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番外編:チョコレイト・デイ(前編)

※今回は本編とほぼ無関係の特別番外編にてお届けいたします。

二月十四日は特別な日。

今日しか現れない精霊をオーダーで呼ぶことができる。


まさかの大失敗だ!

毎年毎年ッ、この日を楽しみにしているのに、今年は色々あってすっかり忘れていた。

ついさっき思い出して「ッあー!」って大声を上げたら兄さん達とモコ、セレスに何事だって驚かれた。


「なんだハル」

「ハル、どうかしたかい?」

「ど、どうしたんだハルちゃんッ」

「はるぅ、どうしたの、びっくりしたよ?」


「ごめんねみんなッ、でも、どっ、どどど、どうしよう!」


準備ッ、いやそもそも素材集めをしていない!


「チョコレートの精霊が呼べない!」


―――キョトンとするモコ、「えっ」と呟いて固まるセレス、そして呆れ顔のリューと苦笑いのロゼ。

まさか忘れるなんて、忘れるなんてぇッ!


「ねえ、落ち着いてハルちゃん、まず訊きたいんだけど、チョコレートの精霊って何?」

「チョコレートの精霊だよ! 一年間美味しいチョコレートの祝福を与えてくれる特別な精霊だよ!」

「は、話が見えない、どうしよう」

「ねえセレスどうしよう、どうしよう!」

「ハル、落ち着きなさい」


あたふたする私を宥めるようにロゼが肩に手を置く。

リューはセレスに「俺が説明してやるから、ちょっとこっちに来い」って声を掛けて向こうへ連れて行った。

モコはさっきから私の傍でキョトンとしている。


チョコレートの精霊、ショコラッテ。

それは、チョコレートの原料になるカカオ豆から抽出した香料を、他数種類のハーブや果物から抽出した香料と組み合わせて調香した特別なオーダー用のオイル『ラディシ・チョコレイト』を使ったオーダーのみで呼ぶことができる、二月十四日にしか現れない特殊な精霊だ。

『ラディシ・チョコレイト』はその完成度によりボナ、メーラ、オプニュスと区別があって、それぞれ良い、とても良い、最高と評価される。

ボナ以上の『ラディシ・チョコレイト』でないとショコラッテは呼びかけに答えてくれない。

だから毎年の二月十四日、お菓子職人たちはこの日のために用意した『ラディシ・チョコレイト』を使ってオーダーを唱えると本に書いてあった。

ショコラッテより祝福を受けた者は、その年一年、美味しいチョコレートの恩恵にあやかれる。

オーダー研究者の端くれとして、なにより自他ともに認めるチョコレート好きとしては、こんな素敵な話を見逃せるわけがない!

だから毎年頑張ってボナ以上の『ラディシ・チョコレイト』を作り上げて、二月十四日にショコラッテを呼んでいたのにッ。


「どうしようロゼ兄さん」

「なに、心配など無用さ、素材は僕が集めてこよう」

「本当?」

「本当だとも」


私の涙を拭って、ロゼはにっこりと笑いかけてくれる。

うう、頼もしい。

今日は普段以上に兄さんがいてくれてよかったって心底思うよ。


「少し待ちなさい、僕ならばすぐだ」

「はい」


早速翼を出して飛び立つロゼを、モコが「ししょ~ッ」って追いかけていく。


「ねえ、どこいくの?」

「ついてくるのか、それならお前も手伝え、ハルのための素材集めだ!」

「わかった、ぼく、がんばる!」


並んで飛ぶ姿はいつ見ても壮観だな。

よろしくお願いするよ、ロゼ兄さん、モコ!

二人の姿がすっかり見えなくなった頃にセレスとリューが戻ってきた。


「ハルちゃん、事情をリュゲルさんから伺ったよ、色々な精霊がいるんだな」

「うん、そうだよ」

「私にできることがあれば力になりたい、何でも言ってくれ、協力するよ」

「有難うセレス」


笑いかけるとセレスはポッと赤くなる。嬉しいのかな。

とはいえ、今のところは素材待ちだ。

その間に香炉を磨いて、調合の準備を整えて、あっそうだ、エプロン、エプロンがいるよ!


「エプロン?」

「こういうのは姿勢が大事なんだ、ショコラッテにチョコレートへの愛と意気込みを伝えるためのエプロンだよ」

「なるほど―――よし分かった、それは私に任せてくれ!」


え?

任せるって、セレスがエプロンを縫ってくれるの?


