸はそんなにない、えっあれッ? もしかして女の子じゃなかったりする?


「僕に寄ったか、まあ致し方あるまい」


ロゼがため息交じりにぼやく。

この子はモコ、だよね?

一応服らしきものを着て、足元がおぼつかない様子でフラフラしている。

微笑みながら傍に来て私にギュッと抱きついてきた。ふぁあぁ、いい匂いまでするよ?


「えへへ、はーる、ぼくはるとおんなじになったよ、えぷろんきられるよ」

「う、うん、モコだよね?」

「そうだよ、ぼくもこだよ!」


可愛いッ、流石に感触だけじゃ性別までは分からないけれど、とにかく可愛いッ。

柔らかくて、サラサラして、温かくて、それにいい匂いがする。

間近で目が合った瞬間クラッとした。

私、どうしちゃったんだろう。

モコってラタミルの中でも特別可愛いラタミルだったの?


「まったく」


ニコニコしているモコをぼんやり見ていたら、ロゼがモコに眼鏡をかけた。

途端に頭の中の霞がかったような感じが消えていく。

これ、認識阻害の眼鏡だ。

ロゼのを貸してあげたのかな、ロゼはロゼでいつもの眼鏡をかけているけど。


「生意気にも魅眼持ちとはおこがましい」

「みがん?」

「お前のその目は他を魅了する、だからその眼鏡をかけていろ、僕のものだぞ、有難く使え」

「わーいやったー! ししょーとおそろい!」


えっと、確かラタミルが持つ稀な力の一つだよね。

対象の精神を支配下に置き操ることが出来るんだっけ。

目を見れば発動するって聞いたけど、つまり今、私はモコに魅了されていたの?


「その姿の時は必ずかけろ、いいな」

「はーい」


確かにあれは危ない力だ。

気配に振り返ったらポカンと立ち尽くしていたセレスが、私と目が合った途端にあたふたし始める。

セレスも魅了されていたんだ。

リューだけは平気そうだけど、もしかしてロゼで慣れているのかな。


「はる、ねえはるっ、ぼくもえぷろん、ぼくもおそろい!」

「そうだね、その姿ならエプロンを着けられるね」


ワクワクしているモコに、セレスがエプロンを手渡す。


「こんなこともあろうかともう一着作ってあるよ」

「えッ」

「ハルちゃんに選んでもらおうと思っていたんだ、だけどこっちはモコちゃんに着てもらえるなんて、光栄だよ」

「せれす、ありがとー!」

「どういたしまして、モコちゃん、人の姿になったらグッと可愛くなったね」

「ありがとー!」


同感だけど、羊の姿も、小鳥の姿だって、モコはいつでも可愛いよ。

エプロンのつけ方が分からないモコにリューが手を貸してあげている。

やっぱり胸のところがハートでフリルも盛りだくさん、私が着けているエプロンより前掛けの部分が少し短いかな?


「わーい、はるとおそろい、みんなとおそろいーっ」


服とも呼べないような布しか着けていないせいで、エプロン姿のモコはまるで裸の上からエプロンだけ着ているように見える。

セレスが急に鼻のあたりを押さえて俯いた。

え、あれっ、鼻血?


「大丈夫かセレス?」

「すみません、その、刺激が強くて」

「やれやれ」


リューに介抱されるセレスを、ロゼが呆れた顔で見ている。

大丈夫かな。


―――って、セレスは確かに心配だけど、色々あってうっかりしたけれど、ショコラッテ! オーダーでショコラッテを呼ばないと!

二月十四日が終わっちゃうよ、今年も絶対にチョコレートの祝福を受けるんだ!


「よし、やるぞ!」

「おーっ!」

「頑張るから応援してね、モコ、ロゼ兄さん、リュー兄さん、それからセレスも!」

「うんっ」

「勿論だとも、いつでも見守っているよ」

「ああ、頑張れハル」

「ハルちゃん頑張って、君ならきっとできるさ!」


応援ありがとう、よし、やるぞーッ!


ピカピカに磨き上げて曇り一つない香炉に、最高の仕上がりの『オプニュス・ラディシ・チョコレイト』を数滴たらす。

底部の熱石を取り出して、魔力を通して発熱させたら、また底部に戻して、と。

香炉を同じくらい磨き上げた鎖で垂らしてゆっくり揺らし、香りを拡散させていく。

いい匂い。

チョコレートの香りで満たされていく。

今年の『ラディシ・チョコレイト』は絶対にオプニュスだ、自信がある、ショコラッテも必ず気に入って現れてくれる!