「セレス、裁縫できるの?」

「城では暇つぶしに小物を縫ったり刺しゅうを嗜んだりしたよ、メイド達と一緒に楽しく、んッ、んんッ、いや、こう見えて割と手先は器用なんだ」

「エプロンも縫ったことあるの?」

「流石にそれはないけど、ハルちゃんの為に、縫い上げてみせる!」


嬉しいけど、大丈夫かな。

私の気持ちを汲んでくれたリューが「それなら俺も手伝おう」とセレスに声を掛けてくれる。

有難う兄さん!


「毎年のことだから俺にとっては慣れた作業だ、作り方を教える、一緒に縫おう」

「有難うございますリュゲルさん!」

「ではまず材料の調達だ、ハル、買い物に行ってくるから、何かあったら俺かロゼを呼べ、いいな?」

「はーい」

「最高に可愛いのを用意するから、期待して待っていてくれよ!」

「有難うセレス」


セレスは美人だからウィンクも様になってる。

だけど時々ポッと赤くなるのが可愛いね。いいなあ、胸も大きいし。


よし、それじゃ私も準備をしつつ精神統一しておこう。

今年も必ずショコラッテを呼び出してみせる。

祈りを捧げて―――ショコラッテと、カカオは大地の恵みだから、祈りを捧げるならエノア様と大地の神ヤクサ様、どうか私に加護をお授けくださいッ!


少し経ったらロゼとモコが戻ってきた。

素材を採ってきてくれたって、え、まさか市場で購入したものじゃなく、直接採りに行ってくれたの?

すごい、これは翼があるからだけじゃない、総合的な機動力が高いんだ。

ロゼ、すごい。

きっとモコもお手伝い頑張ってくれたに違いない。


「どうかな、ハル?」

「どれも質がいいよ、これならオプニュスのラディシ・チョコレイトだって作れそう!」

「期待に沿えて何よりだ」

「やったねししょー!」

「お前もそれなりに励んでいたな」

「わーい、ししょーにほめられたーっ」


ピョンピョン跳ねて喜ぶモコを撫でてあげる。よかったねモコ。

さあ、私は早速オーダーのオイル作りに取り掛かるぞ!

この先は一瞬たりとも気の抜けない真剣勝負、チョコレートの本質と向き合い、最高の香りを引き出すために全神経を研ぎ澄まさないと。


「ねえししょー、はる、しんけんだね」

「ああ、真理に挑まんとする真摯な姿勢が実に美しい、何かに夢中になっているハルは殊更愛らしいな」

「うん、はる、きれいですき!」

「そうだろうとも、フフ、僕の妹だよ」


集中集中、まずカカオ豆から香りの成分を取り出す。

草花から香気を抽出する方法とやり方が違うんだよね。

選別して砕いたカカオ豆を道具にかけて、油を搾り、この油から香気を抽出する。

ちなみに圧搾と抽出の道具もロゼが作ってくれたんだ、多分世界に二つとない高性能の道具だよ。

たくさんの手間と時間がかかる工程をここまで短縮できるのって凄いことだ、ロゼにはいくら感謝しても足りないよ。


抽出したカカオ豆の香気、うーん、濃厚で香ばしい、かつてない最高の香りだ。

やっぱり素材の鮮度って大事だよね、ありがとうロゼ兄さん、モコ。

これを使ってボナ以上の『ラディシ・チョコレイト』を目指す!

今の状態でもうメーラくらいはあるんじゃないかって程に薫り高いから、この先は私の調香の腕の見せ所。

この香気を活かすも殺すも私次第―――毎年、一番緊張する工程だ。それぞれの性質と方向性を見極めて、香りの妙を探らないと。


夢中で調香し続けてどれくらい経っただろう。

殆ど完成しているオイルに、最後の隠し味としてスパイシーな風味をひと加え、よし、できた!

これが今年の『ラディシ・チョコレイト』だ!


「できた」


呟くと同時にセレスとモコがわっと寄ってきて驚いた。

もしかして傍でずっと見てたの?


「はる、かがせて!」

「私も試したい、さっきからたまらなくいい匂いだったよ、ハルちゃん、君はやっぱりすごいな!」

「有難う、ちょっと待ってね」


香りを試す用の短冊に切った小さな紙にオイルを数滴垂らして二人に渡す。

順番にクンクン嗅いで、モコとセレスは「ふぁあ~」「ここが楽園かぁ」なんてうっとりと呟いた。

かなり自信作だから評価されて嬉しい、やったね、エヘヘ。


「どれ、俺にも試させてくれ」

「僕も嗅がせてもらおう、君の今年の自信作だ、きっと素晴らしい香りに違いない」


香りを試して、兄さん達もそれぞれに褒めてくれる。

嬉しいなあ。

これなら今年は例年よりさらに高い効果を期待できそう!

よし、オイルは完成したから、ここからがいよいよ本番だよ。


「ハルちゃん、はいこれ!」


セレスが満面の笑みでエプロンを―――って、今になって気付いたけれど、セレスもエプロンを着けてる。

胸のところがハート型の盛大にフリルがついたエプロン、ウエストは帯状になっていて、腰のところでチョウの羽根みたいに大きなリボン結びをしている。

前掛けの部分もヒラヒラ、裾にはやっぱりフリルだ。

この短時間で自分の分までこんなに手の込んだエプロンを縫いあげたの?


「裁縫屋にあったミシンを借りたのさ!」

「ミシン?」

「西の商業連合製の裁縫用の機械だ、機体に針がついていて、台座に布を置いてペダルを踏むと、その針が自動で縫ってくれる」

「そんなすごい道具があるの?」

「ああ、俺も初めて見た、手縫いの数十倍の速さで作業できる優れモノだ」


話してくれたリューもエプロンを着けている。

リューのエプロンは普通の、と思いかけたけれど、よくある形なだけでフリルはしっかり縫い付けられているし、胸にハートの刺しゅうまで入っている。


「使い方は裁縫屋が教えてくれたんだ、多少てこずったけれど、慣れると早いし、何より楽しい!」

「セレスは道具の使い方を心得ているな、俺も試させてもらったがセレスほどの仕上がりにはならなかった」

「リュゲルさんのエプロンも素敵です、よくお似合いですよ」

「分かっているじゃないか、僕もそう思う、実に愛らしい」

「師匠」

「お前のもあるぞ」

「えっ」


リューは逃げ出そうとしたロゼを捕まえて無理やりエプロンを着させる。

こっちもフリルひらひらだ、可愛い。ロゼにもよく似合ってる。


「その、僕にはこういった物は少し違うと思うが」

「似合ってるぞ」

「似合うよ、ロゼ兄さん、可愛い!」

「そうかい? ふむ、まあ悪くはないか、なにせ僕だ、なんでも似合ってしまうからな」

「その通りです師匠!」

「ししょーにあってる!」

「うるさい、お前たちは余計な口を挟むな」


リューが小声で「ちょろい」って呟いたの、聞かなかったことにしよう。

だけど私も時々その、ちょっと思うよ。

ロゼはいつだって私とリューには甘いよね。


「さあ、ハルちゃん着てくれ、私の自信作だ!」

「う、うん」


私のエプロンも胸のところがハートだ。

すごい量のフリル、こんなエプロン着けてオーダーを唱えるのは初めてだよ。

気持ち恥ずかしいような―――ええい、やるぞッ、チョコレートへの愛になりふり構っていられるか!


「はる、ねえはる、ぼくのえぷろんは?」

「え?」


エプロン装着、「いざ!」って磨き上げた香炉にオイルを垂らそうとしたところで、モコがツンツンと鼻先で脇腹を突いてきた。


「ぼくのえぷろんはないの?」

「あ、えっと」

「みんなえぷろんだよ、ぼくだけないの? なかまはずれやだよ」

「そんなことしないけど、でもモコ、羊だし」

「ひつじじゃないよ、ぼくらたみるだよ」

「その姿でエプロンを着けるの難しいよ」

「ぼくのえぷろんないの?」

「うーん」


困った。

セレスも、リューも困った顔をしてる。

確かにこれじゃモコだけ仲間外れだよね。どうすればいいかな。


「おい」


腕組みしたロゼがフンと鼻を鳴らして「お前は何を言っている」なんて呆れたように切り出した。


「その姿で着られるエプロンなど無いに決まっている、羊はエプロンを着けない」

「ししょー、でもぼく」

「エプロンを着けられる姿になればいいだけの話だ、僕をよく見ろ」

「ししょー?」

「至極単純な道理だろう、ラタミルならば理解しろ」

「そっか、わかった!」


分かった?

何が分かったんだろうと思う間もなく―――モコは「えーい!」と叫んで翼を広げる。

同時に姿がボフッと白い煙に包まれた。

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