「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで! 私の声に応えておくれ!」


高らかに呼び掛けると、一呼吸おいて辺りがブワッと濃厚なチョコレートの香りに包まれた。

宙に甘く艶やかな色の光が現れる。

―――来た、今年も来てくれたんだ、チョコレートの精霊!


「ショコラッテ!」


今日しか呼べない特別な精霊。

呼び出した者に祝福を与えて、その年のチョコレートとの良縁を結んでくれる、菓子職人とチョコレート好きの守護精霊。

やった、今年も無事に呼べたよ!

忘れていたことに気付いた時はどうしようかと思ったけれど、皆に助けられて、今年もショコラッテに会えた。

有難う皆。

有難うショコラッテ。

喜びと感謝を噛みしめつつ、厳かな気持ちでチョコレートの精霊ショコラッテへ祈りをささげる。


「お願い、私と兄さん達、モコとセレス、それからここにはいないけど、たくさんお世話になったカイと、私の母さんに、どうか美味しいチョコレートとのご縁をお恵みください」


フワリと舞い降りてきた光は私の周囲をクルクル回って、私と、皆の額にもキスするように軽く触れてから、またフワリと空へ飛びあがった。

そのままどこかへ飛んでいく。

カイにもご縁を結びに行ってくれたのかな。

チョコレートが好きじゃない人なんていないはずだから、きっとカイも喜んでくれるよね。

多少は恩返しになったらいいな。

今どこにいるか分からないけれど、元気でいるよね、カイ。


「は、ハルちゃん」


やっと鼻血が止まったセレスが傍に来て「終わったの?」って訊いてくる。


「終わったよ、有難うセレス」

「無事に呼べてよかったね」

「うん!」


兄さん達と、モコにも感謝だ。

全員お揃いの可愛いエプロン姿で、フフッ、今年はいつになく思い出深いチョコレート・デイになったな。


「それじゃ、早速作るか」


そう言って作業に取り掛かるリューに、セレスは不思議そうな顔をする。


「作る? 何を?」

「チョコレートだよ」

「えッ」


たった今祝福を受けたんだから、当然作るよ。

エプロンはそのためでもあるし。


ボフッと音がして、振り返ると羊の姿に戻ったモコの足元にエプロンが落ちている。

気が済んだのかな、こっちに来て「たのしかったね」って尻尾をピルピル振る。


「あれ、モコ、メガネは?」

「ぼくのけのなかにあるよ、めがね、だいじだからしまっておく」

「そんなこと出来るんだ」


「失くすなよ」とロゼに言われて、モコは「はーい!」って返事する。

また人になった姿を見たい気もするけど、モコはどんな姿でもモコだよね。


「お、惜しい、モコちゃんッ」

「どうしたのセレス?」

「あっいや、なんでもないよ、ハハ!」


ふーん?

まあいいや、ショコラッテの祝福を受けたら今度はチョコレート作りだ。

早速美味しいチョコレートを作るぞ、まだまだチョコレート・デイは終わらない!


「えッ、カカオ豆を焙煎するところから始めるのか?」

「そうだよ」

「だからこれだけの量の素材を集めてきたんだ、そうだろ、ロゼ」

「当然さ、他に必要なものも購入しておいた、さて、僕は何を手伝えばいい?」

「いつもと同じで頼む」

「心得た、お兄ちゃんに任せなさい」


毎年のことだから兄さん達も手際がいい。

私も手伝おう。

お菓子作りならリューの出番だ、私も作れるけれど、やっぱりリューには敵わないよね。


「わ、私も手伝うよ、ハルちゃん」

「有難うセレス」

「それにしても、文化の違いというか、色々新鮮だった、モコちゃんは可愛かったし」

「そうだよね、セレスはモコみたいな子が好き?」

「えッ、い、いや、私はどっちかっていうと髪は蜂蜜色で、目は若葉色の女の子の方が好みというか、好きっていうか」


随分具体的だな、私は好みとかまだよく分からないや。

もにょもにょと話すセレスはなんだか恥ずかしそう。この話題はやめておくか。


「セレス、美味しいチョコレートを作ろうね!」

「へ? あ、ああうん、そうだねハルちゃん、ハハッ―――はぁ」


ショコラッテから祝福を授かったけれど、皆で作って、皆で食べるから、きっともっと美味しくなるね!


―――こうして今年の二月十四日も無事に美味しいチョコレートとの良縁を結ぶことができた。

来年、また忘れたりしないように気をつけないと。

皆にもたくさん助けて貰って、本当に有難う!

また一緒にショコラッテを呼んで、美味しいチョコレートを作ろうね。

ハッピーチョコレートデイ!

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